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2.Born to sin.
第三十一話
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アナスタシアの引き渡しは明日となった。
傍らにいるマーシー。そして、生き残った聖道教会の人々。彼らは何度もお礼の言葉を口にしてくる。
主に治安部隊として名を連ねるロンが窓口となっているため、アレクセイやユリウスが関わることはほぼない。
しかし、アナスタシアとマーシーだけは違った。
アナスタシアは一日のサイクルに戻り、ユリウスの元に訪れた。彼はアナスタシアに即席の絵本を読み聞かせる。
初めは適当だった内容も回を重ねるごとに、凝ったものが増えて行った。終わる度にマーシーが頭を下げ、二人揃って部屋を出ていく。
同じ日常を過ごしているとはいえ、同じ航海を共に行く船の仲間。
自由に船内を歩くアナスタシアは、いつしか従業員たちにとってかけがえの無い存在になっていた。
聖道教会へ戻れば、再び鎖に繋がれるのだろう。
それを思ってか、メアリは船の中では自由に居させてあげているらしい。きちんと魔法制御のネックレスを施して過ごす彼女。
「幸せの定義ってなんだろうな」
「俺もそれを考えていました」
普段難しいことを言うユリウス。今回はアレクセイも同じことを思っていた。
鎖に繋がれて何も考えずに過ごす方が彼女にとって幸せなのではないだろうかと。何も思い出さずに、死んだように生きる。けれども、絵本を読んでもらって嬉しそうに笑う彼女を見れば、これも有りなのではないかとアレクセイは思ってしまう。
「ユリウスさんの幸せってなんですか?」
「俺か……考えたこと、なかったな」
彼は難しそうな顔をしてみせ、そして、アレクセイの視線に気が付くとふんわりと花が咲くように微笑んだ。
「でも、お前が居れば俺はどこでも幸せだ」
そんな風に綺麗に笑う彼。やがて、照れ臭くなったのか、帽子を深く被りなおした。アレクセイは思わず尊さに顔を抑えた。
昨日は部屋に戻ってから吐き気を抑えていた彼だが、今日はとても元気そうでアレクセイは安心する。
「パパ」
声が聞こえ、アレクセイとユリウスが振り返る。部屋に現れたのはアナスタシアだった。彼女はユリウスの腕を掴む。すると、ユリウスの表情が微かに引きつった。
アレクセイははっとする。彼が人に触れられることが苦手だったと。
「明日、帰る事になったの。今までありがとう」
彼女は寂しそうに微笑んでいた。そのことにアレクセイは強い違和感を覚える。
驚いたユリウスから手を離し、彼女は小さくお辞儀する。呆気に取られているユリウス。アレクセイもそうだった。
「さようなら」
囁くように彼女は告げると、長い髪をさらりと揺らして去っていった。凛としたその立ち姿。彼女が正気だったのか、それともただのいつもの日々なのかはわからない。
茫然とするユリウスは隣にいたアレクセイへ視線を移す。彼は何も言わなかった。ただ、そっとアレクセイの袖を触る辺りが彼らしい。
「貴方が変わったように、アナスタシアも変わったということでしょうね」
アレクセイを見つめるユリウス。驚いたような、不安そうな彼の表情。アレクセイはただくすりと笑っただけだった。
聖道教会の船がやってきたのは次の日の午後だった。快晴で誰もが安心していた。
波も比較的安定している。聖道教会の二隻が旗をはためかせ、そのうちの一隻がメアリの船の横につけてきた。
ロンからユリウスを変装させるように言われ、彼はいつもと同じように変装している。
従業員が短い期間とはいえ、仲間として過ごした彼らにお別れの言葉を告げる。聖道教会の人々は木の板で繋がれた道を進み彼らの船へ帰っていった。
「一気に寂しくなるね」
「はい」
アナスタシアだけはいつもと同じように鎖に繋がれて、木の板を渡っていく。ただし、前に着けていた口元の拘束だけはされていない。
