ウーカルの足音

龍槍 椀 

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幕間 その1 ウーカルの仲間達

第三話 ドライアド族 エリーゼの憂虞

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「カルちゃん、何処に行ったのかしら?」

 あの子ったら、また、何も言わずに出て行って…… ほんとにもう。 今日は、薬草に付いて教えてあげるって約束した日なのに…… この頃、特に『毒薬』に付いて聞いてきてるから、自分の身を護る事を憶えたのかと思って、気をよくしていたんだけどな。

 はぁ…… また、「お友達・・・」の所かな? 『狩り』でいいもの見つけたって言ってたしなぁ……

 友達って云うのが、伝説級の毒沼蛇ヒュドラーって云うのが又、規格外というか…… ウーさんも、あんなのを近くに住まわせているっていうのも、どうかと思うんだけど…… ボボールにしたって、そうよ。 

 殿方の考える事は良く判らないわ。 まぁ、此方の薬草園には影響が出ないから、別に構わないけど、他の地域だったらと思うと、ゾッとしないわよ。 ほんとに。

 毒沼蛇が出たって云うと、周囲五リーグは確実に毒沼に沈むわ。 此処じゃその心配は無いけれど、それでも、怖いと最初は思ったんだもの。 万が一薬草園が毒に沈んだらって…… ウーさんとボボール爺さんは、あんまり認識してないけど、私の薬草園の植物たちは、カルちゃんにお願いして、『黒の森ガイアの森』のあちこちから採取してきてもらった、とっても希少なモノばかりなのよねぇ……

 だから、そんな希少な魔法薬草をむざむざ枯らしてしまうなって、勿体なくって…… 今じゃ、薬草園だけど、前までは畑だったんだっけ。 まぁ、その役割もカルちゃんが、色んなお野菜を森から持ってきてくれるようになってからは、お役御免になって、私が好きに使える様に成ったのは、本当に嬉しかったな。

 カルちゃんが此処に来てから、そんなに経たないけど、ボボール爺の云った通り、あの子ってば、何かしらの『御役目』を精霊様に担わされているんじゃないの? ここの偏屈な人達が、あの子が来てから、まずまずまとまりを持って、『仲間』意識が強くなっているんだもの。



 ―――― ほんと、不思議な子ね。



 カルちゃんは、きっと来てくれるわ。 きっとね。 義理堅く、約束は守る子だしね。 柔らかな木漏れ日の元、お庭でお茶をしながら、ちょっと遠い目でカルちゃんが来る前の事を思い出して、ぼっとしてしまったわ。





       ――― ☆ ―――





 ボボール爺の所に厄介になる事になったのは、ほんと偶然だったのよ。 ウーさんがこの森に来て、ボボール爺さんの所に『隠れ家』を作った後、彼ったら食糧確保に困って居てね、昔なじみのボボール爺さんから、私に声が掛かったのよ。

 それまでは、『黒の森《ガイアの森》』のあちこちをフラフラしてたんだ。 風の向くまま気の向くまま。 同じドライアド族の人達も呆れてた。 だって、植生が安定しないのよ、私。 好みの地面があんまりなくてね。 でも『黄昏の森』に入るには、まだ足りないって云われちゃって……


  資格が足りないってね……


 聞こえないからって。 精霊様の御声を直接聞けないと、受け入れて貰えないのよ…… でも、あの森黄昏の森は、本当に特別な場所だから、それなりに制限が有るのは、理解しているわよ。ええ、とっても良く判っているわ。 でもね、” はぁ…… ”ってなってたの。 

 そんな時に千年聖樹のボボールに誘われたって事。

 別に特に気に入った場所なんか無かったから、誘いには乗ったわ。 乗ったのだけど、其処にくっついてたのが、ウーさん。 本当の名前は……


 ――― ウルフガング=グランマニエ=エトワール=バララント=デ=プレガーレ


 ちょっと変わった人族? だったのよ。

 ぶっきらぼうで、何考えってんだか判んない、酷く人嫌いなヤツでね、私を見ても最初はとっても警戒してたわ。 ボボール爺さんが取りなして、基本的な食糧の確保をお願いされたんだ。

 まぁ、動物の食べる実やら根なんかは知っているし、ボボール爺さんの生えている場所は、今までフラフラしていた場所に比べたら、そりゃ天国みたいに良い土地だったから…… 敢えて喧嘩する必要も無かったって所かしら?

