『狂人には恋の味が解らない』 -A madman doesn't understand love-

odo

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1.I want you to notice.

第八話

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「血が!」
「さっき倒した狼の返り血だ……いいから、早く行け。見張りの邪魔だ」

 男性に護身用に持っていけと使っていた剣を持たせる。おろおろとしていた男性だったが、やがては剣を受け取った。彼は深くお辞儀すると魔石の明かりを頼りに駆け出していった。

「静かに行けって言ったばっかだろうが」

 ユリウスは愚痴りながらも、もう大丈夫だろうと再び歩き出した。どれぐらい木々を魔法で生やして歩いていただろうか。出てきた当時こそ低い位置にあった太陽が真上に見えた。
 そして、ザァアアと川の音が強くなる。徐々に流されてくる枝の量も増えてきた。そして、青い空に似合わない、ゴォオオという轟音。

「あぁ、まあ良い所か。街までは範囲に入れれた」

 振り返ったユリウスは不適に笑んだ。背後を振り返ると、川の水が徐々に増えていく。ふっと笑うユリウスは、高く跳躍すると、自らが建てた木々の上に立った。
 刹那、土砂を含んだ濁流がユリウスの作った木々の間を勢いよく流れて行った。木々が壊れそうになるたびにユリウスは魔力を再度操り、木々を再生させていく。
 小さく咳き込みながら、魔力を操作していけば、流されていく魔物の姿もある。
 びくりと肩を震わせたユリウスは、狼の魔物の悲鳴を聞いて、茫然とその様子を眺めた。きゃんきゃんと響く悲鳴。狼の魔物が水の中に消える瞬間、ユリウスはそっと目を閉じた。
 やがて、息を小さく吐き出し、再び目を開く。その瞳の動揺は消え去っていた。狼たちの姿はもうない。

「ああ……本当に嫌になる」

 どれぐらい水と攻防が続いただろうか。小さく息を吐き、魔力を込める。
 茶色の水はユリウスの魔力が途切れた向こうに吐き出されていく。街が無事ならとユリウスが選んだ結果だった。
 ユリウスが魔力を届かせていない範囲では、森の木がなぎ倒され濁流が遠くへ流れていくのがわかる。大きな濁流は森林を破壊していた。
 ユリウスは息を荒げる。座り込んで木に直接手のひらを当てている。ひたすら自らが生み出した木々に魔力を送り込んでいく。一滴も水を外に漏らさないようにと、濁流との攻防だ。
 ぽてりと額から落ちた汗が手の甲で弾けた。ようやく、水の勢いが収まってきた頃だった。

「ユリウス様ー!」

 上流の方からだ。騎士たちの声が響き渡っていた。

「ああっ?」

 何でここにいるんだよと思いつつ、冷や汗が流れる体をなんとか誤魔化した。ユリウスは最後の魔力を送り続けていく。荒げた息も何とか整え、背後を振り返った。

「あそこです! あそこに助けてくれた人が!」
「木々のところだ!」
「いたぞー!」
「ユリウス様! 無事っスかー!?」

 騎士団長と森から抜けたはずの年配の男性。そして、アレクセイや他の六名の騎士の姿も見えた。
 全員が奥に見える濁流の惨状に酷く驚いているようだった。

「バカ野郎! 大きな声を出すな。スライムが出てくるだろうが」
「ユリウスさん、怪我はしてませんか!?」

 聞こえたのはアレクセイの声だった。

「だからするかって。スライム如きに! 狼の返り血だ! 大きな声を出すなって言ってんだろうが!」

 ふざけんなと返せば、安心した騎士たちの姿がある。

「ユリウス様の方が煩いっスよ!」
「うるせぇ!」

 やがて、水が緩やかなものに変わっていき、ユリウスはやっと魔力の発動を停止させた。小さく咳き込みそうになったのを我慢し、木々の上で小さく息をつく。
 騎士たちがすぐに崩れそうな木々の横に石を積み始め、ユリウスの代わりに動き始めた。
 それを確認したユリウスは騎士団長とアレクセイの前に降り立った。一瞬ふらついたのを誤魔化し、「石が邪魔だ」と小言を言い、何事もなかったように立ち上がる。

