『狂人には恋の味が解らない』 -A madman doesn't understand love-

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1.I want you to notice.

第六話

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 また、ユリウスは目を閉じて、逃げようとした。触れられる度に体が強ばる。
 人に触れられることが苦手だと、知っているのはアリアとマリアだけだと思っていた。

「やめ」
「怖がらせるつもりはなかったんです。マリアさんがわざと俺に教えたみたいで」
「うそだろ、おい」
「信じているんですね。あのお二人を。でも、二人もきっと貴方を信用しています。だからこそ、俺に気が付かせたかったのかもしれませんね。俺を三人の中に入れようとしてくれていました」

 驚いて黙り込むユリウス。アレクセイは困ったように笑っていた。
 それで二人は嫌がられると知っているのにべたべたと密着してきたのかと。裏切られた気持ちと、目の前の男が少し怖く感じた。

「てっきり、あいつはお前をけん制しようとしてたのかと。自分の縄張りに入ってくるやつが嫌いだから」
「どちらの意味もあったでしょう。けど、あれは俺を試すような雰囲気でしたね」
「じゃあ、合格だった?」
「そうなりますね。でも、合格したことで、アリアさんが拗ねたみたいですが」
「アリアはそんなやつじゃねぇよ。あいつは俺に似てるから」

 人間は難しい。ユリウスは常々思う。獣のようにはいかない。
 何かを言わなくてはと思うが、動かない頭。熱のせいでそれはままならない。その様子を察したのか、アレクセイは呆れていた。

「それにしても、どうして休まないんですか。貴方が倒れては元も子もないでしょう」
「うるせぇな」

 アレクセイは小さく息をつくと、「失礼します」と一言。
 彼は軽々とユリウスを抱き上げた。一瞬怯えたユリウスだったが、相手に攻撃性はないと理解すれば、小さく息をついただけだった。この間と同じ抱き方。もう抵抗はしなかった。いや、出来なかったというべきか。暴れたり、蹴り飛ばす元気もなかった。

「熱が上がってきましたね。いつもみたいに動けないでしょう? 先週から休んでくださいとお願いしていたのに。それにご飯もきちんと食べてください」
「お前、まるで親みたいやつだな。弟や妹でもいたのか」
「もう知っているとは思いますが、俺はグスタン出身です。本当は長男でした。下に妹と弟がいました」

 ユリウスは黙ったまま話に耳を傾けていた。

「だからだと思います」

 話はもう終わりだった。ユリウスは小さく息をついて、「お前、本当の目的はなんだ?」と低く嗤う。

「目的は一つしかありません」
「ふうん」
「でも、今は貴方を休めさせることが目的です。食べ物はベリー系を摘むだけ、睡眠時間は二時間程度。かと思ったら昼間は働き出す。とてもじゃないけど、信じられません。聞けば常だと。いつか、死んでしまいますよ」
「お前、いつ寝てんだよ」
「俺はしっかり寝てますよ。夜間はアリアさんやアルに記録をお願いしたんです。ばれないように二時間ごとに様子を見てもらったり、服交換、仕事の打ち合わせをしてもらって確認させていただきました」

 ユリウスは小さく舌打ちした。

「人払いしても眠れないなら、睡眠薬もあります。明日はアルに頼んで、ユリウスさんに休みを入れました」
「は?」
「みんな合意してくれましたので、心配することはありません」
「何勝手にやってんだよ」
「団長の指示で流行病の件は二人の騎士に任せてますし、魔物による柵の決壊は業者と護衛は二人の騎士に。他にも手分けしてます。今のところ大きな変化はありませんよ。貴方は休んでいて良いんです」

 瞬きをしたユリウスにアレクセイは優しい瞳で見つめていた。

「眠るまで傍で見てますから」

 そのまま部屋に向かって歩き出そうとするアレクセイ。
 そして、はたと気がついたように立ち止まると、おそらくはアリアが置いていったであろう毛布をユリウスにかけた。
 大きな毛布はユリウスを全身を隠してしまう。抵抗しようとし、誰かに見られても面倒だとユリウスは小さく息をつく。
 やがて、彼の動きが止まり、扉の開ける音。そして、数歩進みゆっくりと下ろされた。

「恐らく自室では休めないと思いましたので、客間に」

 壊れ物を扱うように、毛布を取っていく。下は広めのキングベッドだ。ふかふかとしていて心地よい。恐らく新調したのだろう。その傍らのナイトテーブルにはアリアが普段置いていくベリーの小皿と水。

「アリアさんと相談して、少し眠れるように雰囲気を変えてみようって話をしたんです」

 応えようとするが、動くことも億劫でユリウスはふうんと小さく頷いただけだ。
 アレクセイによって、薬や日用品が積まれていく客間。よく見れば寝るもの以外の物が置かれていない。例外はベリーの小皿と瓶に入った水ぐらいだろうか。
 武器もなければ、書類も見当たらない。ユリウスは手を伸ばすと枕を抱き寄せ、小さく咳き込んだ。

「咳、治りませんね。俺が来てからずっとしてますよね」
「……二人して手回しが上手だな」
「これぐらいしないと休まない上司がいるってことですよ」

 そいつはひでぇやと呟き、ユリウスが横目でアレクセイを眺めた。彼はすでに物の移動を終えたのか、ベッドの傍に腰を下ろしていた。

「俺が傍に居ますから、安心して目を瞑ってください」

 アレクセイに髪を梳かれる。
 その度に怯えていると解られてしまえば、酷く恐ろしいものだった。だから、やめさせるために手を払いのける。彼は微笑み優しくもう一枚の毛布を被せてきた。

