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婚約
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レスター一行がクラリスと遥を連れて戻ってきたのは、それから半日を少し過ぎてのことだった。
案の定クラリスたちは領境で足止めを食っていたらしく、抜け道を使ったレスターが導いて事なきを得た。
「ちゃんと、手続きできる時間があれば良かったんですけど」
ソフィアが残念そうに言うが、綺麗事だけで渡っていける世の中でないことはソフィアもわかっている。
「そういえば、レスターはソフィアさんを様ってつけてたけど……何で?」
デリアが当然の疑問を口にする。
「ソフィア様はね、この国の王女なんだ」
「は!?」
今まで失礼がなかったか、と記憶を辿るデリア。
小物臭いところが出てしまうが、当然の反応と言える。
「はえー……王女様が……出てきちゃって大丈夫なんですか?」
「王は僕が説得したんだけどね。許可する代わりに出された条件があるんだ」
「条件?」
「私の許嫁になることです」
しれっと言うソフィアに、驚きを隠せない一行。
レスターとソフィア、それにクラリスはそれを知っていたが、遥とデリア、メイヴィスは仰天する。
「レスターは、それを了承したってことよね?」
「そうなるね。別に嫌だなんて気持ちはなかったし、光栄に思っているよ」
「そうでなくては困ります。あんなに激しく……」
「ソフィア様、その先はちょっと……」
珍しくレスターが狼狽した様子で制止する。
デリアは、レスターの人間臭い部分を初めて見た気がした。
「あれですね」
一行が歩いている先に、朔たちのいるコテージが見える。
到着してレスターが扉に手をかざすと、コテージの大きさがそのまま変化した。
今度は八人分の部屋に変化したということだ。
「あれ……暗い……」
中に入った一行が、中の様子がおかしいことに気づく。
外はもう暗くなり始めていて、明かりをつけていてもいい時間だ。
レスターが明かりをつけると、リビングでうなだれている朔を発見した。
「は、ハジメ?どうした?」
「ああ、レスター……おかえり」
「ただいま……メラニーはどうしたんだい?」
朔が無言でメラニーがいる部屋を指差す。
「あの部屋にいるんだね?」
「ああ」
ぐったりとした様子の朔をデリアに任せて、レスターがメラニーの部屋のドアをノックした。
「メラニー?大丈夫かい?」
「……おかえり、大丈夫だからほっといてくれ」
「ええ……」
再び朔を振り返ると、朔は訳がわからない、と言った顔をする。
「何があったか、聞いてもいいかい?」
朔がぽつりぽつりと事情を説明する。
遥とクラリスは、まずこの少年が誰なのかということも理解していなかったが、メラニーが出てきてから紹介しようとレスターは考えていた。
朔の説明を聞いて、デリアが激昂した。
「っこのバカガキ!!何でそんな言い方したのよ!!」
言うなり朔に拳骨を食らわせた。
「ってぇな!!何すんだよ!!」
「足りないって言うならもう一発行くわよ……」
「ちょっとデリア、落ち着いて……」
レスターが止めに入るが、興奮冷めやらぬ様子のデリアと、ますます意味がわからないと言った様子で涙目になる朔。
「えーと、よくわからないんですけど……朔くん?を、メラニーさんって人が好きだった、ってことです?」
冷静に遥が分析する。
「どうやらその様です。初々しいですね」
ソフィアは笑って朔を見た。
当の朔は痛みでそれどころじゃない。
「つまりは痴話喧嘩ってことよね……合流していきなりメンバーがこんなことになってるなんて……」
クラリスは頭を抱える。
「まぁ、若い男女ですし……そういうことがあっても不思議はないんじゃないでしょうか」
メイヴィスが朔を見ながら意見を述べた。
「そうだけど……ハジメのあしらい方にはさすがに問題があると思うわ」
デリアはレスターに押さえつけられながら言う。
その目は敵でも見るかの様に鋭い。
「じゃあ何か?俺が悪いってのかよ」
「そうよ。あんた、メラニーの気持ちとか全然考えてないでしょ」
「考えるも何も、わからないこと考えて何の意味があるんだよ」
「意味ってあんたね……」
「はいはいストップ。まだ十六歳のお子ちゃまには、難しい問題だったってことです。もちろん、人の気持ちとか痛みは考えるべきだとは思いますけど」
「お、お子ちゃま……?」
メイヴィスの厳しい一言に、朔が困惑する。
「ハジメ、あなた私よりも一個年上みたいだけど……それでもやっぱりガキだって思う」
「何だと!?」
クラリスも賛同する。
「ハジメさん、言い方は悪いですが、クラリスさんが言っていることももっともです。メイヴィスさんの言うことも。考えてみてください。そうですね……たとえばあなたがデリアさんに想いを寄せていたとしましょう」
「は?何で俺がデリアに……」
「別に誰でも構いません。この際メイヴィスさんでもハルカさんでも」
「…………」
「その想いを寄せた相手に想いを打ち明けたとして、ハジメさんがした返しの様なものが返ってきたら、ハジメさんはどう思いますか?」
怒っている様子ではないが厳しく言うソフィアに、朔は強気に出ることが出来ない。
「それを考えることができるかどうか、というのがまず大事なところです。そして、それが考えられなかったから、お子様だと言われました。理解できましたか?」
言われて朔は想像してみる。
『デリア!俺はお前のことが……』
『あんたみたいなお子様、無理』
「…………」
結構きつい。
相手がデリアということもあってか、更にきつく感じる。
主に言葉尻に悪意を感じた。
というか最後まで言わせてくれよ……。
一通り想像したあと、朔はデリアを見た。
「……何?」
「あ、いや……結構きついなお前」
「はぁ!?どんな想像したのよ!まだ殴られたりないわけ!?」
「落ち着いてください、デリアさん」
「だ、だって!このガキぃ……!!」
「少しはメラニーさんの気持ちがわかりましたか?」
「わかった……のかはちょっと微妙だけど……でも、悪いこと言ったっていうのは理解した……と思う」
「なら、何をするべきかも、理解できますね?」
「ああ……ちょっと行って来る」
朔がメラニーの部屋のドアを叩き、メラニーがドアを開けた。
メラニーが一瞬だけ一行を見たが、朔を中に入れそのまま扉は閉められた。
「ソフィア様、すごいですね」
「何がでしょう?」
「あんなにズバッと……的確に言えるなんて」
「私はハジメさんを詳しく存じ上げませんが……メラニーさんが見初めたのであれば、大丈夫なのではないかと思いました。ややきつい物言いになってしまったかとは思いますが、何とかなるのではないかと」