特殊な魔封じの器具はメアリの船にはなかったからだ。メアリが差し出したのは魔力を抑える医療用のリングタイプの可愛らしいネックレスだけ。
彼女の傍らにはマーシーがいる。彼は木の板を渡りながら、こちらに小さく会釈する。
ふと、先を歩いていたアナスタシアが立ち止まった。
風が彼女の髪で遊び、駆け抜けていく。空へ抜けた風を追いかけるように見上げたアナスタシア。
青い瞳は雲ひとつ無い空を眺め、聖道教会の船を眺め、振り返ってメアリの船を見つめる。やがて、アナスタシアの視線はユリウスに注がれた。
彼女の青い瞳は小さく細くなり、まるで、天使のように微笑む。その色は幸せそうな色だった。
誰もが目を奪われる。
瞳が確かに彩りを取り戻していた。だからこそ、誰もが息を飲んだ。
「ねえ、絵本を読んでくださってありがとう。愛らしいお兄さん」
まるで、いつものように――ユリウスをパパと呼ぶよう。彼女は目を見開くユリウスへ手を伸ばした。やがて、伸ばされた手はさようならと振られた。
「幸せだったよ。ありがとう」
刹那、乾いた音が響き渡った。
倒れる小さな体。
血が飛び散り、目を見開くユリウス。アナスタシアは笑顔のまま。痛みも苦痛もないと言わんばかりに笑っていた。
「え……」
何が起こったのか理解できないアレクセイ。まるで、飛び散った赤いものが片翼のように見えてしまう。
誰もが目を疑った。撃たれて前のめりになって、海に落ちたアナスタシアを呆然と眺めていた。
「アナスタシア!」
慌てて海へ飛び込んだのは傍らにいたマーシーだった。
「撃ったのは誰だッ!?」
「落ち着け! ロープだ! 早く! 二人を助けろ!」
「ポーションを準備しておくれ! アレクセイとユリウスは下がってな! 特にユリウス、動くんじゃないよ!」
メアリをはじめとした従業員たちが騒ぎ立て、動こうとした者を制したのは意外にもロンの叫び声だった。
「全員、動くなッ! 動きを止めろ!」
ぴたりと誰もが動きを止めた。
アレクセイはユリウスを庇うように前に出て、隣接していない聖道教会側のもう一隻の船を見た。
そこにはライフルを構えた神父衣装を身にまとう妙齢男性がいた。照準はロープを手にした従業員。
ライフルを構えた神父衣装の男性は両目を黒い布で包み、真っ白な肌。白髪をオールバックにしている。
やがて、彼はライフル銃から目を離し、「ああ、命とは尊いものよ」とまるで神に乞うように語る。
「何を……貴方は一体何をしようとしたのかわかって――」
「アレクセイ、話しかけるな」
話しかけようとしたアレクセイを制したのはロンだ。
「静かにしてろ。喧嘩を売って、安全に勝てる相手じゃない」
「いかにも。お前は神聖兵器トリトンか。久しいな」
「元、な。俺にはもうその魔力はないぞ。視ることはできるが」
ロンは男を睨め付ける。話についていけないアレクセイは傍らにいたメアリを見る。彼女は横に首を振る。今は何も言うなといわんばかりの顔。アレクセイは小さく頷いた。
「それに俺はお前と違って兵器じゃない。兵器と呼ばないでくれるか? 俺はロンだ。俺を怒らせてくれるなよ」
「兵器でいることを捨てた者が何を言う。神への冒涜ではないか?」
「お前はまだ兵器でいたいのか、コンスタン」
その言葉に驚いたのはメアリだった。彼女は声を殺して、小さな声で囁く。
「コンスタン……聖道教会の神聖兵器の名前じゃないか」
アレクセイは目を見開き、隣のメアリを見た。彼女は難しい顔をしており、アレクセイとユリウスの視線に気が付くと、安心させるように微笑んで見せる。
「なぜ、あの子を撃った!?」
「上からの命令だ。使えない兵器を処理しろとの命令だ。私も兵器だ。兵器は人間の命令に従うものだ」
ロンは小さく舌打ちしてみせる。苛立った表情に驚いたのは誰もが同じだ。
彼が人に対し舌打ちする姿など、この航海中でアレクセイは一度も見たことがなかった。彼はいつも笑っていて、緊急時も人を安心させるような人物だったからだ。
「お前らは本当にクズ野郎だなッ!」
