『星の旅』

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『童話のような物①』

『みみちゃん』

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 六歳の誕生日おめでとう。
 大きな白いクリームをふんだんに使って、十のいちごがその上に居座る。白と赤でトッピングされたケーキの上に六個のろうそくと灯し火。ホワイトチョコでトッピングされたななみちゃんと書かれたネームプレートが、ななみちゃんの誕生日だと教えていた。
 辺りはろうそくの火だけが、辺りを照らしていて。女の子のななみは嬉しそうにケーキの火に息を吹きかける。一度、二度、三度。ようやく消えた火に、母と祖母から拍手が鳴り響いた。
「ななみ、誕生日おめでとう」
「早いねぇ。ななみちゃん」
 にこにこと笑う母親と、いつも優しい笑顔でいる祖母にななみは嬉しそうに笑うだけだった。
 ななみは、母子家庭で育っていた。父は早くに他界し、母親が毎日忙しそうに働いている姿を良くみていたせいか、わがままは極力我慢するようにしていた。
「ななみ、欲しいものある?」
 唐突に聞かれ、ななみはぱっと目を輝かせた。いつも、ケーキだけの寂しい誕生日。でも、今日は違っていた。
「いいの?」
「うん。ななみ、最近洗濯物とか洗い物やってくれているから、お母さんも助かってるの」
「わたしね、ぬいぐるみが欲しい」
「ぬいぐるみね? わかったわ」
 母親が小さく笑って、ななみの頭を優しく撫でる。ななみは、母親のその手が大好きだった。
 次の日、ななみが学校から帰ってくると、テーブルの上にななみが両手で抱えるぐらいの袋が置かれていた。袋はかわいらしいくまの絵柄が書かれたもので、ななみはすぐに理解した。
「プレゼントだ!」
 だっと駆け出して、りぼんをぐちゃぐちゃにといて、袋をがむしゃらにばりっと開ける。そこにいたのは、可愛らしいうさぎのぬいぐるみだった。触れれば、ふわふわとしてお餅のよう。抱きしめれば、母親の胸のように柔らかい。
 子供の目はきらきらと。口元は大きく開いて嬉しそうに。
「みみちゃん!」
 その日、彼女はぬいぐるみと友達になった。母親におこられれば、みみちゃんに母親のことを愚痴り、友達が来れば、みみちゃんを自慢する。泣きたくなったら、みみちゃんを抱きしめて泣いた。
 そんな日々がいつまでも続くはずはなく。
 月日は巡って、一、二、三。ふかふかだったみみちゃんも、いつしか毛並みは悪くなり、ななみは背が高くなった。そして、ななみの家族に新しい父がやって来る。ななみは六歳から十歳に変わり、いつも肌身離さず持っていたみみちゃんはリビングの片隅で寂しく離されていた。
 誕生日当日には、ケーキはホールではなく、小さなショートケーキが四つ。ろうそくもなく、大きなデコレーションネームもなかった。母親はあの時と同じように微笑んでいた。
「ななみ、誕生日プレゼント何がいい?」
「私、人形が欲しい! 友達が新しい人形を買ってね、いいなぁって思ってたの」
「あなた、みみちゃんいるじゃない」
「いやだよ! ださいもん!」
 母親は少し考えて、「人形もぬいぐるみも変わらないわよ。服なんてどう? この間、とても可愛い服を見つけたの」と微笑んだ。
「いやだ!」
「みみちゃんがいるじゃない」
「人形がいいもん!」
「服がいいと思うけれどなぁ」
 母親は苦笑して、ゆっくりと立ち上がる。ななみは口をぷんぷんに膨らませた。
「いやだ! 人形がいい!」
「はいはい……服でいいわね」
 適当にあしらわれ、ななみは涙目で母親をにらむが、彼女はすでに立ち上がってキッチンの方へ向かっていた。ななみの視線は傍らで一人寂しく佇むみみちゃんへ。彼女はみみちゃんを摘み上げると、そのまま大きな燃えるゴミへ投げ捨てたのだった。