「私はもう、ぶん殴りたいっていう衝動が……」
「それは、ハジメさんとメラニーさんに近い立ち位置だからではないでしょうか」
「なるほど……」
「まぁ、とりあえず二人が戻るのを待とうか。お茶を淹れるよ」
ところ変わってメラニーの部屋。
朔はテーブルとセットになっている椅子に座り、メラニーはベッドに腰掛けている。
「とりあえず、そのまま動かないでくれ」
「信用ねぇのな……まぁ、仕方ないよな……」
「そういうわけじゃ……ないこともない。というか、俺も正直お前に迫られたら理性が飛ぶ可能性が高い」
「お前……あたしのこと女として見てくれてるってことか?」
「見てないなんて言ってないと思うけどな。それに、今はみんないるんだ。さすがにそうなったら生々しすぎるだろ」
朔は一つ息をついて、続けた。
「俺はな、責任の持てないことはしない主義なんだ。もちろん努力はする。それはお前も見てきたと思う」
「そうだな。すごいと思うよ。だからあたしも多分惹かれた」
「そ、そうか、ありがとう……。けどな、今はお前に対して不誠実な真似をしたくない」
「不誠実……」
「そうだ。流されやすいのが俺っていう人間だけど、ここで流されてしまったら、きっとお前にとっていい結果にならない」
「あたしは……別に、どんな風に扱われたって……」
「俺が嫌なんだ。あと、さっききついこと言ってごめん。先に言うべきだった」
「でも、あれはお前の本音なんだろ?」
「そうだけど、言葉が色々足りなかった。あと、配慮とかも」
「なら……ハジメはあたしを嫌ったりしてるわけじゃないんだな?」
「嫌ってなんかいねぇよ……」
「好きか嫌いかで言うと?」
「卑怯な質問のしかた知ってんなお前……」
「いいから答えてくれよ」
「そりゃ……」
「そりゃ?」
朔は考える。
どう答えるのが正解なのか。
ここで答えを間違えたらきっと、メラニーはまた暴走するに違いない。
「好きだと思う。仲間だし」
「仲間として、ってこと?」
「女として……って言われると正直まだよくわからない。経験が少ないというか、皆無に近いから」
高校に入ってから、人との関わりをほぼ絶っていた朔にとって、恋愛なんてのはもっとも縁遠いものだと思っていた。
大学やらで人間関係をリセットできたらまた違ったかもしれないが、そんな未来はもうない。
「でも、意識はしてるんだと思う。というか、しないわけないだろ」
「あたしのしたことは、無駄じゃなかった?」
「いや、無駄かどうかは……けど、きっかけにはなっただろ、多分な」
「そ、そうか……」
嫌われていないこと、そして女として意識されることがこんなにも嬉しいということが、メラニーにとっては意外だった。
心がざわつく様な、そんな初めての感情。
「正直お前がしたことは、俺たちの世界じゃ交際中の男女とかがする様なことだからな」
「こっちだって、そうだっつの……順序ぶっ飛ばす様なことして、ごめん」
「もういいって……犬にかまれたとでも思って忘れるから」
「はぁ!?お前、あんなこと忘れるってのかよ!?」
朔の一言に、メラニーが激昂してベッドから身を乗り出す。
また無神経なことを言ったと、朔も気づいて戦慄した。
「い、今のはあの……たとえというか……」
「忘れる、って言った」
「あ、ああ……ごめん、無神経だった」
「そんなの……嫌だ……」
「!!」
メラニーの目じりに、涙が浮かぶ。
どんな怪我をしようが、泣いたりしたことがないメラニーが涙を。
そのことが朔には衝撃だった。
――鬼の目にも涙ってやつか!?いや、そんなこと言ったらまたデリアにぶん殴られる……。
「お、おい、泣くな!」
「な、泣いてねぇ!!」
「じゃあその涙は何だよ、頼むから落ち着いてくれ……忘れたりしないから」
「……本当か?」
「ああ……忘れられるわけあるか……」
「忘れない様にもう一回、しとくか?」
「それは勘弁してくれ。お前がしたいだけだろ」
「何でだよ!あたしじゃ不満だってのか!?」
「何でそうなる!俺たちは今、大事な旅の最中だろ?別にお前に不満とかじゃない」
「でも、欲求不満だろ?」
「……そういうの、何処で覚えてくるの、お前……」
「何処でもいいだろ、そんなの……あたしは欲求不満だ。あれもこれもダメなんて……」
「だけど……」
「あたしのこと、好きなんじゃないのか?」
――好きなんて言ったっけ?俺が?……言いましたね。
「お前、都合よく捉えすぎだろ……女としてはわからないって言ったはずなんだが……」
「なら何であたしに欲情したんだ?」
「男ってのはそういう仕組みなの。恋愛感情の有無とかあんまり関係ないんだよ」
「何だよそれ!」
「何だよって言われても……正直、恋愛感情がないと反応しないなら、一人で性欲処理できねーじゃん」
「……それもそうか、悪かった」
「わかってくれて何よりだよ。もういいか?」
「よくない……あたし、いつまで待てばいいの?」
上目遣いで朔を見るメラニー。
朔はうっかりその目をじっと見てしまった。
――何だよこいつ……まるで女みたいな……あ、女だっけ。こんな顔できるのかこいつ……。
「なぁってば!!」
「あ、わ、わるい。いつまで……目的達するまで?」
「長い!何年かけるつもりだよ!!」
「いやそんなこと言われても……」
「大体、ソフィアとレスターだって、旅しながらカップルなんだぞあの二人!!」
「え、そうなのか?」
「そうだよ!許婚ってやつ!!」
「けど、あの二人のことだし……ちゃんと節度は持ってるんじゃないのか?」
「あたしは持てないって言いたいのか?」
「うーん……正直持てないんじゃね?」
「……ひどいなお前……」
「だってお前見境ねーじゃん……」
「ひどいな本当!!……でもな、ソフィアはああ見えて……」
「ああ見えて?」
「割とスケベだからな、あいつ」
「!?マジか!!」
「何でそこ食いつくんだよ……まさかお前、ソフィアが……」
据わった目で見られて、思わず怯む。
「誤解だ!そりゃ綺麗な人だけど……俺とは絶対合わないタイプだろそれこそ……」
「随分素直な感想だな」
「嘘ついても仕方ないだろ……」
「なぁ、あたしどうしたらいいんだ?このままじゃハジメが誰かに取られちゃわないかって、心配なんだよ……」
「取られるって、誰にだよ……俺がそんなにモテるわけねーだろ……」
「そんなことねーよ……デリアだって……」
「は?デリア?」
「あいつだって、多分お前のこと……」
「んなわけねーだろ……あいつ、お前のこと話したらいきなり拳骨くらわせてきたぞ」
「それだって、遠慮の要らない間柄だって証拠じゃねーか。デリアがハジメを意識してるって証拠にはなるだろ」
