『狂人には恋の味が解らない』 -A madman doesn't understand love-

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2.Born to sin.

第三十話

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 それからというもの、アナスタシアはユリウスの傍に現れた。
 やはり、否定しないユリウスを本当の父親だと思っているのか、彼について回る姿は何処か歪んでいる。それに応じるユリウスも少し怖かった。
 アレクセイはやめさせたいとは思うが、彼が辛い思いをしないのであれば、彼に従うつもりだ。
 様子を見ているとアナスタシアは同じ一日を繰り返している。お母さんのお墓に行きたいこと、ハンバーグを食べたこと、マーシーという友達が明日来ること。そして、絵本を読むと満足し、帰って眠る日々。
 ユリウスは適当に合わせて、絵本を適当に作って読み聞かせる。
 かれこれそんな日々が数日と続き、ユリウスは小さく息をつく。

「どうしました?」
「いや……昔の俺だったら、なんとも思わなかったんだろうな」

 突然、そんな事を言う彼。筋トレを終え、体を拭いていたアレクセイを見つめたと思えば、彼は傍に近寄ってくる。

「何か、思ったことがありましたか?」
「ああ。もしかしたら、俺もああなっていたのかと思うと……俺は恵まれたなって思っただけだ」

 彼は何かを思い出しているのか、どこか遠くを見つめている。しかし、それはすぐにやめて、アレクセイの布巾を手に取り、背中を拭いてくれた。

「ありがとうございます」
「別に」

 彼は意外と丁寧だ。力強くすることもないし、優しく拭いてくれる。彼の性格がよく分かるなとアレクセイは思う。

「俺がずっと気をやっていた時、お前はずっとこれをしてくれてたんだよな」
「はい。冬のグスタン国ですから、移動中はそんなにできませんでした」
「そうか……」

 背中を拭き終えた彼は布巾を返してくれた。そして、何かに気が付いたのか、突然頬を赤らめた。ふいっと視線をそらした彼はそのままベッドに腰を下ろした。

「どうしました?」
「もしかして、俺のみたのか?」
「ええっと……はい」

 思わず頷けば、彼は赤くしていた頬を突然真っ青にして、そのまま顔を隠すようにベッドに転がってしまう。そういえば、彼を生かすことに必死でそこまで意識していなかった。そう思えば、アレクセイは顔を覆って、顔に集まった熱をなんとか逸らした。

「その時は……俺も必死で。すみません」
「いや、気にしないでくれ」

 本当に彼が助かってよかったと。追いかけて、メアリさんに会えてよかったと。アレクセイは声を大きくして言える。

「アレクセイ、そのだな」
「はい」

 彼の手が恐る恐るとアレクセイの手に触れる。つんっと触れただけで引っ込んでしまう彼の手。思わず引っ込んだ手を勢いよく握れば、「ぴゃっ」と声があがった。慌てて口を抑えるユリウス。
 アレクセイは思わず噴き出した。

「なんですか、その声。どっから出たんですか?」
「煩い」

 アレクセイは彼の手にキスを落とすと、小さく笑う。

「アルター国に戻ったら、俺と婚約してください。俺が貴方を支えます」

 すると、彼はきゅっと口元を結んで、泣きそうな顔で頷いていた。

「約束してただろ……人生を大損した大馬鹿野郎め」

 アレクセイは捨て台詞のような彼の台詞に小さく笑うと、彼の頬を両手で押さえた。泣き出しそうなその瞳。そのまま、アレクセイは彼の口にキスを送る。
 びくりと肩を震わせた彼の背中を抱き寄せて、とんとんとしてやれば、彼の緊張はほぐれる。

「なあ、アレクセイ。俺だけの迷いが、俺の生きる証左となるのなら、お前はずっと俺を支えてほしい。証人として俺を傍で見守っていてくれ。俺がどんなことをしても、傍で助けてくれ」

 アレクセイは小さく頷いて、彼の頭から頬にかけてそっと撫でる。
 それだけで彼は破顔する。額の髪をかき分け、アレクセイはそこにキスを送った。









 天候は大荒れの中、船は進んでいる。大きく傾く船の中。ロンと従業員は大波の対応をしにデッキへ移動し、残るアレクセイやユリウスはメアリの部屋で物品の整理を行っている。
 アナスタシアは今日もまたユリウスの傍に訪れた。
 ぼろぼろだった白い髪はメアリに梳かれ、とても美しい髪へ変貌していた。彼女が動く度に揺れるさらさらの髪。けれども、青い瞳は人形のまま。彼女は今日も巻き戻した一日を送る。
 ユリウスは医学書を片手に創作の絵本物語を読み上げた。

「こうして、アリアとアルは素敵な一日を過ごしました」
「お二人は結ばれたのね。とても素敵な絵本だったわ」

 彼女は無垢に笑う。

「マーシーがそろそろ来るの」
「そうかい」
「またね、パパ」

 彼女は再び歩き出した。彼女の後を追う男性。ユリウスはその二人を見送り、小さく息をつく。

「無理して付き合わなくていいんだからね。どうせ、明日にまで記憶は残っていないのだから……ユリウスが無理することじゃないよ」
「大丈夫だよ、メアリさん。彼女は居場所を探しているだけだから」

