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第一章 魔界の森
第三話 「託される意志」
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頭がハッピーになっていたため前にいた男とぶつかってしまった。相手の男は尻もちをつく。
俺は立ち止まり、倒れた男に手を差し出した。
「おっと、すまねえ。大丈夫かい?」
「え、ええ。僕こそ不注意でした」
「じゃあ、お互い様ってことで。痛み分けだ。……ん? あんた旅の人? 見慣れない格好だけど」
「まあ、そんな所ですかね。王都におられる方から書簡が届いて、呼び出されたんですよ」
「へえー。じゃあ、アレか。これからその人んとこ行く所だったとか」
「書簡を送ってきた人と会うのは明日なんです。実は早めに着いてしまって。……それにしても王都は人がたくさんいますね。目が回ってしまいそうですよ」
「ははっ! あんたどこの辺境から来たんだよ。面白い奴だ」
「いやぁ、お恥ずかしい。……あの、あなたさえ良ければなんですが王都の案内をしてくれませんか? せっかく来たので用事だけで終わるのはもったいない。だから、ついでに観光したいのです。もちろんタダでとは言いません。お金は書簡を送ってきた人が旅費に使えと一緒に送ってくれたんですが、あまり金銭のやり取りに慣れてなくて」
その男は懐から銭入れを取り出し広げてみせる。
な、なんじゃこりゃ?!
金貨がザクザクじゃねえか! これが旅費? こいつに書簡を送った奴はとんでもない金持ちという事がうかがえた。
瞬時に脳みその中のそろばんがはじかれる。
……こいつ田舎者だし、多少ぼったくり価格を提示しても大丈夫そうだよな? それに金銭にあまり執着もないようだし。
俺は金が欲しい。でもってこいつはガイドが欲しい。うむ。素晴らしいほどの利害の一致。まさにWin-Winの関係というやつだ。
なんという幸運。これは、マリーを落とせ! と神が背中を後押ししてくれているに違いない。
ということで、おやっさんから給料前借りするのは後に回し、この田舎者の提案に乗ることにした。
「あの、もしかしてお急ぎの用事でもありましたか? だったら無理にとは言わないのですが……」
「いやいや、とんでもない。こんなカモ、じゃなくて羽振りの良さそうな人なら喜んで案内するぜ」
「本当ですかっ。良かったー。実は僕、こう見えて人見知りでして……。先程からなんとか声をかけようとしているんですが、うまくいかなくて……。それでうろうろと彷徨っていたんですよ。あなたは良い人だ!」
チクリと良心のようなものが痛んだが、金貨が擦れるジャラっという幸せな音を聞いたら、たちまちにそんな感傷も吹き飛んだ。
「うし、そうと決まれば早速行くか! どっか行ってみたい所あるか? ……っと、そういや名乗ってなかったな。俺ァ、マサヒロってもんだ」
「あ、僕こそ名乗りもせずにすみません。僕の名はシグルズ。シグルズ・ジークグラムです。改めてよろしくお願いします。マサヒロさん」
そんな感じで、シグルズの王都観光に付いて回ることになった。
王都を散策しながらシグルズと話してみると、それはそれは人当たりが良く、驚くほどに好青年だった。
シグルズは王都に来るのは初めてで、ずっとシルフヘイムの辺境の地で父と二人暮らしをしていたらしい。そのため生活のほとんどが自給自足で、たまに日用品などが必要になった時のみ、近隣の町や村に買い出しへ行くのだそうだ。
そういう事情なら金銭に執着がないのも頷けた。
そんなものなくても自分は生きていける。そんな気概が感じられた。俺よりもだいぶ若いのにしっかりしてるぜ。
それによく見ると、精悍な顔立ちで、その目はまるで龍眼。なにか、この先成し遂げそうな……、そんな予感をさせる雰囲気を持っていた。
そこからは俺が良く行く所に連れていった。
例えばギャンブル。今日は競馬場に来てみた。馬券の買い方や、競馬の仕組みなどを説明してやって、いざ勝負!
