クソ食らえ!

スカーレット

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第三話 彼女と魔王が仲良くなったら

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週末デートが終わって、不完全燃焼のまま帰宅した俺たちだったが、翌週また結城さんからお誘いを受けた。
今度は何と、祭りに行こうという話だ。
夏が近く、蒸し暑くなってきた今日この頃だが、ああいう雰囲気を楽しみに行くのも良いかもしれない。
断る理由も特にないので、俺は二つ返事で了承する。

「お祭りデートねぇ。浴衣姿のあの子か、いいんじゃないの?」
「どっから湧いて出た……」

自室で結城さんとメールをしていると、姉がいつの間にか俺の部屋に入り込んでいた。
姉は勝手に俺のベッドに寝転んで、手のひらサイズのうんこをかじっている。
あの大きさとかじった時の音から、せんべいか何かと推測される。

「あの、食べかす落ちるからせめてベッドから降りて食ってくれない?」
「何だ、うんこ食ってる姉に欲情するのかお前。思春期だねぇ」
「今の話の何処にそんな要素があった?気持ち悪いこと言わないでくれる?」
「ほー、そんな生意気なこと言うやつは、初チッスから脱童貞までこのあたしがもらってやってもいいんだぞ?」

口の端にうんこのカスがついた姉が、にやりと笑う。
色々な意味で怖い。

「そっちこそ弟に欲情すんのかよ、見境なさすぎじゃね?」
「バッカお前、溜まってるときならそれこそ路上のカラーコーンでもいいか、なんて思えるくらいには見境ないぞ、あたしは」
「思春期の弟の前でそういうこと言うのやめてもらえますかね」

姉から目を離して、結城さんとのメールに専念する。
祭りなんて小さい頃に数回行ったっきりで、最近はご無沙汰だがあの人ごみはちょっと嫌だ。

「人ごみが嫌なら、人気のないところに連れ込めばいいじゃん。常識だぞ」
「何で俺のモノローグに割り込んでくるの?」
「お前の考えてることくらいわかるっての。でもあんな超絶コミュ力モンスターが気にかけてくれてて良かったな。じゃなかったら今頃お前、男友達とウダウダやってるだけの夏になってただろ」
「ま、まぁ……それは感謝してるけど」
「とはいえ、祭りって言えば出店だよな。チョコバナナとかフランクフルトとかの屋台はお前には拷問なんじゃないの?」
「考えない様にしてたことをわざわざ掘り返してくれてありがとうよ……」
「あとカキ氷な。うんこが降ってきて積もって行って、そこに更にうんこぶっかけるっていう」
「もういいから口を閉じろおおおおおぉぉぉ!!」

さすがにたまりかねて姉を部屋から閉め出す。
ベッドを見ると、枕のすぐ下あたりにうんこのカスが……せんべいのカスだろうけど、落ちていた。
本当に困った姉だ。

ちなみに、液体は俺にはションベンに見える。
だから、さっきの姉の話の半分は間違っている。
うんこが降って来て積もって行って、最終的にぶっかけられるのはションベンだ。

何だ、普通の用足しじゃないか。
でもそれをひゃっこいひゃっこい言いながら食べないといけないのか……。
頭がおかしくなりそうだ。

ベクトルの違う邪念を追い払うため、俺は浴衣姿の結城さんを想像する。
……非常によろしい。
頭の横にお面とかつけてても可愛いと思う。


『じゃあ、お昼に迎えに行くからね』

結城さんからのメールには、そう書いてあった。
ん?迎えに行く?どこに?
まさかうちに?

『それはよろしくない。俺ん家、魔王がいるから』
『何それ?そんなおっかない人がいるの?ちょっと見てみたいなー』

慌ててメールでうちに来るのを阻止しようと試みるが、逆効果だった様だ。

『それに、変な本とか見つけても見て見ない振りくらい私でもできるよ?』

そういう心遣いはいらない……。
というか部屋まで来るつもりなのか……。


うちに迎えに来るというのを諦める様子がなかったので、俺の方が諦めることにした。
まぁ、散らかってはいないし……別にいいよな。
あの姉が土曜にいないことを祈りつつ、姉に予定を聞きに行く。

「あ?土曜か、確かコンパがどうとかってサークルの仲間が言ってた様な」
「あ、そう。なら別にいいんだ。邪魔したな」
「おっと、待て待て弟よ。土曜に何かあんの?もしかして愛しの君が迎えに来てくれちゃったり?」
「そ、そんなんじゃねぇから。離せっての」
「まぁどのみちあたしはいないから安心してイチャイチャしとけ」
「しねぇわ。そんな関係じゃねぇし。友達って言われてるし……」

