『狂人には恋の味が解らない』 -A madman doesn't understand love-

odo

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1.I want you to notice.

第四話

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 ユリウスはふと夜中に目を覚ました。
 人と同じように寝れば、夜中に起きてしまう。昼間に寝てもそれは同じ。戦争のせいでいつどこで敵に襲われるか分からない。そのせいで、ユリウスは深く眠れない体質に変わっていた。
 今日もまた夜中に起きれば、ふとした気配に気が付く。扉の前にそれはいた。

「おい、夜中の護衛はいらねぇぞ」

 そう告げれば、控えめなノックと共に現れたのは、この数日で見慣れたアレクセイだ。

「人が傍に居ると眠れませんか?」
「まあ、そんなところだ。明日の朝、お前がきつくなるぞ。部屋に戻って寝てろ」

 彼は屋敷に在住する事となり、律儀にここ数日ずっと傍に控えている。
 傍らの枕元にアリアが置いていったであろう小皿に入ったベリーを一粒かじり、水を飲む。傍で思案するような顔をしているアレクセイをじっと見つめた。目を引くのはやはり青い瞳だ。
 ユリウスは気になっていたことを尋ねることにした。

「そういえば、なんでお前は髪を染めているんだ?」
「え……」
「出会った小さい頃から金髪だったと考えると、小さい頃から染めているのか。まあ、別に俺にとってはなんでもいいが」

 首を傾げて言うユリウス。真面目な顔ばかりしている彼が、困惑を誤魔化すように息をついた。

「どうしてわかったんですか」
「いや、カマをかけただけだが」

 ぐっと眉をひそめた男にユリウスは楽しそうに笑う。

「楽しそうですね?」
「そりゃまあ。お前は真面目だからな。表情の変化が楽しいのさ。そんな真面目なやつが、なぜ俺に告白してきたのかが不思議だ」

 堅物かと思えば、少し違うようだ。
 やられたと言わんばかりの彼の表情に満足したユリウスは猫のように喉を鳴らして笑った。

「明日から地毛で来いよ。突っ込まれたら、ユリウス様にイメチェンしろって言われたってな。金髪が眩しすぎるんだ。てめぇのは」
「眩しすぎるという事は、魔力の染め剤で気がついたんですか?」

 酷く驚いた顔のアレクセイにユリウスは、「俺を騙したんだから、それぐらいはやってみろ。俺は嘘つきは嫌いなんだ。もしやばくなったとしても、骨になる前に拾ってやる」と毛布の上に転がった。

「貴方はどうしてそんな簡単に自分自身のせいにできるんですか? 昨日の女性と子供のことも。一歩間違えれば、牢屋に入るのは貴方だ」
「俺はいいんだよ。俺だからな」

 もう話は終わりだとユリウスは言う。モーフを抱き寄せ、肌触りを確かめる。つるつるとした優しい触り心地にふわふわとした触感。干した匂いに酷く安心した。
 ぼんやりとしていれば、突然アレクセイは深々と頭を下げた。

「だったら、私が貴方を守ります」
「あ?」

 どうして、今その台詞になったとユリウスは思う。
 彼の真剣な青い瞳を眺め、大した気にも止めないような声でユリウスは応えた。

「まあ、頑張れ」

 次の日、後悔するとも知らずにユリウスは大きな欠伸をひとつしただけだった。







「おい、まじかよ」

 次の日、護衛として部屋に訪れた男の髪は真っ黒に染まっていた。いや、染料を落としたというべきか。驚いて固まるユリウスだったが、なるほどなと納得したように頷いた。
 黒い髪に青い瞳。ユリウスが嫌というほど、戦って殺してきた人間たち。グスタン国の人間。彼が幼い頃から染めていた理由がわかった気がした。彼はユリウスの視線に小さく息をつく。

