手の届く存在

スカーレット

文字の大きさ
2 / 144
本編

突然の……

しおりを挟む
女の子が、笑っていた。
会ったこともない女の子のはずなのに、違和感なく俺はその子と戯れていた。
笑い声にエコーがかかっている様に聞こえる。
俺も何がおかしいのか笑っている。
おかしいのは俺の頭か?
高いところに立った時の様な、腰の辺りがむずむずとする感覚があって、それが尚のこと俺を笑わせている様だった。

「見て、凄い大きい大根!」

その女の子が言い、俺はそちらを見る。
女の子の頭から巨大な大根が生えていた。

「おお!すっげぇ!人参みてぇ!!」

何故か人参というワードが俺の口をついて出て、そんな俺のセリフに反応したかの様に大根はみるみるうちにオレンジ色に色を変えて言った。

「あっはっは!そんなこと言うから大根が私の足になっちゃったじゃん!」
「大根足ってか!やかましいわ!!」

割と全力でツッコミを入れる俺。
どれくらい全力かと言うと、道場で瓦割りに挑むときくらい。
その裏拳でのツッコミを受け、女の子は物凄い勢いで吹っ飛んで行った。

「ふおおおおお!!」

彼女が男らしい悲鳴……いや雄叫びに近い叫びを上げる。
でも顔が笑顔だ。
殴られて喜ぶ趣味でもあるのだろうか。

「よーし、俺のしょんべんぶっかけて沢庵にしてやる!」

そう意気込んでマジで小便を引っ掛けるべくズボンをおろそうとしたその時。

「ちょっと!!起きなさいってば!!!」

悲鳴に近い金切り声と共に俺の左頬に衝撃が走った。
目の前がチカチカして、頬が熱を帯びる。
何が起きたのかわからず、周りを見回す。

「お、おお?」
「あ、目が覚めた!館長!」

先ほど俺に組み手を挑んできた姫沢春海が、俺の肩を掴んでいた。

「まだぼーっとしてるみたいだが、どうやら心配なさそうだな」

館長もほっと息をつく。

「あれ、大根の女の子は……?」

何故か俺は姫沢を見ながら言った。

「……は?あんた、私のこと大根足とか言いたいわけ?」

目が据わった女の子は年齢関係なく怖い。
その相手が美人であればあるほど、更に恐怖は増す。
そのことをその日、学習した。

「あ、ああ、いやそうじゃないんだ。夢だ夢!」

恐怖に顔を引きつらせて慌てて訂正する。
だからってゴボウ、とか言ったらまた怒るんだろうけど。
理不尽な話だよな。

結果から言うと、俺は姫沢に負けたらしい。
それもかなり無様に。
始めは姫沢も俺の手の内を探る感じで手加減してくれていたらしいが、途中から実力をだしてきて、俺は追い詰められた。
小学生の組み手とは思えない緊張感に耐えられなくなった俺は、まだ練習途中の技を使うことにした。
そこまでは何となく覚えている。

「浴びせ蹴りみたいな大技、あんなところで使ってくるとはね」

姫沢はため息をついてやれやれと言った感じで言う。
渾身の、という表現を俺の中では使ったつもりの浴びせ蹴りは姫沢に左手で軽くいなされ、そのまま無様に落下してめでたく俺は気を失ったというわけだ。

「くっ……お前本当に女かよ。ゴリラかっつーの」

精一杯のガキ染みた負け惜しみ。
実際ゴリラとはかけ離れた見た目をしていると思う。
だがそれが姫沢の怒りに火をつけたことは間違いない。

「女の子にゴリラ……?言って良いことと悪いことがあるって、教わってないのかな?」

轟く様な効果音とオーラが見えそうな気がした。

「いや……その……」

さすがに恐怖を感じて言いよどんでいたが、姫沢が拳を振り上げるのが見えて、咄嗟に目を閉じて歯を食いしばる。
だからゴリラとか言われんだろ?
暴力は何も生まない、そう教わってないのかお前こそ!

――来る……!

そう思ったが衝撃はこず、代わりに俺の顎に姫沢の手が添えられ、唇に柔らかいものが触れた。
それが何を意味するのか、理解するのにかなりの時間を要した。
周囲が更にざわつき、歓声の様な冷やかし混じりの声が聞こえる。
さすがに館長もまずいと思ったのか、俺と姫沢のところに駆けつけた。

「ここはデートスポットじゃないからな。続きは帰ってからにしろ。あと宇堂、明日になっても頭痛むなら病院行け。今日はここで解散!」

ませガキ、と館長の顔に書いてあるのが見えた気がする。
最後は周りにも向けて言った様だった。

「あの女……」

ショックから着替えも忘れて逃げる様に帰宅して、普段なら真っ先に食事に向かうところを俺は自室にいた。
まだ小学生なのに自分の部屋があるのかと、贅沢だと思うかもしれない。
だが俺の住処は一般的な小学生と違って、施設と呼ばれるところだし、相部屋だ。
生まれてすぐの赤ん坊だった俺はこの施設の前に捨てられていたらしく、それをここの先生が拾ってくれて育ててくれた。
赤ん坊だった俺の姿が、大きく輝く様に先生には見えたんだそうだ。
だから大輝。
何とも安直なネーミングだと思った。