……お約束だが俺は大負け。まあ、これもシグルズの金だから損はしてないんだけど。
で、シグルズだが……。こいつギャンブルめちゃ強い。たくさん持っていた金貨がさらに増えている。
「いやあ、これ面白いですね! 馬の毛並みや、筋肉の張り、それぞれを見定めて一番速いものを選ぶ。観察力の訓練になりそうです!」
「そ、そうかい。気に入ってくれたようでなによりだ。そ、そろそろ次行くか。他にも楽しい所はたくさんあるからな」
「ですね! 次はどこに行きましょう!」
それから王都で人気の観光スポットに連れて行くことにした。
黄金のリンゴがなるとされている木や、その水を飲んだ者に知識を授けるとされる泉、どれも眉唾だろうがそういう由来があるらしいので観光客もその御利益にあやかるようにありがたがって良く来ている。俺はガキの頃来ただけで久しぶりだったが、やっぱりそこまでありがたいもんでもない。案内しといてなんだけど。まあ、シグルズの奴は楽しそうにしていたので良しとしよう。
しばらく観光スポットを巡っていると辺りも暗くなってきていた。
「よう、シグルズ。そろそろ腹減ったろ? 酒場で晩飯でもどうだ?」
「いいですねー! 僕もちょうど腹が減ってきたところです! 酒も久しく飲んでないので楽しみです!」
「おっ、イケる口か? いいねーっ! じゃあ、今夜は俺とシグルズの友情記念にパーっとやっちまうか!」
「おおーっ!!」
適当な酒場に入り、席に着く。
「おーい姉ちゃん! こっちにエール二つ! あとおすすめのつまみじゃんじゃん持ってきてー! 金ならたんまりある!」
シグルズはなかなかに大酒飲みだし、飯も良く食った。
時々チラリと見える首筋や胸元、そこからは鍛え上げられた筋骨が隆々と見え隠れしていた。
「なあ、シグルズよぉ。お前さん、王都になんで呼ばれたんだい? いや、詮索するつもりはねえんだが、どうもお前からは並々ならぬ凄え奴のオーラを感じるんだ」
「……まあ、隠すほどのことじゃないんですけどね。……僕、小さい頃から同じ夢を良く見るんです」
「夢……?」
「はい。その夢は、僕が英雄へと駆け上がっていく夢幻のようなバカみたいな夢です。同じ夢ばかり見てて、最初はめずらしい偶然も重なるものだなぁなんて思ってたんです。でもそれは違った。……僕には実際に力があった。なにをやっても常人を遥かに凌ぐことができてしまう。そして、自分は普通の人間ではないと自覚して、日々を過ごしてきました。そんな時、書簡が届いたんです。君は選ばれし者だ、この国のため働いてみないか? って。なんとなく自分の中でもこういう日が来るんじゃないかという予感があった。だから、誘いに乗ってみようと思ったんです」
普通に考えれば怪しい話過ぎて流す所だが、そうさせない点がこのシグルズにはいくつもある。
その身に纏うただならぬオーラ。そして鍛え上げられた鋼のような肉体。それに旅費だと言ってポンと大金を送りつける何者か。
普段の俺だったら鼻で笑い飛ばすが、シグルズはそれを納得させるだけのナニカを感じさせた。
「ほえー。じゃあ俺は未来の英雄様とこうして酒を飲み交わしてるわけか。こりゃいい! 自慢させてもらうぜ! お前が英雄になる日、楽しみにしてるからよ」
「ハハッ! まだ気が早いですよ。いやぁ、それにしてもマサヒロさんは話しやすい人だ。人見知りなのに、今日会ったばかりの人とここまで仲良くなるとは思いませんでしたよ」
「ああ、俺もだ。馬が合うのかもな。よっし! 今日はとことん飲むぞー! シグルズ! お前も付き合え!」
「いいでしょう。飲み比べといこうじゃないですか! 僕の速さについてこられます?」
それから酒を浴びるほど飲んだ。
気がつくと酒場には俺とシグルズの二人だけになっていた。店のマスターが、早く帰れ! みたいな雰囲気を出していたので、勘定をし外に出た。
酒場の外はうっすらと明るくなり始めていた。もうすぐ夜明けのようだ。
朝まで飲み明かして足元がフラフラとおぼつかない。お互い肩を貸しつつ、千鳥足になりながら静かな城下町を歩いていく。
「よう、シグルズ。いつか、まじで自慢させてくれよ。お前さんが英雄ってやつになるの、応援してるからよ」
「ありがとうございます、マサヒロさん。僕も自慢しますよ。シルフヘイムの王都に住む気の良い友人がいる、と」
俺は妙にシグルズと気が合った。
シグルズは昼頃に書簡の人物と会う予定らしいので、それまでの時間は宿で休むことにした。流石に酒も飲み過ぎたし、完徹は身体に堪える。
というわけで、俺はヌル婆の宿を紹介してやることにした。勘違いしないように言っとくが、ヌル婆の宿はいやらしいことをするだけの場所ではない。普通の宿としてもしっかり商売している。
そういう訳で、ヌル婆の宿に向かい二人で歩き出す。
と、一歩踏み出した瞬間――
歩いてる通りの先から大量の人間がこちらに向かい走ってきていた。皆、悲鳴を上げ、顔に恐怖の色を浮かべて……。俺やシグルズがいることなんて目に入らないようで、人の波が迫ってくる。
俺たちは道の脇に避け、走っているうちの一人の男の腕を掴み、こんな朝っぱらから何事かと尋ねた。
「おい、どうした? 朝からみんなでかけっこか?」
「は、離してくれ! 怪物だ! 怪物が出たんだ! 巨大なドラゴンが……! いま、獅子王騎士団の皆様が応戦してくれているが、ありゃ人間にどうこうできる相手じゃねえ! あんたらも早くお逃げなせぇ!」
そういうと男は腕を振りほどき、再び走って行ってしまった。
怪物なんて嘘だろうと思いたいが、あの男の真剣な表情……。多分まじだ。
だったら、俺らも早いとこ逃げたほうがいい。シグルズに逃げるぞ! と声をかけようと振り向くが――
いない?
