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蒼い空の元で。 ss集
『ミルラス防壁』の管理者
しおりを挟むファンダリア王国。 王都ファンダル。
王城コンクエストム内の大書庫の奥に設置された『禁書庫』。 一人の小柄な女性が、何の躊躇いも無く固く閉ざされている扉に手を翳す。
王宮魔道院の魔術士であるローブが、ハラリと払われ、掌から紡ぎ出される、複雑な開錠術式。
しぶしぶと云った風情で、『禁書庫』の扉は開く。 人一人が通り抜けられる程の隙間を作るだけの事が、途轍もなく複雑な術式によってしか成されないは、王城で『禁書庫』の存在を知る者達の共通した認識ではあった。 有ったが、その小柄な女性は、眉を顰めることも無く、膨大な量を魔力を要求されている事すらも、さして重要では無いと云う様な、そんな『無表情』を保ちつつ、僅かに開いた扉を抜けていった。
一歩、歩むごとに魔法灯火の燭台に火が灯る。 真の闇に閉ざされ、内包する行使を禁止された魔法術式を編纂した、魔導書が眠るこの部屋に、人の気配が久しぶりに訪れた。 騒めく禁書のスクロール、魔導書、魔道具に呪具……
その小柄な女性は、そんな ” 曰付き ” の気配にも動じない。 淡々と、耽々と目的の場所に向かって、足を進めるばかりであった。
『禁書庫』の最奥。 厳重に厳重を重ねた重結界が其処には存在した。 まるで、この場所に立つ者を全て拒絶するかの様に、厳然と冷徹に誰をも寄せ付けぬ威圧感さえ醸すそんな扉の前に、その女性が立った。
王宮魔道院所属の魔導士が着用するローブの打合せが割れ、細く優美な腕が顕わになる。 手首まで覆う ” 何かしら魔物の革 ” で製作された衣類が覗く。 彼女は、その腕の先にある真っ白な掌を『その扉』に差し向けた。 翡翠色の瞳が何処までも透徹した視線を扉に送る。
屋内…… 更に、このようなファンダリア王国の中枢たる王城最深部の窓の無い場所にもかかわらず、編み込まれている彼女の美しいアッシュブラウンの髪が、まるで風に晒されるているかのように巻き上がる。 ふわりと魔力霊圧が彼女を中心に圧力を増しながら、渦の様な魔力の流れを作り出していった。
「流石は、海道の賢女様が『特に』と、組み上げられた『神聖重結界』。 何度も何度も訪れた事はあるけれど…… いつも此処までだったわ。 でも…… 今回は…… 後悔の果てに辿り着いたこの世界で私はやっと、この聖域に入る事を許された。 利用する事は出来ていたけれど、根本から制御する事となるのは、今回が初めて……」
扉が発する『重圧』に負けぬ『重厚』な風の魔法障壁が彼女の前に立つ。 真正面から、魔力の奔流に煙る、霞の様な扉を望みながら、彼女は言葉を小さく紡ぐ。
「ファンダリア王国の滅亡を…… この世界の崩壊を…… 阻止するために、何度も何度も挑戦してきた。 全てが徒労では有ったのだけど、それでも幾つかの示唆を得る事は出来たのよ。 王国の安寧を護るには、『ミルラス防壁』は必要不可欠。 これから起こる、度重なる王国への攻撃から、王都を守り抜く為に、なくては成らないのよ。 今までは、既存の『ミルラス防壁』の機能を十全に働かせる事に汲々としていた……」
腕を振り上げる彼女。 その彼女の掌から、糸の様に紡がれた魔力は、幾つもの複雑な魔法術式を空間上に描き出す。 緻密で繊細な魔法術式。 高度な魔法制御の力が無ければ、あっという間に虚空に霧散するような、そんなモノは、彼女の手に依り確固とした『鍵』を形成していく。
「頑張って…… 頑張って……
愛も、情も、信も、何もかも……
何もかもつぎ込んでも……
――― 最愛の義妹の『命』すら、利用したのに……
あの子が私の画策した冤罪で刑死した直後に歪んだ音色の鐘の音が共に宣下された、『託宣』の意味は今も判らない。 ” ……契約は成った…… ” とは、どういった意味なの? その後、機能を徐々に失い瓦解した『ミルラス防壁』にどう対処すればよかったのよ……」
口の中で聖句を紡ぐ彼女。 小さく漏れ出る聖句は、天への祈り。
Fiat voluntas Tua
Sicut in caelo, et in terra
Sed libera nos a Malo
memento mori.
deo duce, non errabis.