「本人から聞いたってわけじゃないのか、びっくりした……」
「あいつがそんなこと自分から言うかよ。それでも、これからどうなるかなんてわからない。何があるかわからないんだから」
朔から目を離し、遠い目をするメラニー。
デリアまでがメラニーの様になってしまったら、などと考えるが、ありえない話だとすぐに自分の意見を否定する。
それに、今以上こんな状態が続くのであれば、パーティそのものが危険な気がする。
「そうかもしれないけど……お前はどうしたら満足なんだ?俺がお前のものになったら、それで満足するのか?」
「どうしたら……確かなものがほしい」
「確かなものって表現がもう、既に抽象的なんだけど……」
「そんなこと言ったって、仕方ねーだろ!?あたしだって、どうしたら満足なのかなんてわからねーよ!!」
「逆ギレすんな……だったら俺、どうしようもねーじゃん。お前の理想とか、そういうのがあるなら沿える様にはしたいと思うけど……」
「理想……理想……」
「ないのか?」
「あるとは思う……けど……それこそ先の話になる」
「何だよ、とりあえず言ってみ」
「結婚、したい」
「……は?」
「だから、結婚!!」
「き、聞こえてるよ。あんまでかい声出すな。みんなに聞こえてもいいのか?」
さすがに聞かれるのは恥ずかしいし、正直二人のことだから二人の間で収めておきたい。
朔はそう考えるが、メラニーは少し違う様だった。
「あたしは……恥ずかしいけど、聞かれてもいい。寧ろ、それで周りへの牽制になるならって思う」
「だから誰に牽制すんの……デリアのだって、あくまで予想なんだろ?」
「だってうちのパーティ女ばっかだし……」
「それで俺がモテるって理由にはならないと思うけど?レスターの方が断然いい男じゃん」
「王女の許婚に手を出す様な怖いもの知らずがいるなら、あたしは見てみてーよ」
「え、ソフィアさんて王女なの?」
「知らなかったのかよ。この国の王の娘だぞ。旅に出るにあたって、レスターが許婚になることを条件に許可を得たって聞いてる」
「知らなかった……レスターってすげーやつなんだな……」
身のこなしなどから只者ではないと思っていたレスターが、王女の許婚だったという事実に、朔は驚きを隠せない。
ただの感じのいい兄ちゃんだと思っていた自分が、恥ずかしいとさえ思った。
「って、そんなことはどうでもいいんだって!!先に進まねぇだろ!?」
「あ、ああそうだな……てかお前、結婚したいって言ってたけど……俺まだ十六なんだけど」
「だから?」
「だから?って……俺の世界じゃ男は十八まで結婚できない」
「こっちは十五から男女ともに結婚できる」
「マジかよ……」
「障害はもうないも同然だぞ。どうするんだ?」
「うーん……」
いきなり結婚とか言われても、正直実感が湧かない。
恋愛経験も皆無の朔にとっては、正直重いとかそういう以前の問題で、じゃあ結婚しよう、と言える様なものではなかった。
「断るって言ったら、どうするんだ?仮の話だからな?」
「そしたら……一人寂しく、生きていくよ……」
「おい、いきなりネガティブになんな……」
「じゃあ腹に詰め物して、ハジメの子なんだって周りに触れ回る」
「おい、マジでやめろ。シャレじゃ済まないだろそれ……」
「別に今すぐしてくれなんて言わねぇよ……前段階とか必要だと思うし……」
「そ、そうだな。ちゃんとそういうこと考えられるみたいで安心したよ」
「だったら……あたしで、いいか?」
「あー……」
ここまできてしまうともう、何を言っても堂々巡りになりそうな予感しかしない。
覚悟を決めるしかない、と朔は考えた。
どうせ今だけかもしれないし、気持ちが変わらないとも限らない。
「わかった……けど、条件がある」
「何だ、言ってみてくれ」
「結婚とか言われても正直実感が湧かない。けど、今すぐじゃなくていいってお前は言った。そうだな?」
「言ったよ」
「なら、この旅がちゃんと目的を終えて終わりが見えてから。それでいいなら、結婚でも何でもしてやる」
「……ほ、本当か?」
「本当だよ。俺はこう見えて、約束は……基本的に破らないんだ」
「何だよ今の間……それに、基本的にって……」
「昔、一回だけな……それはまぁいいとして、納得したか?」
「引っかかるところはあるけど……それでいい。じゃあ、あたしとハジメは……婚約者ってことか?」
「ええっと……まぁ、実質そうなるのか……?ああ、一個言っとくからな。みんなの前でベタベタするのはやめてくれ」
「それもダメなのかよ……手ぐらい握ってもいいだろ?」
「…………」
「わかったよ……でも、二人の時はいいだろ?」
「いいけど……旅が終わるまでは、その……ああいうことあんましないでくれ。俺の決意が揺らぎそうだ」
先ほどまでと違って、少し表情を軟化させた朔は、薄く笑って言う。
「なら、前借りじゃねーけど……」
そう言ってメラニーは朔の座る椅子まで歩く。
「んっ」
「んって……お前何してんの?」
「今度は、お前からしてくれよ。無理やりじゃないってことの証明」
目を閉じて、メラニーは朔の手応えを、感触を待つ。
――お、俺から!?こないだのは確かに無理やりされた様なもんだけど……あんなのノーカンだろ……。
「早く。あたしとキスするの、嫌か?」
「い、嫌じゃないけど……」
簡単に言えば、ビビッていた。
まさか自分が、こんな経験をすることになるなんて思っていなかった。
「ほら、あたしはハジメからしてくれるまで、何時間でもこうしてるからな」
「逃げ道ねーじゃん……」
「逃がすわけあるかよ。腹決めろって」
言われて、朔はごくりと唾を飲み込む。
目の前で目を閉じてその瞬間を待つ少女を見つめる。
――よく見たことなかったけど……こいつ、睫毛長いな……性格に埋もれて気づかなかったけど……こいつ結構可愛い部類なんじゃ……。
メラニーの魅力を、改めて確認してしまって、自分の中で何かが変わり始めていることに気づく。
――これは……この感情は……。
「どうしたんだよ?」
「あ、いや……あの……」
「……やっぱり嫌か……?」
「ち、違うんだ。そうじゃない、ちょっとその、気づいたことがあって……」
「え?」
「いや、こっちのことだ……行くぞ」
高鳴る鼓動を押さえつけ、メラニーの顎を掴む。
メラニーが少しビクっとして、目を堅く閉じる。
一瞬躊躇う朔だったが、覚悟を決めてその唇に触れる。
以前の時と違って、呼吸が詰まる様なこともない。
「ん……!?」
メラニーが、首に腕を回して密着してきた。
――おいおいおい、何だこいつ、積極的過ぎるぞ……!
そしてそのまま朔の口内に舌を滑らせる。
「!!」
「んぅ……」
――な、長いよ!こんなに濃厚なことするもんなのか!?