「はぁ……久しぶりに疲れた」
「ありがとうございました……本当にすみません」

 騎士団長が深々とユリウスに頭を下げる。

「団長のせいじゃねぇよ。俺が雪解け時期の判断を誤っただけだ。ここは秋に一度土砂崩れ起こしているからな」
「ですが、私が今日を任されていました。本当ならユリウス様は休みのはずだった」
「俺が雪解け後にきちんと指示すれば、氾濫した森の方も本来は無事だっただろうさ。この際、結界の範囲も広げて、川の整備もはじめた方がいいかもしれねぇな」
「でも、良く気が付きましたね。流石はユリウスさんです」
「まあ、何となく来てみたら異臭がしてな。生えたての草が流れてきたこと、そして、濁りが少し気になっただけだ」

 驚く騎士団長にユリウスは不適に笑んだ。
 そんなユリウスを背後から攫ったのはアレクセイだった。
 ぎょっとするユリウスは体を一瞬硬直させたが、相手がアレクセイだと気が付くと、深いため息をついた。再びお姫様だっこだったが、ユリウスに抵抗する力は残っていなかった。

「んだよ、お前……」

 アレクセイは何も言わなかった。ただ、複雑そうな表情が、気に食わないとだけ語っている。

「お前もさっさと整備にいってこい。俺に構っていてどうする」
「団長、あの……さっきの話」
「ああ、アレクセイ。ユリウス様を頼んだよ。屋敷に届けて、見張っていてくれ」
「はい。任せてください!」
「おい!? お前ら、ふざけんな! おいッ! 木材の後始末が残っているだろ!? 誰があれ撤去するんだよ!」
「そちらの貴方もこちらに来てください。街まで護衛します」

 アレクセイが傍で安堵していた年配の男性に声をかけた。ターバンはしっかりと巻いているようで、黒い髪がすっぽりと隠れていた。
 腕の中で暴れたユリウスだったが、構わずアレクセイがそのまま歩き出す。
 その足は屋敷の方へ向いている。ユリウスは抵抗するが、疲れ切った体ではそれはままならなかった。




 屋敷につくなり、ユリウスはすぐに服を脱がされ、また新しい白猫のパジャマを着せられた。
 そのまま乱暴にキングベッドに押し付けられ、アリアとマリアに仁王立ちで迎えられる。
 もちろん、アレクセイがベッドに抑えつけていた。

「お、おい……」
「ユリウス様は馬鹿だった」
「アリア。違うんじゃ。ユリウスはバカはバカでも超バカだ。いや、馬と鹿に失礼じゃな? 今は猫か」
「意味わかんねぇこと言ってんじゃねぇ!」

 言葉を返すと双子の鋭い眼光。思わず、ユリウスがたじろぐ。その様子を見ていたアレクセイは深いため息を一つ。

「脱出なら、鍵の閉まった扉をこじ開けたり、魔法で壊して行きますよね? でも、貴方は窓をこじ開けて、魔法で上にあがって、そのまま部屋の窓を割って侵入する。普通考え付きますか?」
「しかも、布団に毛布を詰めて、あたかもいるように見せる。本当に馬鹿」
「アリアよ、馬と鹿に失礼じゃよ。クソ猫で十分じゃ」
「変なことを言うんじゃねぇよ」

