『狂人には恋の味が解らない』 -A madman doesn't understand love-

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2.Born to sin.

第二十八話

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「大きな声を出して、どうしたんだい?」

 メアリがアレクセイとユリウスの傍らにやって来た。そして、震えるユリウスを見て驚いた表情を向ける。

「魔力枯渇を起こしてます。メアリさん、ハーリシュの水はありますか?」

 アレクセイがなるべく不安にさせないようと、静かな声色で彼の手を両手で包み、魔力を彼に渡そうとする。しかし、それはなかなかうまくいかない。その様子を見ていたメアリが声を荒げた。

「ハーリシュの水をもってきてくれ! 在庫あっただろ! 魔素が抜けてる!」

 怒号を聞いた従業員がアイテムを取りに走り出す。

「応急処置をしますから。ユリウスさん、顔をこちらに。魔力を渡します」

 アレクセイは震えの収まらない彼の肩や手を見て、彼の頬を押さえて口づけをした。驚くユリウスは目を瞑り、それをただ受け入れた。

「ん、んん……っ」
「息をして。魔力を流しますから、落ち着いて。鼻で呼吸をしてみてください」

 再度唇から魔力を流すが、ユリウスからくぐもった声が響く。酸欠でふるふると震える彼の体を見つめながら、アレクセイは従業員が持ってきたボトルを受け取り、感謝を述べた。そして、蓋を開ける。

「ユリウスさん。薬、自分で飲めそうですか?」

 彼は震える手で瓶を掴もうとする。アレクセイは無言で透明なとろりとした液体を口に含み、ユリウスに再び口づけをして与えた。
 顔を真っ赤にしながらも、液体を必死で飲み込もうとするユリウス。アレクセイがそっと口を離せば、呑み込めなかった液体が彼の唇からはみ出して、彼の服を濡らした。うるうるとした赤い瞳、震える手を眺め、ユリウスはぐっと口を引き締めた。

「だめですよ。そんな物欲しそうな顔したら……」
「もの、ほし……?」

 ユリウスは涙目で息を必死で吸い上げ、上目でアレクセイを見つめる。頬は酸欠で真っ赤に染めあがり、魔力不足で震えた手は頼りなくアレクセイと毛布を掴んでいた。
 アレクセイは周りの視線を気にしながら、毛布を彼に被せる。彼を見られないようにしたつもりが、周りの人々は顔を真っ赤にしてユリウスを見ていた。

「あんた、大胆だね」

 メアリが驚いたように言う。アレクセイはその一言で顔をほんのりと染めて、「みないでください」と伝えた。
 そして、未だに震えるユリウスを抱きしめる。そして、アレクセイは周りがユリウスを見つめる視線に気が付いた。
 やがて、アレクセイは恥ずかしくなって、「見世物じゃないですよ!」と声を荒げる。従業員はぱっと顔をそらした。



 やがて、船は海域を離れ、時間が経つにつれ、患者も少しずつ意識を取り戻していった。その中には海賊に刺され海に落ちた女の子を助けるために助けに入った男性の姿もある。ロンの聞き取り調査では半数以上が亡くなってしまったらしい。
 彼が生きていたと聞いて、安心してしまった自分自身にアレクセイは酷く自己嫌悪した。人の命は平等なのにと。
 現在、引き続きロンたちが生き残った六人の聞き取り調査をしている。
 ロンたちによって信号弾が放たれたことで、海域に保安部隊が集まっている。先ほど、遠目で何隻もの船が横断しているのを目視していた。
 この海域は安全地帯となる。流石、国際の公安部隊だとアレクセイは思った。
 海賊たちが追いかけて来ている様子は今のところはない。現場が落ち着いたことで、アレクセイは眠るユリウスを連れて自室に戻っていた。今はメアリが部屋に訪れている。

「メアリさん、ユリウスさんは大丈夫ですか?」
「ああ。魔力は大丈夫だよ。さっきの魔力薬で最低値から回復をしている。この子は本当に我慢をする体質だね。もう少し周りに頼れたらいいのだけど」

 メアリがユリウスの魔力量を測定する水晶を片手に具合を見ていた。しかし、アレクセイは気が気ではなかった。騎士として一番の目的を見失いかねなかったためだ。
 小さく息をついて、傍らにあるユリウスの手を握り締めた。

「まったく、ため息ばっかりだね。助かったんだから、良いじゃないかい。あんたも真面目だねぇ」

 メアリの言葉に、アレクセイは頭を抱えた。

「すみません。騎士として不甲斐ないなって……」
「この子の言うとおりにあんたは動いただけだろ。この子の指示やあんたの回復魔法のおかげで助かった人もいるんだ。少しは胸を張りな」