実に一分近く、二人の口付けは続いた。
肩で息をしながら、朔は目の前のメラニーを見つめる。
メラニーもまた、満足そうに朔を見ていた。
「今日のところは、これでいいや」
「そ、そうか」
「たまにでいいから、また……いいか?」
「た、たまにならな」
二人で部屋を出ると、一同リビングで歓談をしていた様だった。
二人の姿が見えると、雑談を中断して全員が朔とメラニーを見た。
「噂の二人ですね」
メイヴィスが言う。
「その顔……鼻の下伸びてるわよ」
「えっ?」
デリアに指摘されて、慌てて鏡を見に行く。
メラニーの顔色が随分とよくなったのを、デリアは安心した顔で見ていた。
朔が洗面所から戻り、改めてクラリスと遥に自己紹介をする。
「合流早々、すまなかった。えーと、一応その、解決はしたというか……」
「二人の顔見たらわかるよ。良かったね、ハジメ、それにメラニー」
「へへ、まぁな。心配おかけしましたっ」
ニコリと笑ってメラニーが返す。
「結局、どうなったの?メラニーがハジメを篭絡したの?」
「言い方悪いなそれ……」
「いや、大体合ってる。篭絡されたみたいなもんだ。まぁ、今は何もする気ないけど」
「どういうこと?」
朔は部屋で話したことを一同に語る。
とは言っても、朔がこの旅に向ける思いであるとか、そういう内容にとどまるが。
「へぇ……意外とちゃんと考えてるんだ」
「当たり前だろ。今でも龍は憎いし、操ったり呼び出してるやつがいるなら許せないって気持ちもある。それに、龍に苦しめられてる人だっている。だったら、早いとこ解決してやりたいって思う」
「なるほど……でもそれって、早いところメラニーと結ばれたいとかそういうこともあるんじゃないの?」
「な……ば、バッカじゃねーの!?」
「そうなのか?ハジメ」
「ち、違うっての」
「違うのか……」
目に見えてがっかりするメラニーと、そんなメラニーを見て朔を睨みつけるデリア。
ソフィアはあらあらと微笑み、メイヴィスと遥は何だかまだよくわかっていない様子だった。
「そういうのが少しもないとは言わねぇけど……それが全部じゃない、とは言っとく」
「そうだよな?だってハジメ、あたしに欲情してたし」
「!?」
「えっ」
「お前……!!」
またもうっかり口を滑らせたメラニーを、恨みのこもった視線で見つめる朔。
「あ、っと……ごめん、つい口が……」
「もう、許してあげなさいよ。こういう子なんだって、ハジメもわかってるんでしょ?」
「わかってるけどな……これじゃ公開処刑じゃねぇか……」
「よ、欲情って……お二人はそういう関係だったんですね……」
メイヴィスが赤い顔をして言う。
クラリスも、同様にして朔とメラニーを交互に見ていた。
「違う……いや厳密には違わないけど、そうじゃない……」
「だって、ハジメはあたしと結婚してくれるって言ったし」
ここで、朔は自らの壮大な過ちに気づいた。
この口の軽い女に、朔は口止めをしておくべきだったのだ。
心の底から後悔するが、既に遅い。
「け、結婚て……結婚よね?」
デリアが混乱して意味のわからないことを言い出す。
「初めてをあげたんだから、責任とってよね、的な?」
遥が悪乗りをする。
「いや、そんなもんもらってねぇし……」
「あ?そんなもんって何だよ!あたしの初キスはやっただろ」
「おい、頼むからお前本当黙ってくれ……黙ってくれないか?」
「き、キスですか!それだって、女の子にしたら、十分重要ですよ」
――ほらみろ、騒ぎになった……。
「え、キスって……そんなことしてたの?」
「いや、何て言うか……」
「まぁ、初めてはあたしが無理やりしたみたいなもんだけどな」
「だ、大胆ですね……」
「はぁ……」
朔は頭痛がしてきて、その輪から離れる。
女子連中がキャイキャイと騒いでるのを横目に見ながら、頭を抱えて蹲った。
「ハジメ……大丈夫かい?」
「レスター……俺、選択間違ったかな……」
「ハジメ……いや、間違ってなかったと思うし本当にお似合いだと思う。ただ、ちゃんと口止めしなかった、っていう一つだけが朔の失敗だったね」
「やっぱそこか……はぁ~あ……」
「でも、あんなに嬉しそうで、楽しそうなメラニーは久しぶりに見たよ。何とか、朔にメラニーを頼めたらって思うんだけど」
「……もうここまできて逃げられるなんて思ってねぇけどさ……」
「結婚、っていうのは確かに色々飛ばしてると思うけど……メラニーとハジメなら、上手く行くんじゃないかな。相性はきっといいと思うよ」
「相性な……」
「二人が真剣に付き合っていくつもりでいるなら、アシュフィールド家はもちろんソフィア様の家でも当然、バックアップさせてもらうよ」
「バックアップ?」
「たとえば……今日みたいに二人きりになりたい、って言う時とか」
「!!」
今の朔がメラニーと二人きりで過ごす時間を増やすことは、朔が堕落してしまうことに繋がるのではないか、と思える。
いずれはキスだけですまなくなって、体を重ねて、なんてことになれば退廃的な日々を過ごしてしまったり、ということだってあり得る。
というか、メラニーが相手の場合、どう考えてもキスだけで済ませるのは至難の業と言える。
「ハジメもいずれは、メラニーともっと進展した関係になるんだと思うし……ね?」
「やっぱ選択間違えたわ、俺……」
「そう悲観するもんでもないさ。戦士にだって、休息は必要なんだから。ずっと気を張り詰めて戦うなんて、僕にだってできないよ」
「そうだけど……」
「確かにハジメは若いから、そういうことに対しての興味と背中合わせの不安っていうのはあると思うけどね。でも、朔は自分を律することができる人間だと思うよ」
「俺は俺をそんなに信用できねぇよ……」
「なら、こういうのはどうだい?君を信用する僕を、ハジメは信用してくれたらいいさ」
「どっかで聞いた様な話だな」
悪くない話ではある。
他のメンバーの目を必要以上に気にしなくていいのだ。
メラニーを相手に選んだ時点で、こうなるのは何となくわかっていたことではある。
あの開けっ広げな女が、嬉しいと感じたことを黙っていられるはずもない。
ならば、可能な限りで願いを叶えてやって口封じをする方が得策なのではないか。
朔はこう考えた。
「わかった、俺、メラニーを任されてもいい。どうせ、コンビ組むんだし」
「そう言ってくれると思っていたよ」
「けど、生々しいのは程ほどで、お願いしますね」
横からソフィアが割り込んでくる。
余談ではあるが実を言うと、ソフィアとレスターは割と生々しい間柄である。
特にソフィアの体調……月のものが関連するのだが、特にその前辺りはレスターが生け贄みたいになっている風潮がある。
「ソフィアがそれ言うのかよ……こないだだってすげぇ声が……」
「メラニーさん?何を言うつもりかはわかりませんが、それ以上言うと……」
冷ややかな目に炎を宿すソフィア。
それを見たメラニーが青くなって黙り込む。
朔も何となく事情を察した。
――堅く考えすぎかな、俺……。
少しして、みんなは溜まった洗濯物だったり、食料の確保だったりとせわしなく動く。
少し歩いたところにある川で各自洗濯をして、簡易的に物干し竿を拵える。
四組分ほど作って、男女で分けた。
干している間で、食料の確保をする。
携帯食に備蓄はあるが、それをここで消費してしまうのはさすがにもったいない、ということで野生の動物を仕留めようということになった。
「鹿とか食いてぇなぁ」
ルンルンで獲物を探し回るメラニー。
それをどこか冷めた目で見る朔。
