『狂人には恋の味が解らない』 -A madman doesn't understand love-

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4.Weapons don't know the taste of love.

第五十三話

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 セウスはアレクセイに制止をかけ、更に見せびらかすようにユリウスの首元に剣を向ける。
 肝心のユリウスは怯えてしまっていて、抵抗しようにも彼の手には魔力制御の手錠が施されていた。
 ユリウスは困惑したように、けれども怯えた目でセウスを見つめている。

「団長、なぜ」
「元から監視役として貴方を見ていたのですが、やはり武器は武器。使われる時には使わないといけません。貴方は武器として大事にされるべきです」
「それは……」
「解っているでしょう。貴方の力はどのように使うかを」

 俯いてしまったユリウス。アレクセイは出会った頃の彼を思い出し、気が付けば剣を構えていた。

「それは違う!」

 アレクセイは大声をあげる。出会ってきた神聖兵器と呼ばれた人々が頭をよぎる。

「彼は……彼らは人間です。ただ、皆よりも神から祝福されたただ普通の人です! 彼らは人から勝手に称号をつけられて、苦しんでいる。ただ、人と同じく時を過ごしたいだけです!」
「それはただのエゴだ。武器は武器だ」
「違う!」

 アレクセイの声は届かず、セウスはゆっくりと一歩一歩と下がっていく。エリックや周囲も手が出せない状態だ。苦虫を潰したようなエリックの表情が酷く歪んでいた。

「ふむ、ただのエゴだと言うのなら、兵器の声に耳を傾けぬ輩もエゴではないのかね?」

 発砲音が響いた。
 セウスの腕に銃弾が命中し、ユリウスが一瞬離れた。アレクセイはその隙を逃さず、彼を抱き寄せた。腕の中の存在にほっとした。しがみついてくる手はいつもよりも震えている。
 そして、誰もが第三の侵入者に驚きの表情を向けた。

「警備がザルというべきか。それとも、荒らされた後か。しっかりと防犯対策はすべきだと思うのだがね」

 天井から着地したのは男性――コンスタンだった。誰もが彼に驚きの表情を向ける。
 コンスタンは腕を抑えて剣を離したセウスを見た後、手錠をかけられたユリウスとアレクセイを見つめる。

「無事のようだな」
「コンスタン!? なぜここに」
「ふむ。ケレスを迎えに来たというべきか。あいつは無事か」
「爺遅いぞ!」

 保護されていた少年が叫ぶ。コンスタンは保護された少年を見て、高らかに笑ってみせた。

「一歩遅かったようだ。しかし、帰ったら怯えず風呂にはきちんと入りたまえ。私たちが酷い扱いをしていると思われる。職員が手を焼いていたぞ」

 コンスタンは呆れたと言わんばかりに肩をすくめる。
 すっかり怯え切っていたユリウスが落ち着きを少し取り戻し、アレクセイの腕の中で小さな息をつく。

「コンスタン、助かった。礼を言う」
「アナスタシアのお礼だと思ってくれ」
「割に合わないだろ」

 ユリウスは苦笑した。アレクセイが魔法で手錠の解除を試みるが、それはうまくはいかない。コンスタンがアレクセイに向けて、一つの鍵を投げて寄越した。

「君たち……ラナ一味と言うべきか。色々と悪さをしているようだが、降参した方がいい。聖道教会から兵器を盗むなど、とんでもない連中だ」

 エリックの指示ですぐにセウスは拘束された。アレクセイは共に働いていた屋敷の騎士たちを見る。驚きと嘘であってくれという表情から、彼らも知らなかったようだ。
 拘束されたセウスはエリックに向けて叫んだ。

「エリック王、兵器は使わないといけない! 人間と対等にするなど、国が腐る!」
「ユリウスは弟だ。兵器でも、道具でもない。説得には愚策だったな。牢へつなげ!」
「はっ!」

