『魔王は養父を守りたい』

odo

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第一章

第十二話

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 まるで、闇は水のようにアランとシズリを包み込む。しかし、体は闇の水に濡れる事がない。とぷんっと水が物を飲み込むような音が響き渡り、一瞬でアランとシズリは月の塔の上に居た。

「え!? ここは!? 魔法!?」
「さあ、仕事だよ。双眼鏡で平原を見て。そして、魔物のいる方角を教えて」
「わ、わかったわ!」

 双眼鏡を覗いたシズリを見ながら、アランは闇のマナからライフルを取り出して構えた。双眼鏡に夢中になっているシズリはアランの方を見る事はない。

「東の方よ!」
「了解」

 アランがすっとライフルを構える。東の空にライフルを合わせ、地上へ向ける。いつもはウルフの魔物が多いが、アランはスコープを覗き見た瞬間に眉をひそめた。

「なんで、水辺の魔物がここにいるんだ?」
「え? 魚の魔物のこと?」

 シズリが視線をこちらに向けた。

「そう、スカイフィッシュ。本来なら海岸に生息しているんだ。フォーバー国近海に住む魔物だ」

 いつもウルフばかりいる平原に見慣れない魔物が混ざっている。
 魚の骨の標本のようなものが、空中を泳いでいる。しかし、その魚は大きく、ウルフよりも大きい身体をうねらせながら、空中を回遊していた。
 本来なら群れを成す魔物だ。アランはすぐに撃たずにスコープを更にずらし、「一応ギルドに報告しておかないと」と小さく息をついた。

「ええっと、海の魔物がどうして?」
「わからない。住処を追われたにしても、本来なら群れで行動するスカルフィッシュが単体で森と山に囲まれたブロステリアに居るなんて」
「海なんて遠いわよ。それか……人間が連れてきたってところかしら?」
「そうだね」

見逃せないとアランはライフルを構えた。アランは星の瞳を解放した。

「悪いけど、他にも魔物を探して、報告してくれる?」
「わかったわ!」

 アランの瞳に移るのは魔力の流れだ。辺りで水のマナが流れており、まるで川の流れのように水色のマナが街のとある一角へ流れついていた。
 スラム街の教会か、とアランは思う。そして、再び目線をスカルフィッシュへ映し、魚の首元の骨を狙って射撃した。黒い釘は魚の骨を粉砕した。
 スカルフィッシュは尻尾を震わせ、そのまま少し急いで泳いだかと思えば、木の葉のように舞って絶命する。それと同時に辺りの水のマナが消失した。

「月が見える方にウルフが二匹居るわ」
「わかった」

 いつものウルフがスカルフィッシュから逃げるかのように距離を取っていた。
 そして、最近アランが夜間襲撃している事を知っているのだろう。一目散に森へ逃げだしていた。
 その二匹もアランが頭狙い射撃し、そのままぱたりと背中を見せたまま絶命する。悪いな、と心の中で謝り、アランは目を瞑った。

「ふぅ」
「ここからよくあんな遠くを狙えるわね……」
「まあね」

 アランは目を手で隠し星の瞳を解除した。双眼鏡の向こうを夢中でみているシズリを眺めた。
 魔物が死んだというのに彼女は堂々としている。場慣れしている、とアランは思う。

「ウルフが二匹にスカルフィッシュが一匹か」
「どうしたの?」

 シズリが双眼鏡からアランを見る。

「いや、今年は魔物が多いなって思っただけだ」

 毎日魔物を殺しても、次の日には現れてしまう。
 ウルフたちだって、本来は森深くに住む魔物で、そこそこは賢い。
 人間を見れば、すぐには襲って来ず、逃げる判断をする個体が多い。
 襲う個体は瘴気の影響で自我を失っているが、相当空腹かのどちらかだ。
 そして、平原よりも森の方が食料があるはず。
 どうして、危険を冒してまで人間のいる平原に降りてくるのか。そして、突然現れたスカルフィッシュ、とアランは考える。

