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2.Born to sin.
第二十話
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その日の夜だった。
アレクセイは傍で人の気配を感じ、意識は起こされた。しかし、傍に誰かがおり、目を開くことはしなかった。しかも、アレクセイの手首を優しく触っている。
誰かが部屋を間違えて入ってくるという事はない。メアリも夜はノックをして入ってもらうことになっていた。
では誰だろうかとアレクセイはいつでも剣を取れるように意識する。
物音はなかったように思えた。アレクセイは傍らにいる人物の気配は殺意や危害を加えるものがないのを感じ、ゆっくりと目を開けた。
「ユリウスさん……?」
気配を探り、すぐに理解した。
アレクセイのベッドの下から自分の顔を覗き込んでいるユリウス。彼はアレクセイの脈の確認をしており、それはとても不思議な光景だった。
彼を照らしているのは、港の水色に近い薄明かりだけ。彼は苦しそうな顔のまま、起きたアレクセイに安堵しているようだった。
アレクセイは脈計りをやめてもらい、ゆっくりと体を起こした。
「俺は大丈夫ですよ。今日の怪我もそこまで酷いものじゃありません」
傷を見ただけで弱る人ではないだろうにとアレクセイは思ったが、彼と過ごせてなかった期間を思い出した。
動きを止めて、目の前のユリウスの姿を眺める。良くみればクマもあり、アレクセイの腕を掴む手は骨のように細い。
参加したグスタン国の内戦も相当ひどかったろうにと、アレクセイは傍らにいたユリウスを抱き寄せ、自分のベッドの上に乗せた。ずっと脈を診ていたのか、かなり腕が冷えていた。
「何か心配事ですか?」
話しかければ彼は瞬きした。
答える様子はない。ただ、アレクセイを見つめている。アレクセイはその様子に少し驚いて自分が使っていた毛布を彼にかけた。
そして、そのまま彼を布団の中に入れた。
「まだ朝は早いですよ。もう寝ましょう」
彼も驚いたままだった。
そのまま布団に潜り込ませ、アレクセイは深呼吸する。隣のユリウスは固まっているが、先ほどのような不安そうな表情はない。
「明日、紙とペン渡しますね。不安なことがあったら、俺に言ってください。俺が出来ることなら、何でもやりますから」
本人には言わないが、彼が喋らなければ本当にか弱いように見えるともアレクセイは思う。アルの父親が言っていたように、本当は弱い人ではないのかと誤解してしまいそうだった。
「おやすみなさい。また明日」
このまま彼と寝てしまおうとアレクセイは目を瞑る。大きなベッドではないため、窮屈に感じるだろうと申し訳なく感じた。
彼を横目で見れば、布団に口元まで潜り込んでしまっている。しかし、傍にいる事で安心したのか、先ほどのような様子もない。
アレクセイは今度こそ、安心して目を閉じた。
ーー次の日になって、アレクセイは夜の行動を反省していた。
ユリウスが自分のお腹付近に潜り込んで眠っていたからだ。まだそれなら良い。まるで、人に抱き着くように眠っており、朝起きてびっくりした。
俺自身が寝ぼけていたということもあるが、とアレクセイは頭を抑える。
眠りについている彼を眺めて、ぐっすり寝れたならいいかと思ってしまうアレクセイも居た。
「おはよう。おや、ユリウスはちゃんと寝れたみたいだね」
「えっ」
ノックと同時に扉が開く。部屋へやってきたのはメアリだった。朝食を片手に扉を開けて、ユリウスの様子を見て安心したように笑う。
「なんだい、気が付いてなかったのかい」
「まさか……」
「まあ、戦争後にはよくあることだよ。眠れなくなるのもそうだけどね。本人が意識してない行動をしてしまったり、別人みたいになっている事もあるだろうし。この子は少し分かりにくいけどね」
メアリはテーブルに朝食をセットしていく。
