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1.I want you to notice.
第一話
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ユリウス・イア・アリメストは王家の三男として生まれた。
本来でなら王族は金色の髪を持つのが主だ。
しかし、ユリウスは白い髪に赤い瞳。王族の中で異質の髪色とされ、色素がないその姿から、魔物の子と呼ばれて育った。
けれども、家族はとても優しいものだった。年の離れた長男も次男もあれこれと甘やかせてくれたし、母親も惜しみなく愛を注いでくれた。王であった父親も。九歳まではそれは続いた。
全て壊れたのは父親が病に伏して、次の王が三人の中から選ばれるとなった時だ。病気の父親には誰も目もくれず、兄二人がお互いにけん制しあい、家族は瞬く間に壊れていった。
二人の兄がお互いに足を引っ張り合い、末っ子のユリウスはつまはじきにされた。二人の兄からは嫌悪され、すぐに戦場地へ放り出される。母は助けてくれなかった。それどころか、戦場に赴く時ですら顔を一度も出さず、そして手紙もくれなかった。
小さな子供が生き延びていくには過酷すぎる環境。嫌でも目につく人の死。
最初に死んだのは、戦場に残された幼いユリウスに優しい言葉をかけてくれた男性だった。自分にも君ぐらいの息子がいるのだと笑っていた男性が、ユリウスの横で頭を撃ちぬかれて亡くなった。
いつ死ぬかもわからないその中。ユリウスが自分が壊れていくのを感じた。兄たちは自分を殺すためにここへ送ったのだと悟る。
けれども、ユリウスは死ななかった。魔力に恵まれて、激戦を潜り抜けていく。気が付けば、白い髪は戦場で真っ赤に染まって、誰もが変わり果てたユリウスに怯えた。
戦に出れば、敵兵を狭い路地に誘い込み、十人も生きたまま燃やしつくす。ある時は川に入った敵兵を全員凍てつかせる。広い広原では落雷を呼ぶ日もあれば、谷に誘い込んだ敵兵たちを崖上から落とした木で潰した。裏切者を切り捨てる事もある。裏切られて悲しいかと問われれば、それは否。
壊れたユリウスには悲しいなどわからなかった。すでに裏切ってきた家族たちの愛も薄れて、人を殺す度に情などは捨てていった。泣いたとしても、誰も助けてはくれないと、日常のように戦場で誰かを殺していた。
そうしていった中で、小さな子供は壊れた。それが、ユリウス・イア・アリメストという人間を形成した。
戦場で真っ白な頭を血に染めて、笑って人を殺していく。そんな狂気染みた人間に対し、誰もが怯えて、そして口を揃えて言う。彼は化け物だと。兵器のようだと。
ユリウスとしてはそれが心地よかった。狂っている男に対して、賞賛を与えようとすれば、ユリウスが許さない。
そして、長年続いた戦争は終わった。
――戦場にユリウスという狂人はもういらなくなった。
「暇だ」
そう呟けば、隣にいたメイドに「仕事をしてください」ときっぱりと言われる。ユリウスはソファで小さくため息をつき、自分に物怖じをせずに言い放つ黒髪のメイドを横目で見た。
机に積まれた大量の書類。そこにはユリウスが運営する領地の帳簿が全て乗っている。
「茶ぐらいだせよ」
「お茶を出しても、苦いとか言って飲まないでしょう。ユリウス様は三時のりんごジュースで十分です」
このメイドのアリアは変わった人物だった。誰もが怯えるユリウスの屋敷で働く変わり者の一人。頑固で忠実で、表情を変えずにテキパキと働く様は、狂っていると自覚しているユリウスから見ても変わり者だ。
「お前、そんなんだから結婚できねぇんだ」
「そっくりそのままお返しします。二十七歳の領主様」
彼女の呆れたような赤い瞳で射抜かれ、ユリウスははあと息を吐いた。
いつしか、ユリウスの居場所は戦場から隔離されたこの屋敷になった。窓から外を眺めれば、幼い頃育った王城が嫌でも目についた。