「あたしはハジメと一緒がいい!!」
班分けの時にメラニーが駄々をこねた。
簡単に作ったくじでわけて、四組にすることにしたのだが、くじの結果に一番に不満を漏らした。
最初、朔はメイヴィスと組むことが決まって、ならば魔法で援護を頼もう、なんて思っていたのだが、メラニーの一言でメイヴィスが遠慮した。
――こういうのが、嫌だったんだけどな……。
実際食糧確保も仕事みたいなもので、プライベートとは分けるべきだと朔は考えている。
だが、早速それが崩れ始めている。
「なぁ、一個聞いていいか?」
「何だ?」
「お前さ、俺がもっとお前を求めたら、パーティで我が儘言うの控えてくれる?」
「え?それって……」
「このままだとパーティのみんなに気を遣わせちまうからさ。俺としては、パーティでやることとプライベートは分けたいんだよ。もちろん、偶然お前と組んだり戦闘でコンビ組むことに異論はないけどな」
「なぁ、それって、もしかして……」
「その……お前の願い、少しなら聞いてやってもいいかなって……」
「嘘じゃないよな!?今更なしとか言っても、もうダメだからな!?」
「う、嘘じゃないから……こんなところでくっつくな……」
怪物や獲物が出てもおかしくない場所である。
「よっし、俄然やる気出てきた。待ってろ、あたしが獲物捕まえてくっから!」
ぱっと離れて一人先を行くメラニー。
あんなに喜んでくれるなら、言ってみるもんだな、なんて思った。
その矢先のことだった。
「おい、どうかしたのか?」
メラニーが急遽立ち止まって、槍を構えていた。
「あそこ……龍がいる」
「何だって?」
メラニーが指差す方向には、人の背丈ほどの全長の龍が、木をなぎ倒そうと尻尾をぶつけ、爪でひっかいてと暴れている。
幸い、こっちには気づいていない様だが、戦闘能力は高そうだった。
「あれの属性、何とかわからねぇかな……」
「とりあえず、他のパーティと合流できればそうしたいところだな。速さとパワーが割と尋常じゃないぞ、あいつ」
と言った瞬間、龍がこちらに気づく。
「合流、待ってる時間なかったな」
「くそ、やるしかないか」
二人が武器を構え、龍と対峙した。
一歩距離を取って、朔が剣を構える。
メラニーはいつもの様に引っ掻き回して……と思った瞬間に、奇襲を受けた。
「かっは……」
「メラニー!?」
いきなり飛んで、そのまま突撃してきた龍の右手の爪が、メラニーの腹部を捉えた。
爪はメラニーの腹を貫通し、背中まで達している。
「くっそ、この野郎……」
属性がわからないというネックになる部分はあるが、メラニーを何とか救出して場を乗り切らなければ。
朔は覚悟を決めて、剣を構えなおした。
案の定クラリスたちは領境で足止めを食っていたらしく、抜け道を使ったレスターが導いて事なきを得た。
「ちゃんと、手続きできる時間があれば良かったんですけど」
ソフィアが残念そうに言うが、綺麗事だけで渡っていける世の中でないことはソフィアもわかっている。
「そういえば、レスターはソフィアさんを様ってつけてたけど……何で?」
デリアが当然の疑問を口にする。
「ソフィア様はね、この国の王女なんだ」
「は!?」
今まで失礼がなかったか、と記憶を辿るデリア。
小物臭いところが出てしまうが、当然の反応と言える。
「はえー……王女様が……出てきちゃって大丈夫なんですか?」
「王は僕が説得したんだけどね。許可する代わりに出された条件があるんだ」
「条件?」
「私の許嫁になることです」
しれっと言うソフィアに、驚きを隠せない一行。
レスターとソフィア、それにクラリスはそれを知っていたが、遥とデリア、メイヴィスは仰天する。
「レスターは、それを了承したってことよね?」
「そうなるね。別に嫌だなんて気持ちはなかったし、光栄に思っているよ」
「そうでなくては困ります。あんなに激しく……」
「ソフィア様、その先はちょっと……」
珍しくレスターが狼狽した様子で制止する。
デリアは、レスターの人間臭い部分を初めて見た気がした。
「あれですね」
一行が歩いている先に、朔たちのいるコテージが見える。
到着してレスターが扉に手をかざすと、コテージの大きさがそのまま変化した。
今度は八人分の部屋に変化したということだ。
「あれ……暗い……」
中に入った一行が、中の様子がおかしいことに気づく。
外はもう暗くなり始めていて、明かりをつけていてもいい時間だ。
レスターが明かりをつけると、リビングでうなだれている朔を発見した。
「は、ハジメ?どうした?」
「ああ、レスター……おかえり」
「ただいま……メラニーはどうしたんだい?」
朔が無言でメラニーがいる部屋を指差す。
「あの部屋にいるんだね?」
「ああ」
ぐったりとした様子の朔をデリアに任せて、レスターがメラニーの部屋のドアをノックした。
「メラニー?大丈夫かい?」
「……おかえり、大丈夫だからほっといてくれ」
「ええ……」
再び朔を振り返ると、朔は訳がわからない、と言った顔をする。
「何があったか、聞いてもいいかい?」
朔がぽつりぽつりと事情を説明する。
遥とクラリスは、まずこの少年が誰なのかということも理解していなかったが、メラニーが出てきてから紹介しようとレスターは考えていた。
朔の説明を聞いて、デリアが激昂した。
「っこのバカガキ!!何でそんな言い方したのよ!!」
言うなり朔に拳骨を食らわせた。
「ってぇな!!何すんだよ!!」
「足りないって言うならもう一発行くわよ……」
「ちょっとデリア、落ち着いて……」
レスターが止めに入るが、興奮冷めやらぬ様子のデリアと、ますます意味がわからないと言った様子で涙目になる朔。
「えーと、よくわからないんですけど……朔くん?を、メラニーさんって人が好きだった、ってことです?」
冷静に遥が分析する。
「どうやらその様です。初々しいですね」
ソフィアは笑って朔を見た。
当の朔は痛みでそれどころじゃない。
「つまりは痴話喧嘩ってことよね……合流していきなりメンバーがこんなことになってるなんて……」
クラリスは頭を抱える。
「まぁ、若い男女ですし……そういうことがあっても不思議はないんじゃないでしょうか」
メイヴィスが朔を見ながら意見を述べた。
「そうだけど……ハジメのあしらい方にはさすがに問題があると思うわ」
デリアはレスターに押さえつけられながら言う。
その目は敵でも見るかの様に鋭い。
「じゃあ何か?俺が悪いってのかよ」
「そうよ。あんた、メラニーの気持ちとか全然考えてないでしょ」
「考えるも何も、わからないこと考えて何の意味があるんだよ」
「意味ってあんたね……」
「はいはいストップ。まだ十六歳のお子ちゃまには、難しい問題だったってことです。もちろん、人の気持ちとか痛みは考えるべきだとは思いますけど」
「お、お子ちゃま……?」
メイヴィスの厳しい一言に、朔が困惑する。
「ハジメ、あなた私よりも一個年上みたいだけど……それでもやっぱりガキだって思う」
「何だと!?」
クラリスも賛同する。
「ハジメさん、言い方は悪いですが、クラリスさんが言っていることももっともです。メイヴィスさんの言うことも。考えてみてください。そうですね……たとえばあなたがデリアさんに想いを寄せていたとしましょう」
「は?何で俺がデリアに……」
「別に誰でも構いません。この際メイヴィスさんでもハルカさんでも」
「…………」
「その想いを寄せた相手に想いを打ち明けたとして、ハジメさんがした返しの様なものが返ってきたら、ハジメさんはどう思いますか?」
