その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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出会いと、お別れの日々 (2)

行く道を照らす強い光

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 ルフーラ様に……



 お昼を御一緒にって、誘われたの。 ハンナさんと私。 でもさ、そんな所にお邪魔虫出来ないじゃないの。 だって、なんかいい感じになって来てるんだもの。 だから、ハンナさんには言ってあげたの。




「わたくし、少々行かねばならない場所が御座います。 大変ありがたい思召しですが、またの機会にお願いしたく思います。 ハンナさんに置かれましては、ルフーラ様との会食を。 ハンナさんのご努力に対する感謝で在りますでしょうから、お断りするのは大変に失礼ですわ」

「そ、そうでしょうか?」

「そうですわよ。 ねぇ、ゴトリック様?」




 側に控えていらした、ゴトリック様。 満面の笑みをそのクマの様な御顔に浮かべ、首を縦にブンブン振っていたわ。 その様子に、少し困られた様子だったけど、ハンナさんは、お食事のお誘いを受けられたのよ。


 良かった……


 もう、私は用が無いし、居てもお邪魔に成るだろうから、サッと身をひるがえして、執務室を後にしようとしたのよ。 あとは、御二人の世界に行ってください。 そんな私を、ルフーラ様は、にこやかに送り出して下さったわ。 確かに私は、今の御二人にとっては、お邪魔虫だわ。 軽く頭を下げて、扉を抜けたのよ。 心なしか、執務室の職員の方々から、控えめな拍手を貰った気がしたしたの。

 フフフ…… ハンナさん…… 御自分のお気持ちに、気が付くかなぁ……





 *******************************





 私がさっさと、あの場所から抜け出したのは理由が有るのよ。 あんまり長居して、良く顔を覚えられるのは、困るのよ。 だから、逃げ出したんだ。


 エスカリーナと、薬師錬金術士リーナが別人と思われてる様だったしね。


 ルーケルさんに、馬車の準備をお願いしたの。 あんまり、御邸に居る事は良くないと思ってね。 お部屋に帰って、何時もの服に着替えて、「奇跡の鍛冶屋」さんに向ったの。 ほら、エカリーナさんの事も気になってるしね。

 今日から、もう、御者台には乗らないつもりだったの。 でも、ルーケルさんにはお話が出来ていない事に気が付いたわ。 ちゃんと、お話しておかないといけないしね。 改造キャリッジに乗り込む時に、御者台に乗ろうとしたんだけど、やんわりと、ルーケルさんに押し止められたわ。





「エスカリーナ様は、キャリッジにお入りください。 大丈夫ですよ、御声は届きますから」

「そう……ね。 わかったわ」




 大人しく、改造キャリッジの中に乗り込んだのよ。 御者台の上は見晴らしもいいし、今日も良い天気だし、気持ちイイね。 あぁ、あっちに乗りたかったよ。 ちゃんとお話する為にも……

 お昼ご飯は、またいつもみたいに、晩餐の残り物で作った、バケットだよ。 みんなの分もあるんだ。 ニコニコしながら、バスケットをさすってると、ルーケルさんの御声が、キャリッジの中の響いたの。 そう言えば、そんな機能の魔道具を付けているって…… 外で何が有っても、御者さんが中の人にちゃんと伝えられるようにって、イグバール様が仰っていたっけ……




「エスカリーナお嬢様、あのですね……」

「なんでしょう? お昼は、いつものバケットですよ?」

「いえ、そうではなく…… 先日の事で、謝罪を……」

「謝罪何て要りませんわ。 困っていらっしゃったもの。 ルーケルさんのお仲間さんでしたわよね、あの人達」

「ええ…… 古い仲間なのです。 荒波を乗り越え、海賊共を海に叩き込み…… 平和な海を護る…… 仲間達でした…… 困っているのを見て…… 助けてやりたかったのです」