自分で言いながら少しずつ悲しくなってくる。

「は?友達ってのはさすがにちょっと無理めじゃね?お前らくらい仲良かったら、誰がどう見たって……」
「いや、本人が大切な友達って言ってたから。なら友達だろ」
「…………」

姉がぽかんとしている。
信じられないものでも見たかの様な顔。
そんな顔は、俺くらい何でもうんこに見える様になってからにしてくれよな。

「ほんっとお前……童貞だな」
「うるさいな。俺が童貞で誰かに迷惑かけたか?」
「あたしが迷惑被ってる。よし、やっぱお前の童貞はあたしが……」
「やめろ。俺の女白書に閲覧禁止ページ作るつもりかよ」
「このまま行けばお前の女白書は文字通り、白紙ページしか出来ないから安心しろよ。フォーエバー童貞まっしぐらだな」
「白書ってそういう意味じゃ……」
「細かいことをグダグダと……いいか、お前に足りないのは押しだ。ガンガン押せ!何なら犯せ!初体験が青姦でもいいじゃないか」
「お、犯せって……俺この歳で警察の厄介とか……」
「バカ、それくらいの気概を持てって意味だ。本当に犯したら……身内から犯罪者出すのはさすがに嫌だな」
「なら言うなよ……」


そして迎えた土曜日。

「こんにちは、れんくん」

想像通りの浴衣姿で、結城さんは俺の家を訪ねてきた。
普段と違う髪のまとめ方をしていて、とても良い……いいです。
とてもいいんだが……姉が予定すっぽかしてこの家にいなければな。

「おおー、可愛い!!空、お前やるじゃん!!」
「何でいるんだよ……コンパとやらはどうしたんだ……」
「あ?んなもんすっぽかしたに決まってんだろ。こっちの方が断然面白そうだからな」
「うっわ、綺麗な人!お姉さんですか?スタイルいいなぁ~!今おいくつなんですか?あ、私結城真帆って言います。れんくん……空太郎くんとはクラスメイトで……」

持ち前のコミュ力を最大限発揮し、ガンガン喋っていく結城さん。
そんな結城さんを、姉はいたく気に入った様子だった。

「まぁ、こんなとこで立ち話も何だし入って入って」
「あ、こら勝手に……」
「何お前、こんな可愛らしい女の子を外で待たせるつもりなの?女の子の汗に欲情する趣味でもあんの?」
「ほんっと黙ってくれる?結城さん、こいつは姉の未来みく。何か言われても放置してていいから」
「可愛いお名前!美人で名前まで可愛いなんて、羨ましいです」
「そ、そうか?ジュースでも飲む?」
「いただきます~!」

一瞬で姉に取り入ってしまった。
コミュ力モンスター恐るべし……。

リビングに通された結城さんは、慣れない浴衣でソファに座るのに苦労していたが、すぐに慣れた様だった。
気を良くした姉が出してくれたションベン……じゃなくてジュースを飲んでいる。

「お家ではれんくん、どんな感じなんですか?」
「そうだなぁ……」
「余計なこと言わなくていいから。ほんとあっち行っててくれ」
「れんくん、私聞きたいな。ダメ?」
「え?あ、い、いいとも~」

バカみたいだ、俺。

「何だらしない面してんのお前。まぁ、こんな感じよ?お姉ちゃんお姉ちゃんっていっつもひっついてきてねぇ」
「捏造はやめてくれない?そんな気持ち悪いことした記憶、片隅にすらねぇよ」
「仲良いんですね。私一人っ子だから羨ましい」
「そう?生意気な弟だよ?何なら妹になっちゃう?こいつと結婚したら……」
「もうお前ホント黙れ。お、俺の部屋見たいんだっけ、行こう結城さん」
「え、もう?まぁいっか、またお喋りしましょうね、お姉さん!」
「お、とうとう連れ込むのか?ちゃんとひに……」
「黙れって言ってんだろ!?」

ニヤニヤしている姉を尻目に俺の部屋に入って、結城さんは落ち着かない様子でキョロキョロしている。

「あの、座ったら?」

学習机の椅子を指差して、座る様促す。
ちょこんと椅子に座って、机の上をはぁ~とか言いながら見ていた。
何がそんなにめずらし……い……うおおおおおおお!?