「ふむ……それは同意しておこう。私は兵器であり、人を殺めるために生まれたものなのだから。私が命令を受けていてよかったと思うはずだ。私以外の兵器だったなら、お前たちも危なかっただろう」
「何を……」
ロンがちらっと彼の奥に居る者を見る。律儀にも彼は少し体をずらし、わざと奥の者を見せてきた。
デッキの上にはアナスタシアと同じように鎖に繋がれた男が座っている。彼女よりも厳重に鎖で縛られており、彼はこの状況下で笑っていた。
黒い髪に黒い瞳。漆黒だ。時折激しく咽こむが、それでも狂気的に、こちらを見ている。
「まさか、ホルスも持ってきているのか」
「そうだ。アナスタシアが使い物にならなければ、全力で潰せという上からの指示。あれはもう使い物にならんよ。私で良かっただろう?」
コンスタンは静かな声で言った。
ロンは小さく唇を噛み締め、「お前が撃ったなら、もう死んだんだな」と首を振る。
「聖道教会とはこれだから関わりたくねぇ」
「それは正論だ。宗教という名を持つ、ただの金集めの戦争屋だからな」
コンスタンはゆっくりと船の中に戻ろうとし、何かを思い出したように振り返る。
人々の顔を一通り見た後、アレクセイを見つめる。いや、アレクセイの後ろだ。思わず、アレクセイは後ろに隠れていたユリウスを更に背中に隠した。
コンスタンは何も言わずに、そのまま船の奥へ消えていった。
聖道教会に戻った面子によって、木の板が壊された。彼らは無表情だった。マーシーを見ると、彼らは口元を引きしめ、船の中に消えていった。
そして、彼らの船が出航する。
大きな波が揺れ、慌てて従業員たちが船の端に駆け寄り、海を覗き込んだ。安全を確認したメアリがロープを持って駆けつける。
「アナスタシア! マーシー! あんたら、捕まりな!」
アレクセイは自分のコートをユリウスに頭から羽織らせて、二人そろって海面の方に向かう。
そこにはアナスタシアを抱きしめて、涙を流すマーシーの姿があった。彼はメアリから受け取ったロープを掴んでいる。
海を覗き込んだ誰もが声をかけられなかった。
二人を見た人の中には目を潤ませた者もいる。
アナスタシアは彼の腕の中で真っ赤な花を散らし息絶えていた。
傍らにいるマーシー。そして、生き残った聖道教会の人々。彼らは何度もお礼の言葉を口にしてくる。
主に治安部隊として名を連ねるロンが窓口となっているため、アレクセイやユリウスが関わることはほぼない。
しかし、アナスタシアとマーシーだけは違った。
アナスタシアは一日のサイクルに戻り、ユリウスの元に訪れた。彼はアナスタシアに即席の絵本を読み聞かせる。
初めは適当だった内容も回を重ねるごとに、凝ったものが増えて行った。終わる度にマーシーが頭を下げ、二人揃って部屋を出ていく。
同じ日常を過ごしているとはいえ、同じ航海を共に行く船の仲間。
自由に船内を歩くアナスタシアは、いつしか従業員たちにとってかけがえの無い存在になっていた。
聖道教会へ戻れば、再び鎖に繋がれるのだろう。
それを思ってか、メアリは船の中では自由に居させてあげているらしい。きちんと魔法制御のネックレスを施して過ごす彼女。
「幸せの定義ってなんだろうな」
「俺もそれを考えていました」
普段難しいことを言うユリウス。今回はアレクセイも同じことを思っていた。
鎖に繋がれて何も考えずに過ごす方が彼女にとって幸せなのではないだろうかと。何も思い出さずに、死んだように生きる。けれども、絵本を読んでもらって嬉しそうに笑う彼女を見れば、これも有りなのではないかとアレクセイは思ってしまう。
「ユリウスさんの幸せってなんですか?」
「俺か……考えたこと、なかったな」
彼は難しそうな顔をしてみせ、そして、アレクセイの視線に気が付くとふんわりと花が咲くように微笑んだ。
「でも、お前が居れば俺はどこでも幸せだ」
そんな風に綺麗に笑う彼。やがて、照れ臭くなったのか、帽子を深く被りなおした。アレクセイは思わず尊さに顔を抑えた。
昨日は部屋に戻ってから吐き気を抑えていた彼だが、今日はとても元気そうでアレクセイは安心する。
「パパ」