結局、長男が王座について、次男は敗れた。彼はそのまま遠くへ飛ばされて、ユリウスが戦争から戻った時にはもういない。何処で何をしているのかもわからない。戦争は終わったが、ユリウスは本来の城に戻ることはせず、こうして隠居生活を過ごしている。
帰って来いと呼ばれはしたが、誰がそんなところへ行くだろうか。お前は死んで来いと遠まわしに命令した伏魔殿。十も満たない子供を前戦に送り込んだところなど。
戦争で勝った賠償金。そして、名誉魔導士及び騎士としてユリウスの私財は溢れていった。長男は今頃戦場に送り出したユリウスに対し、罪悪感からか貢物を寄越すが、それで元の関係に戻れると思っている兄や母。二人はもう好きでも嫌いでもない。正直関わりたくないといったものが心境だろうか。隙あらば二人と母を殺してやりたいと思っているが。
母はあれから一度も見たことがない。
「そういえば、十年前にユリウス様に告白した男の子がいたでしょう」
「ああ、そんなやついたな」
言われてぼんやりと思い出す。戦争が終わったあとのパーティ。その社交界の場で人生初めてユリウスは告白された。しかも子供に。あれが初めての告白で、そして、最後に受けた告白だ。
「昨日の試験で無事騎士になったそうですね。しかも、最年少だそうです。神殿からは二つの称号を得て、騎士学校へ。ソードマスターの称号を得て、聖騎士として王国から任命されました」
「ほう。俺でさえ一つだったのにな」
「ユリウス様の称号って?」
「秘密だ。ふうん、二つか」
それはすごいと適当に答えるユリウス。書類の山にサインを入れながら、「おい、ここの帳簿作ったのはどこのどいつだ」と首を傾げた。
「その印でしたら、スカルバート商団かと。新しくこの領地に来たギルドですね」
「即刻こいつらをクビにしろ。代わりに申請に来ている商団を入れる。変な団体より、薬草が欲しい。金銀財宝など、この領地で何に使うというのだ。しかもぼったくり価格だ。この辺りは金が取れる川があると知っているのか?」
「またですか。不正一つで商団を一つ潰すなんて。我儘がはじまったと言われますよ」
「煩い。こんな辺鄙な領地で私財など、誰が欲するか。農具を増やさねばいけないだろう」
早く伝えてこいとメイドを急かし、顔をしかめた。彼女は深いため息をついて、部屋を出て行った。ユリウスはソファに再び腰を落とした。
書類から目を逸らし、そっと額を抑える。小さく咳をして、口元を抑えた。
「あぁ、クソ」
何度が咳き込み、手のひらについた血を見て嗤った。
彼の手のひらが青白く輝いたかと思えば、それはすぐに何もなかったかのように綺麗さっぱりなくなって消えた。
大量の書類に再び目を通す。ユリウスの領地は戦争特需で潤っていた。
戦争を終え、賠償金で潤ったユリウスのアスター国。そして、すぐに始まったその敗戦国の内乱戦争。そのおかげでユリウスの領地に財が溢れた。
戦争で余った安い物資を高値で売れば、戦争で廃れていた領地の景気はうなぎのぼりとなった。ぼんやりと麦の単価を眺めていたユリウスだったが、突然部屋に響いたノック音に、出て行ったメイドの姿を思い出す。
書類に目を落としながら、ユリウスは言う。
「早いな。入れ。おい、麦の単価が高くなってきている。今年、豊作の国があっただろう。アルに伝えろ、そこから安く麦を仕入れて――んっ」
ぐいっと何者かに顎を優しく掴まれ、口元に触れた何か。これは何だと理解するよりも先にユリウスは相手を蹴り飛ばしていた。
「んんっ!?」
しかし、相手の方が一歩上だった。ユリウスの足をしっかりと受け止めている。
隙を狙われなければとユリウスが思っていれば、相手がクスっと笑う。男の声だった。やめろと伝えようとしたが、ユリウスの唇を何者かがしっかりと唇で塞いでいた。それに酷く混乱するユリウスだったが、それよりも男が自分を抵抗できないようにしっかりとソファへ抑え込んでいる。
――こいつ、戦闘慣れしてやがる!