 翌日になれば、父親が新聞紙を開いてニュース記事をみている。ななみにとっては、血のつながりのない父親だったが、彼女にとって、早く他界した父よりも、彼とすごす時間の方が長い。そのせいか、するりと口から言葉が出た。
「私、人形が欲しい!」
「人形?」
「うん。お母さんが服にするっていうの」
「解ったよ。お母さんに伝えておくね」
「うん!」
 父親のにこにことした微笑みに、ななみは嬉しそうに何度も頷いた。父親とどんな人形が欲しいのか少し話せば、ななみの機嫌は嘘のように直っていく。
「解ったよ。お母さんには伝えておくから、ななみは学校にいってきなさい」
「はーい!」
 鞄を持ち、家を駆け出そうとするが、一瞬ななみは足を止めた。父親が燃えるごみの袋を持ち上げたからだ。しかし、ななみは何をするわけもなく、学校に行く道を駆けていった。
 その日、ななみは泣いた。理由は簡単で、友達に人形を買ってもらうと自慢すれば、ださいと笑われたのだ。つい先日まで人形を持っていた子は、すでに新しいおもちゃを手に入れていて、ななみは憧れてたものを馬鹿にされて泣いていた。
 あんなわがままをいったのに、今さら母親にいらないなんといえば、どうなるだろう。ふと、昨日ゴミ箱に放り投げたみみちゃんを思い出したのだ。自分が「ださい」と言い捨てたみみちゃんは、今頃どこにいるのだろうか。
 父親がごみ袋にいれ、朝の日課のようにゴミステーションに置かれているだろう。今頃は焼却炉の中だろうか。ななみはゴミステーション前でごみを探すが、そこには燃えるゴミの姿はなく、ななみは酷く落胆した。
 何度もこすった目は赤くはれ上がってしまっていて、涙はかれてしまった。目元は化粧する歳でもないのに真っ赤だった。とぼとぼと家のマンション前に立つ。父親が帰ってくるのはまだだろう。お母さんはもしかするといるかもいれない。
 何気なく仰げば、見慣れた部屋に電気がともっていた。深いため息が漏れる。帰る足が重い。まるで、誰かがななみの背中に張り付いているようだった。
「ただいま……」
 家に帰れば、静かだった。声は小さかったはずだけれども、部屋中に響き渡る。居間に入れば、母親がいた。袋など何もなく、ただ、静かな声で「おかえり」と言う。
「何かあったの?」
 首を振れば、母親は呆れたように言う。
「あんたね、お父さんにわがままいって……」
 人形いらないといえばおこるだろうか。ちらりと母親を見れば、いつもと同じ表情でこちらを見ていた。
「お父さんに人形はダメって断ったからね? その代わり、次の連休で遠出することにしたからね。どうせ、あんたのことだから、数日遊んでその辺に投げたりするんでしょ」
「お母さん、みみちゃん……ごめんなさい」
 謝ろうとしたが、枯れたはずの涙は再びぶり返す。最後の方は声になったかは良く解らないが、母親は深いため息を吐いた。伝わったらしい。
「初めてあなたにプレゼント買ってあげたのに、それを捨てられた私の気持ちわかる? お父さんが見つけたけれど、コーヒーでぐっちょぐちょだったのよ」
 何度も頷く。目前はぼやける一方だったが、母親がななみの手を引いて、ぽんぽんと撫でた。
「みみちゃん、冷たいし、痛いって泣いてるわ」
「ごめんなはい……」
「私に謝ってどうするのよ」
 母親が笑う。何度も頷いていれば、「みみちゃん」と小突かれた。
 涙をハンカチで拭われ、「もう泣かないの」とつげられ、ななみは目を開く。そこには優しい笑顔で微笑む母親がいた。その視線が恥ずかしく、何気なく視線を外せば、部屋の隅に少しコーヒーの色に染まったみみちゃんが、いつもと同じ位置で存在して居た。
「お母さん、ありがとう」
 ぽつりと出た言葉。母親は酷く嬉しそうに微笑み返してくれた。



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