仄暗く愛おしい

零瑠~ぜる~

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仄暗く愛おしい

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 あの雨の日に、敵対するグループの者に刺されて死ぬのだと分かった瞬間。
「鏡乃信っ、」
空を裂くような切実な悲鳴が、薄れゆく意識をその場に縫いとどめた。
誰よりも、大切で愛おしい俺だけの・・・・瑞樰。
瑞樰が、泣いているのにもう目を開けていることも出来ない。声を出そうとしても、ヒューヒュー・ゼイゼイと声にならない。せめて、涙を拭ってやりたいのに腕を持ち上げることもできない。指先を微かに動かすのが精一杯。
(泣くな。)
微笑もうとしても、表情が動いたのかどうかすら分からない。俺の事など、気にしなくていい。
 そんな風に、瑞樰の事を思っていたら体の方が先に死んでしまった。
死んだのだと、実感すらなく。意識は、ずっと泣いている瑞樰を案じていた。
一久が、全ての後処理を済ませてくれて初めて自分は死んだのだと思った。何といっても、誰の目にも俺の姿が見えていないようだった。悪質な悪戯でなければ、俺という存在はこの場には居ないものだ。
なのに、これほどはっきりと意識だけは残っている。自分が何もので、どうして此処に居るのか。
(せめて、声だけでも聞こえたら良かったな。)
声が聞こえ、姿も見えたら文句もないがその何方も現実には不可能だった。これ程までに、近くに居るのに存在すら感じてもらえない。
 歯がゆさを持て余している中、瑞樰が暴走を始めた。復讐に取りつかれ、半ば狂い壊れ始めた。その様を見つめながら、どうにか瑞樰を止めなければという思いと狂いそうなほどの喜びを感じていた。誰よりも愛おしい者が、自分の為に壊れていく様を見つめ、喜びを感じる。こんな、感情は間違っていると思いながらも言い知れぬ喜びがひたひたと胸を満たしていく。
(俺も、あの父親の血を受け継いでいるんだな・・・・)
忌まわしい感情だろう思いを感じながら、狂い壊れていく瑞樰の姿を見つめ続けた。
自分の為に血を流し、壊れ泣き叫ぶ瑞樰の姿はどんなものよりも美しかった。
(瑞樰・・・・)
 もう、ずっとこのままでも良いかと思い始めていた。瑞樰が自分の為に、復讐を果たし自分の後を追おうとまでしてくれる。止めてほしいと言う思いと同じくらい、いやそれ以上に喜びが上回った。愛おしい子が、自分だけを求めてくれている。これ程の、喜びがあるだろうか。
(瑞樰・・なおゆき・・・)
 壊れていく瑞樰を、愛おしく思いながら見つめる日々が続いた中ふいにそれは現れた。
瑞樰が、狂い始めてから一久以外に初めて反応を示した相手。人殺しの現場で出会った、血まみれの男。
そんな相手に、どうして瑞樰が反応したのか惹かれたのか未だ持って分からないが瑞樰はそいつを深く思っている。
自分の事よりも、そいつが幸せになってくれることを願い始めている。そいつが、悲しい思いをしないように、傷つかないように、いつも笑顔で暖かな場所に居られるように。瑞樰自身、気が付いていない心の深い場所にある願い。
瑞樰の内に入り込んだために知ることが出来た彼女の願い。
知りたくなかった、瑞樰が自分以外を大事に思うことなど。
(どうして、こんな男のことを。)
自分が生きている間や、死んでからですら瑞樰が誰かに興味を示したことなど一度もなかった。綺麗な容姿目当てに、言い寄られることは多かったがそう言った輩は全て排除してきた。瑞樰から、声を掛けたりなどありえなかった。まして、自分から[男]に触れるなど。
 日常生活に支障はないが、瑞樰は自分に好意を持っている男に恐れを抱いている。性的な意味で自分に近づいてくる男の気配を感じると無意識に距離を取り始める。そして、そのことを瑞樰自身は分かっていない。
友達として接する分には、何も問題は無いがほんの一瞬でも相手が「男」を一色させた瞬間に瑞樰の心は恐怖を覚えてしまう。昨日まで普通に話を出来ていたのに、どうして急に相手に対して苦手だと感じるのか。
自分自身ですら、理解できない感情に何度も何度も苦しんできた。
(アイツのせいで、瑞樰は人を信じられなくなっていた。)
自分の心を守る為に、瑞樰は無意識に人との間に壁を作る。どれほど、仲良くなろうと最後の最後に強固な壁の中に自分の本当の心を隠すようになった。
(なのに・・・・・)
出会って間もない男に、瑞樰は自分を許した。
 初めは、相手が瑞樰を無理矢理に抱いただけだった。この時も瑞樰の中で全てを見ていて、瑞樰の心が恐怖で狂いそうになるのを必死で宥めていた。恐れなくていい、何も怖い事は起きていないと。バラバラになりかけていた瑞樰の心を包む様に守り続けた。
その甲斐あって、瑞樰は行為中の記憶をそれほどはっきりとは覚えていないようだった。断片的に覚えている内容でも、恐怖や後悔で心が軋み壊れることは無かった。
(瑞樰、瑞樰、どうして・・・・・)
心を許し、触れることを許した相手の幸せを願い始めた瑞樰を見守ることが苦しくなってきた。
(こんな、気持ち知りたくなかったっ、)
愛しい者を、大切にしたいと思うと同時に自分以外を見つめる目を奪いたい。自分の声以外、聞く事の無いように耳を塞ぎたい。自分の名前以外を呼ばないよう、その声を奪いたい。自分以外に触れる事のように、その手を足を縛り鎖でつなぎたい。自分が居なければ、生きてゆけないよう全てを奪いたい。自分が居なければ息をすることすらできないよう、その唇を塞いでしまいたい。
自分の中に、これほどまでに仄暗い感情が渦巻いているなど知りたくはなかった。綺麗なだけの感情で、瑞樰を愛した訳では無い。そんなことは、十分に理解しているつもりだった。
それでも、こんなにも自分は歪に壊れ歪んでいたのだと思い知らされたくは無かった。

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