声が聞こえ、アレクセイとユリウスが振り返る。部屋に現れたのはアナスタシアだった。彼女はユリウスの腕を掴む。すると、ユリウスの表情が微かに引きつった。
アレクセイははっとする。彼が人に触れられることが苦手だったと。
「明日、帰る事になったの。今までありがとう」
彼女は寂しそうに微笑んでいた。そのことにアレクセイは強い違和感を覚える。
驚いたユリウスから手を離し、彼女は小さくお辞儀する。呆気に取られているユリウス。アレクセイもそうだった。
「さようなら」
囁くように彼女は告げると、長い髪をさらりと揺らして去っていった。凛としたその立ち姿。彼女が正気だったのか、それともただのいつもの日々なのかはわからない。
茫然とするユリウスは隣にいたアレクセイへ視線を移す。彼は何も言わなかった。ただ、そっとアレクセイの袖を触る辺りが彼らしい。
「貴方が変わったように、アナスタシアも変わったということでしょうね」
アレクセイを見つめるユリウス。驚いたような、不安そうな彼の表情。アレクセイはただくすりと笑っただけだった。
聖道教会の船がやってきたのは次の日の午後だった。快晴で誰もが安心していた。
波も比較的安定している。聖道教会の二隻が旗をはためかせ、そのうちの一隻がメアリの船の横につけてきた。
ロンからユリウスを変装させるように言われ、彼はいつもと同じように変装している。
従業員が短い期間とはいえ、仲間として過ごした彼らにお別れの言葉を告げる。聖道教会の人々は木の板で繋がれた道を進み彼らの船へ帰っていった。
「一気に寂しくなるね」
「はい」
アナスタシアだけはいつもと同じように鎖に繋がれて、木の板を渡っていく。ただし、前に着けていた口元の拘束だけはされていない。
特殊な魔封じの器具はメアリの船にはなかったからだ。メアリが差し出したのは魔力を抑える医療用のリングタイプの可愛らしいネックレスだけ。
彼女の傍らにはマーシーがいる。彼は木の板を渡りながら、こちらに小さく会釈する。
ふと、先を歩いていたアナスタシアが立ち止まった。
風が彼女の髪で遊び、駆け抜けていく。空へ抜けた風を追いかけるように見上げたアナスタシア。
青い瞳は雲ひとつ無い空を眺め、聖道教会の船を眺め、振り返ってメアリの船を見つめる。やがて、アナスタシアの視線はユリウスに注がれた。
彼女の青い瞳は小さく細くなり、まるで、天使のように微笑む。その色は幸せそうな色だった。
誰もが目を奪われる。
瞳が確かに彩りを取り戻していた。だからこそ、誰もが息を飲んだ。
「ねえ、絵本を読んでくださってありがとう。愛らしいお兄さん」
まるで、いつものように――ユリウスをパパと呼ぶよう。彼女は目を見開くユリウスへ手を伸ばした。やがて、伸ばされた手はさようならと振られた。
「幸せだったよ。ありがとう」
刹那、乾いた音が響き渡った。
倒れる小さな体。
血が飛び散り、目を見開くユリウス。アナスタシアは笑顔のまま。痛みも苦痛もないと言わんばかりに笑っていた。
「え……」
何が起こったのか理解できないアレクセイ。まるで、飛び散った赤いものが片翼のように見えてしまう。
誰もが目を疑った。撃たれて前のめりになって、海に落ちたアナスタシアを呆然と眺めていた。
「アナスタシア!」
慌てて海へ飛び込んだのは傍らにいたマーシーだった。
「撃ったのは誰だッ!?」
「落ち着け! ロープだ! 早く! 二人を助けろ!」
「ポーションを準備しておくれ! アレクセイとユリウスは下がってな! 特にユリウス、動くんじゃないよ!」
メアリをはじめとした従業員たちが騒ぎ立て、動こうとした者を制したのは意外にもロンの叫び声だった。
「全員、動くなッ! 動きを止めろ!」
ぴたりと誰もが動きを止めた。
アレクセイはユリウスを庇うように前に出て、隣接していない聖道教会側のもう一隻の船を見た。
そこにはライフルを構えた神父衣装を身にまとう妙齢男性がいた。照準はロープを手にした従業員。
ライフルを構えた神父衣装の男性は両目を黒い布で包み、真っ白な肌。白髪をオールバックにしている。
