ウーカルの足音

龍槍 椀 

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幕間 その1 ウーカルの仲間達

第二話 エント族 千年聖樹 ボボールの回想

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「ウーカルは、何処へ行ったかの」

「狩りに出ているわ。 帰るのは多分…… 今日の夕暮れ前かな」

「そうじゃったな。 あ奴が居らねば、少々 寂しい・・・の」

「何言ってるんだか」



 ドライアドのエリーゼが、笑いながら裏庭に降りていく。 まぁ、そうじゃの。 長く生きて、孤独などとうに超越していると云われる『儂』が、こんなことを云うなど、そりゃ冗句としてしか受け取られんよな。



 ―――― 本心なんじゃがの。



 ウーカルがウーに拾われて『隠れ家』にやって来たのは、あやつが赤子の時。 産まれたての赤子を川に流すなど、無残な事を兎人族がやらかしおったせいじゃ。 まぁの、その心情は理解できんでもない。 兎人族にとっては、先祖返りした赤子など、『災厄のしるし』以外には、思えんじゃろうしな。

 事実…… 厳しいウーの魔法の訓練に耐えかねてウーカルが家出し、” 郷愁の念 ” から、かつて自身が生まれた故郷に足を向けたの結果、その故郷が壊滅したんじゃったの。 樹々の伝え人伝てに、その様子を聞いたが、それは正しくあ奴らにとって、『災厄』以外に言いようも無いの。 まぁ、先に手を出したのが、兎人族達だから、同情せんがな。

 儂たちの元に還って来た時…… ウーは何も言わずに受け入れよった。 あ奴の性格から、珍しいとは思ったが、どうもあ奴にも思う所が有ったらしいの。 ボロボロになったウーカルを見て、エリーゼは悲鳴を上げよったな。 出来る手立てを全て成し、命と身体と心を護ったのは、あ奴だったな。 事情はなんとなくだが、エリーゼから聞いた。

 聞いたが…… 儂にはどうする事も出来んかった。 壮絶に過ぎる。 なぜ…… 同胞に其処迄出来るのか? 血を分けた子供や兄弟に、其処迄出来るのか。 植物の儂らとて、種子の行く末を見守りたく思うと云うのに……



    「忌み子」とは、それほどまでに、排除されるべきものなのか?



 あ奴らは、獣人族。 魔族では無いからなのか? 魔族の間でなら、ウーカルは『忌み子』では無い。 神代の伝説を知る者。 その後継者。 そんな者であれば、ウーカルの姿を見ただけで、畏怖を憶え、深く、深く、感謝の念を憶える筈じゃて。 連綿と血を繋ぐ妖魔の者達十三氏族が、今も『祝祭』を執り行っておるのも、それが証左。

 ウーが連れ帰ったウーカルを最初に見た時、儂は心に『それ・・』を、置いた。



          『 見守らねば 』



 ウーカルは、『高位なる者』が、儂らに遣わした、『使命』を負う者。 そう感じたからじゃ。 精霊様方よりも、もっと高位の方々…… 我らが神……  世界の二柱。 宵闇の聖樹デュ・ユグドラシルと、輝天の聖樹ラ・ユグドラシル の御意思を感じたのじゃ。

 ウーには言うては居らなんだが、ウーカルの後背に、精霊が『守護』と『恩寵』も見えた。 この『黒の森ガイアの森』の中で、生きる事が出来る様にと、相当なモノを付けられていた。 いや…… 違うな。 共に在ったと云うべきか。

 樹人の儂は、耳をそばだて、よく目を見開き、風を感じ、考察するのが習い。 本性ともいえる性格じゃて。 当然その対象にウーカルが入る事になったのは、おかしくはあるまい?