 まぁ、いつまでもフラフラしてるわけにはいかなかったって云うのもあるけれども。 今じゃ、ボボール爺さんに感謝すらしているわ。 だって、好きな薬草子たちを使って、色んな事出来るんですものね。

 変わった人ではあったウーさん。 別段…… 食には拘りは無かったから、私の作った畑の作物も、なんの忌避感も無く食べてくれたわ。 そうそう、私達の食料である水。ウーさんったら、気を利かしたのか、ボボール爺さんの幹の上の方に水玉を設置して流してくれた。

 まぁ、人族の魔術師が使う水玉の魔法からの湧水だったから、期待してなかったのよ。 ボボール爺さんんと魔法陣を弄繰りいじくり回して、そこそこの『水』を作り出したのには、ちょっと驚いたけどね。

 そんなウーさんが、『散歩・・』と称して、森の中をそぞろ歩きしていたのは知っている。 私だってあちこちとフラフラしてたから、その気持ちは解らなくも無いわ。 けれども、いきなり、兎人の赤子を拾ってくるのは、どうかと思うのよ。


 ――― 食べるつもり?


 ウーさんに、それと無く聞くと、そうでもなかった。 頭の中に『保護せよ』って聞こえて来たんですって。それって、精霊様の『託宣ハングアウト』じゃなくって? 私だって聞いた事ないわよ。 それが聞こえるなら、『黄昏の森』に入れるんだもの。 はぁ…… ウーさんって一体何者よ? 

 それに、そのこと自体に、あんまり関心が無いってどういう事よ。 望んでも手に入れられない私の前で、何の拘りも無く云う事なの? ちょっと『むっ』として、その赤子の処遇について、聞いてみたの。


 ” 好きにしろ ”


 って事ね。 あぁ、ハイハイ。 判りましたよッ!! ウーウー云う、その赤子。 兎人族の白子の赤子。 遠い、遠い、種族の記憶が呼び覚まされる。 何故だか、この子に畏怖を感じる。 


   ―――『護らなきゃ』


 そんな想いが浮かび上がるのよ。 ボボール爺にしても、同じだったんじゃないかな? 私に、ドライアド族の秘宝的な『蜜』を使う様に言ってきたのも、きっとその赤子を絶対に死なすまいと云う思いから。

 それにさ、この森黒の森で生き抜くためには、動物なら相応の『力』を手に入れなきゃ、直ぐに死んじゃうのよ。 それをさ、トンデモナイ方法で解決したのよボボール爺はッ! 千年聖樹の樹液を使うなんて、思ってもみなかった。

 だって、あれ、『幻の秘薬』なのよ? 他の千年聖樹にお話したとは思えないのよね、時間的に…… つまりは独断。 まぁ、ほぼ長老格のボボール爺さんなら、誰も表立っては非難できないけどさぁ……

 この赤子…… 何処まで『変容メタモルフォーゼ』するかもわからないわ。 だって、幻の秘薬が作用するのは、小さければ小さい程変容幅が大きく成るんですものね。 アレは無いわ…… ほんとに何を考えていたのかしら、ボボール爺は。

 でも彼はボボール爺は、ちゃんと診ている。 過ぎた変容が無いように。 

 見ようによっては四六時中、ウーカルを『覗き見』してる様にしか見えないけどね。 全身を観察する為には、出来るだけ裸の時がいいのもわかるけどね。 でもさぁ、お風呂とか寝室とかをカルちゃんに姿を見られないように診察するのは、どうかと思うのよね。

 きっと…… まぁ……思い過ごしだとは思いたいけど……

              ―――― あのクソエロ爺ぃめ。

 でもさ、あのエロ爺ぃが名付けの親でもあるのよ。 ウーカルちゃんの名前を決める時に、結構真剣に考えてくれたんだもん。 そう、彼女が彼女でいる為に、『名』を与えたのよ。