「朝食……ありがとうございます」
「そう、酷い顔しないのさ。彼、隠すのは上手みたいだからね。全てを把握するのは難しいだろうさ。私だって、知らないことはたくさんある」
彼女は眠っているユリウスの脈を確認し、魔力測定器で様子を見ているようだった。
魔石から溢れる光はとても強く、「やっぱり、壊魔病でここまで保てたのは莫大な魔力量のおかげだね」と彼女はほほ笑んでいた。
「この子、結構無理するから気を付けないといけないね」
「俺やメアリさんの見えないところでリハビリしてますよね」
「回復力が早いし、恐らくは勝手にしてるねぇ。ばれてないって思ってるあたり、可愛いところはあるけども。けど、頑張り屋なところは少し抑えてもらわないとね。明日から少しアレクセイの傍で手伝いをさせるよ。本人もあんたも安心するだろ」
メアリは楽しそうに笑う。
「でも、今日はきちんと眠れたみたいでよかった。何かしたのかい?」
「いえ。夜中に人の脈を見てたので、それで布団に入れてあげました」
アレクセイは小さく息をついた。
「なるほどね。私の言葉が効きすぎたのかもね」
メアリはそう言ってユリウスの頭を撫でてから離れた。
「そういえば、メアリさんはなぜナンブールへ?」
「そうだねぇ。物資の補給をしようと思ったのだけど、ここらは内戦でどこも港を開けてくれなくてね。でも、ナンブールは開けてくれていると聞いて寄ったんだよ。おかげで助かったよ」
彼女は頭をかいて、困ったように笑う。
「まあ、物資の補給だけと思ってたんだが、来てみれば怪我人だらけでね。気がつくと、船に患者を乗せて治療してた」
困った性分でねと苦笑し、メアリはアレクセイを見つめた。
「まあ、壊魔病の治療をできてよかったよ。元々は私たちの国が撒いた種だからね」
「それは」
「初めて種を使われた時、とてもびっくりしたものさ。他国で子供の死人が出たなんて。とても美しい魔力のある花を咲かせるから、貴族たちは情報を隠すし。そのせいで、不治の病なんか呼ばれてね」
彼女は遠い何かを思い出すように、アレクセイを見ている。だのに、彼女はアレクセイを見ていない。
「まあ、忘れておくれ。あんたたちを見てると、国に置いてきてしまった子供を思い出してね」
「お子さんは今何をしているんですか?」
「息子は冒険者でね。父親も冒険者さ。父と子は似るもんで、私も二人を待つのをやめて、気がついたら二人を探して放浪の旅さ」
アレクセイは驚いた表情を見せる。
「まあ、お互い生きていればいつかは必ず会える。けど、あんたたちを見てたら、久しぶりに息子に会いたくなったよ」
「きっと、息子さんもメアリさんに会いたがってますよ」
「どうだろうねぇ。いっつも、帰りが遅い息子でね。私が心配して夜遅くまで待っていても、気にせずに帰ってくるような息子さ」
メアリは懐かしむように微笑んでいる。
「あんたには家族はいるのかい?」
「はい。母親がいます」
「そうかい。大事にしてあげなよ。たまには帰って顔を見せてあげな。もちろん、寝たフリしているそこのユリウスもね」
「えっ」
アレクセイが腰に抱きついたまま肩を震わせたユリウスを見る。彼は顔だけあげて、赤い瞳をアレクセイへ向けた。
口元だけでおはようとだけ不機嫌そうに言うと、そのままアレクセイのお腹に顔を埋めてしまった。
「起きてたら、教えてくれてもいいのに」
「起きづらい話してたもんね。まあ、私はそろそろ行くよ。後で甲板に来てくれるかい?」
「はい。着替えてご飯を食べたらすぐに行きます」
「頼んだよ。ユリウスも来るといい」
メアリの言葉にユリウスは顔を上げ、目を見開く。
「ああ、きちんと変装はしてくれよ。外部の人が来るからね。今日からアレクセイの手伝いをしておくれ」
「お客さんですか?」
「そうだよ。さて、私は患者の様子を見てくるから」
「はい。ありがとうございます」
彼女は手をあげ、ひらひらとさせて部屋を出ていった。
