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4.Weapons don't know the taste of love.

第五十四話

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「ローウェン……お前の神聖兵器は海を走るものだと思っていたが、まさか、宙を飛ぶとは」
「はは! 驚いたか? 空にも水があるものさ!」

 ロンは港に向けて船を飛ばしながら、緊張感を持ったまま、ころころと笑う。空から眺めた街は厳戒態勢がしかれており、騎士たちが徘徊している様子が伺えた。
 そして、港の方に向かう大鹿が歩いた道。見たことの無いような透明なツタ植物が茂り、透明な青い花を咲かせている。鹿が歩いた屋敷などは腐敗がはじまり、崩れかけている棟が多くみられた。元々の草木も同等に枯れており、鳥や小動物も逃げられず、朽ちた姿が痛々しい。

「本人の意思を無視して、魔力を吸って歩いているのだな。どうやって取り出す?」
「そりゃ、あの鹿をやっつけないとな」
「だから、どうするのだ」
「知らねぇよ。にしても、コンスタンがアレクセイに協力するとは思ってなかったな」
「フン」

 ロンはコンスタンを見るが、彼はそっぽを向いた。嫌われていると思っていたが、違ったらしい。茫然とするアレクセイにロンが笑った。

「こいつ、実はお前のことが気に入っているんだ。気にすんな!」
「余計なことを」
「しかし、不思議だな。なぜ、あの鹿は港へ向かうのだろうか?」

 ロンが小首を傾げる。アレクセイは確かにと思った。
 確かに透明な鍵で異変は起きた。しかし、命令する者もいなければ、あの場に誰かが細工したようにも見えない。ユリウスだって、あのようなことは嫌がるだろう。苦しんでいた彼を思い出し、アレクセイは唇を噛み締めた。
 そんなアレクセイの肩を叩いたのは意外にもコンスタンだった。

「海に門がある」
「門?」
「海門のことでしょうか?」
「正確にはその下に掘られている門だな」

 コンスタンがアレクセイにスコープを投げて寄越した。アレクセイはお礼を伝え、コンスタンが指さした方向を覗き込む。港に停泊している船の上には金髪の男性――キースの姿、そして、黒装束の男性複数が乗り込んでいる。

「メアリは城の方か?」
「ええ。騎士たちと一緒にいるはずです」
「そうか」

 ロンが頷いて、船をゆっくりと降下させていく。

「しかし、近づいてどう対処する? 砲台をかましてもいいが、こんなところでドンパチするのは少し……恐らく、火薬も積まれているし、二人ほど人質の姿も見える」
「ふむ……」
「潜り込めそうでしょうか」
「まさか、行くつもりか?」
「俺が時間を稼いで、お二人が人質を……というのはどうでしょうか。ユリウスさんをまずは助けるという前提になりますが」

 ロンとコンスタンが顔を見合わせる。

「ユリウスをまずは助けることには賛成しよう。しかし、後者はリスクの方が高い。アレクセイが捕まれば、状況が一気に不利となる」
「しかし、どう打開するつもりだ。こうしている内にも、あの牡鹿は門に近づく」
「門が開くとどうなるのですか?」
「開かれると、全ての理が覆されるとされる。しかし、八百年前には街が壊滅するほどの被害があったとされる」
「アヌはどうなったのですか……神聖兵器は無事だったのですか?」

 アレクセイの問いに黙り込むコンスタン。その静寂が何を示すかをアレクセイは悟る。

「しかし、まだ時間はあるぜ。要するにあそこに到着するまでに叩けばいいんだ」
「だが――」
『爺!』

 ふと、声が響き渡る。びくりと肩を震わせたアレクセイとロン。コンスタンが懐から取り出したのは魔石だった。どうやら、風の魔石らしい。音のやりとりをする魔石だ。魔石からケレスの声が響いているようだった。

『おい、こら……あんまり大声をだすな。敵が近くにいたら、どうする』
『うるせぇ! おっさん!』
『おっさん……私はまだ三十代なんだが!?』

 エリックとケレスの声だった。驚くアレクセイとロンに対し、エリックは小さく咳払いをしてみせた。

『ケレスの力を借りて、話を聞かせてもらった。十二時前に騎士が船の動力となる魔石と人質の交換を行う』
「そうか。そして、ケレスよ。それは陸の目か? あんまり、使いすぎるなよ。しかし、返してくれるとは限らないだろう」
『ああ。そこで』
『俺の出番だ!』

 ケレスの声が木霊する。心なしか焦っているようにも感じ取れ、コンスタンは小さく息をついた。

「お前が頑張ったからといって、状況が変わる要素はないと思うが」
『クソ爺黙れ!』

 アレクセイは驚いて隣のコンスタンを見る。とてもショックを受けているのか、目元を抑えて彼は首を振っていた。

『俺が神聖宝具を使って、陸から干渉し海底を閉ざす。そうすれば、誰にも被害はないだろ?』
「しかし……」
「やってみなきゃわからないか」
「あの牡鹿に魔力制御の手錠は効きますか?」
「アレクセイ、お前が首からぶら下げているのはアヌが持つ宝具だ。お前はユリウスを助け出して、あの牡鹿を止めろ」
「わかりました。ですが……」
「まったく、先程の勢いはどうしたのだ」