扉の重厚な威圧感が薄らぎ、扉は彼女の前にしっかりとその姿を現す。 しかし、未だ施錠は解かれず、厳然と彼女の道を閉ざしている。 驚く事も無く、慌てる事も無く、彼女は思考の海に未だ漂い、自らの思考を言葉にしてしまう。
「……鑑みるに、ミルラス防壁は十全には機能していなかった。 つまり…… 『ミルラス防壁』は、何かに冒されて穢され、変質していた。 そして、それは今回もそう。 そう『結論』付けは出来た。 ただ、この場所に来るのが、困難だった。 ニトルベイン大公家の権力を以てしても、成らぬモノは成らない。 その『使命』に従事できる事を、自ら証明せねば成らなかった。 何度も何度も巡った時の中で、私は相応の力を得た。 前回までは、それを秘匿して生きて来た。 でも…… もう、そんな事は言ってられない。 私が必要とするモノは、私、自らが手に入れなければならない。 私は…… 罪人だ。 償うには、それしか方策は無い」
自らの魔法で編んだ『鍵』を扉に突き立てる。 するりと抵抗も無く『鍵』は扉に収まった。 ギリッと音を立て、その鍵を吟味する扉。 その時を見計らったかのように、その小柄な女性は鍵を握り、自ら宣する。
「我、フローラル=ファル=ファンダリアーナ王妃殿下が名代。 彼の者の血縁者にして、王家が『秘す』王女が一人。 我が名は ロマンスティカ=エラード=ニトルベイン 。 その証左を此処に」
白く輝く『鍵』を持つ手に、幾つもの風の刃が舞う。 滴る血潮が『鍵』を濡らし、吸取られるように扉に沈む。 王族しか入室不可能なこの場所。 実際、『ミルラス防壁』の制御室に入れるのは、王と王妃の二人しかいない。
ガンツータス王は…… 『ミルラス防壁』の実際を知らず、王妃フローラルは美しい人形だった。
この国の『王子』『王女』とはいえ、簡単にはこの部屋に入る事は許されない。 しかし、今は非常の時。 制御管理者が不在でならば、『ミルラス防壁』はどのような状態なのかも、判りはしない。 実際、前世も、その前も、相当に酷い状態だったのだ。
そんな国王夫妻に成り代わり、『ミルラス防壁』を制御する『役割』を得る為に、ロマンスティカは自身の能力を証明した。 歴代最年少で王宮魔道院 特務局に入局。 さらに、類稀な魔法のセンスと制御の確かさで瞬く間に頭角を現し、王宮の警備局とも連携した防壁担当となった。 驚異的な登用で、周囲の眼は常に冷たかったが、それを力でねじ伏せ、ついにその地位を獲得した。
この部屋への入室権限を勝ち取るために、相当に無理をしたロマンスティカ。 最後の難関は、扉に自身が王族の関係者だと、認知させられるかどうかであった。 ガング―タス国王と婚姻を結んだフローラル王妃。 王宮魔道院は婚姻当初に、この部屋への入室権限を王妃に与えた。 その時に彼女の生体情報も、扉が覚えたと云う事。
本当に、フローラル王妃の娘ならば、きっと、扉は承認すると…… そう、ロマンスティカは考えていた。 今まで、『役割』を負った者でも、制御室への入室は不可能だったのは、それが所以だった。 そう、王宮魔道院でも、ロマンスティカが役割を負う事に、懐疑的な視線を向ける輩も多数いる。
”大公家の『お飾りの魔術士』” などと、戯言を陰で言われている事も十分承知していた。 関わっている暇は無いと、全てを無視して、柔和で冷酷な微笑みに全てを包み込んでやり過ごしてきたのだった。 全てを知り、為すべきを成す為に。 安寧と平穏を望む、大多数の者達の希望を叶える為に、人一倍努力を積み、研鑽を重ねた人が……
王宮魔道院 特務局 第四位魔術士。 ロマンスティカ=エラード=ニトルベイン その人であった。
長く閉ざされていた扉が開く。
『ミルラス防壁』制御区へ。 王城最後の守りの要。
ロマンスティカは翡翠色の瞳に硬質な光を発しながら歩みを進める。
「ねぇ、エスカリーナ。 貴女は市井に降り、幸せを掴むのよ。 わたくしはもう、貴女の倖せを邪魔するような事はしない。 王国も…… この世界も…… 全部、全部…… 救って見せるわ。 ええ、それが私の、貴女への贖罪。 幾度も、幾度も、貴方を贄としてきた……
――――― わたくし、ロマンスティカの贖罪ですもの
負けませんわよ。必ず、貴女が安心して暮らしていける様に、この世界に平穏と安寧に導きますわ」
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