やがて、彼はライフル銃から目を離し、「ああ、命とは尊いものよ」とまるで神に乞うように語る。
「何を……貴方は一体何をしようとしたのかわかって――」
「アレクセイ、話しかけるな」
話しかけようとしたアレクセイを制したのはロンだ。
「静かにしてろ。喧嘩を売って、安全に勝てる相手じゃない」
「いかにも。お前は神聖兵器トリトンか。久しいな」
「元、な。俺にはもうその魔力はないぞ。視ることはできるが」
ロンは男を睨め付ける。話についていけないアレクセイは傍らにいたメアリを見る。彼女は横に首を振る。今は何も言うなといわんばかりの顔。アレクセイは小さく頷いた。
「それに俺はお前と違って兵器じゃない。兵器と呼ばないでくれるか? 俺はロンだ。俺を怒らせてくれるなよ」
「兵器でいることを捨てた者が何を言う。神への冒涜ではないか?」
「お前はまだ兵器でいたいのか、コンスタン」
その言葉に驚いたのはメアリだった。彼女は声を殺して、小さな声で囁く。
「コンスタン……聖道教会の神聖兵器の名前じゃないか」
アレクセイは目を見開き、隣のメアリを見た。彼女は難しい顔をしており、アレクセイとユリウスの視線に気が付くと、安心させるように微笑んで見せる。
「なぜ、あの子を撃った!?」
「上からの命令だ。使えない兵器を処理しろとの命令だ。私も兵器だ。兵器は人間の命令に従うものだ」
ロンは小さく舌打ちしてみせる。苛立った表情に驚いたのは誰もが同じだ。
彼が人に対し舌打ちする姿など、この航海中でアレクセイは一度も見たことがなかった。彼はいつも笑っていて、緊急時も人を安心させるような人物だったからだ。
「お前らは本当にクズ野郎だなッ!」
「ふむ……それは同意しておこう。私は兵器であり、人を殺めるために生まれたものなのだから。私が命令を受けていてよかったと思うはずだ。私以外の兵器だったなら、お前たちも危なかっただろう」
「何を……」
ロンがちらっと彼の奥に居る者を見る。律儀にも彼は少し体をずらし、わざと奥の者を見せてきた。
デッキの上にはアナスタシアと同じように鎖に繋がれた男が座っている。彼女よりも厳重に鎖で縛られており、彼はこの状況下で笑っていた。
黒い髪に黒い瞳。漆黒だ。時折激しく咽こむが、それでも狂気的に、こちらを見ている。
「まさか、ホルスも持ってきているのか」
「そうだ。アナスタシアが使い物にならなければ、全力で潰せという上からの指示。あれはもう使い物にならんよ。私で良かっただろう?」
コンスタンは静かな声で言った。
ロンは小さく唇を噛み締め、「お前が撃ったなら、もう死んだんだな」と首を振る。
「聖道教会とはこれだから関わりたくねぇ」
「それは正論だ。宗教という名を持つ、ただの金集めの戦争屋だからな」
コンスタンはゆっくりと船の中に戻ろうとし、何かを思い出したように振り返る。
人々の顔を一通り見た後、アレクセイを見つめる。いや、アレクセイの後ろだ。思わず、アレクセイは後ろに隠れていたユリウスを更に背中に隠した。
コンスタンは何も言わずに、そのまま船の奥へ消えていった。
聖道教会に戻った面子によって、木の板が壊された。彼らは無表情だった。マーシーを見ると、彼らは口元を引きしめ、船の中に消えていった。
そして、彼らの船が出航する。
大きな波が揺れ、慌てて従業員たちが船の端に駆け寄り、海を覗き込んだ。安全を確認したメアリがロープを持って駆けつける。
「アナスタシア! マーシー! あんたら、捕まりな!」
アレクセイは自分のコートをユリウスに頭から羽織らせて、二人そろって海面の方に向かう。
そこにはアナスタシアを抱きしめて、涙を流すマーシーの姿があった。彼はメアリから受け取ったロープを掴んでいる。
海を覗き込んだ誰もが声をかけられなかった。
二人を見た人の中には目を潤ませた者もいる。
アナスタシアは彼の腕の中で真っ赤な花を散らし息絶えていた。
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