シグルズがさっきまでいた場所には誰の姿もない。
まさか……ッ!
俺は人の波に逆らい走り出した。
あの馬鹿野郎っ! 突っ走って怪物のほうに行きやがったな!
確かにシグルズは只者じゃねー雰囲気があるし、本当に英雄になるだけの素質があるのかもしれねえ。
でも、それは人間相手にって条件付きだ。
怪物――ドラゴンとか言ってたなあの男は。それが嘘じゃなけりゃ危険すぎる。シグルズがどれだけ凄かろうと人間一人でドラゴンに挑もうなんてアホか、本物の英雄くらいなもんだ。
わずかな付き合いだが、あいつは嫌いじゃない。
呼びもどさなくては……っ!!
人の波に逆らい続け走っていると、いつの間にか人も途切れ、騎士団のものと思われる悲鳴と絶叫、それから怪物の鳴き声らしきものが耳に入ってくる。
近い……っ!!
俺は通りの角を曲がり、戦場と化した場所に出る。
そこは――
もはや、地獄だった。
地面に無数に転がる騎士の死体。騎士が乗ってきたであろう馬の死体。
俺は生存者がいないか辺りを見回す。
すると、まだわずかな生き残りがいて少数ながら奮戦していた。
指揮官が優秀なのか、少数であるにも関わらずなんとかドラゴンを抑えていた。
「援軍が来るまでの辛抱だよ皆! 持ちこたえて!」
……ん? どこかで聞いたことあるような、と生き残り騎士を良く見てみるとそこには予想外の人物がいた。
「ピサ?!」
ピサも俺の声に気付き、目を見開いて驚いている。
が、すぐさま向き直り再びドラゴンに集中していた。
なんでピサがここに? 騎士だったのか? あんな少女が? この間は追われていたと言っていたが、騎士であるのにも関わらず追われていた?
訳が分からず混乱していると、今度は逆に誰かから声をかけられる。
「マサヒロさん!」
シグルズだった。
「馬鹿野郎シグルズ! また会えて嬉しいぜ!」
「すみません。勝手に飛び出して。勝手ついでになんですが、この子をお願いできませんか?」
シグルズの背には小さな女の子がおぶさっていた。
「お前、ロリコン? 誘拐は流石にダメだろう」
「違いますよ! この子は逃げ遅れです。辺りをくまなく探しましたが、この子だけ親とはぐれて一人建物の影に隠れていたのを連れてきたんです。この子、マサヒロさんにお願いします。身を潜めてその子を守ってやってください」
「そ、それくらい良いけどよ。お前はどうすんだ?」
「僕は、僕のすべきことをするだけですよ」
シグルズはそれだけ言い残すと、子供を預け、ドラゴンに向かい突っ込んでいった。
地面に転がった騎士の剣を二本掴むと、そのままドラゴンに斬りかかる。
「ぜあああッッ!!」
シグルズの一撃は重いようで、騎士に迫っていたドラゴンの巨体を押し返す。
「重傷の方は早く下がってください! ここは僕が食い止めますッッ!!」
「でも……っ!!」
残りの騎士を率いていたピサが食い下がろうとするが、それを俺が遮る。
「ピサ! 一旦引けっ! お前たちだってボロボロだろうが! 城に戻り、援軍を連れてきてくれ!」
「マサヒロ……っ! ……くっ、わかった、ごめん。すぐ応援呼ぶから!」
シグルズと俺の指示に従い、拱手したあと生き残りの騎士を連れピサは王城に引き上げていった。
「さて、これで思う存分戦える。初陣がドラゴン相手とは。僕の英雄譚はさぞ華やかなものになるだろうな……」
そして、シグルズとドラゴンの戦いの火ぶたは切って落とされた。
俺は女の子を抱え物陰に隠れて様子をうかがった。
あらためて観察すると、ドラゴンの全貌が見えてくる。身体は巨大で、家の垣根をゆうに超える高さがあり、その全身には黄金の鱗を纏っていた。鱗は昇りかけの朝日により神々しく照らされ陽の光が黄金に染まってしまったような色を見せる。
ありゃただのドラゴンじゃねえ。
一目見ただけでわかる。きっと伝説級の怪物に違いない。人間なんか絶対歯が立たない程に……。
――という、俺の危惧をシグルズはあっさりと裏切った。
シグルズの戦いっぷりはまさに英雄譚に出てくる英雄そのものだったのだ。
ドラゴン相手に一歩も引かず、むしろ押し返しながらドラゴンに致命打を与えていく。
「お、おいおい。まじかよあいつ……。ドラゴン相手に勝っちまうぞ。マジモンの英雄の器じゃねえか!」
そして、しばらくの戦闘後。
ズズーン! と黄金のドラゴンが倒れ伏す音が城下町に響いた。
やりやがった。シグルズの野郎、まじでやりやがったよ。
シグルズは親指を立て、ニッと笑ってこちらを見ていた。
素直にカッコイイと思った。俺の憧れる聖騎士もこんな風な奴がなるんだろうなぁ。なんて、すこし嫉妬の感情も混ざった視線を向けていると、俺の腕の中で丸まっていた女の子がシグルズに向かい飛び出した。
「お兄さん、すごーい! ドラゴン倒しちゃった! わーい!」
まったく。幼女にまでモテるのかい。英雄様ってやつは。やれやれとため息を吐きながら俺もシグルズのほうに歩いていく。
シグルズもこちらに歩いてきていた。
――――っ!!
