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4.Weapons don't know the taste of love.

第五十二話

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 豊穣祭のざわつきも、ユリウスへの噂も全てひっくるめ、終わり近くなれば静かになっていく。
 閉会式をもって、豊穣の式典は終わる。エリックのスピーチに耳を傾けながら、アレクセイは傍らの存在を見つめた。
 少し疲れたような表情を見せていたが、アレクセイを見ると小さく微笑んでくれた。

「平和だな」
「はい」

 隣からの小さな呟き。アレクセイは静かに頷いた。
 平和を謳うスピーチ。この国はよりよく発展していく。そんな内容を語るこの国の王。
 そんなスピーチの最中、閉じられていたはずの扉が開く。
 遅れてやってきた貴族だろうか、王のスピーチ中に扉を解放するとは、そんな、声が聞こえてきたが、アレクセイは表情を変えた。
 扉を守っていたはずの兵士が突き飛ばされ、彼は痛みで呻いていた。

「ユリウスさん!」

 アレクセイはユリウスを庇うように前に出た。
 扉から現れた人物に人々は悲鳴をあげた。騎士たちが護衛に入るが、その人物は騎士たちをみて、静止をかけた。
 扉を守る騎士だったのだろう。血まみれの騎士が会場内に投げ飛ばされ、テーブルの上に転がった。
 先程の平和のスピーチとは一転し、悲鳴があちこちで響き渡った。

「エリック、久しぶりだな」
「その声は!」

 ユリウスとアレクセイも驚いた表情を向ける。
 金色の髪に青い瞳。どことなく、エリックと似た顔立ち。額の大傷。エリックの弟でもあり、ユリウスの兄でもある人物。

「キース! 貴様、今更何をしに来た!?」

 会場がざわつく。彼の周りには四人の兵士。黒装束を着込み、血に濡れた剣を手にしていた。

「エリック王、お下がりください!」

 彼の前に駆けだし、距離を取らせたのはいつか見た女性の騎士だった。
 その様子に誰もがはっとする。周りが王の護衛をしようと動きはじめた。
 しかし、扉近くにいた貴族の誰かが悲鳴をあげた。
 新たに扉の奥から現れた黒装束の男性。彼が首元に剣を突きつけていたのはユリウスらの母親だった。
 しかし、人質とされている彼女は何が起こっているのかも把握できていないようだった。ぼんやりとした目で辺りを見ている。

「キース、見損なったぞ。何を求めている?」
「そうだな。まずは俺たちに船を寄越せ」
「わかった。手配しよう。しかし、母親は港で返してもらう」
「交渉成立だな」

 金髪の男性はにやりと笑むと、手前にいた女性騎士を指さした。

「そして、カルナをもらっていく」
「なっ」

 エリックは狼狽えたのを見て、彼は楽しそうに笑ってみせた。

「昔、カルナが専属で欲しいと喧嘩になったことが懐かしいなぁ。婚約者を作らないのはカルナが好きだからだろう?」

 ケラケラと笑うキースにエリックはぐっと唇を噛み締めた。

「騎士の女に現を抜かすのはお前ぐらいだぞ、愚王」
「エリック様、私は何を言われようと平気ですので、今は交渉に応じてください」
「しかし」
「こう見えても私は騎士です。私が貴方の足かせになるわけにはいきません」

 キースを睨みつけたエリックは「わかった。しかし、彼女も港に出る前に返してもらう」と伝えた。

「いいだろう」
「なぜ、お前は今になって現れた?」
「なぜ、か。お前ならわかっているんじゃないのか? 今年でこの国は建国八百年を迎える。八百年周期に起こる不可解な謎。視たくはないか?」
「何を……」

 彼が命じて持って来させたのは、一つの檻だった。アレクセイは嫌な予感がし、ユリウスを庇うように彼の前に立つ。そこに居たのは一人の少年だった。
 痩せこけ、ぼろぼろになった服を着込んでいた。そして、何も出来ないように鎖で手足を繋がれている。ふと、過るのはアナスタシアの存在だ。
 彼は檻に手をかけ、呪いのような言葉にならない言葉を吐き捨てた。声は枯れており、その痛ましい姿に貴族たちは怯えているようでもあった。

「ここに一つの赤い魔石があるだろう? これはケレスの神聖宝具だ。無事に発動すれば宝具となる」
「何をするつもりだ」
「こいつは聖堂教会が保有していた神聖兵器ケレス。こいつをここに解き放つのさ」
「そんな事をすれば、お前もろとも、ここが吹き飛ぶぞ!」

 エリックが警備の者に指示を出す。貴族たちも驚きを隠せない様子を見せているが、流石に領地を守ってきた人々だった。男性陣は剣を抜き、誰もが敵意を見せ始めた。女性陣も下がって、すぐに避難できる準備をしている。
 彼は周りの様子を見てから、楽しそうに、へらへらと嗤ってみせた。

「はは、そのつもりなんだよ。俺の思った通りにならない世の中など、壊してしまえってな」

 首を傾げて、キースは檻を蹴り飛ばす。ゲージから少年の悲鳴があがり、エリックが「やめろ!」と叫んだ。
 キースはにやりと笑んで、女性騎士――カルナを顎で指した。

「カルナをこっちに」
「……わかった」

 苦虫を潰したような表情をしたエリックがカルナに銘じれば、彼女はこくりと頷いてキースの傍についた。すぐに黒装束の男が彼女を拘束した。

「さてと。船は停泊しているバルハを頂こうか」

 エリックが無言でうなずくのを見届け、キースはにやりと笑んだ。黒装束の男たちが門を開け放ち、ユリウスの母、そして、カルナを連れて出ていく。檻に向かって歩いていたキースが立ち止まった。
 アレクセイははっと気が付く。彼が見ているのはユリウスだった。