 アレクセイは小さく頷く。

「まったく仕方がないやつだねぇ。それでこの子と結婚できるのかい」
「はい……」
「あんたらのおかげで私は助かっているんだ。少しは自信持ちな」

 メアリは落ち込んだアレクセイの肩を軽く叩き、ユリアスから水晶を外した。そして、アレクセイに薬を渡す。

「起きたら、これを飲ませておくれ。すこし気分が良くなってしまう作用はあるけれど、恐らくユリウスは大丈夫だろう。彼に効果はないからね」
「本当にさっきはすみません」
「治療中、ユリウスが可愛すぎて二回もキスしてしまったことかい?」
「ずばっと言わないでください。それに薬を一人で飲めなかったですし、あんな顔されたら、誰だって意識します。というか、好きな人の醜態を見たら、誰だってなるでしょう」

 片手で顔を抑えてアレクセイは唸った。
 騎士とあるまじきと呟き、その様子を見ていたメアリはやれやれと肩をすくめた。

「結婚するんだろう? キス一つで何を今さら」
「守る時とメリハリは大事でしょう。それをあんな状況で」
「恐らく、ユリウスはそこまで考えてないと思うけどねぇ」
「ですよね……。むしろ、彼は真っ白です。もしかしたら、透明に近いのかもしれない。俺から見たら、無垢なものみたいで、俺が彼を汚してしまいそうです。真っ黒に汚してしまいそうで怖い」
「ふうん、そこが可愛いと思ったんじゃないのかい?」
「はい、とても」

 メアリの言葉にアレクセイは両手で顔を覆った。そして、横目で噂の主を見る。肝心のユリウスは薬を飲んだことで、深い眠りについている。かれこれ一時間経っただろうか。
 メアリはユリウスの診察を終えたのか、彼のカルテに記入し、「一応、もう一つ薬を処方するよ。こっちは副作用はないから。これはウェルトの薬だ。一応飲んでもらってくれ」と一つの瓶をアレクセイへ手渡した。
 しかし、なかなかメアリは瓶を離してはくれない。アレクセイが薬を掴んで困惑した表情を見せると彼女は語る。

「この子はウェルトの種を飲んだせいで、成長が一定で止まってしまったんだと思う。恐らくはもう治ることはない。下手をすれば、老化もないかもしれない。しかも、色素の欠乏といい、かなり病弱な子だよ。本当は外出をして、歩かせることも私は反対だね」
「それは……」
「まあ、この子は嫌だというんだろうけど。成長が一定で止まったということは、筋肉量にしろ、二次成長にしろ、もう成人男性並に成長することはない。そのせいか、それ以外を伸ばして強くなっている子だ。きちんと守ってあげるんだ。しっかり頼むよ」

 メアリは瓶の手を離し、本当の意味でアレクセイに薬を渡した。そして、すぐに彼女はユリウスの様子を伺っていた。彼の額に魔石を手を当て、熱がないか確認しているようだ。小さく息をつき、「もう大丈夫だ」とメアリは己に言い聞かせるように呟いた。

「もしかしたら、発熱するかもしれないから。少し様子を見てあげてやってくれるかい」
「はい。本当にすみません。メアリさんがいて、本当に良かった」
「気にするんじゃないよ。みんながやれることをやっただけだ。よいしょと。私はそろそろ戻るよ。すまないね。例の女の子の具合も見てこないと」
「いえ、二つの薬ありがとうございました」

 アレクセイが深々と頭を下げれば、彼女は「お互い様だよ」と微笑む。
 そして、カルテをぱらぱらとめくり、ふと、一瞬真剣な表情に変わる。アレクセイは首を傾げた。

「あの、何か?」
「いや、なんでもないよ。よろしく頼んだ」
「はい」

 メアリは笑顔でそのまま部屋を退出していった。残ったのはアレクセイと眠るユリウスだけ。アレクセイは眠る彼の傍に座る。そっと手を差し伸べて、頬についた髪を直した。
 眠った彼を見る事が多くなったとアレクセイは拳を握り締める。
 どうすれば、彼の体に負担をかけないだろうか。恐らくはメアリの言うように外出させないことが一番なのだろうとアレクセイは思う。

「でも、それは……」

 ーーもしも、彼を閉じ込めるのなら。
 逃げられないように、真っ白な鳥を鳥かごに閉じ込めてしまう様に。
 彼は悲しむだろうか。それとも、共にいるならと安心してくれるだろうかと。アレクセイは見えない答えを悶々とめぐらせ、やがては考えを放棄した。
 やはり、彼が笑う顔が一番好きだと。アレクセイは傍で眠る白い頭をひと撫でした。

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