死んだと思っていたドラゴンが動いている?!
「シグルズ! まだ死んでねえ!」
ドラゴンは首をもたげ、口を開いた。光が口を中心に収束していく。
小さな女の子はシグルズに向かい走ったまま。
シグルズは女の子の盾になるようにドラゴンの前に立ち塞がった。
次の瞬間――
カッ! と視界を塗り潰すほどの閃光が走った。
視力が徐々に戻り、目の前の光景がはっきりと映る。
「シグ……ルズ……?」
そこには心臓にポッカリと穴が開いたシグルズの姿があった。
ドラゴンは振り返り、尻尾を鞭のように翻し、それを死に体のシグルズ叩きつけ、後方へと弾き飛ばした。
俺は咄嗟に走り出し、シグルズをなんとか抱きとめた。
「マサヒロさん……ゴボッ」
「馬鹿野郎がっ! 喋るな! すぐ助けを呼んでやる!! 大丈夫。絶対助かるからなッ!!」
口から出る言葉は嘘ばかりだった。
シグルズは絶対に助からない……。確実な死が、彼に訪れるのは明白だった。
にも関わらず、シグルズは笑った。
「マサヒロさん、頼みが、あります」
「あ、ああ! なんでも言ってみろ! 俺とお前はダチだからな!」
自分がどんな顔してるかわからねえ。
「ふふっ。なんでもと言いましたね。では、この剣を握り、ドラゴンにとどめを刺してください。あなたにしか頼めません。あの小さな女の子がいまにも噛み殺されそうだ。頼みます……」
俺も男だ。死に際の、最後の願い。聞かずしてこいつの友が名乗れるかってんだっ!!
俺はシグルズから剣を受け取ろうとするが、手が震えちまって言うこと聞きやしねえ。
シグルズは俺に剣を握らせ、その上から力強く手を重ねてくる。
「大丈夫です。真っ直ぐに。ただ真っ直ぐに剣で貫くのです。倒れているいまなら、奴の弱点、逆鱗に届くッ! 僕の友ならそのくらい容易くこなせますよ」
なんて力強くて、勇気が溢れる言葉だろうか。俺にはそれで、十分だった。
俺は力の限り、地面を蹴った。
周りの景色なんてなに一つ視界に入らない。視界に映るのはただ一つ。ドラゴンの急所のみ。
「おおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!!」
俺はドラゴンの逆鱗を正確に貫き、止めを刺した。
しばらくの静寂の後、周りから割れんばかりの歓声が上がった。
俺は茫然としながら周囲を見渡すと、逃げていた住民や援軍と思われる騎士たちが大挙し俺を囲んでいた。
「うおおおおお!!」
「英雄だッ! 竜殺しの英雄様じゃあ!!」
「竜佐の英雄が再臨されたんだ!!」
あまりの熱狂っぷりに、思わずビビってしまい後ずさると、ドラゴンの逆鱗からズルリと剣が抜け、大量の血が噴き出した。それが全身に掛かり、口の中にまで入ってくる。何滴かは飲み込んでしまったかもしれない。
頭の中が真っ白になっていると、一人の女が人を押しのけながら前に飛び出してきた。
「あぁ! 生きてる! 私の娘! もし、あなたがこの子をお守りくだすったんですか?」
守った? 俺が?
――っ!! シグルズ!!