舌が絡めとられようとした刹那、男の顔がそっと離れた。
「はぁ……おまえ」
何者だと答えようとする前に男がソファに抑え込まれたユリウスの手をそっと取り、そこに唇を落とす。金色の髪が嫌でも目についた。返答次第で魔法でぶちのめすと手のひらに魔力を込めたユリウス。
「こんなことをして許されると思っているのか」
呼吸を何とか整えて、じっと男を見つめる。男はにこっと笑う。
「約束を果たしに来ました」
「黙れ!」
「嫌です。貴方はしっかり約束しましたから」
「は?」
そっと頭を撫でられた。思わずその手をはらうが、その隙に男が自分の肩を抑えてくる。力が強いが、振り払えないわけではない。ただ、こちらを見つめてきた青い瞳が、その美しい瞳をどこかで見た気がした。
「アレクセイ・オリバーです。ユリウス様。結婚をしに来ました」
「あっ!?」
どうせ忘れるだろうと思っていた子供の名前。
それがこの男と残像のように重なりあい、やがては目の前の男の姿を形成していった。ユリウスが幼い頃に王家の象徴として焦がれていた金色の髪、そして綺麗だと思っていた青い空のような瞳。
思考を停止したユリウスに対し、アレクセイは優しい笑顔でユリウスの髪を梳いていた。
「約束、覚えていますか。結婚のお話」
「は!?」
忘れるわけないだろう!
しかし、その言葉が出なかった。こいつ、昨日騎士になったと聞いたが、まさか未だに俺をと思った。そんな嘘だろうと。
まるで、鈍器で殴られたように頭が回らず、正しい判断ができなくなっているユリウスに対し、声をかけたのは颯爽と現れたメイドのアリアだった。
「ユリウス様、お客様が来ていたので通しますと伝えるのを忘れてました。例の婚約者のアレクセイさんです。あと、アルが頭を抱えながら、ここを出発しましたよ」
このクソメイド、とユリウスは叫ぶのも忘れ、深いため息をついた。
「とりあえず、今日は帰れ」
顔を片手で覆い隠すユリウスにアレクセイはくすくすと笑っている。
冗談も大概にしろと叫びたかった。ファーストキスがたった今奪われてしまった。大した気にもしていないが、色々と話が見えてこない。
こいつ、本当に約束を果たしにきたのか。乱れたワイシャツを直して、座りなおす。
「おや、もう事後でしたか」
そう言ったのは澄ました顔のアリア。こいつ解って言ってるだろ。
「もう二人とも帰れッ!」
風魔法で二人を部屋から追い出し、ユリウスは顔をソファに埋めた。
最悪だと一言呟き、小さく咳き込んだ。
本来でなら王族は金色の髪を持つのが主だ。
しかし、ユリウスは白い髪に赤い瞳。王族の中で異質の髪色とされ、色素がないその姿から、魔物の子と呼ばれて育った。
けれども、家族はとても優しいものだった。年の離れた長男も次男もあれこれと甘やかせてくれたし、母親も惜しみなく愛を注いでくれた。王であった父親も。九歳まではそれは続いた。
全て壊れたのは父親が病に伏して、次の王が三人の中から選ばれるとなった時だ。病気の父親には誰も目もくれず、兄二人がお互いにけん制しあい、家族は瞬く間に壊れていった。
二人の兄がお互いに足を引っ張り合い、末っ子のユリウスはつまはじきにされた。二人の兄からは嫌悪され、すぐに戦場地へ放り出される。母は助けてくれなかった。それどころか、戦場に赴く時ですら顔を一度も出さず、そして手紙もくれなかった。
小さな子供が生き延びていくには過酷すぎる環境。嫌でも目につく人の死。
最初に死んだのは、戦場に残された幼いユリウスに優しい言葉をかけてくれた男性だった。自分にも君ぐらいの息子がいるのだと笑っていた男性が、ユリウスの横で頭を撃ちぬかれて亡くなった。
いつ死ぬかもわからないその中。ユリウスが自分が壊れていくのを感じた。兄たちは自分を殺すためにここへ送ったのだと悟る。
けれども、ユリウスは死ななかった。魔力に恵まれて、激戦を潜り抜けていく。気が付けば、白い髪は戦場で真っ赤に染まって、誰もが変わり果てたユリウスに怯えた。
戦に出れば、敵兵を狭い路地に誘い込み、十人も生きたまま燃やしつくす。ある時は川に入った敵兵を全員凍てつかせる。広い広原では落雷を呼ぶ日もあれば、谷に誘い込んだ敵兵たちを崖上から落とした木で潰した。裏切者を切り捨てる事もある。裏切られて悲しいかと問われれば、それは否。