 由来となったのは、彼女の発した『声』。 深い意味すら内包した『名前』。 『平静と脅嚇』を意味すると、そう爺は云ったのよ。

 『平静と脅嚇』 まさに彼女らしい名前の意味ね。

 何時もは能天気なのに、一旦戦闘となると恐れも知らず真っ向から立ち向かっていく。 怖いもの知らずかと思ったら、そうでもないの。 よく観察して、弱点を見極め、自分に備わる力と比べ、行けると成れば断固とした手段を取って相手を屠る。

 その切り替えは、全く兎人族とは思えない程、果敢して勇気溢れるモノなのよ。 一度、難しい魔法草の採取に同行した時に見せた彼女の『狩り』の姿……



 あれから、ずっと、私は『憂慮』しているの。

 もし、自身の力を見間違えたら…… 相手が想像以上に強かったら…… ってね。

 ―――― カルちゃんが傷付くのは嫌。とっても嫌。


 ウーさんの教えが厳しすぎて、逃げ出した後、帰って来た時の彼女を見た時、思わず悲鳴を上げてしまったの。 なんで、こんなにボロボロにならなくちゃならないのよって。 慌てながらも必死に手当てをして、カルちゃんに何が在ったのか聞き出したわ。

 その壮絶な暴虐に、眩暈がしたほど。 同胞になぜそんな無残な仕打ちができるの? 訳が判らない。 爺にも詰め寄ったわ。 ボボールったら、苦笑いを浮かべて云ったの。



「因果律は既に応報を齎せた。 ウーカルの故郷は闇に沈んだ。 現状、ウーカルを苛む『過去』は、もうこの世に存在せんよ。 エリーゼ。 ウーカルの身体、頼んだ。 アレの身体は今も発達の途上じゃ」

「もう! 判っているわよ、そんな事! でも、でも!!」

「過ぎた事に関わっている暇は無いの。 それに、儂等ではどうする事も出来ん。 全てはウーカルが決める事じゃて」

「でも、でも!!」

「エリーゼ。 信じて、慈しんでやりなさい」

「う、うん……」



 ボボール爺さんの云う通り、カルちゃんは自分で乗り越えたのよ、あの惨劇を。 もう、帰る場所はここ以外ないって、そう決めたみたい。 だから、精一杯慈しむの。 だって、だって、私だって…… 今じゃここ以外に棲むのは、嫌になってしまったんですものね。


 カルちゃん…… 貴女はとっても不思議な女の子。

 偏屈な奴等ばっかりの 『隠れ家』の住人たちが、皆…… 本当に皆が…… 

 貴女を愛しているのよ。 判ってる? だから、あんまり無茶しないで。 貴女が無茶をする度に、ほんとに心配で、心配で…… ねぇ、ほんとに判ってる??



  ――― ☆ ―――



「ごめぇ~~ん! エリーゼ姉さん!! ちょっと、ちょっとだけ、レルネーの所に行ってたんだよ。 ほら、この前のお土産を渡しにねッ! 忘れてたわけじゃないよ? ちょっとだけって事で!」

「カルちゃん…… まぁ、いいわ。 身体は大丈夫?」

「絶好調だよ?」

「そう? 『廃龍の墓所』で無茶したでしょ? ほんとに、大丈夫?」

「アイアイ。 大丈夫。 無茶したのは、私であって…… 私じゃない人だし、その辺はウーさんも知ってるし。 それにね、新しい手槍も手に入れたんだよ! ウーさんが作ってくれたんだ! ほら、リンドン! 挨拶、挨拶!! 挨拶は大事だよ!」



 まさか、『手槍』から挨拶を受けるとは思ってもみなかったわ。

 千年聖樹の魂宿る手槍を自分の得物にしている兎人族…… ほんと、『隠れ家』に暮らしていたら、『黒の森ガイアの森』の常識する超越する事を突きつけられる。 驚かされる毎日に、退屈なんて感じなくなったわ。

 カルちゃんと暮らせる喜びと楽しみ。

 ほんと、ボボール爺さんの誘いに……



    乗って良かったわ。

 


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