「お前……一体なんだ?」
「俺はアレクセイ・オリバーです」
「本当に何が目的だ。なぜ、俺に近づいた?」

 ユリウスは手の甲を目元に当てて深い息を吐く。しかし、それはすぐに咳に変わる。
 しかし、アレクセイから答えはない。

「俺が憎くて、ここに来たのか」

 そっと手を離し、ユリウスの赤い瞳がじっとアレクセイを見つめている。彼は何も言わない。ただ、青い瞳もじっとユリウスを見つめていた。

「だったらどうします?」
「はっ」

 呆れたとユリウスが哂う。

「首を絞めて殺せばいい。お前らにはそれぐらいの権利はある。お前たちの国を滅ぼした憎き敵が弱っている。今がチャンスだぜ」
「呆れて何も言えませんよ。グスタン国の全員が貴方を恨んでいると思っているのですか」

 アレクセイはそれ以上は何も言わなかった。そっと手を伸ばされ、指が首筋に触れる。ユリウスの肌が人のぬくもりを拒絶し、赤い瞳が動揺する。

「戦争で死んでいった人たちもいます。けれど、グスタン国は腐りきっていた。それを貴方が一掃したんです」
「何を……」
「そんな風に考えてしまうほど、戦っていたんですね。俺の黒い髪と青い瞳をみるだけで、不安そうに揺らいだ目の人は初めてみました」

 知るかとユリウスが息を吐きだした。
 ユリウスの視線はアレクセイから外れ、天井をぼんやりと眺めていた。

「わざわざ、弱った俺を笑いに来たのかよ」
「だから言ったでしょう。俺は貴方を傍に置きたい。婚約者にしたいと」
「バカじゃねぇのか。お前の国を滅ぼしたのは俺だ。そして、俺は男だ」

 ユリウスは咳き込みながら答える。アレクセイは、「貴方だから良いんです」と語る。
 驚くユリウスに、アレクセイは優しい笑みを浮かべていた。

「俺は貴方のことをあまり知らないし、貴方も俺の事をあまり知りませんよね? 質問してもいいですか?」
「おい。さっきの今でどうしてその話になる?」
「貴方の好きな色は?」
「青色だが、どうした急に」
「俺の目の色ですね。俺の好きな色は白です。グスタンは寒い地域で、貴方を見ると今は亡き亡国を思い出します」

 言葉に詰まって何も言えないユリウス。アレクセイは何故か穏やかな表情で、ユリウスを見つめている。

「では、貴方の好きな本は?」
「フェルトの冒険」
「幼いフェルトが王国を捨てて、魔女を探して旅に出る話ですよね。俺も好きで読んでました。最後の魔女との」
「待て、ネタバレはするな」
「まだ読んでなかったんですか」

 アレクセイの問いにユリウスは小さく頷いた。そして、視線をそらした。

「読んでた時に色々起こってな」
「ちょっと話題を変えましょうか。ユリウスさんは幼い頃の恥ずかしい話ありましたか?」

 その質問にユリウスは瞬きした。

「俺は当時魔石のことを知らなくて、生活魔法のことを妖精さんがだしてくれてるって思ってました。何も知らなくて、魔石の入ってない機械に妖精さんお願いしますって何十分も頼んでいました」
「んふふ」
「やっと普通に笑ってくれましたね」

 ユリウスが自然に笑ったことで、アレクセイは優しい笑顔でそれを見下ろしてくる。

「俺も、小さい頃に妖精を信じてた。兄や母にそれを話すと皆がそうだねと笑ってくるんだ。今考えれば、夢を壊さないようにしてくれてたんだなって」
「可愛い子供だったんですね。幼い貴方を見たかった」

 その言葉にユリウスは少し表情を曇らせた。すかさず、アレクセイの手がユリウスの額に触れてくる。アレクセイの手はひんやりとしていた。一瞬こそ、大きく震えたユリウスだったが、冷たさはとても心地よい。

「そろそろ、きちんと寝ましょうか」
「話はもうおしまいか?」
「ええ。これ以上は貴方の体に障ります」

 たまにアレクセイが年下だと言うことを忘れてしまいそうになる。彼はスプーンでゼリーに入れた風邪薬を飲ませて、更に効き目の弱い睡眠薬も飲ませてきた。
 ユリウスはぼんやりとした頭で、目の前の存在を考えていた。
 己が滅ぼした国から逃げてきて、髪色を隠してアルター国にやってきたアレクセイ。そして、ユリウスに一目惚れしたと幼き身で告白してきたこと。
 疑いながら、それでも。今の優しさに触れてみたいと思ってしまった自分自身。もしかしたら、寝首を狩るためにやってきたかもしれない男。
 その男はベットの片隅に座って、ユリウスの体調を気にしている。

「ユリウスさん、目を瞑ってください」
「明かりはつけていてくれ」

 こくりと頷くアレクセイ。彼がユリウスの目元に手を伸ばし、目を閉じさせる。
 俺が殺していった人間たちも同じようなことをされていったのだろうかと、ぼんやりとユリウスは考えた。

「俺はお前たちになら、殺されてもいいと思ってる」
「何を馬鹿なことを」
「たくさん、殺した」
「思い出さなくていいので寝てください。風邪の時は気を楽にして」
「殺したんだ」

 何人も何十人も殺した。
 悲鳴をあげて逃げていくやつも。捕虜として捉えられないやつも。伝令として動いていた子供も殺したことがあった。
 同じぐらいの子供を殺した時に、ユリウスは自分自身が化け物だと理解した。

「なあ、アレクセイ。俺が死ぬ時、お前の手で俺を殺してくれ。痛みつけて、俺が殺してくれと懇願するまで」

 アレクセイは何も答えなかった。いや、手のひらを通して、動揺が伝わってくる。

「俺が今の発言を後悔するぐらい痛めつけて、それから俺を殺してくれ」

 彼からの返事はなかった。
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