俺は人混みをかき分け、シグルズに走り寄った。
地面に横たわったシグルズを抱き起こし、声をかける。
「おい、シグルズ! やったぞ! お前の願い叶えたぞ! それに聞いてくれ! 女の子も無事だ。お前が助けたんだ!!」
シグルズは重そうに瞼をゆっくり上げた。
「僕、いまになってやっとわかった。夢の話。あれは僕じゃなかったみたいです。マサヒロさんがドラゴンに向かって行く時の姿。夢のままでした。だから……、僕も連れてってくれませんか? 僕の夢をあなたに乗せて、託させてくれませんか? これは、友としてのお願いです。ダメですか?」
「連れてってやる! お前の意志は俺が引き継ぐ! だから、だからッ!!」
シグルズはすでに息を引き取っていた。
俺の言葉は、届いただろうか。
シグルズの目はなにも語ってはくれない。だが、口元は微かに笑っているようにも見えた。
俺は立ち止まり、倒れた男に手を差し出した。
「おっと、すまねえ。大丈夫かい?」
「え、ええ。僕こそ不注意でした」
「じゃあ、お互い様ってことで。痛み分けだ。……ん? あんた旅の人? 見慣れない格好だけど」
「まあ、そんな所ですかね。王都におられる方から書簡が届いて、呼び出されたんですよ」
「へえー。じゃあ、アレか。これからその人んとこ行く所だったとか」
「書簡を送ってきた人と会うのは明日なんです。実は早めに着いてしまって。……それにしても王都は人がたくさんいますね。目が回ってしまいそうですよ」
「ははっ! あんたどこの辺境から来たんだよ。面白い奴だ」
「いやぁ、お恥ずかしい。……あの、あなたさえ良ければなんですが王都の案内をしてくれませんか? せっかく来たので用事だけで終わるのはもったいない。だから、ついでに観光したいのです。もちろんタダでとは言いません。お金は書簡を送ってきた人が旅費に使えと一緒に送ってくれたんですが、あまり金銭のやり取りに慣れてなくて」
その男は懐から銭入れを取り出し広げてみせる。
な、なんじゃこりゃ?!
金貨がザクザクじゃねえか! これが旅費? こいつに書簡を送った奴はとんでもない金持ちという事がうかがえた。
瞬時に脳みその中のそろばんがはじかれる。
……こいつ田舎者だし、多少ぼったくり価格を提示しても大丈夫そうだよな? それに金銭にあまり執着もないようだし。
俺は金が欲しい。でもってこいつはガイドが欲しい。うむ。素晴らしいほどの利害の一致。まさにWin-Winの関係というやつだ。
なんという幸運。これは、マリーを落とせ! と神が背中を後押ししてくれているに違いない。
ということで、おやっさんから給料前借りするのは後に回し、この田舎者の提案に乗ることにした。
「あの、もしかしてお急ぎの用事でもありましたか? だったら無理にとは言わないのですが……」
「いやいや、とんでもない。こんなカモ、じゃなくて羽振りの良さそうな人なら喜んで案内するぜ」
「本当ですかっ。良かったー。実は僕、こう見えて人見知りでして……。先程からなんとか声をかけようとしているんですが、うまくいかなくて……。それでうろうろと彷徨っていたんですよ。あなたは良い人だ!」
チクリと良心のようなものが痛んだが、金貨が擦れるジャラっという幸せな音を聞いたら、たちまちにそんな感傷も吹き飛んだ。
「うし、そうと決まれば早速行くか! どっか行ってみたい所あるか? ……っと、そういや名乗ってなかったな。俺ァ、マサヒロってもんだ」
「あ、僕こそ名乗りもせずにすみません。僕の名はシグルズ。シグルズ・ジークグラムです。改めてよろしくお願いします。マサヒロさん」
そんな感じで、シグルズの王都観光に付いて回ることになった。
王都を散策しながらシグルズと話してみると、それはそれは人当たりが良く、驚くほどに好青年だった。
シグルズは王都に来るのは初めてで、ずっとシルフヘイムの辺境の地で父と二人暮らしをしていたらしい。そのため生活のほとんどが自給自足で、たまに日用品などが必要になった時のみ、近隣の町や村に買い出しへ行くのだそうだ。
そういう事情なら金銭に執着がないのも頷けた。
そんなものなくても自分は生きていける。そんな気概が感じられた。俺よりもだいぶ若いのにしっかりしてるぜ。
それによく見ると、精悍な顔立ちで、その目はまるで龍眼。なにか、この先成し遂げそうな……、そんな予感をさせる雰囲気を持っていた。
そこからは俺が良く行く所に連れていった。
例えばギャンブル。今日は競馬場に来てみた。馬券の買い方や、競馬の仕組みなどを説明してやって、いざ勝負!
