仄暗く愛おしい

零瑠~ぜる~

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仄暗く愛おしい

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 雹樹の力は少しずつ鏡乃信の力を侵食し始めて行った。力技で、彼の力を吹き飛ばすほうが楽だがそれをすれば傍に居る瑞樰に被害が及ぶかもしれない。雹樹にとって大事なのは、瑞樰の安否。彼女を傷つけずに、鏡乃信を無力化するには彼の力を端から食っていくしかなかった。
「手間がかかるが仕方がない、少しずつお前を捕食して瑞樰から離させてもらう。」
じわりじわりと、インクが滲むように雹樹の力が鏡乃信の力を侵食していった。
「お前は、本当に瑞樰の事が大切なんだな。こうしている今も、案じているのは自分の事ではなく瑞樰の事だけ。
瑞樰が寂しくならないか、泣いたりしないか。そんなことばかり、伝わってくる。」
鏡乃信の力を侵食するにあたり、雹樹の中に彼の思いが流れ込んできた。その思いは、ひたすらに瑞樰だけを思うもので彼女が幸せであればいいと願うものばかりだった。
「これだけ、思われて瑞樰が不幸なはずは無いだろう?」
喰らいながら雹樹は鏡乃信に語り掛けた。
「お前が大事に守り育てたから、瑞樰は今まで生きてこれたのだろう?」
荒らぶっていた鏡乃信の気配が、雹樹が語り掛けるたびに薄れていく。少しずつ、光は小さくなり瑞樰を包み隠すほどだった光量はもはや拳ほどの大きさになっていた。
「お前が消えても、僕が瑞樰をずっと守る。人間の一生など瞬きほどの一瞬の命だ。傍で見守るくらい造作もない。だから、お前ももう静かに眠れ。」
最後の光を喰らいつくすと、雹樹は静かに呟いた。

 目の前で繰り広げられたまさかの出来事に、クリスも尊も鏡ですら身動き一つできずに見ているしかなかった。
人間になど興味を示さない神霊が、たった一人の主の為に荒ぶる魂を浄化させた。彼がその気になればどれほど力の強い霊だろうと一瞬で存在そのものを無に帰すことが出きる。なのに、雹樹は瑞樰が少しでも悲しむだろう結果は望まず手間を惜しまずに鏡乃信の魂を静め輪廻の輪に送り出した。神にも等しい存在が人の子の為にそこまで心を砕いてくれるということに、三人は驚いた。
「次に生まれてくるときは赤の他人として生まれてこれるといいな。」
望まぬ運命に振り回された鏡乃信への、偽らざる言葉。哀れな命が、次の世では愛しいものと禁忌に触れることなく結ばれる存在であれるようにと。
「雹樹・・・・・鏡乃信は?」
自分の周りで起きている全てに置き去りにされていた瑞樰が、漸く震える声で問いかけた。
「うん、いま輪廻に戻ったよ。」
見えない姿を探して視線を彷徨わせ、聞こえない声を聞こうと必死に耳を澄ませ。それでも、自分が見聞きできるのは雹樹や尊達の姿と声だけ。彼等が話すことを少しも聞き漏らさないよう、じっと声を出す事さえ我慢し事の成り行きを見守っていた。
「あ、ぁ・・・・ぁ・・・・」
言葉にすることもできず、瑞樰はただ首を横に振った。雹樹の言った意味を理解できない訳でも、拒否したいわけでもない。ただ、心が現実に追いつけなかった。
 泣き崩れる瑞樰を、雹樹は静かに見つめた。気の遠くなるほどのの長い年月を生きてきても、いま瑞樰が何を思い泣いているのか理解することが出来ない。悲しいのだろうとは思うが、きっとそれだけではないのだろう。
鏡乃信を喰らい彼の気持ちが、ほんの少し雹樹の中に溶けていた。鏡乃信にとって、瑞樰は砂の中に輝く唯一の宝石だったのだろう。キラキラと輝きながら、触れる事も出来ないほど切なく愛おしい存在。
「きっと、同じように思っているのだろうね。」
小さな声で呟いた言葉は、誰かに聞かせるためのモノではなく。


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