ゴーレム転生記

猫饅頭

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1章

我 思う 故に

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 目を覚ましたとき、自分の身体が自分のものではないような違和感を感じた。最初に気付いたのは瞼を開けることなく、まるでテレビの電源を付けたかのように景色が現れ、首を動かさずに周囲360度を見渡せることだ。そこには焦点を合わせたり、視線を動かすといった眼球運動は伴わない。手足が1対ずつあるのは間違いない。
 自身にまつわる違和感もそうだがこの部屋も奇妙だ。煉瓦のような材質の壁。木造の床と家具類。理科の実験器具を思わせる調度品――少なくともここは病院ではないこと、友人の家ではないことは確かだ。
 軽い足音と共に扉が開く。まず目を引いたのは幼げがある少女のような美貌と碧玉の瞳。無造作に伸びた銀髪を雑に結い、ローブのようなゆったりとした衣服を纏った少年が重そうな本を抱えてやってきた。間違いなく初対面なのに、俺はこの子のことを――アージェのことを知っている。
 彼はその小さな掌を俺の額にかざす。すると、彼が俺の中に入り込んでくる。不思議と嫌悪感は感じなかった。まるで、そうされるのが当然であるかのように受け入れていた。
「状態は安定。力の言葉も定着してる――よし。あとは最後の仕上げだ」
 それは1度も聞いたことのない言語だった。だが、その意味は何故か理解できる。
「アッシュ〝起動〟」
 その言葉が俺に打ち込まれると、身体を束縛するものが砕け、俺はようやく立ち上がることができた。ようやく自由の身になったと喜んだもつかの間、すぐに動けなくなった。
(どういうことだ? 俺の身体はどうなっている?)
 当然の疑問を口にしようとしたが、それは音という形を取ることはなかった。
「よし、成功だ! それじゃあ先生のところに行こう。〝ついてきて〟」
 自分の意思とは関係なくアージェの後を付いていかされる。まるでこの身体の所有権が彼にあるかのように。
 家を出るとそこには見たことのない町の景色が広がっていた。強いて言えば旅番組で時折出てくる東欧の町並みを思わせる煉瓦造りの家と石畳の道路。おとぎ話に出てくるような光景に目を奪われるもつかの間、人に交じって人ならざるものが混じっているのが見える。
 それは確かに人の形をしている一方で、その外見は一目で分かるほど人からかけ離れている。土塊のような肌に刺青のように刻まれた一定のパターンを持った文様。ものを言う口を持たないそれらはただ黙々と作業をしている。
 5分ほど歩いただろうか。アージェが向かった先には広い敷地をもった平屋があった。部屋に入ると十代くらいの男女がそれぞれ一体ずつ異形を連れている。その姿は実に多種多様だ。人型に動物型、ぬいぐるみを思わせるような姿をしたものもあり、その材質も土、木材、布と様々だ。
「ナット。おはよう」
 アージェは席に着くと隣に座っている栗色のくせ毛が特徴の少年に話しかける。その朗らかな顔を見るにここの子達とは馴染んでいるようだが、どうも周りからは女の子と思われているようで、話しかけられた少年は意識しているのか頬を赤く染めている。
「おはよう。みんなちゃんとゴーレムを完成させたみたいだな」
 短く切られた髪に、青玉の瞳――〝先生〟と呼ばれた人物は理知的な雰囲気を纏った女性だった。いや、そんなことよりさっき何と言った? 耳が確かであれば『ゴーレムを完成させた』と言っていた。もしも、もしもそれが本当ならば俺は――人間ではなくゴーレムになっている? それともこれは夢の世界や死後の世界の類いなのか。
 2人は話し込んでいるがその内容が上手く聞き取れない。自身の存在に〝揺らぎ〟が発生しているのが分かる。全てが現のようにも、夢のようにも見える。〝俺〟という存在はどこにある? 今ここに存在しているのは本当に〝俺〟なのか? 得体の知れない恐怖が襲い、心が絶叫するも、口のない俺には声を張り上げることができない。

 先生――ヘリオという名の女性は10数名の生徒達を預かり、読み書き算術を教えていく。授業はそれに止まらず、ゴーレムの作成に必要な知識、技術も教えていた。
 ゴーレムについては俺の知るゴーレムと概ね同じだ。自我を持たない、主の命令を遂行する人形。だが、その材質や形状は多岐にわたる。
 例えば、生徒の中には木造のゴーレムを連れている者がいれば、布製のパペットのようなものを連れている者もいる。形状については、機械が目的に合わせてデザインされるのと同じように、目的に応じて最適化された姿を取るため多様化しており、ゴーレムが人型であるという先入観はすぐに吹き飛んだ。
 授業は専門的なことはともかく、概要は元々持っている知識と照らし合わせることである程度理解できた。材質や形状の話。そして――〝力の言葉〟について。
 身体に刻んだ72の言葉と配列が、法則となりゴーレムの存在を構築する。その原理については全く理解できていない。
 授業が終わり、帰宅するなりアージェは俺に水汲みを命じると課題に取りかかった。この身体は俺の意思とは関係なくアージェの言葉によって動かされる。命じられた時点で俺の身体は桶を持って井戸を目指していた。
 桶に水を汲むと、夕日に照らされた水面に俺ではない面が写り込む。
 それは土の仮面だった。目、耳、鼻、口――そういった人の顔にあるパーツがない、のっぺりとした仮面。信じたくはなかった。だが、これではっきりした。
     俺はもう――人間ではない。