アレクセイは傍らで未だに抱きついているユリウスを見て、彼の頬をつついた。彼はびくりと肩を震わせたものの、ムスッとした顔をアレクセイへ向けた。
アレクセイは傍で人の気配を感じ、意識は起こされた。しかし、傍に誰かがおり、目を開くことはしなかった。しかも、アレクセイの手首を優しく触っている。
誰かが部屋を間違えて入ってくるという事はない。メアリも夜はノックをして入ってもらうことになっていた。
では誰だろうかとアレクセイはいつでも剣を取れるように意識する。
物音はなかったように思えた。アレクセイは傍らにいる人物の気配は殺意や危害を加えるものがないのを感じ、ゆっくりと目を開けた。
「ユリウスさん……?」
気配を探り、すぐに理解した。
アレクセイのベッドの下から自分の顔を覗き込んでいるユリウス。彼はアレクセイの脈の確認をしており、それはとても不思議な光景だった。
彼を照らしているのは、港の水色に近い薄明かりだけ。彼は苦しそうな顔のまま、起きたアレクセイに安堵しているようだった。
アレクセイは脈計りをやめてもらい、ゆっくりと体を起こした。
「俺は大丈夫ですよ。今日の怪我もそこまで酷いものじゃありません」
傷を見ただけで弱る人ではないだろうにとアレクセイは思ったが、彼と過ごせてなかった期間を思い出した。
動きを止めて、目の前のユリウスの姿を眺める。良くみればクマもあり、アレクセイの腕を掴む手は骨のように細い。
参加したグスタン国の内戦も相当ひどかったろうにと、アレクセイは傍らにいたユリウスを抱き寄せ、自分のベッドの上に乗せた。ずっと脈を診ていたのか、かなり腕が冷えていた。
「何か心配事ですか?」
話しかければ彼は瞬きした。
答える様子はない。ただ、アレクセイを見つめている。アレクセイはその様子に少し驚いて自分が使っていた毛布を彼にかけた。
そして、そのまま彼を布団の中に入れた。
「まだ朝は早いですよ。もう寝ましょう」
彼も驚いたままだった。
そのまま布団に潜り込ませ、アレクセイは深呼吸する。隣のユリウスは固まっているが、先ほどのような不安そうな表情はない。
「明日、紙とペン渡しますね。不安なことがあったら、俺に言ってください。俺が出来ることなら、何でもやりますから」
本人には言わないが、彼が喋らなければ本当にか弱いように見えるともアレクセイは思う。アルの父親が言っていたように、本当は弱い人ではないのかと誤解してしまいそうだった。
「おやすみなさい。また明日」
このまま彼と寝てしまおうとアレクセイは目を瞑る。大きなベッドではないため、窮屈に感じるだろうと申し訳なく感じた。
彼を横目で見れば、布団に口元まで潜り込んでしまっている。しかし、傍にいる事で安心したのか、先ほどのような様子もない。
アレクセイは今度こそ、安心して目を閉じた。
ーー次の日になって、アレクセイは夜の行動を反省していた。
ユリウスが自分のお腹付近に潜り込んで眠っていたからだ。まだそれなら良い。まるで、人に抱き着くように眠っており、朝起きてびっくりした。
俺自身が寝ぼけていたということもあるが、とアレクセイは頭を抑える。
眠りについている彼を眺めて、ぐっすり寝れたならいいかと思ってしまうアレクセイも居た。
「おはよう。おや、ユリウスはちゃんと寝れたみたいだね」
「えっ」
ノックと同時に扉が開く。部屋へやってきたのはメアリだった。朝食を片手に扉を開けて、ユリウスの様子を見て安心したように笑う。
「なんだい、気が付いてなかったのかい」
「まさか……」
「まあ、戦争後にはよくあることだよ。眠れなくなるのもそうだけどね。本人が意識してない行動をしてしまったり、別人みたいになっている事もあるだろうし。この子は少し分かりにくいけどね」
メアリはテーブルに朝食をセットしていく。
「朝食……ありがとうございます」
「そう、酷い顔しないのさ。彼、隠すのは上手みたいだからね。全てを把握するのは難しいだろうさ。私だって、知らないことはたくさんある」
彼女は眠っているユリウスの脈を確認し、魔力測定器で様子を見ているようだった。
