『狂人には恋の味が解らない』 -A madman doesn't understand love-

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2.Born to sin.

第二十二話

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 昼食後、アレクセイはベッドで眠るユリウスを見下ろしていた。呼吸は荒く、時折魘されているのか、ぐっと口元を引き締めている。まるで、誰かの手から逃れているようでもあった。

「ユリウスさん」

 汗ばんだ絹のような白い髪を整えていれば、ユリウスがゆっくりと目を開けた。彼の赤い瞳がアレクセイを捉え、彼の目元が緩む。
 気がつけば、アレクセイも微笑んでいた。
 メアリが作ってくれた氷の魔石の枕を頭に敷けば、いくらかマシになったのか、早朝よりも状態は落ち着いてはいた。寝たきりの時よりは表情が豊かで、アレクセイはその様子に安堵する。

「メアリさんが怒ってました。魔法を使わない約束を破ったって……多分、俺を引き上げた時ですよね。身体強化使ったんですよね? 俺は大丈夫ですから、自分を大事にしてください」

 アレクセイの言葉に彼はにやっと笑う。しかし、すぐに息を吐き、再び口元を引き締める。咳を我慢したような行動に、アレクセイは手を伸ばし、彼の頬に触れた。
 熱を持った体のためか、アレクセイはとても不安になる。

「ここは診療所です。我慢しなくても、大丈夫なところですから、ゆっくり休んでくださいね」

 彼はきょとんとしたが、口元だけで、ばぁかとだけ言うと全身ごと布団の中にもぐってしまった。アレクセイはまったくと呟く。

「貴方って人は……人の事は二の次でいいんです。お願いですから、貴方を守らせてください」

 アレクセイがそう伝えたが、彼はその後も顔を見せてはくれなかった。しかし、アレクセイのコートの裾を掴んでいるあたり、彼らしいと言えば彼らしいなとアレクセイは思った。

「そろそろ薬貰ってきますね」

 裾を掴む手をどうしたものかとアレクセイが思っていれば、控えめなノックが響き、メアリがやってきた。彼女の手には薬が握られており、アレクセイはほっとする。
 彼女は二人に気が付くと、優しく微笑んだ。

「薬、ありがとうございます。今取りに行こうと思っていました」
「なんだい、思ったよりも元気そうじゃないか」
「はい。多分、ユリウスさんの体内にある魔力量よりも放出した魔力量が多かったのかと。今は体調も落ち着いてるみたいです」
「ユリウスもそうだけど、私はあんたも心配なんだよ」

 メアリの言葉にアレクセイは「えっ」と声をあげた。

「ユリウスはあんたを心配してんだよ。さっきまで死にそうな顔して」
「俺、そんなに?」

 アレクセイの言葉にメアリは目を見開き、そして、笑った。

「気がついてないのかい。あんたもユリウスもよく似てるわ」

 そして、彼女はすぐに手で扉を指した。

「あんたたちにお客さんが来てるよ」
「お客さんですか?」
「断ろうと思ったんだが、相手がどうしてもってね。ユリウスもそこまで辛くはないだろう? 顔だけでも見せてやってくれ」
「はい」
「入りな」

 メアリの言葉と同時に子供が顔を覗かせた。アレクセイはあっと思う。
 海で助けた子供だった。二人の前まで出てくる子供。そして、その後ろには防波堤で見かけた子供たちがぞろぞろと出てくる。助けた子供は花束を持ってアレクセイの前にやって来た。

「あの……ありがとうございました。細い方のお兄ちゃん、具合悪いって聞いたから。お礼とお見舞いに」
「どういたしまして。ユリウスさん、綺麗な花束ですよ」

 アレクセイの言葉でようやく布団から顔を出すユリウス。
 そして、ゆっくりと上半身だけを起こす。表情はあまり良い状態では無い。ふらついた彼をアレクセイは慌てて支えた。白い髪がさらりと揺れ、子供たちが感嘆の声をあげた。

「すげー!」
「メアリと同じ外人さん!?」
「まっしろ! 天使みたい」
「病室だよ。静かにね。あと、約束は守るんだよ」

 メアリの声に子供たちははっとしたように口を手で抑えた。ユリウスはそんな彼らを見て眉をひそめたが、花束を受け取り、驚いた表情を見せた。彼の両手いっぱいの色とりどりの花束。病室が優しい花の香りに包まれていた。

「これ、助けてもらったお礼とお見舞いです」
「お兄ちゃんたち、本当にありがとう!」
「ユリウスさん、よかったですね」

 ユリウスは驚いたように子供を見た後、アレクセイを見た。大きく見開く彼の瞳からは困惑の意図も読み取れる。
 固まっている、と思ったアレクセイは子供たちに向き直った。

