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『童話のような物①』
『ネコと星』
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シトラが生まれたのは、怒鳴り散らすような北風が空家の壁を叩く冬の日でした。真っ白でふさふさの毛を持つシトラは、母親に温められ、その日を過ごします。妹のモカも同じように、お母さんの真っ白な毛でくるまって、長い夜を過ごしました。
でも、お母さんは二人が一歳になる前に、車に撥ねられて亡くなりました。それは暖かな春の木漏れ日が、二人を温めはじめる頃。冷たくなった母親を離れて、二人はいつもの空家へ。
妹のモカはわんわん泣いていました。さみしいよさみしいよと。
兄のシトラはそんな妹を自慢の真っ白な毛で包んでやって、何度も何度も顔を舐めてやりました。
「大丈夫、僕がついてるから」
シトラはそういって、モカを励まします。モカはやっと泣き止んで、ごろごろと喉を鳴らして眠りにつきました。春の夜空一面に星が広がって、瞬きを繰り返します。きっと、お母さんもそこで見ているに違いありません。兄として、シトラは胸をはって空を見上げました。
と、一際静かに輝く月。そして、その傍らに桃色の光を輝かす星がありました。シトラはその星が気になって、夜明けまで、ずっと見ていました。
春の花が散り終えて、熱い夏がやってきました。虫たちの声に耳を傾けて、モカがいなくなった空家で一人、シトラは過ごしています。昼の夏は嫌いですが、夜の夏は大好きです。
シトラは空を見上げて、やはり、桃色の光を届ける星を眺めています。尻尾を一度、二度。ピーンとたてて、髭もピンっと伸ばして、彼は屋根の上に移動しました。煙突だって登れます。
なるべく、その星の近くにいけるよう、シトラは煙突の上に来ました。夏の風は生温かくて。
ですが、夜の風は涼しげで。過ごしやすい時間です。
「モカがいなくなって、一週間だ。僕は今日も生きてるよ」
そう星に語りかければ、星は瞬いて返事を返します。星にとっては当たり前かもしれません。けれど、シトラにとって、それは返事をしている様でした。尻尾を嬉しそうに上へ。星とお話をするのがシトラの毎日でした。
季節は巡って、春夏秋冬を。けれども、シトラはずっと一人でした。変わっていく街の景色たち。立派な建物が並んできました。そのうち、シトラのいる空家も変わってしまうのでしょう。小さな猫だったシトラも、立派にたくましく成長して。ネズミだって上手に捕えれるようになりました。自慢の真っ白の毛だって綺麗なまま。
でも、そこにはお母さんもモカもいません。けれど、シトラの傍にはいつだって、星がいました。
シトラは必死になって一日を生きます。汚い水だって飲みますし、人間に石を投げられたって、めげません。必死に、お母さんとモカを思って、一日を大事にします。空家を渡さない様に、必死で闘ったりもしました。
シトラよりも大きい猫と争う事もありました。でも、シトラは思い出を渡そうとはしません。ずっと、絶対に。
月日は流れて、十年と数年。シトラは屋根裏で星を眺めていました。足腰だって立たなくて、ネズミだって捕れなくなった体。でも、シトラは星を眺めて、「お母さん、モカ。頑張ったよ」と一声。
どれだけ街は変わっても、星空が変わる事はありません。煙突の上、そこがシトラの特等席です。
「いっぱい、いっぱい、頑張った。楽しい日々だった」
彼は桃色の星に話しかけました。真っ暗な空は広がり、たくさんの星。それは川を描くよう。月は初めて見た時のようにウインクして。シトラは一度目を瞑って、目を開きました。目の水晶体は反射して、たくさんの星を描きます。
「君とも、ずっとお話をしてたけれど、一度も触れることができなかったね」
シトラはよろよろと立ち上がります。ふらふらとして覚束ない足腰を必死で立たせて、尻尾をあげました。星は瞬きをして、返事を。シトラは星の瞬きが一番好きでした。だから、シトラは微笑みました。
「でも、もうお話するのも最後だよ、きっと。解るんだ」
それだけ言うと、シトラは再び蹲りました。シトラはもう立っている事すら、辛いのです。でも、星に会いたくて、話しをしたくて。触れたくて。でも、それは叶いません。
「一日頑張り終えたら、きっとお母さんとモカが会いに来てくれるんだ。そこには、君はいるのかな」
シトラは空を見上げましたが、その目に星たちはいません。どこまでも真っ黒な光が続いていました。不思議に思うシトラでした。そこには誰もかも星もいないのです。
と、すぐ傍らに暖かな光を見つめました。ああ、と。すぐに解りました。それはあの星です。
「ああ、そうか。君はいつだって、傍にいたんだ」