 騎士たちに連行されていく背中。ユリウスはセウスを呆然と見つめている。
 アレクセイはコンスタンから受け取った鍵で手錠を外し、それを近くの鑑定の騎士へ渡す。

「離せ!」

 その様子を見ていたセウスが、拘束していた騎士に体当たりをし、転がりながらも一つの鍵をポケットから取りだした。
 透明な大きな鍵だ。
 すぐにコンスタンが発砲し、セウスの胸元を銃弾が貫通する。彼は血を吐き、そのまま仰向けに倒れた。

「キース、さま……俺はやりました、よ」

 鍵が天高く掲げられ、セウスは血まみれのままにやりと笑って見せた。
 そして、鍵が一度光り輝き、セウスはそのままこと切れたように動かなくなった。掲げられていた腕が床にどしゃと音をたてると同時に鍵が床に転がり、氷が砕け散るように、割れて音を響かせる。

「あ……」

 腕の中で小さな呟きが聞こえた。
 それはユリウスのものだ。アレクセイは異変に気がついて、腕の中のユリウスを見つめた。

「ユリウスさん? どうしました?」

 急に力が抜けたように動けなくなった彼をアレクセイが腰ごと支える。顔を覗くが、表情はあまりよろしくない。真っ青な顔でアレクセイをじっと見つめていた。
 赤い瞳が怯えるように。何度も恐怖で歪んできた彼の顔。そっと背中にも手を添えれば、手が払いのけられた。

「だめだ……! 俺に触ったら、ダメだ!」
「ユリウスさん!?」

 彼はそのまま床の上に崩れるように倒れ、頭を抱えてくぐもった声をあげる。
 コンスタンが駆け寄ってくる。

「どうした!?」
「それが……」

 そして、ユリウスはぴたりと動かなくなった。赤い布は外れて、白い髪も床に散らばっている。指がカタカタと震えており、床を強くひっかいている。痛みを我慢している様子が伺えた。
 アレクセイがユリウスを抱き寄せようとした時だ。コンスタンがそれを制し、アレクセイを後方へ蹴り飛ばした。

「ぐっ!」

 コンスタンも跳躍し、後退していた。痛みに呻きながら、アレクセイがゆっくりと立ちあがる。

「ユリウスさん!?」

 すると、ユリウスがいた場所は水晶のような巨大な丸石が飲み込んでいた。彼はその中に入っており、ぐったりと倒れた時と変わらずの姿を保っていた。
 あのまま、あそこにいればアレクセイやコンスタンも水晶の中に入り込んでいたかもしれない。

「ユリウスさん! 返事できますか!?」

 声をかけるが反応はない。アレクセイが更に近寄ろうとすれば、「アレに触るな!」とコンスタンが怒鳴る。

「ですが!」
「生身の人間が触るな」

 コンスタンがライフルを構える。アレクセイがそれを制しさせようとするが、すぐに蹴られた。発砲音が響き、水晶に当たる。水晶に弾かれ、反射した銃弾は近くの花瓶を割った。
 アレクセイは彼のライフルを奪い取ろうとする。しかし、すぐにコンスタンの蹴りが飛んできた。再び発砲音。
 しかし、水晶は傷つく様子すらなかった。

「これは……」
「攻撃をやめてください! ユリウスさんに当たります!」
「こんの、バカ者!」

 ライフルの標準を変えようとしたが、再びアレクセイは蹴り飛ばされた。転がり、ユリウスのすぐ傍らに転がる。
 コンスタンの銃撃でパキッと水晶が割れていく。アレクセイが「ユリウスさん!」と叫ぶ。しかし、反応はなかった。いや、手がぴくりと反応し、息が吐きだされる。苦しそうな息だ。
 思わず水晶に手を伸ばしたが、すぐにコンスタンが首根っこを掴みあげ、後退させた。

「お前は死にたいのか!?」
「ユリウスさんを助けないと!」
「状況を見ろ。鍵が開いた」
「何を……」
「まさか、アヌの効果を知らなったのか?」

 銃弾を詰めながらコンスタンが驚いた顔を向けてくる。

「アヌは扉を創造する。冥界か天界の門を」
「何を言って」
「キースという男は天界か冥界いずれかを開けるつもりだ。まずいことになるぞ。鍵があるなら、創造の種もあるはずだ。死という概念が存在しない世界だ。アヌが作り出す創造の世界だ」