……お約束だが俺は大負け。まあ、これもシグルズの金だから損はしてないんだけど。
で、シグルズだが……。こいつギャンブルめちゃ強い。たくさん持っていた金貨がさらに増えている。
「いやあ、これ面白いですね! 馬の毛並みや、筋肉の張り、それぞれを見定めて一番速いものを選ぶ。観察力の訓練になりそうです!」
「そ、そうかい。気に入ってくれたようでなによりだ。そ、そろそろ次行くか。他にも楽しい所はたくさんあるからな」
「ですね! 次はどこに行きましょう!」
それから王都で人気の観光スポットに連れて行くことにした。
黄金のリンゴがなるとされている木や、その水を飲んだ者に知識を授けるとされる泉、どれも眉唾だろうがそういう由来があるらしいので観光客もその御利益にあやかるようにありがたがって良く来ている。俺はガキの頃来ただけで久しぶりだったが、やっぱりそこまでありがたいもんでもない。案内しといてなんだけど。まあ、シグルズの奴は楽しそうにしていたので良しとしよう。
しばらく観光スポットを巡っていると辺りも暗くなってきていた。
「よう、シグルズ。そろそろ腹減ったろ? 酒場で晩飯でもどうだ?」
「いいですねー! 僕もちょうど腹が減ってきたところです! 酒も久しく飲んでないので楽しみです!」
「おっ、イケる口か? いいねーっ! じゃあ、今夜は俺とシグルズの友情記念にパーっとやっちまうか!」
「おおーっ!!」
適当な酒場に入り、席に着く。
「おーい姉ちゃん! こっちにエール二つ! あとおすすめのつまみじゃんじゃん持ってきてー! 金ならたんまりある!」
シグルズはなかなかに大酒飲みだし、飯も良く食った。
時々チラリと見える首筋や胸元、そこからは鍛え上げられた筋骨が隆々と見え隠れしていた。
「なあ、シグルズよぉ。お前さん、王都になんで呼ばれたんだい? いや、詮索するつもりはねえんだが、どうもお前からは並々ならぬ凄え奴のオーラを感じるんだ」
「……まあ、隠すほどのことじゃないんですけどね。……僕、小さい頃から同じ夢を良く見るんです」
「夢……?」
「はい。その夢は、僕が英雄へと駆け上がっていく夢幻のようなバカみたいな夢です。同じ夢ばかり見てて、最初はめずらしい偶然も重なるものだなぁなんて思ってたんです。でもそれは違った。……僕には実際に力があった。なにをやっても常人を遥かに凌ぐことができてしまう。そして、自分は普通の人間ではないと自覚して、日々を過ごしてきました。そんな時、書簡が届いたんです。君は選ばれし者だ、この国のため働いてみないか? って。なんとなく自分の中でもこういう日が来るんじゃないかという予感があった。だから、誘いに乗ってみようと思ったんです」
普通に考えれば怪しい話過ぎて流す所だが、そうさせない点がこのシグルズにはいくつもある。
その身に纏うただならぬオーラ。そして鍛え上げられた鋼のような肉体。それに旅費だと言ってポンと大金を送りつける何者か。
普段の俺だったら鼻で笑い飛ばすが、シグルズはそれを納得させるだけのナニカを感じさせた。
「ほえー。じゃあ俺は未来の英雄様とこうして酒を飲み交わしてるわけか。こりゃいい! 自慢させてもらうぜ! お前が英雄になる日、楽しみにしてるからよ」
「ハハッ! まだ気が早いですよ。いやぁ、それにしてもマサヒロさんは話しやすい人だ。人見知りなのに、今日会ったばかりの人とここまで仲良くなるとは思いませんでしたよ」
「ああ、俺もだ。馬が合うのかもな。よっし! 今日はとことん飲むぞー! シグルズ! お前も付き合え!」
「いいでしょう。飲み比べといこうじゃないですか! 僕の速さについてこられます?」
それから酒を浴びるほど飲んだ。
気がつくと酒場には俺とシグルズの二人だけになっていた。店のマスターが、早く帰れ! みたいな雰囲気を出していたので、勘定をし外に出た。
酒場の外はうっすらと明るくなり始めていた。もうすぐ夜明けのようだ。
朝まで飲み明かして足元がフラフラとおぼつかない。お互い肩を貸しつつ、千鳥足になりながら静かな城下町を歩いていく。
「よう、シグルズ。いつか、まじで自慢させてくれよ。お前さんが英雄ってやつになるの、応援してるからよ」
「ありがとうございます、マサヒロさん。僕も自慢しますよ。シルフヘイムの王都に住む気の良い友人がいる、と」
俺は妙にシグルズと気が合った。
シグルズは昼頃に書簡の人物と会う予定らしいので、それまでの時間は宿で休むことにした。流石に酒も飲み過ぎたし、完徹は身体に堪える。
というわけで、俺はヌル婆の宿を紹介してやることにした。勘違いしないように言っとくが、ヌル婆の宿はいやらしいことをするだけの場所ではない。普通の宿としてもしっかり商売している。
そういう訳で、ヌル婆の宿に向かい二人で歩き出す。
と、一歩踏み出した瞬間――
歩いてる通りの先から大量の人間がこちらに向かい走ってきていた。皆、悲鳴を上げ、顔に恐怖の色を浮かべて……。俺やシグルズがいることなんて目に入らないようで、人の波が迫ってくる。
俺たちは道の脇に避け、走っているうちの一人の男の腕を掴み、こんな朝っぱらから何事かと尋ねた。
「おい、どうした? 朝からみんなでかけっこか?」
「は、離してくれ! 怪物だ! 怪物が出たんだ! 巨大なドラゴンが……! いま、獅子王騎士団の皆様が応戦してくれているが、ありゃ人間にどうこうできる相手じゃねえ! あんたらも早くお逃げなせぇ!」
そういうと男は腕を振りほどき、再び走って行ってしまった。
怪物なんて嘘だろうと思いたいが、あの男の真剣な表情……。多分まじだ。
だったら、俺らも早いとこ逃げたほうがいい。シグルズに逃げるぞ! と声をかけようと振り向くが――
いない?