 今にでも抱き着いてきそうな双子。逃げ腰になったユリウスを掴んでいるのはアレクセイだ。逃げようとするユリウスの腰を掴み、アレクセイは首を振っている。

「やっぱり、監視役がいないとダメですね」
「は!? 俺がいなかったら、街に甚大な影響が出てただろうが!」
「ユリウス様は、自分のことをきちんと考えている?」

 アリアが震えた声で言う。

「自分の事は自分が一番わかっているぞ」
「違う! あなたはあなたの事しか考えてない!」
「アリア、あのなあ」
「私たちが貴方のために……たくさんの事をしても、貴方はこれっぽっちも考えちゃくれない」
「それは」
「アリアさん、その辺にしましょう。街が助けられたのも事実です。そして、今まで通りやろうとしているユリウスさんにそれを言っても伝わりません。これから変えていってもらいましょう」

 アレクセイの言葉にアリアが小さく頷いた。そして、アリアは傍にいたマリアに抱き着く。
 マリアはアリアを慰めるように髪を梳き、「懲りたらしばらく外出は控えるんじゃな」と彼女は肩をすくめた。

「アレクセイ、見張りの件を」
「わかりました」
「は?」
「昨日と同じように夜間も控えさせてもらいますね。部屋に俺の毛布を置きます」
「はぁ?」

 こいつと同じ部屋で寝る?
 ぐるぐると回る思考にユリウスは立ち上がろうとする。逃げようと考えた。けれども、アレクセイの力は強かった。

「夜間、私も傍で寝させていただきます。今日と同じように」
「お前、騎士だろ。部屋に戻ってきちんと睡眠は取れよ」
「アレクセイ、ユリウス様の傍で寝ていいって」
「おい」
「わかりました」
「はあ!?」

 じっと三つの真剣な瞳。ユリウスはその視線から逃れるためにそっぽを向いた。
 ずぎりと肺に痛みが走り、ユリウスは咳き込んだ。

「大丈夫ですか?」
「別に……風邪をこじらせただけだ。俺はもう休む」

 その一言を告げれば、三人が安堵した表情を浮かべる。
 ズギズギと痛む肺の痛みにユリウスはのろのろとキングサイズのベッドに転がる。ぐっと眉をひそめ、アレクセイがおいて行った毛布を手に取る。

「私たちは仕事に戻る」
「はい。私は見張りをします」
「よろしくの」

 双子が出ていく。ユリウスはその後姿をぼんやりと眺め、胸元を抑えた。アレクセイがその様子をじっと見つめて、やがて、額に手を伸ばした。そして、眉をひそめる。

「せっかく熱が下がったのに」
「うるせぇな」

 ああ、クソと内心呟く。こいつが来てから、めちゃくちゃだとユリウスは思う。
 青い瞳が心配そうにユリウスを見つめている。そして、彼が部屋にあった薬を飲ませに来る。ゼリーと一緒に飲ませてくるあたり、看病には慣れているのだなとユリウスは考えた。

「栄養剤です。後で風邪薬も飲んでもらいますから」

 そういえば、ご飯食べてなかったとユリウスはぼんやりと思う。するりと入っていく薬。

「ユリウスさん?」

 言葉を返そうとするが、小さな咳が出ただけだった。
 アレクセイが心配そうな顔で覗き込んでくる。ふと、思い出すのは例のパーティ会場で告白してきた小さな子供の姿。十歳ぐらいだっただろうか。もっと幼かっただろうか。
 彼は手を伸ばして、そっと前髪をかき分けて来た。そして、額に触れて、不安そうな顔を見せる。そして、すぐに傍らにあった毛布を更にかけてきた。
 ぼんやりとする頭で、青い瞳を眺める。青い瞳は苦手だった。
 濁った眼の兵士たちを思い出してしまう。それが絶望なのか、全てを諦めていたのか。ユリウスには知る由はない。その目の人たちに問うことはもうできない。

「大丈夫ですか?」

 瞬きをすれば、青い瞳が諦めた目ではなく、違うものに変わった。アレクセイの瞳。
 こいつの青い目は違う。きらきらとしていて光輝く。こいつの目は本当にいいなと思う。
 ユリウスは目を閉じることにした。慌てるアレクセイの声が聞こえるが、ユリウスは気にしない。

 ――心地よさの原因は、まぶしすぎるからだ。
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