『星の旅』

odo

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『童話のような物①』

『とある子供は時計台の上に居るラッパのウサギを見つける』

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 お日様が少し傾いて、世界を照らす頃、僕たちは恐々と白い壁にはりつくそれを隠れ眺める。大きな時計台から出てくる銃を持った兵隊さんたち。彼らは時計を守る兵隊さんたちだ。
 僕たちはと言うと、彼らを恐々と見つめるだけ。僕たちは、棚の上に住む兎の演奏隊。少し前まで、年老いたおばあちゃんがこの世界にはいた。
 おばあちゃんはとても優しく僕たちに接してくれる。太陽が昇って沈む。暫くそれを繰り返すと、僕たちはくしゅんとくしゃみ。鼻がむずむずする灰色のもわもわしたものが頭に乗っかるんだ。おばあちゃんは優しくそれを取ってくれた。
 僕たちは時計台の兵隊さんが怖い。けど、あの時計を見て、おばあちゃんは生活していた。おばあちゃんがこの世界から消えて、残された僕たち。灰色のそれを被りながら、恐々と兵隊さんたちが出てきて、ラッパを吹く姿を眺めることしかできないんだ。
「怖いね」
 ヴァイオリンを持った兎が言った。めんどくさいから、ヴァイオリン。隣のフルートを持った兎は震えて声もでない。この子も面倒だからフルート。
 僕はラッパ。あの兵隊さんたちと同じラッパ。でも、僕のは茶色で、兵隊さんたちの持つ金色のラッパにはかなわない。
 そして、また日が沈む。狭い世界の一日が終わる。



 日が昇って少しして兵隊さんたちが音楽と共に扉を開けて出て来た。ああ、怖い怖い。僕たちは震えあがった。あの腰につけてる銃で撃たれたら、ひとたまりもない!
 僕がいる場所からは、日が見えた。青くて少し丸み帯びた何かから、太陽さんが顔を出して、少ししてからまた兵隊さんたち。
 ああ、怖い怖い。僕たちは震えて、一日をずっと待つ。
 でも、不思議な事が起こったんだ。太陽が正面に上がると兵隊さんたちが見回りに来るのだけれど、今日は来なかった。
「来ないね」と安心した様子のフルート。
「そういう日がたまにあってもいいんじゃないのかな」とヴァイオリン。
 僕は不思議で堪らなかった。太陽が少し顔を出す時、太陽が真上にいる時、空と青い何かが真っ赤に染まる時、一日の内に三回は兵隊さんは顔を出す。けれども、この日を境に兵隊さんたちは顔を出すことがなかった。
 そして、一週間経った今も、それは変わらなかった。
「おかしいね」とフルート。
「ふん、一生でてくるな」とヴァイオリン。
 僕は不安だった。
 もしかしたら、兵隊さんは病気で、おばあちゃんみたいに倒れたんじゃないかって思ったんだ。そう言うと、ヴァイオリンが「あいつらの事なんて心配するな」と怒るから、僕は何も言わなくなった。
 おばあちゃんは僕たちに毎日語りかけてくれた。おばあちゃんの子供の事、おばあちゃんの孫のこと。たくさんたくさん。空の事や花の事。そして、最後の日におばあちゃんが家を離れると言った事。
 僕はもんもんと考えを巡らせた。フルートとヴァイオリンは楽しそうに陽の光を浴びて演奏を始める。僕はラッパを手にしたまま考え事で棒立ちだ。
 そして、僕たちが苦手な夜が来る。僕たちは太陽の光を浴びて生きる演奏する玩具ウサギ。でも、昼間活動を停止していた僕は、自然と動けた。
 フルートとヴァイオリンが眠ってる姿を横目に、僕は静かに時計台を目指す。ギシギシと音をたてて、僕の体が音を立てる。太陽の光もなく、普段と違う動き。体がとても痛い。でも、我慢だ。
 ギシギシ。ギシギシ。嫌な音がする。
 我慢するんだ。
 僕は初めて歩いた。棚の上はすごく高くて、僕はおばあちゃんがいつも腰かけていたソファーに降り立った。グキリと足が痛んだ。
「あ痛!」
 我慢しろ。我慢するんだ。
 ギシギシ、足が軋んで外れそう。でも、頑張らないと。おばあちゃんは、いつもあの時計を大事にしていたんだ。
 兵隊さんは怖いけど、僕はおばあちゃんが帰って来るまで、兵隊さんの代わりに時計を守らなきゃいけない。おばあちゃんが悲しむ姿を見たくないから。
 でも、どうやってあそこに行こうか。僕ははてしなく高い時計台を眺めた。僕一人じゃあそこにはいけない。
「どうやったらいけるかな」
「なんだい、うるさいなぁ。なんだい、いったい」
 僕はわっと声をあげて、下を見た。ソファーだ。
「あそこに行きたいんだ」
「だったら、私を使って飛べばいいじゃないか」
「飛ぶ?」
「そうだよ。ジャンプをしてごらん。うるさくて、眠れやしない」
「飛ぶ……ありがとう。おばさん」
「おばさんじゃないよ、まったく……」
 ソファーは欠伸を一つ、そして小さな鼾。僕はこくんと頷いて、ジャンプをした。元々、兎の僕なんだ。きっと飛べるはず。ぴょん、ぴょん。一度、二度。
 そして、勢いをつけた僕。三度目――
 世界がぐらっと変わった。広い広い世界。大きなソファーさんが小さく見えた。フルートとヴァイオリンはまだ寝てる。広い天井の空、そして真っ黒になった少し丸い何か。はっとすれば、そこにあったのは、時計台。
 僕はラッパを捨てて、ガシッとそれを掴んだ。ああ、手が痛い!
 我慢しろ、我慢しろ。僕は力を込めて、体を起こして、兵隊さんたちのいる時計台に降りる。時計台の扉は硬く閉ざされていて、僕は不思議に思った。
 ドアを叩いても、返事はない。
「いないのかな」
 僕はあたりを見回す。見つけたのは扉にある小さな歯車。僕がそれを取れば、扉の錠が外れた。ゆっくりと中に踏み込めば、小さな部屋で兵隊さんが壁に背をつけて眠っていた。話しかけても動かない。ぴくりともしない。
 ああ、僕はこれを知っている。おばあちゃんが、この家で動かなくなった時と良く似ていた。孫も子供もたくさん来て、おばあちゃんはこの家から連れ出された。
「ああ、この兵隊さんたちも連れてかれるのかな」
 この時計台を守る人はいなくなっちゃったのか。僕はため息をついて、時計台の内部を後にする。
 朝日がゆっくりと顔を出してた。すぐ下でフルートとヴァイオリンがいつものように歌を奏でて、僕はと言えば、ぼーっとそこで立ってるだけ。
「どうしよう……」
 あ、と僕は声をあげた。僕は兵隊さんが使っていたラッパを借りて、いつも彼らが出てくる場所に立つ。そこは、全ての世界が見渡せた。ふうっと息を吐いて、金色のラッパを口に持ってく。そうだ、僕がここを守ろう。兵隊さんたちと、おばあちゃんが帰ってくるまで。
 ずっとずっと守ろう。僕はそう決心した。
 一日ぶりのラッパは酷く懐かしくて、僕は息をふっと吸って、たくさん肺に押し込んだ。おばあちゃんがこの音を聞いて、戻ってきますように。
 帰ってきて、僕たちにたくさんお話を聞かせてください。
 僕は力一杯ラッパを吹いた。







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