『狂人には恋の味が解らない』 -A madman doesn't understand love-

odo

文字の大きさ
23 / 64
2.Born to sin.

第二十一話

しおりを挟む
 青い空に青い海。先日の高波も落ち着きを取り戻し、今日は暖かな春の風が吹いていた。

「よぉ、メアリ! 今日も元気か?」
「おうよ。そっちも元気そうじゃないか!」

 アレクセイとユリウスはデッキでメアリと共にお客さんと会っていた。
 どう見ても堅気ではない風貌の男性だ。それよりも驚くのはバンダナを頭に縛っており、どう見ても海賊ですと言わんばかりの恰好だった。黒い髪に褐色の肌。金色の目。年齢は三十代前半といったところだろうか。
 その風貌から、メアリと同じ国の人物だということがわかる。

「そっちの二人は誰だ?」
「治療の助っ人をお願いしているアレクセイとユリウスだよ。二人とも可愛いだろう?」
「へぇ。そっちの黒髪の兄さんは良い体格してんなぁ。よろしく、俺はロンだ!」

 男性ーーロンは会釈するアレクセイとユリウスを楽しそうに眺め、次にメアリへ視線を移す。

「んで、ここには何の用だい?」
「海賊を追って来たんだよ」
「えっ」

 あなたが海賊ではないのですかと尋ねそうになり、アレクセイは思わず口を抑えた。
 それとほぼ同時に隣のユリウスがアレクセイへ肘で攻撃してきた。彼は言うなよと言わんばかりの顔をしており、アレクセイは思わず苦笑してしまった。

「俺は海賊を取り締まる方だからな」
「逆に取り締まれるよ、あんた」

 メアリはケラケラと笑う。

「まあ、この恰好は俺が好きだからさ。浪漫だろう?」
「まーた、はじまった」とメアリが呆れたように肩を落とす。

 メアリの様子を見ていた海賊風貌の男――ロンはころころと笑う。

「そういや、鯨みたか?」
「あんたも見たのかい」
「おうとも。来る時にな。あんたらも見たのか?」

 アレクセイとユリウスは話を振られ、素直に頷いた。
 すっかり毒気を抜かれてしまったアレクセイは、「鯨がこちらに来ていたのは、やはり沖の方で海賊の追い込みがあったからですか?」と小首を傾げた。

「んーどうだろうなあ。沖の方で他国の船がおそわれてな。鯨もこっちに逃げてきたかもしれないが……」

 ロンがんーと声を上げる。ユリウスがアレクセイの服を掴んで引いた。
 彼は何かを喋ろうとしたが、それは言葉にならずに空気となる。むっとした彼は懐から紙とペンを取り出し、さらさらと書いていった。

『寒流が流れ込んだせいで、こちらにやってきたんだろう。大量の小魚が港の方に集まっていた。恐らくはそれを追って、紛れてきたんだ。原因はそちらにあると思う』

 アレクセイはそのメモ紙を見せられ、思わずびっくりしてユリウスを見た。彼はすぐにそっぽを向いた。

「へぇ。あんた、色々そういったの詳しいんだな!」
「それにしても、こっちのナンブール沖に海賊が来たってのはちょっと驚きだね。バルム沖の海域に良く出没するとはよく言うけど」
「まあな。今回の件、正確にはアルター国に追い返されて、こちらに逃げて来たってのが正解か」
「海賊をですか?」
「まあ、海賊になる前の連中だな。南部の都市の方で暴動があったらしくてな。逃げて来たんだろうさ」

 困ったように頭をかくロン。
 アレクセイとユリウスは思わず顔を見合わせた。恐らく、二人とも同じ人を思い浮かべたとははずだった。

「暴動はどうなったのですか?」
「軍が出動して鎮圧されたって聞いたぞ。まあ、何人死傷者が出たかはわからないけどな。情報封鎖がされたらしい。なんでも、神聖兵器の情報も出たって話だ」
「神聖兵器ですか?」
「ああ。教会とかにありそうな名前だが、そんな祈りを捧げるようなもんじゃねぇ。人を殺すものだからな」
「そんな……」

 すると、傍に居たユリウスは再びメモ紙に文字を書いていく。それをロンに渡した。アレクセイは見ようと体を少し動かしたが、見ることは出来なかった。
 彼は内容を見て、ああと納得したように頷く。

「確かにそうかもしれないな。それにグスタン国の内戦が終わったからなぁ。あんたらも気をつけろよ」
「注意喚起にわざわざありがとさん。にしても、警備も大変だね。国境を越えてだろ?」
「国際機関だからな。それが俺たちの仕事さ。そうだ。あと、息子さんと会ったぞ」
「へぇ、どのあたりにいたんだい?」
「アルター国の方でだな。立派になってたぜ」

 ロンは両手を頭の後ろで組み、楽しそうに笑う。
 メアリは「そりゃ困ったね」と頭を抑えて笑った。

「あはは! また逆の方だねぇ。まあ、元気そうにやってればいいさ」
「今度会ったら、メアリに会ったことを伝えておくよ」

 そして、ロンは話を逸らすようにアレクセイとユリウスを見る。

「そういえば、アレクセイとユリアスだっけ?」
「ええっと」

 アレクセイが言い直そうとすると、すかさず、メアリが呆れたと肩を竦める。

「アレクセイはあってるけど、ユリアスじゃなくて、ユリウスだよ」
「悪い悪い! アレクセイとユリウスな!」
「して、何かあったかい?」
「メアリを頼んだよ。怖そうに見えても、か弱い女の人だからね。海賊がここに来たら、彼女もたまったもんじゃないだろうさ。だから、守ってやってくれ」
「あんた、さりげなく失礼だねぇ」