「まあ、似合ってるな。金髪よりは」
「骨になる前に拾ってくれるんでしょう?」
「ああ」

 約束は守るつもりだ。しかし、ユリウスとしては興味本位でつついた薮から、蛇ではなく、ライオンが飛び出してきたような気分だ。幼い彼はグスタン国から今のオリバー家に逃げてきたのだろう。
 グスタンを滅ぼした俺を憎くはないのか、という言葉は喉の奥で引っ付いて出てこない。

「元に戻せと言っても、魔法で変えていたのでしばらくは戻せません」
「わかってるって」

 拗ねたように言うアレクセイに根に持ってんな、とユリウスは思う。

「俺はそっちの方が好きだけどな」

 そう伝えた男の顔は酷く驚いていた。ユリウスはしてやったりとほくそ笑んだ。
 
「今日はあちこち回るぞ。流行り病や気になることもある」
「何処にでもついていきます」
「そうかい……」

 ゆっくりと歩き出すユリウスに、「夜中に咳をしていましたが、そんな薄着で大丈夫ですか? 流行り病のことを調べるんですよね」とアレクセイが小首を傾げた。
 ぴたりとユリウスは歩くことをやめ、視線だけを彼へ投げかけた。

「これを着てください。風邪をひいているのに、そんな薄着ではだめです。夜もそんなに食べていなかったでしょう」

 アレクセイは自分が着ていた騎士のコートをユリウスの肩にかけた。ユリウスをすっぽりと覆い隠すコートに、少し目を見開くユリウス。

「どうしました?」
「別に。律儀なやつだなって思っただけだ」
「そりゃそうでしょう。婚約する方ですから」
「お前、それ本当に……?」

 俺は男だぞとユリウスは言葉を飲み込む。小さく咳き込んだユリウスは、ゆっくりとベッドの上に腰を落とし、残っていたベリーを一粒口に含める。

「本当、わかんねぇやつ」
「ユリウスさん」
「なんだよ」
「一日経った果物は下げますので、新しいものか、冷蔵されていたものを食べてください。腐っていたらどうするんですか。食べる前に歯磨きもしてください。あと、仮眠時間も作ってくださいね」

 アレクセイはそう言って小皿とベリーを回収していった。
 毛布もしっかりと彼が持っていってしまった。その真面目な背中を眺め、ユリウスは小さく息をついた。

「堅物め……」

 ユリウスが全てを終えて外に出れば、すでにアレクセイが待機していた。
 辺りでは彼の髪色を気にしている騎士二人もいるが、「イメチェンさせた」とユリウスが言えば、周りの全員がユリウスさんだもんなと言わんばかりに納得していた。

「もしかして、先日のグスタンの人たちの差別を無くそうとしてるっスか?」
「いや、きっと新人のイメチェンだよ。アリアさんとマリアさんたち、外出してるだろ? きっと、黒髪が恋しいんだ。アリアさんたちは目の色が赤だから、仕方がないかもしれないけど」
「お前たち聞こえてるぞ。運転手は見つかったか?」
「それが、死体すらも見当たらなくて……ちょっと怪しいんスよね」
「そうかい。今日の担当者に捜索地帯を引継ぎをして、捜索は継続させろ。深追いはするなよ。特に捻挫野郎」
「げっ」

 先日、ユリウスが足を蹴り飛ばした騎士がギクリと肩を震わせた。ユリウスに蹴られた足を隠したのは気のせいではないだろう。

「き、気を付けます……って、あれ? ユリウスさん、そのコートってアレクセイの?」
「あ?」
「あ、本当だ。どうしたんです? ああ、魔物の血でコート汚れてましたもんね。マリアさんいないから、修理できないのか」

 騎士二人の視線がユリウスに突き刺さる。驚いて言葉に詰まるユリウスに変わって返事を返したのはアレクセイだった。

「ユリウスさんが咳き込んでいたので……風邪だと思うのですが」
「ユリウス様でも風邪になるんっスね」
「まじかよ。てか、ユリウスさん、人の心配している場合じゃないでしょ。いつもみたいな薄着で行こうとして。いつまでもユリウスさんも若者じゃないんだから……って、三十代になった俺からのアドバイスです」