シグルズがさっきまでいた場所には誰の姿もない。
まさか……ッ!
俺は人の波に逆らい走り出した。
あの馬鹿野郎っ! 突っ走って怪物のほうに行きやがったな!
確かにシグルズは只者じゃねー雰囲気があるし、本当に英雄になるだけの素質があるのかもしれねえ。
でも、それは人間相手にって条件付きだ。
怪物――ドラゴンとか言ってたなあの男は。それが嘘じゃなけりゃ危険すぎる。シグルズがどれだけ凄かろうと人間一人でドラゴンに挑もうなんてアホか、本物の英雄くらいなもんだ。
わずかな付き合いだが、あいつは嫌いじゃない。
呼びもどさなくては……っ!!
人の波に逆らい続け走っていると、いつの間にか人も途切れ、騎士団のものと思われる悲鳴と絶叫、それから怪物の鳴き声らしきものが耳に入ってくる。
近い……っ!!
俺は通りの角を曲がり、戦場と化した場所に出る。
そこは――
もはや、地獄だった。
地面に無数に転がる騎士の死体。騎士が乗ってきたであろう馬の死体。
俺は生存者がいないか辺りを見回す。
すると、まだわずかな生き残りがいて少数ながら奮戦していた。
指揮官が優秀なのか、少数であるにも関わらずなんとかドラゴンを抑えていた。
「援軍が来るまでの辛抱だよ皆! 持ちこたえて!」
……ん? どこかで聞いたことあるような、と生き残り騎士を良く見てみるとそこには予想外の人物がいた。
「ピサ?!」
ピサも俺の声に気付き、目を見開いて驚いている。
が、すぐさま向き直り再びドラゴンに集中していた。
なんでピサがここに? 騎士だったのか? あんな少女が? この間は追われていたと言っていたが、騎士であるのにも関わらず追われていた?
訳が分からず混乱していると、今度は逆に誰かから声をかけられる。
「マサヒロさん!」
シグルズだった。
「馬鹿野郎シグルズ! また会えて嬉しいぜ!」
「すみません。勝手に飛び出して。勝手ついでになんですが、この子をお願いできませんか?」
シグルズの背には小さな女の子がおぶさっていた。
「お前、ロリコン? 誘拐は流石にダメだろう」
「違いますよ! この子は逃げ遅れです。辺りをくまなく探しましたが、この子だけ親とはぐれて一人建物の影に隠れていたのを連れてきたんです。この子、マサヒロさんにお願いします。身を潜めてその子を守ってやってください」
「そ、それくらい良いけどよ。お前はどうすんだ?」
「僕は、僕のすべきことをするだけですよ」
シグルズはそれだけ言い残すと、子供を預け、ドラゴンに向かい突っ込んでいった。
地面に転がった騎士の剣を二本掴むと、そのままドラゴンに斬りかかる。
「ぜあああッッ!!」
シグルズの一撃は重いようで、騎士に迫っていたドラゴンの巨体を押し返す。
「重傷の方は早く下がってください! ここは僕が食い止めますッッ!!」
「でも……っ!!」
残りの騎士を率いていたピサが食い下がろうとするが、それを俺が遮る。
「ピサ! 一旦引けっ! お前たちだってボロボロだろうが! 城に戻り、援軍を連れてきてくれ!」
「マサヒロ……っ! ……くっ、わかった、ごめん。すぐ応援呼ぶから!」
シグルズと俺の指示に従い、拱手したあと生き残りの騎士を連れピサは王城に引き上げていった。
「さて、これで思う存分戦える。初陣がドラゴン相手とは。僕の英雄譚はさぞ華やかなものになるだろうな……」
そして、シグルズとドラゴンの戦いの火ぶたは切って落とされた。
俺は女の子を抱え物陰に隠れて様子をうかがった。
あらためて観察すると、ドラゴンの全貌が見えてくる。身体は巨大で、家の垣根をゆうに超える高さがあり、その全身には黄金の鱗を纏っていた。鱗は昇りかけの朝日により神々しく照らされ陽の光が黄金に染まってしまったような色を見せる。
ありゃただのドラゴンじゃねえ。
一目見ただけでわかる。きっと伝説級の怪物に違いない。人間なんか絶対歯が立たない程に……。
――という、俺の危惧をシグルズはあっさりと裏切った。
シグルズの戦いっぷりはまさに英雄譚に出てくる英雄そのものだったのだ。
ドラゴン相手に一歩も引かず、むしろ押し返しながらドラゴンに致命打を与えていく。
「お、おいおい。まじかよあいつ……。ドラゴン相手に勝っちまうぞ。マジモンの英雄の器じゃねえか!」
そして、しばらくの戦闘後。
ズズーン! と黄金のドラゴンが倒れ伏す音が城下町に響いた。
やりやがった。シグルズの野郎、まじでやりやがったよ。
シグルズは親指を立て、ニッと笑ってこちらを見ていた。
素直にカッコイイと思った。俺の憧れる聖騎士もこんな風な奴がなるんだろうなぁ。なんて、すこし嫉妬の感情も混ざった視線を向けていると、俺の腕の中で丸まっていた女の子がシグルズに向かい飛び出した。
「お兄さん、すごーい! ドラゴン倒しちゃった! わーい!」
まったく。幼女にまでモテるのかい。英雄様ってやつは。やれやれとため息を吐きながら俺もシグルズのほうに歩いていく。
シグルズもこちらに歩いてきていた。
――――っ!!
