『残魂微光』

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前編『絆魂光(はんこんこう)』

第三十二話『残業・後編』

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 景色が歪み、次の記憶へ移る。同じ鍛冶場だが、今度は焔君と焔尽が楽しそうに火を操っている。
「なあ、焔尽、やってみるか?」
「お兄ちゃん、いいの?」
「ああ。お前だから良いんだよ。だって、たった一人の弟だ。それも、双子のな」
「お兄ちゃん、大好き!」
「俺もだよ」
 二人の笑い声が響く。焔尽が火を操ると、炎が糸のように伸び、剣を優しく包む。その動きは音を奏でるようで、集まった人々がざわつく。
「焔琴の才だ!」
「影がこんな力を?」
 好奇と蔑みの視線が刺さる。焔君は最初、焔尽を庇うように前に立つが、視線に耐えきれず後退する。そこへ、焔落が現れ、冷たく告げる。
「焔尽、夜に私のところに来なさい」
 焔君が「え……」と声を漏らし、焔尽が不安そうに「お兄ちゃん、どういうこと?」と尋ねる。だが、焔君は「知るか!」と焔尽を突き飛ばし、去っていく。
 水星の隣の幼い焔尽が、突き飛ばされた記憶の焔尽を見つめ、そっと手を伸ばす。誰にも掴まれない手を水星は優しく握りしめた。
「行こう」
「……うん」




 記憶が揺れ、火の國の祭壇に幼い焔尽が立つ。長身の焔落が背を向け、炎の揺らめく影だけが焔尽の小さな体を覆う。
「影は光に仕える。」
 焔落の声は低く、鍛冶の鉄を打つ音のように重い。彼は振り返らず、赤い瞳を祭壇の火柱に固定する。焔尽の肩が震え、唇を噛んで頷く。祭壇の炎が一瞬強く燃え、焔尽の小さな手を赤く染めた。
 雷のような声に、焔尽の肩が震える。唇を噛み、ただ頷く。水星は幼い焔尽の手を強く握る。
 ――お前は道具なんかじゃない。
 水星は焔尽を焔落とは逆の方向へ導く。
「もっと深いところへ行こう」
「うん、お兄ちゃんの行きたいところへ」




 記憶の海が波紋を広げ、火の國の祭壇に二人は立つ。そこでは、十歳ほどの焔尽が焔落の前で炎の琴を奏でる。音色は水晶のように美しいが、焔落は冷たく言う。
「まだ足りん。焔君を超えられぬなら、お前の価値はない。影として支えろ」
「お兄ちゃんは俺のこと、嫌いだよ……」
「気にするな。あいつも分かる時が来る」
「無理だよ」
「黙って弾け!」
 焔尽の指が震え、炎が乱れる。幼い焔尽が水星の後ろに隠れ、怯えた目で父親を見つめる。水星は怒りを抑え、幼い焔尽を膝の高さで抱き寄せる。
「お前は悪くない。お前の価値を決めるのは焔落でも焔君でもない。お前自身だ。決められないなら、俺が決めてやる」
 焔尽の目に涙が光り、一滴こぼれる。水星は彼を抱き、記憶の海の奥へ進む。




 瘴気の渦が唸り、幾千の声が水星を裂こうとする。幼い焔尽が「怖いよ、お兄ちゃん……」と袖を握る。
「大丈夫だ。俺がいる」
 水星は剣を抜き、青い魔気で瘴気を切り裂く。光の中心に、透けた影が立つ。白髪に赤い瞳、魂の欠片のような焔尽だ。虚ろな目は全てを諦めたように暗い。
「焔尽!」
 水星の叫びに、焔尽がゆっくり振り返る。掠れた声が漏れる。
「みなせ……? なんでこんなところに……俺、もう消えるだけなのに……」
 水星は彼の手を握る。冷たいが、確かにそこにある感触。幼い焔尽が魂の焔尽に手を重ねる。
「お前が消えるなんて、俺が許さない」
「お前の右目がなくなったのは、俺のせいだ」
 焔尽が手を離そうとするが、水星は強く握り直す。
「逃げるな。あの湖畔でお前の笑顔を見た。あの音色を聞いた。お前は俺の生きる意味だ。一緒に帰るって約束しただろ?」
「お前、俺と一緒にいると不幸になるだけだ。俺なんかはやめておけ」
「何だそれ。お前と幸せになるの間違いだろ。敗者は勝者の願いを聞くべきだ」
 魂の焔尽の目が揺れ、唇が噛み締められる。その様子をずっと見つめていた幼い焔尽が水星の手を強く掴んで言った。
「お兄ちゃん、俺、笑ってもいい?」
「もちろんだ」
 魂の焔尽の唇が微かに動く。水星は、湖畔の笑顔を思い出す。
 突然、瘴気が咆哮し、光の渦が二人を飲み込もうとする。だが、水星の剣に青い魔気が、焔尽の手から赤い魔気が溢れ、瘴気を焼き尽くす。
 幼い焔尽が光となり、魂の焔尽の胸に溶け込む。水星は彼の手を握り直した。
「お前が光なら、俺の光だ。焔君の価値観なんかくそくらえだ」
「はは、何だよ。それ……でも、ありがとう。俺のこと……忘れないで」
 焔尽が強く握り返し、光が爆ぜる。意識は馬車の中へ引き戻された。



 水星が目を開けると、焔尽の寝台の傍らだった。雲霧と千春が疲れ切った顔で彼を見つめる。
 焔尽の胸が微かに上下し、寝息が深くなっていた。依然、瞼はまだ閉じたまま。
 千春がハンマーを握り、疲れた声で呟く。
「魂の欠片をつなげられたけど、瘴気が記憶の一部を侵食したかもしれない。少しずつでも、思い出せるといいけど……」
 水星は焔尽の手を握り、微かな鼓動に希望を懸けた。
「焔尽の魂はほぼ消えてる。最初に焔尽を救えなかった俺の失敗だ……すまない」
 震える声で、雲霧が扇子を握り潰した。二人の様子に水星は目を瞑って頷いた。
「俺があの日、手を離さなければよかったんです。雲霧兄や千春さんは悪くない……」
 水星は焔尽の手を握り、耳飾りの鈴をそっと彼の枕元に置く。雲霧が扇子を閉じ、静かに言う。雲霧の瞳には罪悪感が浮かんでいた。
「……まずは金の國へ戻ろう。焔尽の魂は、きっとお前の声を待っている」
 馬車が動き出し、火の國の瘴気を背に、金の國の朝陽へ向かう。水星は焔尽の冷たい手を握り、微かな温もりを感じる。
 ――俺は何度だって、お前の名前を呼ぶから。
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