 アレクセイははっとしたようにユリウスを見る。何かを探すように指が動いている。

「ユリウスさん!」
「鍵を再び閉めるには殺すしかない」
「何を言っているんですか!?」

 彼はライフルを取り出し、そして、アレクセイを見た。

「なぜ、私が人一人殺せる力があると思っている? なぜ、一日にたった一人なのか」
「まさか」
「神聖兵器が暴走及び扉が開く際、必ず兵器を仕留める抑止力だ。それが、私に求められる兵器としての力だ」

 アレクセイがライフルを奪おうとする。しかし、コンスタンに蹴られ、アレクセイはその場に転がった。

「バカ者。殺そうと思えば、もう殺している。ほら、見ろ」

 水晶が粉々に砕け散り、それがゆっくりと姿を形成していく。煙が形を成すように、生成されていく巨体。
 塵から鹿のような生き物が生まれた。ふらふらとしながらも、ゆっくりと立ちあがる。まさに生まれたという表現が正しいのかもしれない。
 透明な牡鹿は人の背丈の四倍ぐらいはあるだろうか。鹿は透明で目だけが青色だった。
 鹿はユリウスに向かって歩いていくと、彼を丸呑みするように吸収してしまった。

「あいつ!」
「待て、落ち着け!」
「ですが!」
「お前のポケットを見ろ」
「ポケット?」

 胸元のポケットを確認すれば、いつの間にかユリウスが首からかけていた彼の宝具が入れられていた。驚くアレクセイにコンスタンが苦笑する。

「お前は本当におっちょこちょいだ。彼がお前の手を払った際にポケットに入れたのだろう。しっかりしろ」
「失礼な」
「そいつを落とさないように首につけていろ。そいつが破壊されれば、あれを取り戻せなくなるぞ」

 アレクセイは腑に落ちない顔をしていたが、こくりと頷き首からかけた。鹿はユリウスの吸収を終え、シャンデリアを見上げた。
 ユリウスは鹿の胸元に留まり、倒れたままの状態で水晶という心臓に閉じ込められているようだ。
 牡鹿が見上げた天井は腐敗をはじめ、そのまま腐り落ちていく。驚くアレクセイにコンスタンは再び蹴りを入れた。今度は小さな蹴りだった。

「ぼさっとするな。追うぞ」
「俺に命令しないでください!」
「だったら、テキパキと動け」

 腐り落ちた天井へ向け、コンスタンは跳躍し、天井を軽々と超えた。
 アレクセイも彼の後を追う。ふと、コンスタンは立ち止まり、エリックに向かって叫んだ。

「エリック王よ、ケレスを頼む。その子はまだ子供だ。子供が兵器として、戦わぬ世界を」
「あ、ああ。わかった。命の保証をしよう!」
「爺! どこに行くんだ!?」とケレスの力を持つ少年。
「お前はそこで見ていろ! 陸の目で見えるだろう?」

 小さく息をつくコンスタン。そんな彼を見ていたアレクセイ。

「なんだ、その顔は」
「いえ……子供には優しいのだなと」
「煩い」

 俺に対してだけ毒舌だとアレクセイは思いながら、鹿が走っていった方角を眺めた。
 海に向かって歩いていく鹿を見ながら、アレクセイは拳を握り締めた。

「これだと、追いつけない」
「おーい!」

 ふと、頭上から聞き覚えのある声が響いた。誰かを呼ぶ声。アレクセイは宙を眺めて絶句した。
 隣のコンスタンも驚いたように宙を見上げ、困ったように笑った。

「お前は運がいいな」

 星空の海。
 そこに一隻の船が浮かんでいたからだ。そこには一人、大きく手を振る人物がいた。
 ロンだ。彼はいつもの人を安心させる笑顔で大きく手を振り、星の空を船で飛んでいた。
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