怒っている様子ではないが厳しく言うソフィアに、朔は強気に出ることが出来ない。
「それを考えることができるかどうか、というのがまず大事なところです。そして、それが考えられなかったから、お子様だと言われました。理解できましたか?」
言われて朔は想像してみる。
『デリア!俺はお前のことが……』
『あんたみたいなお子様、無理』
「…………」
結構きつい。
相手がデリアということもあってか、更にきつく感じる。
主に言葉尻に悪意を感じた。
というか最後まで言わせてくれよ……。
一通り想像したあと、朔はデリアを見た。
「……何?」
「あ、いや……結構きついなお前」
「はぁ!?どんな想像したのよ!まだ殴られたりないわけ!?」
「落ち着いてください、デリアさん」
「だ、だって!このガキぃ……!!」
「少しはメラニーさんの気持ちがわかりましたか?」
「わかった……のかはちょっと微妙だけど……でも、悪いこと言ったっていうのは理解した……と思う」
「なら、何をするべきかも、理解できますね?」
「ああ……ちょっと行って来る」
朔がメラニーの部屋のドアを叩き、メラニーがドアを開けた。
メラニーが一瞬だけ一行を見たが、朔を中に入れそのまま扉は閉められた。
「ソフィア様、すごいですね」
「何がでしょう?」
「あんなにズバッと……的確に言えるなんて」
「私はハジメさんを詳しく存じ上げませんが……メラニーさんが見初めたのであれば、大丈夫なのではないかと思いました。ややきつい物言いになってしまったかとは思いますが、何とかなるのではないかと」
「私はもう、ぶん殴りたいっていう衝動が……」
「それは、ハジメさんとメラニーさんに近い立ち位置だからではないでしょうか」
「なるほど……」
「まぁ、とりあえず二人が戻るのを待とうか。お茶を淹れるよ」
ところ変わってメラニーの部屋。
朔はテーブルとセットになっている椅子に座り、メラニーはベッドに腰掛けている。
「とりあえず、そのまま動かないでくれ」
「信用ねぇのな……まぁ、仕方ないよな……」
「そういうわけじゃ……ないこともない。というか、俺も正直お前に迫られたら理性が飛ぶ可能性が高い」
「お前……あたしのこと女として見てくれてるってことか?」
「見てないなんて言ってないと思うけどな。それに、今はみんないるんだ。さすがにそうなったら生々しすぎるだろ」
朔は一つ息をついて、続けた。
「俺はな、責任の持てないことはしない主義なんだ。もちろん努力はする。それはお前も見てきたと思う」
「そうだな。すごいと思うよ。だからあたしも多分惹かれた」
「そ、そうか、ありがとう……。けどな、今はお前に対して不誠実な真似をしたくない」
「不誠実……」
「そうだ。流されやすいのが俺っていう人間だけど、ここで流されてしまったら、きっとお前にとっていい結果にならない」
「あたしは……別に、どんな風に扱われたって……」
「俺が嫌なんだ。あと、さっききついこと言ってごめん。先に言うべきだった」
「でも、あれはお前の本音なんだろ?」
「そうだけど、言葉が色々足りなかった。あと、配慮とかも」
「なら……ハジメはあたしを嫌ったりしてるわけじゃないんだな?」
「嫌ってなんかいねぇよ……」
「好きか嫌いかで言うと?」
「卑怯な質問のしかた知ってんなお前……」
「いいから答えてくれよ」
「そりゃ……」
「そりゃ?」
朔は考える。
どう答えるのが正解なのか。
ここで答えを間違えたらきっと、メラニーはまた暴走するに違いない。
「好きだと思う。仲間だし」
「仲間として、ってこと?」
「女として……って言われると正直まだよくわからない。経験が少ないというか、皆無に近いから」
高校に入ってから、人との関わりをほぼ絶っていた朔にとって、恋愛なんてのはもっとも縁遠いものだと思っていた。
大学やらで人間関係をリセットできたらまた違ったかもしれないが、そんな未来はもうない。
「でも、意識はしてるんだと思う。というか、しないわけないだろ」
「あたしのしたことは、無駄じゃなかった?」
「いや、無駄かどうかは……けど、きっかけにはなっただろ、多分な」
「そ、そうか……」
嫌われていないこと、そして女として意識されることがこんなにも嬉しいということが、メラニーにとっては意外だった。
心がざわつく様な、そんな初めての感情。
「正直お前がしたことは、俺たちの世界じゃ交際中の男女とかがする様なことだからな」
「こっちだって、そうだっつの……順序ぶっ飛ばす様なことして、ごめん」
「もういいって……犬にかまれたとでも思って忘れるから」
「はぁ!?お前、あんなこと忘れるってのかよ!?」
朔の一言に、メラニーが激昂してベッドから身を乗り出す。
また無神経なことを言ったと、朔も気づいて戦慄した。
「い、今のはあの……たとえというか……」
「忘れる、って言った」
「あ、ああ……ごめん、無神経だった」
「そんなの……嫌だ……」
「!!」
メラニーの目じりに、涙が浮かぶ。
どんな怪我をしようが、泣いたりしたことがないメラニーが涙を。
そのことが朔には衝撃だった。
――鬼の目にも涙ってやつか!?いや、そんなこと言ったらまたデリアにぶん殴られる……。
「お、おい、泣くな!」
「な、泣いてねぇ!!」
「じゃあその涙は何だよ、頼むから落ち着いてくれ……忘れたりしないから」
「……本当か?」
「ああ……忘れられるわけあるか……」
「忘れない様にもう一回、しとくか?」
「それは勘弁してくれ。お前がしたいだけだろ」
「何でだよ!あたしじゃ不満だってのか!?」
「何でそうなる!俺たちは今、大事な旅の最中だろ?別にお前に不満とかじゃない」
「でも、欲求不満だろ?」
「……そういうの、何処で覚えてくるの、お前……」
「何処でもいいだろ、そんなの……あたしは欲求不満だ。あれもこれもダメなんて……」
「だけど……」
「あたしのこと、好きなんじゃないのか?」
――好きなんて言ったっけ?俺が?……言いましたね。
「お前、都合よく捉えすぎだろ……女としてはわからないって言ったはずなんだが……」
「なら何であたしに欲情したんだ?」
「男ってのはそういう仕組みなの。恋愛感情の有無とかあんまり関係ないんだよ」
「何だよそれ!」
「何だよって言われても……正直、恋愛感情がないと反応しないなら、一人で性欲処理できねーじゃん」
「……それもそうか、悪かった」
「わかってくれて何よりだよ。もういいか?」
「よくない……あたし、いつまで待てばいいの?」
上目遣いで朔を見るメラニー。
朔はうっかりその目をじっと見てしまった。
――何だよこいつ……まるで女みたいな……あ、女だっけ。こんな顔できるのかこいつ……。
「なぁってば!!」
「あ、わ、わるい。いつまで……目的達するまで?」
「長い!何年かけるつもりだよ!!」
「いやそんなこと言われても……」
「大体、ソフィアとレスターだって、旅しながらカップルなんだぞあの二人!!」
「え、そうなのか?」
「そうだよ!許婚ってやつ!!」
「けど、あの二人のことだし……ちゃんと節度は持ってるんじゃないのか?」
「あたしは持てないって言いたいのか?」
「うーん……正直持てないんじゃね?」
「……ひどいなお前……」
「だってお前見境ねーじゃん……」
「ひどいな本当!!……でもな、ソフィアはああ見えて……」
「ああ見えて?」
「割とスケベだからな、あいつ」
「!?マジか!!」
「何でそこ食いつくんだよ……まさかお前、ソフィアが……」