「綺麗な花束をありがとう」

 アレクセイが子供たちに伝えれば、彼らは嬉しそうに笑った。ユリウスはというと固まっているが、アレクセイの言葉に我に返ったらしい。子供たちを見て、深々と頭を下げた。

「よかったね。ハルビーの花かい」
「うん。お母さんが持っていけって!」
「そうかい。珍しい花をありがとね。あんたたち、そろそろ二人は休むから、その辺で遊んでおいで」

 メアリの言葉に子供たちが元気よく返事を返した。

「白いお兄ちゃん、またね!」
「元気になってね!」
「飴玉のお兄ちゃん、病気のお兄ちゃんのこと、お願いします!」
「じゃあね!」

 子供たちが騒がしくパタパタと走って戻っていく。メアリは怒った表情で彼らを追いかけていった。

「船は走るんじゃないよ! そこで遊んだらだめだ!」

 きちんと部屋をしめて、彼女は部屋を後にする。花束を貰ったユリウスは固まっていたが、困ったようにアレクセイを見た。

「どうかしましたか?」

 彼は花束を見た後、またアレクセイへ視線を移す。それの意図が読み取れず、アレクセイは彼のいるベッドの傍へ腰を下ろした。すらりとした彼の白い喉元を眺めながら、彼の表情をじっと見つめる。
 上目でアレクセイを見つめる目がうるうるとしている事に気が付き、アレクセイはそれに驚いた。なるべく意識しないようにアレクセイは頭をかいた。

「花を花瓶に挿しておきますね」

 彼はこくりと頷き、アレクセイに花を託す。そして、ゆっくりとした動作で布団の中にもぐっていった。
 そして、じっとアレクセイを見つめる。

「疲れたでしょう。今日はゆっくり休んでくださいね」
「アレクセイ……ありがとう」

 ぽつりと呟かれた言葉。その言葉にアレクセイは目を見開く。彼の目も驚いたように見開かれていたが、すぐにふっと目が細くなり、彼が笑っているのだと感じた。

「おやすみなさい」

 その様子に心が少し踊り、そっと額にキスを送った。

 その日の夜だった。最後の患者が退院し、メアリの船ではお別れ会が開かれていた。集まるのはナンブールの患者たち。
 アレクセイはというと、お別れ会には参加せず、ユリウスの傍で控えていた。すっかり発熱も収まった彼は深い眠りについている。

「アレクセイ、ちょっといいかい」

 メアリの声に気が付き、アレクセイは小さく頷いた。ユリウスを起こさないように扉を開けたまま、部屋のすぐ外へ向かう。そこは人々が賑わう船のキッチンだ。

「何かありましたか?」
「最後の患者が退院したからね。私も一週間後にここを出ようと思ってね。あんたたちはどうするつもりだい」
「そうですね……内戦が終わってから一か月は経過したところですし、俺たちも……とは思っていますが。ユリウスさんの状態とアルター国の情勢を見て戻るのは考えようと思ってます。それか、二人で駆け落ちもいいかなって思ってます」

 ヒュウとメアリが口笛を吹いた。

「まあ、一週間ゆっくり考えな。私も乗組員を探して、次の航海とも考えているしね。ロンに相談して力を借りようかと思ってもいるよ。二人が付いてきてくれたら、心強いとは思っていたんだけどねぇ」
「考えておきます。ただ、ユリウスさんは……」
「ああ。あの子は色々考えている顔してるね。壊魔病は治っても、彼の場合……アルター国へ戻っても良い方向には戻らないだろうしね」

 彼女は小さな声で眠るユリウスを見つめる。アレクセイは小さく頷いた。

「もし、俺が守れる範囲で……いや、俺が守って、ユリウスさんがやりたい事をできればそちらをとは思ってます」
「そうかい。もし、迷うようなら、一緒においで。私は次の航海をハルにしようと思ってる」
「更に北へ?」
「そうだよ。暖かくなるし、旦那がそっちにいるらしくてね」

 困ったもんだよとメアリが笑う。ただ、懐かしむ表情をしており、アレクセイは言葉を返せなかった。

「まあ、二人でゆっくり会話しておきな。来週に私は出発するよ。途中までなら乗せてあげれるしね。ただ、ハルは海賊が出やすい海域だから、おすすめはしないよ」
「色々考えてみます。ありがとうございます」

 いつまでも、ここにお世話になるわけにはいかない。
 アレクセイは小さく彼女にお辞儀した。
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