手の届く存在

スカーレット

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本編

~Girls side~第2話

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威勢の良い、可愛い男の子。
食べちゃいたいくらい(性的な意味でも)、可愛い男の子。
いい匂いのする、可愛い可愛い男の子。

そんな男の子が、私に手を足を懸命に当てようと繰り出してくる。
その全てを受け流し、避け、受け止め。
もう何合くらい打ち込んできたのだろう。

可愛い男の子、宇堂大輝くんはもう、半分フラフラだった。
全身汗だくで、はぁはぁ言ってる……(意味深)。
もう色々とたまらない。

だが、それはそうだろう。
攻撃の悉くが意味をなさず、しかし休むことなく打ち続けているのだから。
それに、空振りは当てるよりも体力を消費する。

更に言うなら、まだ子どもの体の宇堂くんは、体力がまだまだ発展途上なのだ。
私って、好きな男の子いじめたくなるタイプだったっけ……。
そろそろ楽にしてあげようかな。

そう思って、少しこちらからも手を出す。
根性は、なかなかのものかも。
私の動きの変化に、敏感に反応して対応しようとしている様だ。

ああ、いいなぁ……こういう子、最高。
名残惜しいけど、ここで潰れてもらっては困る。
そう思って勝負をつけるべく、腹部へ一撃を加えようとしたその時だった。

かかったな、と言わんばかりに宇堂くんは口元をにやりと歪め、上体を沈めた。
あれ、これはまさか……。
右足が、予期せぬ方向から飛んできた。

なるほど、内回し気味の浴びせ蹴り。
一瞬は受けてあげてもいいかな、なんて考えたりした。
けどその思いに反して、反射的に私の上体が逸れて左手がその足をいなしてしまった。

しまった、と思った。
ドドッ、と音がして宇堂くんは落下した。
骨が折れたりした様な音はしなかったが、宇堂くんは動かなかった。

「あっ……」

死んでいないのはすぐわかったが、どうしようと思った。
助けなければ。

「動かしてはダメだ、頭を打っている」

館長が優しく言う。
まぁ、治そうと思えば一瞬なんだけど。
見物人が多すぎるよなぁ……。

「待っていなさい」

館長があれこれ宇堂くんの体を触って無事を確かめていた。
ああああ……その役目、代わってもらっていいですか!

「脳震盪だな。もう少ししたら目が覚めると思うが」

心の中でほっと胸を撫で下ろす。
私の大人気なさが宇堂くんを壊してしまったら、なんて考えてぞっとした。
倒れている宇堂くんの様子を見るために、彼の右側辺りに腰掛ける。

ああ、寝顔も可愛い……。
何か私、危ない人みたい。
でもまぁ今更だよね。

「しかし、凄い実力の差だったな。大人と子どもの戦いかと錯覚したよ」

館長が言う。
そりゃ、大人と子どもですよ、実際には。
埋められるはずのない差。

だからこそ、育て甲斐がある。
青い果実って……美味しそう。

「まぁ、鍛錬の差……ですかね」
「なるほど、まぁ深くは聞かないでおこうか」
「そうしてもらえると、助かりますね」
「ところで……」

館長がニヤニヤしている。

「そんなに、宇堂が気に入ったか?」

本人は意地悪く質問したつもりなのだろう。
だが、それは愚問だったということを教えてあげよう。

「……そりゃもう!!だって、こんなにも可愛らしい子が、あんなに一生懸命私に情熱をぶつけようとして必死で汗だくになってはぁはぁ言いながら……」

一気に言ったところで館長に止められた。

「あ、ああ、もういい、もうわかったから。それ以上はやめてくれ。というか君、小学生だろう?何処でそんな言葉覚えてきたんだ……」

半ば呆れながら館長は言う。
ふん、私の羞恥心を煽ろうなんて百年早い。

それにしても、目が覚めないなぁ。
周りも徐々に稽古を終わって、ジュースなど飲んでいる。

「ぐっ……ションベン……」

声が聞こえた。
宇堂くんだった。
おしっこしたいのかな。

「ぶっかけて……」
「は!?」

何!?いきなり放尿プレイ要求されちゃう!?
そ、それはちょっとレベル高過ぎるよぉ……。
などとバカなことを一瞬考えるが、宇堂くんは目を覚ましそうで覚まさない。

そろそろ起きてもらわないとなぁ。
連絡先とか住んでるとことか聞きたいし。

「宇堂くん?」

軽く体を揺さぶる。
しかし、彼は目が覚めない。
このまま頂いてしまっても……ああ、ダメダメ。
もっと男の子から男の部分が出る様になってからじゃないと……!