「れ、れんくんこういうの好きなの?」

なんと、ベッドの下にしまったはずの秘蔵コレクションが、机の上に丁寧に並べられているではないか。
光の速さでコレクションを回収して、ベッドの下に放り込んだ。

「み、見て見ない振りはしてくれないの?」
「いや、あれだけ堂々と置いてあったらさすがに無理かな……」

結城さんが真っ赤な顔をして、俺から目を逸らす。
終わった。
俺の人生終わった。

おのれ姉……。
あいつ以外にこんなことをするやつはいないはずだ。

「そ、そっかぁ、ああいうのが……」
「ご、誤解だ」

そう、誤解だ。
あの本で抜いたのも、まだおよそ五回。
ごかいだ。
……そんなこと言ってる場合じゃないよな。

「そ、それよりお姉さん、面白い人だね」
「おっと、結城さんに似合わぬ雑な話の切り替え……」
「だ、だって……」
「う、うん、面白い姉だよな。うん、俺もそう思う。姉の話しよう。もう、姉の話がしたくて仕方ない」
「ぷっ、変なの。あんなに仲良い兄弟だったら、毎日退屈しなくていいんじゃない?」
「そういうものかね……少しほっといてくれればいいのに。こないだ彼氏と別れたからって、絡んできすぎなんだよあいつ……」
「持つものの悩みってやつだねぇ。私なんか帰って親とテストの話とかしたら、あとはもうほとんど一人だもん。最近はれんくんがメールしてくれたりするからあんまり寂しくないけどね」
「そ、そんなこと……」

結城さんの家がどうとか、考えたことがなかった。
俺のくだらないメールがそんな風に役立っていたなんて。

「でも、あれだぞ。こないだだって、このまま行ったらお前は一生童貞だからあたしがもらってやる、とかとんでもないこと……」
「ダメ!!」
「へ?」
「ダメ、そんなの。だって、れんくんは……」
「ど、どうしたの結城さん……」

ベッドの奥の方に座っていた俺は、いきなり走りよって来た結城さんを避けられず、そのまま逆壁ドンされる形になる。

「な、何?近いんだけど……」
「れんくん、お姉さんが好きなの?」
「は?んなわけ……」
「じゃあ、ダメだよ。れんくん、そんな安易に考えちゃダメ。絶対」
「わ、わかったから……ね、ネタだと思うし……ちょっと離れてもらっていい?」
「あっ……わ、私何してるんだろ……ごめんね、驚いたよね?」

またも顔を赤くして、結城さんが離れる。
何なんだ今日は。
結城さんが離れると、隣の姉の部屋から何やら歌が聞こえてくる。

『こーんにちはーあーかちゃーん♪』

「…………」
「…………」

急激に頭の中がクリアになって何とか空気を整えようと、俺は姉の黒歴史を話してやることにした。

「あいつ名前がみくだから、みっちゃんって昔呼ばれててさ」
「うんうん」
「昔、こういう歌あったの知ってる?みっちゃんみちみちうんこたれて~♪ってやつ」
「ぶっ、知ってる……あんな綺麗な人が食べちゃったらショックだなぁ」

すっかりと機嫌を直してくれた様だった。
結城さんの口からうんこ、とか言うワードが出なかったことに内心ほっとする。
夕方になって、俺たちは祭りの会場に向かうことにする。

「あ、もう行くの?気をつけて。またきていいからね、真帆ちゃん」
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます。ではまた、お姉さん!」

すっかり仲良しだ。
結城さんのことだからまた来るんだろうなぁ、本当に。
いや喜ばしいことなんだけど。
嬉しくないわけがないんだけど。

「れんくん、手……つないでいいかな……」
「え、て、手ぇ!?」

思いもかけない提案に、声が裏返る。
な、何で友達なのに……手汗とかかいてそうで恥ずかしいんだけど。

「だ、ダメ?こういうところだし、ちょっとくらい、なんて」
「いいですとも!何時間でも繋ぎましょう!!」

がっしと結城さんの手を握り、その感触に酔いしれる。
小さい。そして柔らかい。ちょっと冷たい。
ああ、このまま時間が止まったらいいのに。

「……あ、その手汗とか……」
「大丈夫……れんくんの手、あったかいなぁ」

次の瞬間、結城さんは信じられないことをする。
俺の握った手を、顔にもってきて頬ずりし始めた。

「!!」
「あ、ごめん……べたついたかな」
「そ、そんなこと……」

べたつきはしなかったが、全く関係ない部分が起きそうになってしまって、やや前かがみになる。

「どうしたの?」
「あ、いや……大丈夫だから、行こうか」

会場につくと、姉の言った通り出店にところせましとうんこが陳列されている。
カキ氷と書いた屋台では白い発泡スチロールのカップにうんこが降り注ぐ。
そして、ションベンをぶっかけている。