「森の方で何かあったのかもしれないな」
「そういえば、大規模伐採が去年あったわよ」
「伐採?」
「ええ。商売ギルドで事務をしていた時に去年大量の薪の納品があったの。ええっと、どこからの販売だったかしら……」

 シズリが顎に手を当てた。
 アランはそこまでの情報を「追ってみる価値はあるか」と呟く。
 その隣でシズリはうんうんと考えを巡らせて唸らせている。その様子を横目で見ながら、アランは思っていた事を聞くことにした。

「失礼だけれども……君は魔族?」
「私?」

 アランの言葉にはっとするシズリは突然にこっとほほ笑む。

「よくぞ聞いてくれたわ。雪の降るペリドットから、私はこの地に遥々やってきたの。普段は神殿を守っている雪の女神よ!」
「はあ……」
「何よ、その反応!?」

 説得力ないじゃんという言葉は飲み込む。
 あまりにも幼い風貌に仕草。何よりも微塵もマナを感じない。
 女神と言われても、ぱっとした考えが浮かばなかった。アランのそういった視線を感じたのか、彼女は口を膨らませた。

「私だって好き好んでこんな小さな恰好をしているわけじゃないのよ」
「だったらなんでそんな恰好してるの?」
「私の宝具を奪っていったやつがいるのよ! そいつがここに居るって聞いたから、私はこの街にやってきたの」

 ぐぐっと拳を作り怒りを露わにする彼女を眺めながら、「つまり泥棒を捕まえにきたってこと?」と返した。
 ペリドットは年中雪が降っている国だったはずだとアランは思う。
 そして、雪の女神とアランは内心思う。

「そうよ。私は聖女の神殿を守っていた女神なんだもの」
「神殿は護らなくて大丈夫なの?」
「もちろん、大丈夫よ。聞いてちょうだい、守るために神殿ごと氷漬けにしてきたわ! すごいでしょう!」

 守っていた宮殿ごと氷漬け!? とアランは持っていたライフルを落としかけた。
 彼女はにこにことしている。大丈夫かそれはという言葉は飲み込み、「そう、なんだ」とだけ返した。
 神話の女神を名乗っていることが冗談にせよ、宮殿にいた事は間違いないだろう。
 嘘逸話が感じられない彼女にアランは小さく息をつく。そして、シズリにみられない様に魔物を闇のマナで回収し、「はい」と彼女に金貨を渡した。

「本当にいいの!? ありがとう!」

 嬉しそうに金貨を受け取る彼女を眺めながら、アランはライフルを霧散させるようにしまう。彼女は嬉しそうに金貨を眺め、頬を緩めてアランを見た。

「でも、何もしてないのにこんなにいいの? 返してって言われても、後で返せないわよ」
「ああ。狙撃手にしてみれば、位置を教えてくれるだけですごく助かる」

 レオンハルトがいつも前線で敵の位置を教えてくれていた事を思いだしながらアランは言った。
 狙撃手にしてみれば、敵を狙っている時こそ無防備になる。そこに潜伏する時間が長ければ長いほど、危険性は高まっていく。
 一発でも撃ってしまえば、敵に感知されるリスクも高まる。だからこそ、敵の位置を教えてくれる存在は重要だ。

「それだけあれば仕事を探してもいいし、宿で色々考えれると思う」
「アラン、ありがとう!」

 彼女はばっとアランに抱き着く。アランは小さく息をつき、彼女の頭をぽんぽんと撫でた。
 二人はギルドに寄り、亡骸をメディへ引き渡した。柄の悪そうな男たちは、すでに姿はなく、恐らくは魔物討伐へ繰り出したのだろう。現在居るのは食堂カウンターで寝ている男とメディだけだった。