 まだ、赤子であったウーカルを思い出すのは……

 こんな ウーカルが、『隠れ家・・・』に、居らん日。 大きく成った。 強くなった。 したたかに、森の誓約を遵守し…… 自由気ままに動き回る、そんなウーカルを見ては感慨に耽るようになるとはの……

 思い出すのは、ウーカルがまだ名前も無かった赤子の時分…… 色々と…… 本当に色々とあったの……





 ――― § ――――





 アレがこの隠れ家にやって来たのは、もう何年も前の事。 ウーが川の淀みのあくたの中にアレを見つけた。 誰でもない声がウーの脳裏に語り掛け、連れ帰ったと云う。  小さい、小さい、兎人族の赤子。 ほおっておけば、あっという間に死に至る。 この『隠れ家』の誰もが、『子育て』など経験したことも無い。

 ドライアド族のエリーゼが宝物庫として利用している、儂のうろの中に、秘蔵の蜜が有る事は知っている。 アレは、植物だろうが、動物だろうがお構いなしに身体を成長させるモンじゃからの。 赤子に使うのには、もってこいじゃて。

 ドライアド族にとっては、命よりも大切と云われる、貴重で希少な『蜜』じゃが…… 精霊様の御意思じゃからの。 いいな、エリーゼよ。 供出してもらうぞ。

 ――― 今は、この赤子を、生き残させるのが『最優先』じゃからの。

 とはいっても、兎人の赤子じゃからの。 今後の事も、また、考えねばならんよな。 この森で暮らすならば、『強靭な肉体』は、何よりも必要なモノ。 只の兎人がそんなものを手に入れる事は不可能なんじゃよ。

 では、どうするか。

 肉体を、『この地黒の森』に順応させるには、特別なモノが必要になる。 強制的に肉体を進化させ、能力を深化させる、そんなモノがひつようなんじゃよ。 まぁ、普通なら望めんよ、そんな『薬』はの…… しかし……



 ――― 有るんじゃよ、そんなエリクサー復活の秘薬と同様の、秘薬・・がの。



 儂ら、樹人族中でも特に長命なモノの中に生成される、極めて希少な樹液。 その樹液には、『深化』と『進化』の効能が含まれておるんじゃ。 特に赤子に与えると、その効能は顕著に表れる。 物凄い速度での成長と、寿命の延伸。 更に云えば、身体能力の増強も又見込まれるのじゃ。『変容メタモルフォーゼ』と云えるの。 めったに使う事は無いがの。


 ―――― 有体に云えば、千年聖樹 儂等 の命の雫とも云える。 


 古い…… 古木が寿命を終え、立ち枯れ、倒木になった時に初めて他種族の眼に触れるかもしれん・・・・・そんな、希少さじゃて。 まぁの、その実態を知る者は、その樹液を内包する『本人』しか与り知らんからの。 使うと云うと、色々とうるさいので、コレは黙って使う事にした。


 何処まで『変容メタモルフォーゼ』するかもわからん。


 よって、しっかりと観察しつつ、必要十分な『量』を見極めねばらぬしの。 『隠れ家』をねぐらにして居る者達は、その観察を 『 覗き 』 とか、云っておるが、儂からすれば、『検診』じゃて。 時に手すら出さねばならんしの。

 それ程、危険な『秘薬』でも有るんじゃよ。 まぁ、少しは別の意図が…… の。



「この子…… 名前どうするの?」




 ”おくるみスワドル ” の中ですやすやと眠るウーカルを腕に抱いたエリーゼが、ゆらゆらと身体を揺らしながら、そう儂に問い掛けたのは、ウーカルが来て二日目の朝の事じゃったな。

 そうか、失念しておった。

 名が無くば、自身を確立する事は難しい。 『誰でもない』は、この森では…… 魔族であれば、許されざる事じゃからの。 名は自身を規定し、確立する。 これは、重き役目を担っのたの。 よし、考えてみるか。




「名か。 難しく、長い名を与えるのはどうかと思うのじゃが?」

「そうね…… 自身の出自が何者なのかを含む名は、自我の形成の必要な事だと、獣人族は云うわ」

「ふむ…… 兎人ならば、ラパン、コリーニョ、ハーゼ、レプス、トゥ…… あたりかの』

「なに? ラパンなんて、響きがいいわね…… う~ん、どうしよう?」

「しかし、それが正解とは限らんぞ?」

「ん? どう云う事?」

「この赤子は、親が捨てた。 同胞からは『忌み子』と遠ざけられた。 そんな赤子に、出自が元の名を与えるのは…… なんとも、云えんが…… 違うんじゃないかの?」

「…………そう ……ね。 精霊様が護り、ウーさんが拾って、この『隠れ家』に来たのよね」

「そうじゃ。 ひいては宵闇の聖樹(デュ・ユグドラシル)様の御導きなのかもしれぬ。 特別難しく考える必要はないかとは思うが、この黒の森ガイアの森の子と考えた方が良いのではなかろうか?」