「…………」
「わぁ、私たこ焼き食べたい。あ、焼きそばある!りんご飴もいいなぁ!!」
「何、夜はまだまだこれからなんだし、好きなの食べなよ」
「うん、ちょっと買ってくる!!」

そう言って手が離れる。
離れたその手を、名残惜しげに見つめる。
手を、繋いでしまった。

俺の青春の一ページに、こんな輝かしい記録がされることになるなんて。
もう、今日は手を洗えない。

「へへ、お待たせ!」

あまりの量に店の人が気を遣ってくれたのか、ビニールの手提げに大量のうんこが詰め込まれていた。

「れんくんの分もあるからね!」
「えっと、いくらだった?俺払うよ」
「いいの、そんなの。あっち空いてるから、座って食べよう?」

これが普通の食料に見えるなら、何と素晴らしいデートなのだろうと思う。
ここに広げられた大量のうんこ、うんこ、うんこ。
匂いだけはやたらいい。
だが最近は何となく抵抗も薄れてきていて、目を開けたままでも食事が出来る様になってきていた。

「こういうところで食べる焼きそばとかって、美味しいよね」
「ああ、そうだね。雰囲気があるからなのかな」

それはね、君と食べているからですよ!
なんて俺みたいな童貞には言えるだけの力などない。
ぐひゅっ、と気持ち悪い笑いが漏れそうになるのを必死で堪える。

「あ、おっきいタコさん。はい、れんくん」

割り箸に乗せたちょっと大きめのうんこを、結城さんが俺に差し出す。

「え?」
「ほら、あーんって。先週もやったでしょ?」
「や、やったけど……」
「ほら、あーん!」

ちょっと大きめの声が出て、周りがこちらを見る。
こんなに人が見てるとこで……。

「ほら、冷めちゃうからっ」

結城さんが強引に俺の口を開けさせてタコを押し込まれる。
周りから、おお、っと声が聞こえる。

「おいし?」
「あ、うん」

味なんかわかんないから。
味よりも悶死しそうだ。
まだ慣れないし、こんなの……でも幸せな気分だ。

俺は大分腹具合も落ち着いてきていて、そろそろいいかな、なんて思っていたのだが結城さんはまだ色々食べている。
ほんと、あの体のどこに入るんだろ。

「れんくん、もう食べないの?はいこれ」

そう言ってパックを一つ渡される。
匂いは焼きそばだ。

「もう食べられない?」
「あ、いや大丈夫。いただきます」

少し冷めかけているのか、箸で持ち上げようとするとまとまってうんこが持ち上がる。
もたれ気味の俺の胃を、見た目でガンガン攻撃してくるやきそばの匂いのうんこ。
半分ほど食べて、そろそろギブアップ、と胃がいい始める。

「そろそろきつい?私食べようか?」
「あ、うん……お願いしちゃっていい?食べかけでごめんだけど」

焼きそばのパックを渡そうとして、少し身を乗り出す。
結城さんも受け取ろうとして手を伸ばした時、結城さんの手に焼きそばのパックがぶつかってパックが地面に落ちた。
結城さんがバランスを崩して倒れそうに見えて、反射的に結城さんの肩を掴んだ。

「あ……っと、結城さん、口にソースついてる……たこ焼きのかな」
「あ、とってとって」

子どもか、と思いながらも微笑ましい。
なら、と持参したポケットティッシュを取り出そうとした時、結城さんが思わぬことを言い出した。

「手、放しちゃうの?」
「へ?」
「そのままでも……取る方法、あるよ?」

まさか……お口で……なんて……。

「え、で、でも……」
「れんくんになら、そうしてほしい……かも……」

口の周りをソースで汚した彼女。
周りにはそう見えるのだろう。
俺にはうんこが口にべっとり付着している様にしか見えないわけだが。
それでもこのシチュエーションはやばい。

「じゃ、じゃあ……」

そう言って俺が顔を近づけていく。
結城さんは目を閉じて、大人しくしていた。


「あー!あそこでチューしようとしてる!!」


子どもの冷やかしが入り、二人ともがビクッとする。
こら、ダメでしょ!とか母親が怒っているのが聞こえて、俺も結城さんも我に帰った。

「あ、え、えと、ティッシュ持ってきてるから!」
「そ、そうだね、か、借りていい?」

結城さんの肩から手を放し、持参したティッシュを手渡す。
結城さんがそのパッケージを見て固まっていた。

「え、どうしたの……ああぁ!?」

パッケージには人妻ダイヤル、とか書いてあって、電話番号がいくつかと半裸の奥様のイラストが描かれていた。
あんのアマぁ……。
俺は普通にコンビニで買ってきたのを、入れといたはずなのに。