魔石から溢れる光はとても強く、「やっぱり、壊魔病でここまで保てたのは莫大な魔力量のおかげだね」と彼女はほほ笑んでいた。
「この子、結構無理するから気を付けないといけないね」
「俺やメアリさんの見えないところでリハビリしてますよね」
「回復力が早いし、恐らくは勝手にしてるねぇ。ばれてないって思ってるあたり、可愛いところはあるけども。けど、頑張り屋なところは少し抑えてもらわないとね。明日から少しアレクセイの傍で手伝いをさせるよ。本人もあんたも安心するだろ」
メアリは楽しそうに笑う。
「でも、今日はきちんと眠れたみたいでよかった。何かしたのかい?」
「いえ。夜中に人の脈を見てたので、それで布団に入れてあげました」
アレクセイは小さく息をついた。
「なるほどね。私の言葉が効きすぎたのかもね」
メアリはそう言ってユリウスの頭を撫でてから離れた。
「そういえば、メアリさんはなぜナンブールへ?」
「そうだねぇ。物資の補給をしようと思ったのだけど、ここらは内戦でどこも港を開けてくれなくてね。でも、ナンブールは開けてくれていると聞いて寄ったんだよ。おかげで助かったよ」
彼女は頭をかいて、困ったように笑う。
「まあ、物資の補給だけと思ってたんだが、来てみれば怪我人だらけでね。気がつくと、船に患者を乗せて治療してた」
困った性分でねと苦笑し、メアリはアレクセイを見つめた。
「まあ、壊魔病の治療をできてよかったよ。元々は私たちの国が撒いた種だからね」
「それは」
「初めて種を使われた時、とてもびっくりしたものさ。他国で子供の死人が出たなんて。とても美しい魔力のある花を咲かせるから、貴族たちは情報を隠すし。そのせいで、不治の病なんか呼ばれてね」
彼女は遠い何かを思い出すように、アレクセイを見ている。だのに、彼女はアレクセイを見ていない。
「まあ、忘れておくれ。あんたたちを見てると、国に置いてきてしまった子供を思い出してね」
「お子さんは今何をしているんですか?」
「息子は冒険者でね。父親も冒険者さ。父と子は似るもんで、私も二人を待つのをやめて、気がついたら二人を探して放浪の旅さ」
アレクセイは驚いた表情を見せる。
「まあ、お互い生きていればいつかは必ず会える。けど、あんたたちを見てたら、久しぶりに息子に会いたくなったよ」
「きっと、息子さんもメアリさんに会いたがってますよ」
「どうだろうねぇ。いっつも、帰りが遅い息子でね。私が心配して夜遅くまで待っていても、気にせずに帰ってくるような息子さ」
メアリは懐かしむように微笑んでいる。
「あんたには家族はいるのかい?」
「はい。母親がいます」
「そうかい。大事にしてあげなよ。たまには帰って顔を見せてあげな。もちろん、寝たフリしているそこのユリウスもね」
「えっ」
アレクセイが腰に抱きついたまま肩を震わせたユリウスを見る。彼は顔だけあげて、赤い瞳をアレクセイへ向けた。
口元だけでおはようとだけ不機嫌そうに言うと、そのままアレクセイのお腹に顔を埋めてしまった。
「起きてたら、教えてくれてもいいのに」
「起きづらい話してたもんね。まあ、私はそろそろ行くよ。後で甲板に来てくれるかい?」
「はい。着替えてご飯を食べたらすぐに行きます」
「頼んだよ。ユリウスも来るといい」
メアリの言葉にユリウスは顔を上げ、目を見開く。
「ああ、きちんと変装はしてくれよ。外部の人が来るからね。今日からアレクセイの手伝いをしておくれ」
「お客さんですか?」
「そうだよ。さて、私は患者の様子を見てくるから」
「はい。ありがとうございます」
彼女は手をあげ、ひらひらとさせて部屋を出ていった。
アレクセイは傍らで未だに抱きついているユリウスを見て、彼の頬をつついた。彼はびくりと肩を震わせたものの、ムスッとした顔をアレクセイへ向けた。
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