「ふうん。どっかで見た顔かと思えば、ユリウスじゃねぇか。女かと思った」

 ゆっくりと近づいて来ようとするキースの前にアレクセイが立ちふさがる。ユリウスは何も言わずにただじっとキースを見つめている。

「へぇ。そのまま育った感じか。可愛い顔してんじゃん。女だったら抱けるレベルだ。俺が怖いか? 戦争に送った俺が憎いか? 言葉も出ないってか?」
「ユリウスには近寄るな!」

 怒鳴ったエリックの声。キースは鼻で笑うと、そのまま檻の方に向かった。

「兄弟そろって俺を除け者して……まあ、いいか」

 キースは檻を再度蹴飛ばし、少年の悲鳴を聞く。すっかり御満悦の様子だ。そして、魔石を檻の中に投げ入れた。
 すると、中にいた少年が胸元を抑えて苦しみだした。キースはげらげらと笑うと、「行くぞ」と仲間たちに合図を送り、拘束していた二人を人質だぞと言わんばかりに見せつけて、堂々と外に出て行った。エリックがぐっと唇を噛み締めた。

「すぐに檻の魔法防壁準備を! 魔導師を呼べ! 早く!」
「はっ!」
「そして、キースたちのあとを追え!」
「エリック様は避難を!」
「こんな状況で誰が避難をするのだ! 厳戒態勢を作れ!」

 エリックの罵声が響く中、何を思ったのか、ユリウスはゆっくりと檻に近づいて行った。アレクセイが引き留めようと腕を掴む。すると、彼はアレクセイを振り返って首を横に振った。

「俺にしかできないことがある」

 注がれた強い視線にアレクセイはそっと手を離した。
 ユリウスは檻前に行くと、しゃがみこむ。中からは苦しむ声が響いており、今にでも誰かを殺しそうな目で少年は周りを睨みつけていた。
 この子はアナスタシアと違う。
 そして、アレクセイは彼が魔力の暴走を起こしていると思った。
 少年が何とか暴走しないように持ちこたえているが、それも時間の問題だろう。もう少しすれば、魔力が暴走を初め、広範囲に被害が及ぶ。そうなれば、どれぐらいの被害が出るか、分からない。

「ユリウスさん、避難を。魔導師が到着するまで持ちません」
「そんなの必要ない。アナスタシアのように、こいつも見捨てるのか?」
「それは……」

 少年の冷や汗が彼の顎を伝って、檻の中を濡らしていく。悔しそうに俯き、己の魔力から耐える少年。この状態で中に入れられた魔石を取れば、どんな影響がでるかわからない。
 そんな中、ユリウスは少年に話しかけた。

「人が憎いか?」
「なに、を」

 少年はガラガラの声で言う。
 ユリウスは少年の鉄格子を強く掴む指を眺め、彼の指に触れる。汚れて真っ白な指だ。突然触れられたことで悲鳴をあげた少年にユリウスは、「強くなれ。そして、その力で誰かを救えるように努力しろ」と伝える。

「そんなの、無理だよ!」

 少年が泣き叫んだ。

「これからが、お前の人生だろ。諦めてどうするんだ」

 優しく諭すようにユリウスは語る。
 ユリウスの手が白く発光したかと思えば、彼の周囲から、パキパキと音をたて、透明な植物が伸び始めた。
 それは規則的に広がりをみせ、檻を覆っていく。中の少年には一切に触れずに。
 赤い魔石の光も透明な植物のつるが多いかさなり、その魔力を途絶えさせた。魔石は変形していき、小さな笛を形作る。

「後はお前次第だ」

 彼の辺りは見慣れない透明な植物たちが茂り、まるで人々を避け、広がりを見せた。

「檻を開けてくれ。もう、彼は大丈夫だ」

 ユリウスの声にアレクセイが動いた。
 すっかり放心してしまった少年が解放される。
 少年の苦しみも、傷もなくなっており、ボロボロの服だけが、特徴として残っていた。周囲の人々はざわざわと騒ぎ立てる。

「女性は避難を! 剣を握れる者は騎士に従え! 領主は領地に連絡を!」

 エリックの叫びに皆が集い、各自持ち場についていく。広間は人が少なくなっていき、残ったのは数少ない先鋭だ。
 ユリウスはそれを確認し、アレクセイが保護した少年をみて、ほっとした表情を作る。

「兄上、海上閉鎖を!」
「ああ。海門を閉じる。あいつがすんなり言うことを聞くとは思えない」

 ユリウスも同意見だったらしく、頷いた。アレクセイが近場の騎士に少年を預け、ユリウスの元に戻ろうとした時だった。

「ご名答です。キース様の目的は逃げるわけじゃない」

 ふと、聞こえたのは聞き覚えのある声。アレクセイがはっとして、ユリウスに駆け寄ろうとしたが遅かった。

「覚醒していたか。気がついてたら、もっと早くキース様の元に連れていけたのに」
「ンンっ!」

 背後から伸びた手が怯えたユリウスをしっかり拘束し、首元には剣が向けられた。そして、口に手を当て、手錠がはめられる。
 アレクセイはぎりっと唇を噛み締める。

「なぜ、セウス騎士団長がユリウスさんを!?」

 アレクセイは剣を強く握った。そこには不敵に笑むセウスがいた。
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