 捻挫の騎士が拗ねたように言う。ユリウスは視線をそらし、余計な事を言うなと言わんばかりにアレクセイを睨んだ。

「聞いてください。ユリウスさんの朝食はラズベリーの一粒でした。しかも、一日経った」
「おい」
「ユリウスさん……流石にご飯食べましょうよ。そんなんだから、細いし風邪もひくんですよ」

 騎士二人がジト目でユリウスを見つめている。飽きれたような二人の騎士を眺めアレクセイが続ける。

「それに睡眠時間が――」
「アレクセイ、ちょっと黙っとけ」

 こいつ、髪色の件を絶対根に持ってるだろ。ユリウスは額を抑えて、「アレクセイ、俺が悪かった」とため息をついた。
 肝心のアレクセイはどこか勝ち誇った顔でユリウスを見ていた。なんだ、そのドヤ顔は。
 ――こいつ、本当にムカつく奴だ。

「おい、ユリウスさんが負けたぞ」
「ほら、生活力が皆無なユリウス様っスから。アルやアリアさんたちがいないとどんな生活を送ってることやら」

 二人の騎士のひそひそとした声。

「おい、てめぇら。さっきも言ったが、聞こえてるぞッ!」

 ドスの効いたユリウスの声に、二人の騎士は脱兎の如く逃げ出した。きちんとお疲れさまでしたと声を上げて去っていく背中にユリウスが肩を落とした。

「あいつら、好き放題言いやがって」
「ユリウスさん、行きましょうか」

 先程のことなど何もなかったかのようにアレクセイは言う。そんな彼の姿にユリウスはすっかり脱力した。

「お前、性格悪いって言われるだろ」
「貴方ほどじゃありませんよ」

 彼は鼻で笑う。ユリウスは「あっそ」とそっぽを向くだけだった。一歩踏み出したユリウスだったが、ぐらりと一瞬世界が傾く。やばいと足に力を込めて踏ん張ろうとした瞬間、すぐにアレクセイが腕を掴んでいた。

「大丈夫ですか?」

 驚くユリウスに、アレクセイは心配そうに顔を覗き込む。

「あ、ああ……」

 すぐに体制を整え、ユリウスは不適に笑んだ。

「どっかの誰かが部屋前に居たせいで、眠れなくてな」

 アレクセイはユリウスをじっと見たまま何も言わなかった。ただ、腕は放してはくれなかった。

「おい、腕」
「今日はお休みにしませんか?」
「休むわけねぇだろ。流行り病で死人が出たらどうするんだ。せっかく薬が手に入ったのに」
「そうですか」

 小さく息を吐くアレクセイ。ぐっとユリウスの腕を上に持ち上げたと思えば、びくりと震えたユリウスの腰をぐっと持ち上げた。そして、そのまま体を簡単に抱き上げてしまう。

「おい!?」
「ふらふらしているんですから。今日は馬車で行きましょう。数分でも仮眠できるでしょう?」
「アレクセイ! 放せッ!」

 所詮、お嬢様だっこだった。
 ユリウスは暴れるが、がっちりときた騎士体型のアレクセイの力は強い。魔法で彼を吹き飛ばすことも考えたが、今魔力を使えば、後で何かがあった時に困るのは目に見えている。小さく舌打ちをし、「馬車で行くが、そこまでは自分で歩く」と伝えた。
 すると、勝ち誇った顔のアレクセイがユリウスを放す。自分の足を地につけたユリウスは彼とすぐに距離を取った。しかし、アレクセイはすぐに距離を詰めてくる。

「お前、本当に俺より性格が悪いぞ」
「誉め言葉として受け取っておきます」

 律儀に頭を下げる男にユリウスは小さく舌打ちを一つ。そして、意味わかんねぇと呟いた。早足で歩き出したユリウスが背後を振り返れば、優しい眼差しがこちらを見ていることに気が付く。
 あまり慣れないその視線にユリウスは困惑する。その視線を誤魔化すように、ユリウスは「お前、先に行け」と顔を見せず背中だけでアレクセイへ伝えた。
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