据わった目で見られて、思わず怯む。
「誤解だ!そりゃ綺麗な人だけど……俺とは絶対合わないタイプだろそれこそ……」
「随分素直な感想だな」
「嘘ついても仕方ないだろ……」
「なぁ、あたしどうしたらいいんだ?このままじゃハジメが誰かに取られちゃわないかって、心配なんだよ……」
「取られるって、誰にだよ……俺がそんなにモテるわけねーだろ……」
「そんなことねーよ……デリアだって……」
「は?デリア?」
「あいつだって、多分お前のこと……」
「んなわけねーだろ……あいつ、お前のこと話したらいきなり拳骨くらわせてきたぞ」
「それだって、遠慮の要らない間柄だって証拠じゃねーか。デリアがハジメを意識してるって証拠にはなるだろ」
「本人から聞いたってわけじゃないのか、びっくりした……」
「あいつがそんなこと自分から言うかよ。それでも、これからどうなるかなんてわからない。何があるかわからないんだから」
朔から目を離し、遠い目をするメラニー。
デリアまでがメラニーの様になってしまったら、などと考えるが、ありえない話だとすぐに自分の意見を否定する。
それに、今以上こんな状態が続くのであれば、パーティそのものが危険な気がする。
「そうかもしれないけど……お前はどうしたら満足なんだ?俺がお前のものになったら、それで満足するのか?」
「どうしたら……確かなものがほしい」
「確かなものって表現がもう、既に抽象的なんだけど……」
「そんなこと言ったって、仕方ねーだろ!?あたしだって、どうしたら満足なのかなんてわからねーよ!!」
「逆ギレすんな……だったら俺、どうしようもねーじゃん。お前の理想とか、そういうのがあるなら沿える様にはしたいと思うけど……」
「理想……理想……」
「ないのか?」
「あるとは思う……けど……それこそ先の話になる」
「何だよ、とりあえず言ってみ」
「結婚、したい」
「……は?」
「だから、結婚!!」
「き、聞こえてるよ。あんまでかい声出すな。みんなに聞こえてもいいのか?」
さすがに聞かれるのは恥ずかしいし、正直二人のことだから二人の間で収めておきたい。
朔はそう考えるが、メラニーは少し違う様だった。
「あたしは……恥ずかしいけど、聞かれてもいい。寧ろ、それで周りへの牽制になるならって思う」
「だから誰に牽制すんの……デリアのだって、あくまで予想なんだろ?」
「だってうちのパーティ女ばっかだし……」
「それで俺がモテるって理由にはならないと思うけど?レスターの方が断然いい男じゃん」
「王女の許婚に手を出す様な怖いもの知らずがいるなら、あたしは見てみてーよ」
「え、ソフィアさんて王女なの?」
「知らなかったのかよ。この国の王の娘だぞ。旅に出るにあたって、レスターが許婚になることを条件に許可を得たって聞いてる」
「知らなかった……レスターってすげーやつなんだな……」
身のこなしなどから只者ではないと思っていたレスターが、王女の許婚だったという事実に、朔は驚きを隠せない。
ただの感じのいい兄ちゃんだと思っていた自分が、恥ずかしいとさえ思った。
「って、そんなことはどうでもいいんだって!!先に進まねぇだろ!?」
「あ、ああそうだな……てかお前、結婚したいって言ってたけど……俺まだ十六なんだけど」
「だから?」
「だから?って……俺の世界じゃ男は十八まで結婚できない」
「こっちは十五から男女ともに結婚できる」
「マジかよ……」
「障害はもうないも同然だぞ。どうするんだ?」
「うーん……」
いきなり結婚とか言われても、正直実感が湧かない。
恋愛経験も皆無の朔にとっては、正直重いとかそういう以前の問題で、じゃあ結婚しよう、と言える様なものではなかった。
「断るって言ったら、どうするんだ?仮の話だからな?」
「そしたら……一人寂しく、生きていくよ……」
「おい、いきなりネガティブになんな……」
「じゃあ腹に詰め物して、ハジメの子なんだって周りに触れ回る」
「おい、マジでやめろ。シャレじゃ済まないだろそれ……」
「別に今すぐしてくれなんて言わねぇよ……前段階とか必要だと思うし……」
「そ、そうだな。ちゃんとそういうこと考えられるみたいで安心したよ」
「だったら……あたしで、いいか?」
「あー……」
ここまできてしまうともう、何を言っても堂々巡りになりそうな予感しかしない。
覚悟を決めるしかない、と朔は考えた。
どうせ今だけかもしれないし、気持ちが変わらないとも限らない。
「わかった……けど、条件がある」
「何だ、言ってみてくれ」
「結婚とか言われても正直実感が湧かない。けど、今すぐじゃなくていいってお前は言った。そうだな?」
「言ったよ」
「なら、この旅がちゃんと目的を終えて終わりが見えてから。それでいいなら、結婚でも何でもしてやる」
「……ほ、本当か?」
「本当だよ。俺はこう見えて、約束は……基本的に破らないんだ」
「何だよ今の間……それに、基本的にって……」
「昔、一回だけな……それはまぁいいとして、納得したか?」
「引っかかるところはあるけど……それでいい。じゃあ、あたしとハジメは……婚約者ってことか?」
「ええっと……まぁ、実質そうなるのか……?ああ、一個言っとくからな。みんなの前でベタベタするのはやめてくれ」
「それもダメなのかよ……手ぐらい握ってもいいだろ?」
「…………」
「わかったよ……でも、二人の時はいいだろ?」
「いいけど……旅が終わるまでは、その……ああいうことあんましないでくれ。俺の決意が揺らぎそうだ」
先ほどまでと違って、少し表情を軟化させた朔は、薄く笑って言う。
「なら、前借りじゃねーけど……」
そう言ってメラニーは朔の座る椅子まで歩く。
「んっ」
「んって……お前何してんの?」
「今度は、お前からしてくれよ。無理やりじゃないってことの証明」
目を閉じて、メラニーは朔の手応えを、感触を待つ。
――お、俺から!?こないだのは確かに無理やりされた様なもんだけど……あんなのノーカンだろ……。
「早く。あたしとキスするの、嫌か?」
「い、嫌じゃないけど……」
簡単に言えば、ビビッていた。
まさか自分が、こんな経験をすることになるなんて思っていなかった。
「ほら、あたしはハジメからしてくれるまで、何時間でもこうしてるからな」
「逃げ道ねーじゃん……」
「逃がすわけあるかよ。腹決めろって」
言われて、朔はごくりと唾を飲み込む。
目の前で目を閉じてその瞬間を待つ少女を見つめる。
――よく見たことなかったけど……こいつ、睫毛長いな……性格に埋もれて気づかなかったけど……こいつ結構可愛い部類なんじゃ……。
メラニーの魅力を、改めて確認してしまって、自分の中で何かが変わり始めていることに気づく。
――これは……この感情は……。
「どうしたんだよ?」
「あ、いや……あの……」
「……やっぱり嫌か……?」
「ち、違うんだ。そうじゃない、ちょっとその、気づいたことがあって……」
「え?」
「いや、こっちのことだ……行くぞ」
高鳴る鼓動を押さえつけ、メラニーの顎を掴む。
メラニーが少しビクっとして、目を堅く閉じる。
一瞬躊躇う朔だったが、覚悟を決めてその唇に触れる。
以前の時と違って、呼吸が詰まる様なこともない。
「ん……!?」
メラニーが、首に腕を回して密着してきた。
――おいおいおい、何だこいつ、積極的過ぎるぞ……!
そしてそのまま朔の口内に舌を滑らせる。
「!!」
「んぅ……」
――な、長いよ!こんなに濃厚なことするもんなのか!?