死んだと思っていたドラゴンが動いている?!
「シグルズ! まだ死んでねえ!」
ドラゴンは首をもたげ、口を開いた。光が口を中心に収束していく。
小さな女の子はシグルズに向かい走ったまま。
シグルズは女の子の盾になるようにドラゴンの前に立ち塞がった。
次の瞬間――
カッ! と視界を塗り潰すほどの閃光が走った。
視力が徐々に戻り、目の前の光景がはっきりと映る。
「シグ……ルズ……?」
そこには心臓にポッカリと穴が開いたシグルズの姿があった。
ドラゴンは振り返り、尻尾を鞭のように翻し、それを死に体のシグルズ叩きつけ、後方へと弾き飛ばした。
俺は咄嗟に走り出し、シグルズをなんとか抱きとめた。
「マサヒロさん……ゴボッ」
「馬鹿野郎がっ! 喋るな! すぐ助けを呼んでやる!! 大丈夫。絶対助かるからなッ!!」
口から出る言葉は嘘ばかりだった。
シグルズは絶対に助からない……。確実な死が、彼に訪れるのは明白だった。
にも関わらず、シグルズは笑った。
「マサヒロさん、頼みが、あります」
「あ、ああ! なんでも言ってみろ! 俺とお前はダチだからな!」
自分がどんな顔してるかわからねえ。
「ふふっ。なんでもと言いましたね。では、この剣を握り、ドラゴンにとどめを刺してください。あなたにしか頼めません。あの小さな女の子がいまにも噛み殺されそうだ。頼みます……」
俺も男だ。死に際の、最後の願い。聞かずしてこいつの友が名乗れるかってんだっ!!
俺はシグルズから剣を受け取ろうとするが、手が震えちまって言うこと聞きやしねえ。
シグルズは俺に剣を握らせ、その上から力強く手を重ねてくる。
「大丈夫です。真っ直ぐに。ただ真っ直ぐに剣で貫くのです。倒れているいまなら、奴の弱点、逆鱗に届くッ! 僕の友ならそのくらい容易くこなせますよ」
なんて力強くて、勇気が溢れる言葉だろうか。俺にはそれで、十分だった。
俺は力の限り、地面を蹴った。
周りの景色なんてなに一つ視界に入らない。視界に映るのはただ一つ。ドラゴンの急所のみ。
「おおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!!」
俺はドラゴンの逆鱗を正確に貫き、止めを刺した。
しばらくの静寂の後、周りから割れんばかりの歓声が上がった。
俺は茫然としながら周囲を見渡すと、逃げていた住民や援軍と思われる騎士たちが大挙し俺を囲んでいた。
「うおおおおお!!」
「英雄だッ! 竜殺しの英雄様じゃあ!!」
「竜佐の英雄が再臨されたんだ!!」
あまりの熱狂っぷりに、思わずビビってしまい後ずさると、ドラゴンの逆鱗からズルリと剣が抜け、大量の血が噴き出した。それが全身に掛かり、口の中にまで入ってくる。何滴かは飲み込んでしまったかもしれない。
頭の中が真っ白になっていると、一人の女が人を押しのけながら前に飛び出してきた。
「あぁ! 生きてる! 私の娘! もし、あなたがこの子をお守りくだすったんですか?」
守った? 俺が?
――っ!! シグルズ!!
俺は人混みをかき分け、シグルズに走り寄った。
地面に横たわったシグルズを抱き起こし、声をかける。
「おい、シグルズ! やったぞ! お前の願い叶えたぞ! それに聞いてくれ! 女の子も無事だ。お前が助けたんだ!!」
シグルズは重そうに瞼をゆっくり上げた。
「僕、いまになってやっとわかった。夢の話。あれは僕じゃなかったみたいです。マサヒロさんがドラゴンに向かって行く時の姿。夢のままでした。だから……、僕も連れてってくれませんか? 僕の夢をあなたに乗せて、託させてくれませんか? これは、友としてのお願いです。ダメですか?」
「連れてってやる! お前の意志は俺が引き継ぐ! だから、だからッ!!」
シグルズはすでに息を引き取っていた。
俺の言葉は、届いただろうか。
シグルズの目はなにも語ってはくれない。だが、口元は微かに笑っているようにも見えた。
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