 メアリは「まったく」とため息をついた。
 ロンはころころと笑い、「んじゃ、海賊の出没地帯とアルター国までの航海日誌を置いていく」と何冊かの航海日誌と食料、水を置いて颯爽と去っていく。
 嵐のような人だとアレクセイはぼんやりと思う。物資を調べているメアリにアレクセイは尋ねていた。

「彼とかなり仲が良いんですね。もしかして、国際海域機関の方ですか?」
「ああ、そうだよ。彼は海の治安部隊さ。彼は昔航海仲間でね。何回か一緒の船に乗ったこともあるんだよ。彼の運転技術はなかなかなものだ。そうだ、アレクセイ。これの運搬をお願いできるかな?」
「ええ、任せてください」

 メアリから「頼んだよ」と手渡された水と食料をアレクセイは軽々と持ち上げた。ユリウスは航海日誌を持っており、気になるのか、じっと表紙を見つめている。
 そして、何か言いたそうにメアリを見た。

「ははは! そんなもの欲しそうな顔できるんだね。見ていいよ! ただし、物資を積み終わってからだよ」

 ユリウスは微笑むとこくりと頷いた。アレクセイは彼らしいなと思ってしまい、思わず笑ってしまう。

「あ、その重たいのは俺が持ちます。ユリウスさんはそっちの紙を」

 そして、ユリウスはアレクセイの傍に寄ってきた。彼に重たい物を持たせないようにアレクセイは配慮しながら、軽いものを持たせた。彼も気が付いているのか、小さく何かを言う。それは空気となり、声が漏れる事はなかった。
 ただ、アレクセイは口元の動きを見て、「どういたしまして」と返す。すると、彼はぴたりと動きを止め、驚いたようにアレクセイを見つめる。

「ふはっ」

 まるで、どうしてわかったと言いたそうな顔にアレクセイが思わず笑う。すると、彼は怒ったようにアレクセイを軽く小突くとそのまま行ってしまった。

「ユリウスもかなり元気になってきたじゃないか」
「はい。本当に良かった」
「魔力不足を起こしているようなら、龍脈にいって治療しなくちゃ行けないかと思ったけど、それも必要なさそうだね。本当によかったよ」

 その様子を見ていたメアリが医療器具を見ながら笑っていた。中にはポーション類もあり、そこそこ精度の良いものが揃っていた。

「珍しいですね。高級ポーションですか」
「本当にね。まったく、海賊が出るからって……ここはナンブールの港なんだから、海賊なんて来るわけないのにね。心配性なんだから」

 彼女はそういって、高級ポーション二本をアレクセイに差し出してきた。

「何事もないとは思うけど、一応持っておきな。何かあったら使うんだよ。返さなくていいから」
「ありがとうございます」
「あんたは聖騎士の称号があるから、回復魔法は使えるかもしれないけど」
「はい、回復魔法は使えます。でも、ポーションの方が魔力を消費しないので……俺はこちらの方が楽です」
「そりゃ、良かった」

 メアリはにっこりと笑う。

「ユリウスは紙類を持っていったのかい?」
「ええ。紙でも一番軽そうなものをお願いしました」
「少しずつ肉付きも良くなってきたし、そろそろ普通の生活に戻れそうだね」
「はい……メアリさんのおかげです。本当にありがとうございました」
「そういわれると照れてしまうね。ただ、彼は無理をしやすいからね。ちょっと様子を見ていよう。無理そうだったら、すぐにストップをかけて、休ませるよ」
「俺も注意してみています」

 アレクセイは頷く。確かに数週間前はまだ寝たきりだったのにとも思う。
 メアリの言葉は確かだった。
 次の日、ユリウスが発熱した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

欠けるほど、光る

七賀ごふん
BL
【俺が知らない四年間は、どれほど長かったんだろう。】 一途な年下×雨が怖い青年

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

【完結】取り柄は顔が良い事だけです

pino
BL
昔から顔だけは良い夏川伊吹は、高級デートクラブでバイトをするフリーター。25歳で美しい顔だけを頼りに様々な女性と仕事でデートを繰り返して何とか生計を立てている伊吹はたまに同性からもデートを申し込まれていた。お小遣い欲しさにいつも年上だけを相手にしていたけど、たまには若い子と触れ合って、ターゲット層を広げようと20歳の大学生とデートをする事に。 そこで出会った男に気に入られ、高額なプレゼントをされていい気になる伊吹だったが、相手は年下だしまだ学生だしと罪悪感を抱く。 そんな中もう一人の20歳の大学生の男からもデートを申し込まれ、更に同業でただの同僚だと思っていた23歳の男からも言い寄られて? ノンケの伊吹と伊吹を落とそうと奮闘する三人の若者が巻き起こすラブコメディ! BLです。 性的表現有り。 伊吹視点のお話になります。 題名に※が付いてるお話は他の登場人物の視点になります。 表紙は伊吹です。

処理中です...