「そうでしょうとも。 だから、ルーケルさんは、何も謝罪すべき事はありませんわ。 薬師錬金術士リーナが、自分の能力に合わない事を、成しただけです。 そうですね…… 自分の力を見誤った不出来な錬金術師の顛末ですもの。 ね、だから、謝罪など必要ないのです」

「ですが……」




 ルーケルさん、とっても心配してくれているね。 勿体ないよ。 こんな素敵な人に、こんなに心配されるなんてね。 だけど…… お話はしなくちゃ…… ルーケルさんにとっては、ちょっと嫌なお話かもしれない。 だって…… エスカリーナが消えようとしているんだもの…… 




「あのね、ルーケルさん。 そのうち…… エスカリーナは、市井に消える手筈になっているの」

「えっ?」

「ほら、イグバール様の所で働くって言ってたでしょ?」

「はい…… それは、存じております。 こうして御送迎するのも、そう言った事の一環で……」

「実はルーケルさん。 イグバール様の所では、働かないの。 私は、薬師錬金術士リーナとして、これから生きて行くつもりなの。 この事を知っているのは、イグバール様、ブギット様、ハンナ様、ミルラスおばば様、そして……」

「私で御座いますか?」

「ええ、その通りよ。 イグバール様の所で、薬師錬金術士リーナになります。 そして、イグバール様が用意してくださった、馬車で「百花繚乱」に向かいます。 その御者をお願いしてもよろしいですか?」

「それは、勿論で御座いますよ」

「わたくしが…… エスカリーナは、イグバール様の所に居て、薬師リーナはおばば様の元で働く。 私がエスカリーナでは無く、リーナになるという意味…… もう薄々とは御存知でしたのでしょ? イグバール様とのお話で…… 何となく判っていたのでしょ?」

「イグバール殿のお言葉…… ですからね。 エスカリーナ様が、薬師リーナ様となって、「百花繚乱」へと向かうのは、何となくでは御座いましたが…… 理解しておりました」

「ええ、そうです。 あの時は、イグバール様と、ルーケルさんは、短いお話しかされていませんでしたが、イグバール様の言外の意思によくお気づきになって…… 実際には、詳細にお伝えする事が出来ていませんでした。 万が一、エカリーナさんがいらしたら。 彼女にこの事が知れたら…… 彼女には、負担を掛けたくないのです」

「…………」




 沈黙が続く。 エスカリーナを消してしまうという私の言葉が、ルーケルさんにはとても嫌な事だったのかもしれない。 不意に、ルーケルさんの言葉が馬車の中に響くの。




「お嬢様。 ルーケルは、お嬢様が誰になろうと、御側で護りますよ…… いいですね」

「勿論そうして頂けるのであれば、嬉しいのですが…… そうなれば、ルーケル様もダクレールの御邸には、居れなくなります。 心苦しいのですが……」

「お嬢様、私はもう、何役もこなしました。 馬齢も重ねました。 もうダクレール男爵様には十分に仕えました。 今の私の使えたいのは、お嬢様だけなのですよ…… だから…… わたしも共に参りましょう。 宜しいでしょうか?」




 何だか泣けて来る……



 そんなにも、想ってくれている事にね。 わかった、私が十二歳になって、ダクレールの御邸を下がる時、一緒にイグバール様の商会に行きましょう。 そして、「百花繚乱」にも…… きっと、おばば様も待ってらっしゃるかもしれないし…… 




「判りました…… ルーケルさん。 今後とも、よろしくお願いします。 あなたのお気持ち、” エスカリーナ ” 大変うれしく思います」




 私の感謝の気持ち…… 伝わったかな? あぁ、神様、精霊様。 こんなにも私は愛されていいのでしょうか? ただ、ただ、逃げている私に…… こんなにも愛情を注いで貰っても、本当にいいのでしょうか。


 この方達の想いに報いる事が、私には出来るのでしょうか?


 行く道を照らす光はとても強く……


 私は、その道を歩んで行けるのかしら……





 強く、想い







 強く、在りたい……










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