実に一分近く、二人の口付けは続いた。
肩で息をしながら、朔は目の前のメラニーを見つめる。
メラニーもまた、満足そうに朔を見ていた。
「今日のところは、これでいいや」
「そ、そうか」
「たまにでいいから、また……いいか?」
「た、たまにならな」
二人で部屋を出ると、一同リビングで歓談をしていた様だった。
二人の姿が見えると、雑談を中断して全員が朔とメラニーを見た。
「噂の二人ですね」
メイヴィスが言う。
「その顔……鼻の下伸びてるわよ」
「えっ?」
デリアに指摘されて、慌てて鏡を見に行く。
メラニーの顔色が随分とよくなったのを、デリアは安心した顔で見ていた。
朔が洗面所から戻り、改めてクラリスと遥に自己紹介をする。
「合流早々、すまなかった。えーと、一応その、解決はしたというか……」
「二人の顔見たらわかるよ。良かったね、ハジメ、それにメラニー」
「へへ、まぁな。心配おかけしましたっ」
ニコリと笑ってメラニーが返す。
「結局、どうなったの?メラニーがハジメを篭絡したの?」
「言い方悪いなそれ……」
「いや、大体合ってる。篭絡されたみたいなもんだ。まぁ、今は何もする気ないけど」
「どういうこと?」
朔は部屋で話したことを一同に語る。
とは言っても、朔がこの旅に向ける思いであるとか、そういう内容にとどまるが。
「へぇ……意外とちゃんと考えてるんだ」
「当たり前だろ。今でも龍は憎いし、操ったり呼び出してるやつがいるなら許せないって気持ちもある。それに、龍に苦しめられてる人だっている。だったら、早いとこ解決してやりたいって思う」
「なるほど……でもそれって、早いところメラニーと結ばれたいとかそういうこともあるんじゃないの?」
「な……ば、バッカじゃねーの!?」
「そうなのか?ハジメ」
「ち、違うっての」
「違うのか……」
目に見えてがっかりするメラニーと、そんなメラニーを見て朔を睨みつけるデリア。
ソフィアはあらあらと微笑み、メイヴィスと遥は何だかまだよくわかっていない様子だった。
「そういうのが少しもないとは言わねぇけど……それが全部じゃない、とは言っとく」
「そうだよな?だってハジメ、あたしに欲情してたし」
「!?」
「えっ」
「お前……!!」
またもうっかり口を滑らせたメラニーを、恨みのこもった視線で見つめる朔。
「あ、っと……ごめん、つい口が……」
「もう、許してあげなさいよ。こういう子なんだって、ハジメもわかってるんでしょ?」
「わかってるけどな……これじゃ公開処刑じゃねぇか……」
「よ、欲情って……お二人はそういう関係だったんですね……」
メイヴィスが赤い顔をして言う。
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ここで、朔は自らの壮大な過ちに気づいた。
この口の軽い女に、朔は口止めをしておくべきだったのだ。
心の底から後悔するが、既に遅い。
「け、結婚て……結婚よね?」
デリアが混乱して意味のわからないことを言い出す。
「初めてをあげたんだから、責任とってよね、的な?」
遥が悪乗りをする。
「いや、そんなもんもらってねぇし……」
「あ?そんなもんって何だよ!あたしの初キスはやっただろ」
「おい、頼むからお前本当黙ってくれ……黙ってくれないか?」
「き、キスですか!それだって、女の子にしたら、十分重要ですよ」
――ほらみろ、騒ぎになった……。
「え、キスって……そんなことしてたの?」
「いや、何て言うか……」
「まぁ、初めてはあたしが無理やりしたみたいなもんだけどな」
「だ、大胆ですね……」
「はぁ……」
朔は頭痛がしてきて、その輪から離れる。
女子連中がキャイキャイと騒いでるのを横目に見ながら、頭を抱えて蹲った。
「ハジメ……大丈夫かい?」
「レスター……俺、選択間違ったかな……」
「ハジメ……いや、間違ってなかったと思うし本当にお似合いだと思う。ただ、ちゃんと口止めしなかった、っていう一つだけが朔の失敗だったね」
「やっぱそこか……はぁ~あ……」
「でも、あんなに嬉しそうで、楽しそうなメラニーは久しぶりに見たよ。何とか、朔にメラニーを頼めたらって思うんだけど」
「……もうここまできて逃げられるなんて思ってねぇけどさ……」
「結婚、っていうのは確かに色々飛ばしてると思うけど……メラニーとハジメなら、上手く行くんじゃないかな。相性はきっといいと思うよ」
「相性な……」
「二人が真剣に付き合っていくつもりでいるなら、アシュフィールド家はもちろんソフィア様の家でも当然、バックアップさせてもらうよ」
「バックアップ?」
「たとえば……今日みたいに二人きりになりたい、って言う時とか」
「!!」
今の朔がメラニーと二人きりで過ごす時間を増やすことは、朔が堕落してしまうことに繋がるのではないか、と思える。
いずれはキスだけですまなくなって、体を重ねて、なんてことになれば退廃的な日々を過ごしてしまったり、ということだってあり得る。
というか、メラニーが相手の場合、どう考えてもキスだけで済ませるのは至難の業と言える。
「ハジメもいずれは、メラニーともっと進展した関係になるんだと思うし……ね?」
「やっぱ選択間違えたわ、俺……」
「そう悲観するもんでもないさ。戦士にだって、休息は必要なんだから。ずっと気を張り詰めて戦うなんて、僕にだってできないよ」
「そうだけど……」
「確かにハジメは若いから、そういうことに対しての興味と背中合わせの不安っていうのはあると思うけどね。でも、朔は自分を律することができる人間だと思うよ」
「俺は俺をそんなに信用できねぇよ……」
「なら、こういうのはどうだい?君を信用する僕を、ハジメは信用してくれたらいいさ」
「どっかで聞いた様な話だな」
悪くない話ではある。
他のメンバーの目を必要以上に気にしなくていいのだ。
メラニーを相手に選んだ時点で、こうなるのは何となくわかっていたことではある。
あの開けっ広げな女が、嬉しいと感じたことを黙っていられるはずもない。
ならば、可能な限りで願いを叶えてやって口封じをする方が得策なのではないか。
朔はこう考えた。
「わかった、俺、メラニーを任されてもいい。どうせ、コンビ組むんだし」
「そう言ってくれると思っていたよ」
「けど、生々しいのは程ほどで、お願いしますね」
横からソフィアが割り込んでくる。
余談ではあるが実を言うと、ソフィアとレスターは割と生々しい間柄である。
特にソフィアの体調……月のものが関連するのだが、特にその前辺りはレスターが生け贄みたいになっている風潮がある。
「ソフィアがそれ言うのかよ……こないだだってすげぇ声が……」
「メラニーさん?何を言うつもりかはわかりませんが、それ以上言うと……」
冷ややかな目に炎を宿すソフィア。
それを見たメラニーが青くなって黙り込む。
朔も何となく事情を察した。
――堅く考えすぎかな、俺……。
少しして、みんなは溜まった洗濯物だったり、食料の確保だったりとせわしなく動く。
少し歩いたところにある川で各自洗濯をして、簡易的に物干し竿を拵える。
四組分ほど作って、男女で分けた。
干している間で、食料の確保をする。
携帯食に備蓄はあるが、それをここで消費してしまうのはさすがにもったいない、ということで野生の動物を仕留めようということになった。
「鹿とか食いてぇなぁ」
ルンルンで獲物を探し回るメラニー。
それをどこか冷めた目で見る朔。
「あたしはハジメと一緒がいい!!」
班分けの時にメラニーが駄々をこねた。
簡単に作ったくじでわけて、四組にすることにしたのだが、くじの結果に一番に不満を漏らした。
最初、朔はメイヴィスと組むことが決まって、ならば魔法で援護を頼もう、なんて思っていたのだが、メラニーの一言でメイヴィスが遠慮した。
――こういうのが、嫌だったんだけどな……。
実際食糧確保も仕事みたいなもので、プライベートとは分けるべきだと朔は考えている。
だが、早速それが崩れ始めている。
「なぁ、一個聞いていいか?」
「何だ?」
「お前さ、俺がもっとお前を求めたら、パーティで我が儘言うの控えてくれる?」
「え?それって……」
「このままだとパーティのみんなに気を遣わせちまうからさ。俺としては、パーティでやることとプライベートは分けたいんだよ。もちろん、偶然お前と組んだり戦闘でコンビ組むことに異論はないけどな」
「なぁ、それって、もしかして……」
「その……お前の願い、少しなら聞いてやってもいいかなって……」
「嘘じゃないよな!?今更なしとか言っても、もうダメだからな!?」
「う、嘘じゃないから……こんなところでくっつくな……」
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【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
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その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
連載時、HOT 1位ありがとうございました!
その他、多数投稿しています。
こちらもよろしくお願いします!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
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独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
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(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
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