壊れたユリウスには悲しいなどわからなかった。すでに裏切ってきた家族たちの愛も薄れて、人を殺す度に情などは捨てていった。泣いたとしても、誰も助けてはくれないと、日常のように戦場で誰かを殺していた。
そうしていった中で、小さな子供は壊れた。それが、ユリウス・イア・アリメストという人間を形成した。
戦場で真っ白な頭を血に染めて、笑って人を殺していく。そんな狂気染みた人間に対し、誰もが怯えて、そして口を揃えて言う。彼は化け物だと。兵器のようだと。
ユリウスとしてはそれが心地よかった。狂っている男に対して、賞賛を与えようとすれば、ユリウスが許さない。
そして、長年続いた戦争は終わった。
――戦場にユリウスという狂人はもういらなくなった。
「暇だ」
そう呟けば、隣にいたメイドに「仕事をしてください」ときっぱりと言われる。ユリウスはソファで小さくため息をつき、自分に物怖じをせずに言い放つ黒髪のメイドを横目で見た。
机に積まれた大量の書類。そこにはユリウスが運営する領地の帳簿が全て乗っている。
「茶ぐらいだせよ」
「お茶を出しても、苦いとか言って飲まないでしょう。ユリウス様は三時のりんごジュースで十分です」
このメイドのアリアは変わった人物だった。誰もが怯えるユリウスの屋敷で働く変わり者の一人。頑固で忠実で、表情を変えずにテキパキと働く様は、狂っていると自覚しているユリウスから見ても変わり者だ。
「お前、そんなんだから結婚できねぇんだ」
「そっくりそのままお返しします。二十七歳の領主様」
彼女の呆れたような赤い瞳で射抜かれ、ユリウスははあと息を吐いた。
いつしか、ユリウスの居場所は戦場から隔離されたこの屋敷になった。窓から外を眺めれば、幼い頃育った王城が嫌でも目についた。
結局、長男が王座について、次男は敗れた。彼はそのまま遠くへ飛ばされて、ユリウスが戦争から戻った時にはもういない。何処で何をしているのかもわからない。戦争は終わったが、ユリウスは本来の城に戻ることはせず、こうして隠居生活を過ごしている。
帰って来いと呼ばれはしたが、誰がそんなところへ行くだろうか。お前は死んで来いと遠まわしに命令した伏魔殿。十も満たない子供を前戦に送り込んだところなど。
戦争で勝った賠償金。そして、名誉魔導士及び騎士としてユリウスの私財は溢れていった。長男は今頃戦場に送り出したユリウスに対し、罪悪感からか貢物を寄越すが、それで元の関係に戻れると思っている兄や母。二人はもう好きでも嫌いでもない。正直関わりたくないといったものが心境だろうか。隙あらば二人と母を殺してやりたいと思っているが。
母はあれから一度も見たことがない。
「そういえば、十年前にユリウス様に告白した男の子がいたでしょう」
「ああ、そんなやついたな」
言われてぼんやりと思い出す。戦争が終わったあとのパーティ。その社交界の場で人生初めてユリウスは告白された。しかも子供に。あれが初めての告白で、そして、最後に受けた告白だ。
「昨日の試験で無事騎士になったそうですね。しかも、最年少だそうです。神殿からは二つの称号を得て、騎士学校へ。ソードマスターの称号を得て、聖騎士として王国から任命されました」
「ほう。俺でさえ一つだったのにな」
「ユリウス様の称号って?」
「秘密だ。ふうん、二つか」
それはすごいと適当に答えるユリウス。書類の山にサインを入れながら、「おい、ここの帳簿作ったのはどこのどいつだ」と首を傾げた。
「その印でしたら、スカルバート商団かと。新しくこの領地に来たギルドですね」
「即刻こいつらをクビにしろ。代わりに申請に来ている商団を入れる。変な団体より、薬草が欲しい。金銀財宝など、この領地で何に使うというのだ。しかもぼったくり価格だ。この辺りは金が取れる川があると知っているのか?」
「またですか。不正一つで商団を一つ潰すなんて。我儘がはじまったと言われますよ」
「煩い。こんな辺鄙な領地で私財など、誰が欲するか。農具を増やさねばいけないだろう」
早く伝えてこいとメイドを急かし、顔をしかめた。彼女は深いため息をついて、部屋を出て行った。ユリウスはソファに再び腰を落とした。