 コンスタンは小さく息をついて、魔石の一つを取り出した。それを床に叩きつけ、魔石を割った。
 パンと音をたて、魔力が生み出したのは不思議な乗り物だった。ドラゴンの翼を三角に加工し、まるでぶら下がれるように加工された乗り物だった。茫然とするアレクセイにコンスタンは小さく笑った。

「ドラゴングライダーと呼ばれるものらしい。新しい乗り物だ。大事に扱えよ」
「これで空を飛べるのですか?」
「ああ。風の魔石がついている。角度をあげれば上昇するし、角度を下げれば下降する。速度を出す時はそこの魔石に魔素を詰めれば、簡単に誰でも乗れるものだ」
「無事にお返しする保証はできませんよ」
「ああ、わかっている。壊した時はアルター国に弁償させる」

 その一言にエリックの驚いた声が一瞬響いた気がしたが、アレクセイは気にしないでおいた。

『弟の命と……ドラゴングライダー……』
「軽いものでしょう?」

 アレクセイが言いきれば、エリックの苦しそうな声が響き、やがて了解する返事が聞こえた。コンスタンは楽しそうに笑い、ロンに視線を移す。

「もうすぐ、時刻が明日に変わる。私は首謀者を十二時前に撃とう。もし、十二時を過ぎて、扉が開いてしまった時。もうわかっているな?」

 暗にユリウスの射殺を示唆され、誰もが静かに頷く。しかし、アレクセイだけは頷かなかった。

「まったく……お前程、頭が固い男はいないぞ」
「わかっているなら、ここで聞かないでください。その時、俺は貴方を止めますから。アナスタシアの時とは違います」

 まったくと呟き、コンスタンは苦笑した。

「んじゃ、決行の時は近いな。しかし、相手の戦力が読めねぇな。人質を取って、あそこで簡単に行う意味がわからない」
「隠し玉がある可能性があると?」
「ああ。少人数でなぜやってきたのか。どうして、途中からユリウスに標的を変えたのか」

 ロンがすっと目を細めた。確かに最初はケレスを暴走させ、王都を壊滅させるつもりだったのだろう。しかし、ユリウスが覚醒していたと知った瞬間に行動を切り替えて来た。

「エリック王、今そちらには誰が?」
『ああ。今はケレス、メアリ、あとは信用のできる家臣たちだけだ』
「ふむ……」
「元々、狙いはユリウスさんだった……?」
「いや、それにしては計画に穴がありすぎる。この違和感はなんだろうな」

 ロンが眉をひそめるが、次第に近づいてくる牡鹿を見て、表情を引き締めた。もう牡鹿は海に近い。

「アレクセイ、あれがどんな攻撃をするかはわからないが、恐らく一発でもかすればアウトだ。お前はミイラになるぞ。俺もカバーするが、全てはカバーできるわけじゃない。そこを理解してくれ」
「はい」

 アレクセイはドラゴングライダ―へ手をかける。ドラゴンの翼下に組まれた棒に捕まれば飛べるような仕組みらしく、棒に張り巡らされたドラゴンの皮が手のひらにその丈夫さを伝えてくる。

「まてまて、そのまま行くな。これを」

 ロンから投げ渡されたものにアレクセイは驚く。

「これは……」
「ああ。もってけ。流石に剣であれを攻撃すれと鬼畜なことは言えねぇよ」

 彼から受け取ったものは大きな魔銃だった。アレクセイの腕ほどある黒い銃は見た目に反して軽い。魔力を詰めるためのものだからだろう。恐らく、素材も鉄ではなさそうだ。

「ちなみに分かっていると思うが、ユリウスを撃つためのものじゃない。あの鹿に撃つためのものだ。恐らく、あれは魔力の塊。それを破壊するには魔力を分解するこの銃を使うしかない」
「そのサポートは私が行おう」
「おーおー、コンスタンはアレクセイが好きだからなあ」

 ロンがころころと笑えば、コンスタンはむっとした表情を作る。アレクセイは覚悟を決め、「行ってきます」と告げた。
 ロンとコンスタンがそれぞれ頷く。

「グッドラック。サポートは任せろ。弾は八発までだ」
「恐らく、攻撃をすれば攻撃がかえってくる。八発をどこにいれるか、しっかり考えて使え」

 ロンとコンスタンの言葉にアレクセイは頷き、ドラゴングライダーの棒に手をかけた。ドラゴンの翼に覆われたざらりとした硬いグリップ。これならとアレクセイはグライダーと共に空を駆けた。
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