「けど、見間違いだったかもね。テストも点数悪いし、よく怒られてるし」

先生は最近こんなことを言っていた。
必要あったんですかね、子どもにそんな辛辣な意見。
ほかにも八人ほど、俺と似た境遇のやつや親が暴力を、という問題を抱えたりという子どもが暮らしている。
先生を含めると丁度十人。
部屋は六個しかなく、決して大きいとは言えない施設。
雨風凌げて飯が食えて風呂トイレが使える。
それなり暖かい布団で寝られる。
その生活に不満はない。
親がいないという現実は、親の顔を見たことがないからなのか割とすんなり受け入れていたし、友達の親を見て羨ましいと思うことはあったが、それでも親の様に接してくれる人たちが、俺を寂しいとは思わせない様にしてくれていたのだと思う。

考えない様にしてはいたのだが、先ほど姫沢からされたことを脳内で自然と反芻してしまう。
あれは、マンガとかでよく見るキスってやつだ。
しかも、ほっぺにチューとかそんなんじゃない。
初めて会った相手に。
いきなり。
それも不意を突かれて。
所謂ファーストキスというやつを奪われた。
俺は乙女じゃないし、ファーストキスに夢なんか持っていなかったが、思いのほか衝撃はでかかった。
あいつはそういうの、慣れているのだろうか。
外国だと挨拶代わりにすることがあるとか聞いたことがある。
でもあいつ、日本人だよな多分。
そんなことを考えてモンモンとする。
胸の辺りがむずむずする。
顔が熱くなるのを感じる。

「どうしたんだよ、飯も食わずに」

背後から突然声がかかって、飛び上がるほど驚く。
同室の男子の、田所良平(たどころりょうへい)だった。

「り、良平!?何でもねーよ!飯は今から食いに行くんだ!」

良平は俺と同い年だが身長が高めで、俺より十センチ近く高い。
そのせいか少し大人びた印象がある。
実際には年相応の男の子らしく、ヒーローだのカッコいいものが好きだったりするが、何故か悪役が好き、という変わり者でもあった。

「早く行かないと、おかずなくなっちゃうぞ。今日は珍しく肉だからな」
「それを早く言えよ!」

経済的な事情から週に一、二回程度しか食べられない肉を逃したら大変だと、俺は急いで食堂という名のリビングへ向かった。

さっさと食って風呂入って寝てしまおう。
どうせもう姫沢に会うことなんかないだろう。
このときは無理やりにでもそう思い込もうとしていた。

だがあの出会いは俺にとって今後、忘れることのできない、かけがえのないものになっていく。
この時の俺は、そんなことも露知らず呑気に過ごしていたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤクザのお嬢は25人の婚約者に迫られてるけど若頭が好き!

タタミ
恋愛
関東最大の極道組織・大蛇組組長の一人娘である大蛇姫子は、18歳の誕生日に父から「今年中に必ず結婚しろ」と命じられる。 姫子の抵抗虚しく、次から次へと夫候補の婚約者(仮)が現れては姫子と見合いをしていくことに。 しかし、姫子には子どもの頃からお目付け役として世話をしてくれている組員・望月大和に淡い恋心を抱き続けていて──? 全25人の婚約者から真実の愛を見つけることはできるのか!?今、抗争より熱い戦いの幕が上がる……!!

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

借りてきたカレ

しじましろ
恋愛
都合の良い存在であるはずのレンタル彼氏に振り回されて…… あらすじ システムエンジニアの萩野みさをは、仕事中毒でゾンビのような見た目になるほど働いている。 人の良さにつけ込まれ、面倒な仕事を押しつけられたり、必要のない物を買わされたり、損ばかりしているが、本人は好きでやっていることとあまり気にしていない。 人並みに結婚願望はあるものの、三十歳過ぎても男性経験はゼロ。 しかし、レンタル彼氏・キキとの出会いが、そんな色の無いみさをの日常を大きく変えていく。 基本的にはカラッと明るいラブコメですが、生き馬の目を抜くIT企業のお仕事ものでもあるので、癖のあるサブキャラや意外な展開もお楽しみください!

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

昔好きだったお姉さんが不倫されたので落としに行ったら後輩からも好かれていた

九戸政景
恋愛
高校三年生の柴代大和は、小学校一年生の頃からの付き合いである秋田泰希の姉である夕希に恋心を抱いていたが、夕希の結婚をきっかけに恋心を諦めていた。 そして小学生の頃の夢を見た日、泰希から大和は夕希の離婚を伝えられ、それと同時にある頼みをされる。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end**

処理中です...