 全てが不確かなまま数日が過ぎる。相変わらず俺はアージェが命じない限り動くことができないでいる。命じられることと言えば荷物持ちや洗濯、掃除などの家事仕事が主だった。その間俺はただひたすらに思考を重ねていた。俺の身に起きたこと。ここがどこなのか。いくら考えたところで結論は出ない。だが、〝我思う故に我あり〟――思考こそが自己存在の証明であるのなら、それを止めるのは死にも等しいことに感じられた。

 この村を観察していると生活様式が見えてくる。目の前で壊れた家や何者かに破壊されたゴーレムの撤去。石畳の修復といった工事をしている通り、この町ではゴーレムと呼ばれる土人形が生活基盤を支えている。
 ゴーレムは畑作業や荷運び等の労働力としてごくありふれたものであり、どの家にも必ず一体玄関前に鎮座している。そして時折、外側から来た人がゴーレムを買っているところを目撃したところから国家――或いはそれに類似する共同体は、ゴーレム用いていることが想像できる。
 そのゴーレム達には意思は存在するのだろうか。物言わぬだけで、俺と同じように何かを考えたり思ったりするのだろうか。主人の命令を粛々とこなしている姿からはそんな風には思えない。俺という存在が異常なのだろうか。
 そもそも、今ここで〝俺〟だと――灰崎勇貴はいざきゆうきと認識しているゴーレムは何者なのか。
 ここに来る前、灰崎勇貴として最後に記憶があるのはアクセルとブレーキを踏み間違えて突っ込んできた車に撥ねられそうになった子供を庇ったことだ。状況からして恐らく死んでいるだろう。だとしたら、ここはどこなのか。ここにいる〝俺〟と認識ている存在はなんなのか。いくつか仮説を立てることはできる。だが、常識的に考えるとただの妄言に過ぎない。そもそも裏付けとなる確かな証拠がない。
 もし魂があるとするのなら、その有り様は器によって変質するのだろうか。そして仮に変質するのであれば――
 俺は、本当に〝俺〟なのか。

 この世界のことについて、改めていくつか仮説を立てた。
 1つめ。灰(はい)崎(ざき)勇(ゆう)貴(き)は昏睡状態にあり、意識は夢の中にある。考え得る限りもっとも現実的だろうが、反論できる点がある。ここで使われている単位がどうやらヤードポンド法や尺貫法のように、身体を基準にしたものが使われていることが生活を観察している内に気付いた。ここが俺の自身が見てる夢であれば、間違いなくメートル法に統一しているはずだ。
 2つめ。事故の影響で頭がやられた。これも充分考えられる。俺が狂っているとしたら、何があってもおかしくない。一方で、俺にこれほどの世界を構築できる程の想像力があるとは思えない。
 3つめ。ここが死後の世界である。可能性は0ではない。死後の世界の存在について、確かめようにも生と死が不可逆である以上、死んだ人間が死後の世界を生きている人に伝えることはできない。つまり、誰もその存在を証明できておらず、存在を否定することもできない。
 4つめ――意識。或いは魂というべき存在が別の世界へと渡った。平行世界の存在については天文学や量子物理学の分野で示唆されている一方で、やはり存在を裏付ける確たる根拠はない。そしてこの説は3つめの説と同様に、〝魂〟が存在するという仮定の上に成り立つものだ。それらを総合して、ここが夢であるとするのが腑に落ちる仮説だ。
 自分の置かれた状況がある程度整理できると少し余裕が生まれたのか奇妙に感じたことがある。アージェ自身のことだ。彼はまだ子供だ。だというのにこの家にはあるべき家族の姿がない。
 活動できる範囲が限られているとは言え、ひとりで暮らすには家は大きく、部屋も多い。一方で長い期間ではないとは言え四六時中アージェの傍に居るのだ。1度くらいは顔を見る機会があって然るべきだ。それらを総合すると彼は親元を離れて一人暮らししているのか、この世界では既に成人を迎えている歳なのか、もしくは――孤児なのか。俺自身にも問題が山積みだが、彼も彼で何かしら抱えているのだろうか。
 口がきけるのであればとうに聞いていたところだが、この身体ではそれは叶わない。彼の言葉がなければ動けない以上、筆談などの手段をとることもできない。尤も、仮に筆談ができたとしても、俺がここの文字を書けるかは別問題になるが。
 もう一つ奇妙と言えば、各家の玄関に置かれたゴーレムもそうだ。まず、玄関にゴーレムを置く理由だ。ここのゴーレムはそれぞれ与えられた役割をこなしている。なら何故玄関に置くのか。防犯は考えづらい。
 東京という世界的にみても非常に治安の良い都市に住んでいた俺の目から見てもこの町は治安が良い。逆にゴーレムという抑止力があるからこその治安の良さなのかもしれないが。
 魔除けについても同様だ。ゴーレムを1体製造するのにかける労力を考えると、魔除けを目的とした置物として使うだろうか。
 この町の宗教観は知らないが、そこに存在するからには何かしらの意味があるはずだ。思い当たる節はある。時折見かける何かによって破壊された家とゴーレム。なにか大きな塊をぶつけられたかのような破壊痕は外敵となる何かが存在する可能性が窺える。その理由については、後日最悪な形で目の当たりすることとなった。
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