「そうね…… そうかもしれない。 何かに由来を求めるよりも、この子自身に由来する名前がいいのかも知れないわね」

「赤子じゃし、この子を表現するのは、この見た目からかの? 成長すれば…… 変わるぞ?」



 エリーゼの作った、柔らかな ”おくるみスワドル ”の中で、すやすやと眠る兎人の赤子。 真っ白な体毛に、垂耳ロップイヤー、眠る赤子の瞳はルビーの様な赤目。 身体的特徴を名にするのは、成長し『変容メタモルフォーゼ』した場合、どうなるのか判らんな。

 体毛が真っ黒になる可能性すらある。 垂耳ロップイヤーが真っ直ぐに立つ可能性も有る。 目の色は特に変化しやすい。 さて、どうしたモノか。



「鳴き声は? 声は変わるけど、言葉は変わらないわよ? 意味が無くても、自身が発した『言葉』なのだから、自分を規定するには、良いんじゃないの?」

「赤子じゃ。 今は、『 ウーウー 』としか声に出して居らん」

「ウーさんと被っちゃうね」

「…………そうじゃな。 そう云えば、ウーが持って帰る時に、しきりに『警戒音』を、出していたと云っていたな」

「えっと、兎人の警戒音って…… あの、『カルカルカル』って威嚇音? 足をタンタンと鳴らす注意音?」

「カルカルカルと云う鳴き声じゃな。 赤子じゃから、足音は出せぬよ。 うーむ、ならば…… 『ウーカル』でどうじゃ? 『平静と脅嚇』を意味する。 寝息は、赤子なら皆同じじゃ」

「『ウーカル』 いいんじゃない? ええ、いいわね。 言いやすいし、覚えやすい。 その上、名の由来を聞かれた時も、ウーカル自身がそう云ったと云えるしね」

「そうじゃの。 この子が『森の子』ならば、何者にも縛られぬ『名』が良い。 少々、強情な子になりそうな『名』じゃがな」

「そのくらいがいいのよ。 この森で生きて行くんならね」

「そうじゃの…… ウーカルや。 『森の子』ウーカルや。 お前に森の英知を授けよう。 力強く、優しく、慈愛をお前に刻み込もう。 儂らの仲間家族じゃ」

「まぁ、ボボールったら。 そんなに気に入ったの?」

「まぁ…… の。 善き兎人と成るように、教え導こうぞ。 なにせ、宵闇の聖樹(デュ・ユグドラシル)様の御導き故の」

「へぇ…… 千年聖樹が其処迄云うの。 驚いたぁ」

「ふぉふぉふぉ、単に、気まぐれかもしれんぞ?」

「気まぐれにしても、壮大ね。 『森の聖賢者』の薫陶を受ける、『兎人』。 長く生きていても、聞いた事ないわよ」

「儂も無いの」

「あはははッ! なに、それ! まぁ、いいわ。 ウーカルちゃん。ようこそ『森の隠れ家』に。 楽しい事、面白い事、一杯しようね。 なんだか、私まで楽しくなって来たわ」

「……善き事じゃの。 植物系統の魔族である我らに、このような『たのしみ』を齎してくれたんじゃ、しっかりと育てようぞ」

「そうね。 その通りね。 あぁ、楽しみ。 この子がどんな子になるのか。 本当に楽しみね」



 エリーゼの腕に抱かれたウーカルは滾々と眠り続ける。 『変容メタモルフォーゼ』が、どれ程進むかは、判らん。 が…… きっと、ウーカルはウーカルの儘じゃろうて。 そのように導くからの。 楽しみながら、『子育て』が出来ような。




 ――――――




 にぎやかな足音が儂の中に広がる。 おお、帰って来たか。
 どれ、また、『観察』の時間じゃの。 ウーカルの身体がどうなるかは、未だ未知数。 随分と育ち、エリーゼも目を瞠る程じゃからの。 全身をくまなく観察するには、風呂場が最適じゃの。 

    さて……

       診察の時間じゃの。

          『覗き』では無いぞ……





    ――― あくまで、診察ぞ。









    まぁ、十分に育った、兎人の女性は…………

            ――― 目を悦ばせる事に違いは無いがの。



             眼福、眼福。




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