 そう告げるユリウスにメアリは腑に落ちない顔をしている。それもそうだろう。ここ数日、ずっとアナスタシアはユリウスの傍に居る。

「ユリウスさん、こっちに」
「ん?」

 アレクセイは彼の手を引いて、傍らに来てもらった。彼は酷くびっくりした顔をしたが、メアリのいる手前少し暴れる。
 メアリはくすっと笑うと、「お邪魔虫は退場しようかね」と薬をアレクセイに渡して、部屋を出て行った。
 ぽかんとしているユリウスを腕に閉じ込め、アレクセイはくすりと笑う。

「メアリさんっ」
「二人っきりにしてくれましたね」
「なっ」

 ユリウスの顔が真っ赤に染まる。
 可愛い人だと、アレクセイは思うが、口には出さない。蹴りが飛んでくるかもしれない。

「ねえ、パパ」

 びくりと大きく跳ねたユリウス。アナスタシアが初めてここに戻ってきた。
 困惑するアレクセイはぴたりと手を止めてしまう。ユリウスは顔を真っ赤にしたり、真っ青にしたり忙しない表情をしているが、動きだけを止めていた。

「ねえ、パパはどこ?」

 アナスタシアは不安そうに言う。しかし、目はユリウスやアレクセイを見てはいない。
 彼女は「パパ」とだけ呟き、すたすたと部屋を出て行く。
 普段なら何をしてようが、絵本を読んで欲しいと遊びに来るアナスタシア。しかし、今日は違う。

「俺たちを、初めて見た……?」

 ユリウスはアレクセイに「見てくる」と視線を向け、腕から逃れる。
 アレクセイも後を追った。
 二人が追いかけた先はメアリの部屋。開け放たれた部屋からはアナスタシアの問いかけが響いている。
 メアリと聖道教会の男性は部屋を漁るアナスタシアを見ているようだった。アレクセイはあの時、アナスタシアを助けるために海に飛び込んだ男性だと気がつく。
 一方、アナスタシアは床に座り込み、「ここはどこ?」と言う。やがて、感情のない目で床を触りだした。

「メアリさん」

 ユリウスがメアリに話しかけた。

「おや、ユリウスにアレクセイかい」
「どうしました?」
「ちょっとね……今、今後をどうしようか相談していてね。鎖に戻した方がいいのかって話もしている」

 アナスタシアは困惑したように床を何度も触り、「パパ」と繰り返していた。

「すみません。俺が話しかけたせいで、リズムが崩れたみたいです。もう一度鎖を……我儘を言ってすみません」と聖道教会の男性。
「鎖はやめよう。私のアイテムで魔力を使わせないようにするリングがある。あんたはアナスタシアとお話したかったんだろう」

 メアリはそういって肩を竦めた。落ち込む男性はアナスタシアを見て、酷く落胆していた。その姿を見ていたユリウスは小さく息をついた。

「マーシーはやっぱりあんたか」

 驚く男性――マーシー。アレクセイは「まさか」と彼を凝視した。メアリも初耳だったらしい。アナスタシアを見た後、マーシーを見る。

「はい。良くわかりましたね。俺がマーシーです」

 彼は「でも、アナスタシアは俺に気が付いてくれませんけどね」と困ったように、泣きそうに笑う。

「彼女の中で、マーシーの時間は幼い頃の俺で止まっているんです。大人になった俺じゃ、気が付いてもらえない。ただでさえ、彼女は五歳の頃の記憶なのに」
「それは……」

 アレクセイは思わず目を逸らした。彼女はきっと連れていかれる前日を繰り返しているのだろう。
 兵器として運用される前日。彼にとっては救われることのない無限地獄ではないかとアレクセイは目を瞑る。

「でも、俺は彼女と居れればいいんです。他は良い。彼女がいつか、俺を思い出してくれたら。幼い俺から、今の俺を見てくれたら」

 そういって、目の前の少女を見つめるマーシー。アナスタシアは「パパ」と繰り返している。
 アレクセイは傍に居るユリウスを見る。彼はアレクセイの視線に気が付くと、そっと袖を掴んできた。
 やがて、扉が開きロンが入ってきた。ずぶぬれの彼は集まっている顔ぶれに驚き、「お?」と声をあげる。そこに従業員も入ってくれば、メアリの部屋はぎゅうぎゅうだ。
 船が傾き、人々がよろける。

「ひっ」

 小さく悲鳴があがる。ユリウスだった。ぶつかった従業員がいたらしい。謝罪を受けているようだ。
 小さく震えているユリウス。ぎゅうっと掴んでくる指先。怯える姿。いつもの彼なら、怒ったり、蹴るのにとアレクセイは不思議に思う。
 アレクセイは「人が多いですし、俺たちは部屋に戻りますね」と伝える。
 心配そうなメアリがユリウスを見る視線。しかし、彼女は何も言わなかった。
 廊下に出て、またすぐに船が大きく揺れる。アレクセイは壁に手を付けて、ユリウスを支えた。

「ユリウスさん、大丈夫ですか?」

 彼は何も言わないが頷いた。顔は真っ青だ。船酔いかもしれないとアレクセイは彼の背中を支え、部屋へと歩き出した。
 
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