桃色の光の中、シトラは幸せそうに笑います。孤独だったシトラの心は、静かに癒されて、やがては、光に包まれて――ふっと消えました。
それは、冬が来る前。街が紅葉に包まれる頃でした。
終
でも、お母さんは二人が一歳になる前に、車に撥ねられて亡くなりました。それは暖かな春の木漏れ日が、二人を温めはじめる頃。冷たくなった母親を離れて、二人はいつもの空家へ。
妹のモカはわんわん泣いていました。さみしいよさみしいよと。
兄のシトラはそんな妹を自慢の真っ白な毛で包んでやって、何度も何度も顔を舐めてやりました。
「大丈夫、僕がついてるから」
シトラはそういって、モカを励まします。モカはやっと泣き止んで、ごろごろと喉を鳴らして眠りにつきました。春の夜空一面に星が広がって、瞬きを繰り返します。きっと、お母さんもそこで見ているに違いありません。兄として、シトラは胸をはって空を見上げました。
と、一際静かに輝く月。そして、その傍らに桃色の光を輝かす星がありました。シトラはその星が気になって、夜明けまで、ずっと見ていました。
春の花が散り終えて、熱い夏がやってきました。虫たちの声に耳を傾けて、モカがいなくなった空家で一人、シトラは過ごしています。昼の夏は嫌いですが、夜の夏は大好きです。
シトラは空を見上げて、やはり、桃色の光を届ける星を眺めています。尻尾を一度、二度。ピーンとたてて、髭もピンっと伸ばして、彼は屋根の上に移動しました。煙突だって登れます。
なるべく、その星の近くにいけるよう、シトラは煙突の上に来ました。夏の風は生温かくて。
ですが、夜の風は涼しげで。過ごしやすい時間です。
「モカがいなくなって、一週間だ。僕は今日も生きてるよ」
そう星に語りかければ、星は瞬いて返事を返します。星にとっては当たり前かもしれません。けれど、シトラにとって、それは返事をしている様でした。尻尾を嬉しそうに上へ。星とお話をするのがシトラの毎日でした。
季節は巡って、春夏秋冬を。けれども、シトラはずっと一人でした。変わっていく街の景色たち。立派な建物が並んできました。そのうち、シトラのいる空家も変わってしまうのでしょう。小さな猫だったシトラも、立派にたくましく成長して。ネズミだって上手に捕えれるようになりました。自慢の真っ白の毛だって綺麗なまま。
でも、そこにはお母さんもモカもいません。けれど、シトラの傍にはいつだって、星がいました。
シトラは必死になって一日を生きます。汚い水だって飲みますし、人間に石を投げられたって、めげません。必死に、お母さんとモカを思って、一日を大事にします。空家を渡さない様に、必死で闘ったりもしました。
シトラよりも大きい猫と争う事もありました。でも、シトラは思い出を渡そうとはしません。ずっと、絶対に。
月日は流れて、十年と数年。シトラは屋根裏で星を眺めていました。足腰だって立たなくて、ネズミだって捕れなくなった体。でも、シトラは星を眺めて、「お母さん、モカ。頑張ったよ」と一声。
どれだけ街は変わっても、星空が変わる事はありません。煙突の上、そこがシトラの特等席です。
「いっぱい、いっぱい、頑張った。楽しい日々だった」
彼は桃色の星に話しかけました。真っ暗な空は広がり、たくさんの星。それは川を描くよう。月は初めて見た時のようにウインクして。シトラは一度目を瞑って、目を開きました。目の水晶体は反射して、たくさんの星を描きます。
「君とも、ずっとお話をしてたけれど、一度も触れることができなかったね」
シトラはよろよろと立ち上がります。ふらふらとして覚束ない足腰を必死で立たせて、尻尾をあげました。星は瞬きをして、返事を。シトラは星の瞬きが一番好きでした。だから、シトラは微笑みました。
「でも、もうお話するのも最後だよ、きっと。解るんだ」
それだけ言うと、シトラは再び蹲りました。シトラはもう立っている事すら、辛いのです。でも、星に会いたくて、話しをしたくて。触れたくて。でも、それは叶いません。
「一日頑張り終えたら、きっとお母さんとモカが会いに来てくれるんだ。そこには、君はいるのかな」
シトラは空を見上げましたが、その目に星たちはいません。どこまでも真っ黒な光が続いていました。不思議に思うシトラでした。そこには誰もかも星もいないのです。
と、すぐ傍らに暖かな光を見つめました。ああ、と。すぐに解りました。それはあの星です。
「ああ、そうか。君はいつだって、傍にいたんだ」
桃色の光の中、シトラは幸せそうに笑います。孤独だったシトラの心は、静かに癒されて、やがては、光に包まれて――ふっと消えました。
それは、冬が来る前。街が紅葉に包まれる頃でした。
終
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