「れ、れんくんこういうの……」
「違うから。姉のいたずらだから」
「そ、そうなんだ。私とじゃメールしてても楽しくないのかな、なんて……」
「はぁ!?何でそうなる?楽しくないわけないだろ、アホか!」
「え、今アホって言った?」
「あ、いや……」
「だってれんくん、顔文字も絵文字も使ってくれないし!楽しそうに見えないし嫌々付き合ってくれてるのかなって……」
「ち、違うって。その……恥ずかしいだけだよ、ああいうの」
「じゃあ私は恥ずかしい子なの?そうなの!?」
「だぁから何でそうなるの。女の子はいいんだよ。男があんなの、恥ずかしいじゃんって」

むぅ、と膨れて結城さんが俺を見る。
ふぐみたいで可愛い。

「私、れんくんが楽しくないなら、メールとかしなくてもいい」
「え」
「私だけが楽しいんじゃ、一方通行じゃん……」
「いや、待って。楽しいって、本当に」
「嘘だもん。れんくんはきっと、部屋にあった本とか見ながら適当に仕方なくメール返してくれてるんだもん。私、毎日楽しくて仕方ないのに」
「な!?あんなん見ながらメールとか正気じゃねーだろ……」

一瞬その様子を想像してみる。
いや、やっぱないわ。

「じゃあ、楽しんでくれてるの?」
「毎日帰ってから、わくわくソワソワしてる」
「本当に?」
「本当に」
「私のこと、好き?」
「そりゃもう、当たり前じゃん……え?」
「…………」

今、何て?
俺、普通に答えちゃったけど、これはまずくないか?
んしょ、とか言いながら、結城さんはゴミを片付けて、俺の隣に座りなおす。

「……私も」
「え、え?」
「こんな人、他にいない」

そう言って俺の腕にしがみついてくる。

「だから……私と、付き合ってくれる?」
「え、あ……」
「…………」
「よ、喜んで」

わぁ!と周りから歓声が起こる。
驚いて周りを見ると、いつの間にか見物人が何人もいた。
さっきのガキのチューしてる発言から見てたのだろうか。

リア充滅びろ、とか怨嗟の声も中には混じっている。
なら見なきゃいいのに。
そんなことを考えながらも、心臓はまだバクバク言っている。
やらかした感の方が断然強い。
しかし、目の前の嬉しそうな彼女を見て、そんなことはどうでも良くなってしまった。

「じゃあよろしくね、れんくん」
「あ、ああ……」
「ああ、じゃないでしょー。本当は私のこと嫌いなの?」
「す、好き……です……」
「私も好き。我が儘いっぱい言うかもしれないけど、大丈夫?」
「俺に叶えられる範囲なら……」
「じゃあ、ここでキスして、って言ったら?」
「は?い、いやそれはちょっと」
「できないの?」

はやくしろー、とか見物人から声がかかる。
てかいつまで見てんだ、散れ!
内心で毒づくも、結城さんの声で現実に戻される。

「できないんだ?」
「え、あ、いや……何と言いますか……」
「じゃあ私がしちゃう」

んふ、と笑って、一気に結城さんが距離を詰めた。
逃げられない様にがっちり肩を掴まれて、呆気なく初めてのチューが達成されてしまう。
更に湧き上がる歓声。

兄ちゃんそれでも男かー!なんて言ってるやつもいる。
初めてのキスは、たこ焼きの味でした。


それから少し祭りを見て回って、時間も遅くなってきたので帰宅することになった。
もちろん結城さんの家まで送っていく。

「バイバイのチューは、れんくんからしてくれるよね?」

そんなことを言われて、俺の手はアル中患者のごとく震えたが俺、頑張った。
多分人生で一番頑張った。


俺、彼女持ちになってしまった。
帰りの道すがら、そんなことを考えて心が躍る。

「おかえりぃ……随分とお楽しみでしたね」

家に着くと魔王が、玄関に鎮座していた。
もしかしてこいつも、祭りに来ていたのだろうか。

「な、何だよ、お楽しみって……」
「あれあれぇ?チッスしてませんでしたぁ?」

やっぱりいたのかこいつ……。
一体どこから見てたんだよ。

「あ、ちなみにはやくしろー、って言ったのあたしだから」
「お前か!!……でも、あれがあったから……」
「そうだろうそうだろう……感謝していいんだぞ?もううれションものだっただろ、果報者め」

そう言って姉は玄関から自室へ篭って行った。
うれションはないが、今も少しまだ鼓動が収まらない。

だがこうして俺は、見事に無様に彼女をゲットできたのだった。
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