「討伐ありがとうございます。スカルフィッシュですか。ここらでは初めての魔物ですね」

 鑑定をしながら、メディが困った顔をする。

「メディ、すまないが、魔物分布で城に報告を入れてほしい。嫌な予感がする。後、騎士団に去年伐採のあった森林の報告と森林伐採に携わったギルドの調査依頼をしてほしい」
「では、城への報告と騎士団調査を依頼しておきます。何か進展があればご連絡いたしますね。ついでにギルドでも森の調査依頼をしておきます。実は森の調査は他のチームに依頼はしているんです。ここ最近の魔物増加は異常ですから」
「すまない。もしかすると、被害規模が大きくなるかもしれない」
「いえいえ。むしろ、早急に気が付いていただいて、本当に助かります」

 にこにことほほ笑むメディ。シズリは「ねえ、少し思ったのだけど」とメディを見た。

「どうされましたか?」
「私が商売ギルドをクビにされた少し前に、伐採の書類を上に提言したのよ。あまりにも薪が高くないかって。そしたら、幼さを理由にクビよ。もしかしたら、今回の魔物増加の背景には商売ギルドとも絡みがあるかもしれないわ」

 シズリの暗い表情を見つめながら、メディは安心させるように微笑んだ。

「解りました。そこも上に追究して頂くように打診しておきますね」

 アランはぼんやりとその様子を眺めながら、「そうだ……薪を購入しなきゃ」と呟く。

「メディ、ギルドの方に身体を温めるような物は薪以外にない? 後、薪もいくつか買っておきたい」
「薪と体を温めるもの、ですか。薪は明日まで待っていてくださいね。確か……少しお待ちください」

 うーんとメディは唸りながら、ギルドのカウンター奥に消えていく。
 すると、メディが消えると同時に傍にいたシズリがアランの腕をつんつんと指で突いた。
 アランがシズリの方を見れば、彼女はそっぽを向きながら、頬を染めていた。突いていた指をそっと戻したかと思えば、彼女は指同士でもじもじとさせている。

「その、今日はありがとう。助かったわ……雪の女神がこうして人間相手に感謝しているのだから、少しは光栄に思いなさいよね」

 後半は消え入りそうな声にアランはくすっと笑うだけだった。

「な、なによ! この私が感謝しているのに!」
「お待たせしました。あら、シズリさんどうされました?」
「な、なんでもないわっ!」

 あたふたとするシズリにメディはくすりと笑う。恐らくはカウンターの向こうまで声が聞こえていたはずだ。

「これはスカルフィッシュの討伐、そしてウルフの討伐を合わせて頂いた分。こちらは追加分です」

 メディは八枚の金貨をアランに渡してくれた。アランは驚きつつ、四枚の硬貨をシズリに渡す。彼女も驚き、手のひらにある五枚の硬貨をらんらんとした目で見つめていた。

「こんなに?」
「はい。いろいろと街の保安に関わることですから」

 メディの言葉にアランは思わず微笑んだ。ありがとうと伝えば、彼女は嬉しそうにほほ笑み返してくれた。そして、一つの赤いイヤリングをアランに渡す。

「こちらは情報提供お礼としてお受け取りください。金貨二枚ですが、サービスです」
「これは?」
「炎のマナが込められた魔石です。本当なら極寒の地で使うものですが、常に体温を一定に保つ効果があります」
「ありがとう。これがあったら、多少良くはなるかもしれない」

 養父が寒そうにしていた姿を思い出し、アランは少し安心する。そして、はっとしたようにメディを見た。

「光のマナとの相性は? 反発しあったりは?」
「ええっと、マナ同士の相性は大丈夫かと。恐らくはお父様へのプレゼントですよね? 確か彼は稀に見る光のマナの持ち主でしたよね。恐らく、マナの相性は大丈夫ですよ」

 そっちもばれていたかとアランは思う。
 抜け目がないと思っていれば、メディはそれも察知したのか、てへへっと笑っていた。
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