書類から目を逸らし、そっと額を抑える。小さく咳をして、口元を抑えた。
「あぁ、クソ」
何度が咳き込み、手のひらについた血を見て嗤った。
彼の手のひらが青白く輝いたかと思えば、それはすぐに何もなかったかのように綺麗さっぱりなくなって消えた。
大量の書類に再び目を通す。ユリウスの領地は戦争特需で潤っていた。
戦争を終え、賠償金で潤ったユリウスのアスター国。そして、すぐに始まったその敗戦国の内乱戦争。そのおかげでユリウスの領地に財が溢れた。
戦争で余った安い物資を高値で売れば、戦争で廃れていた領地の景気はうなぎのぼりとなった。ぼんやりと麦の単価を眺めていたユリウスだったが、突然部屋に響いたノック音に、出て行ったメイドの姿を思い出す。
書類に目を落としながら、ユリウスは言う。
「早いな。入れ。おい、麦の単価が高くなってきている。今年、豊作の国があっただろう。アルに伝えろ、そこから安く麦を仕入れて――んっ」
ぐいっと何者かに顎を優しく掴まれ、口元に触れた何か。これは何だと理解するよりも先にユリウスは相手を蹴り飛ばしていた。
「んんっ!?」
しかし、相手の方が一歩上だった。ユリウスの足をしっかりと受け止めている。
隙を狙われなければとユリウスが思っていれば、相手がクスっと笑う。男の声だった。やめろと伝えようとしたが、ユリウスの唇を何者かがしっかりと唇で塞いでいた。それに酷く混乱するユリウスだったが、それよりも男が自分を抵抗できないようにしっかりとソファへ抑え込んでいる。
――こいつ、戦闘慣れしてやがる!
舌が絡めとられようとした刹那、男の顔がそっと離れた。
「はぁ……おまえ」
何者だと答えようとする前に男がソファに抑え込まれたユリウスの手をそっと取り、そこに唇を落とす。金色の髪が嫌でも目についた。返答次第で魔法でぶちのめすと手のひらに魔力を込めたユリウス。
「こんなことをして許されると思っているのか」
呼吸を何とか整えて、じっと男を見つめる。男はにこっと笑う。
「約束を果たしに来ました」
「黙れ!」
「嫌です。貴方はしっかり約束しましたから」
「は?」
そっと頭を撫でられた。思わずその手をはらうが、その隙に男が自分の肩を抑えてくる。力が強いが、振り払えないわけではない。ただ、こちらを見つめてきた青い瞳が、その美しい瞳をどこかで見た気がした。
「アレクセイ・オリバーです。ユリウス様。結婚をしに来ました」
「あっ!?」
どうせ忘れるだろうと思っていた子供の名前。
それがこの男と残像のように重なりあい、やがては目の前の男の姿を形成していった。ユリウスが幼い頃に王家の象徴として焦がれていた金色の髪、そして綺麗だと思っていた青い空のような瞳。
思考を停止したユリウスに対し、アレクセイは優しい笑顔でユリウスの髪を梳いていた。
「約束、覚えていますか。結婚のお話」
「は!?」
忘れるわけないだろう!
しかし、その言葉が出なかった。こいつ、昨日騎士になったと聞いたが、まさか未だに俺をと思った。そんな嘘だろうと。
まるで、鈍器で殴られたように頭が回らず、正しい判断ができなくなっているユリウスに対し、声をかけたのは颯爽と現れたメイドのアリアだった。
「ユリウス様、お客様が来ていたので通しますと伝えるのを忘れてました。例の婚約者のアレクセイさんです。あと、アルが頭を抱えながら、ここを出発しましたよ」
このクソメイド、とユリウスは叫ぶのも忘れ、深いため息をついた。
「とりあえず、今日は帰れ」
顔を片手で覆い隠すユリウスにアレクセイはくすくすと笑っている。
冗談も大概にしろと叫びたかった。ファーストキスがたった今奪われてしまった。大した気にもしていないが、色々と話が見えてこない。
こいつ、本当に約束を果たしにきたのか。乱れたワイシャツを直して、座りなおす。
「おや、もう事後でしたか」
そう言ったのは澄ました顔のアリア。こいつ解って言ってるだろ。
「もう二人とも帰れッ!」
風魔法で二人を部屋から追い出し、ユリウスは顔をソファに埋めた。
最悪だと一言呟き、小さく咳き込んだ。
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