「宇堂くんってば」

もう少しゆする。
すると、宇堂くんの手が動いた。
何故かズボンに手をかけてる。
ダメよ!まだそんな段階じゃない!!

「ちょっと!!起きなさいってば!!」

言いながらビンタを食らわせる。
有本くんに食らわせたデコピンと同程度の力を込めた。
肩を掴んで再びゆする。

ビクッとして宇堂くんが起き上がった。
何が起きたのか、と混乱した様子でキョロキョロと周りを見回している。
ああ、本当持って帰りたいくらい可愛い……。
パパとママ、許してくれるかな。

「お、おお?」

意識がはっきりしたらしく、私を見て身構える。

「あ、目が覚めた!館長!」
「まだぼーっとしてるみたいだが、どうやら心配なさそうだな」

私を見て、再度ニヤつく。
またああいうの聞かされたいんだろうか。

「あれ、大根の女の子は……?」

まだ寝ぼけているのか、宇堂くんは私を見て大根の女の子と言った。
大根……まさかとは思うけど私の足のこと?
私が?

「……は?あんたまさか、私のこと大根足とか言いたいわけ?」

ついついカッとなってしまう。
何度目だこれ。

「あ、ああ、いや、そうじゃないんだ。夢だ夢!」

宇堂くんが慌てて否定する。
ああもう……以下略。

それから、私は宇堂くんがどうなったのかを説明した。
聞いてる間の気恥ずかしそうなあの表情だけでご飯3杯はいけちゃう。

「浴びせ蹴りみたいな大技、あんなところで使ってくるとはね」

安心からため息が出て、やれやれと言う様なポーズを取った。

「くっ……お前本当に女かよ。ゴリラかっつーの」

宇堂大輝。お前もか。
負け惜しみだろうとわかってはいた。
だが、ゴリラという言葉に過剰反応してしまう。

「女の子にゴリラ……?言って良いことと悪いことがあるって、教わってないのかな……?」

知らず、黒いオーラがでる。

「いや……その……」

宇堂くんがあたふたし始める。
これまた新鮮だ。
もう少しだけ、ビビらせちゃうかな。

そう思い、拳を振り上げると、宇堂くんは目を閉じて歯を食いしばった。
ああ、本当に殴られると思っちゃったんだ。
でも、もう私が我慢できない。

振り上げた手は、宇堂くんの顎を掴んだ。
そして、そのまま宇堂くんの唇に私が吸い付く。
周りが更にざわついた。

「ここはデートスポットじゃないからな。続きは帰ってからにしろ。あと宇堂、明日になっても頭痛むなら病院行け。今日はここで解散!」

散れ散れ、と言わんばかりに館長が言った。
宇堂くんはというと、着替えもしないで一目散に逃げ出してしまった。
ちょっとやりすぎたかもしれない。

けれど、パパの実家に戻る私はもう、ウッキウキだった。
それはもううっかりして、自宅まで空を飛んで帰りそうになるほどに。

「ご機嫌だね、春海」
「わかる?」
「あら、何かいいことでもあった?」
「へへ……」

いつになく私は浮かれていて、その様子がパパとママにはとても喜ばしかった様だ。
私は帰りの車内でも、ずっと顔が緩みっぱなしだ。

「そんなにいいことがあったんだねぇ」
「うん、パパ?今度彼氏候補連れてきていい?」
「!?」

いきなり急ブレーキを踏むパパ。
珍しいこともあるもんだ。

「は、春海?かれ、彼氏候補って言ったの?今?」
「そうだよ?」
「な、何てことだ……あんなにパパ大好きって言ってた春海が……」
「ごめんねパパ、どんなに好きでも、肉親とは結婚できないんだよ?」
「ああ……ああ……そうだね……」
「あなた、大丈夫?運転代わりましょうか?」

その一言に正気を取り戻したのか、普段のキリッとした精悍な面構えのパパに戻る。
ママの運転、何かまずいのだろうか。

「大丈夫さ、母さん……春海、是非連れてきなさい。パパが、相応しいか見極めるから……!」

目の奥に炎が見える気がする。
再び車は走り出した様だ。

「彼に何かしたら……パパとはもう口利かないからね」

がーん、という効果音がパパの方から聞こえた気がしたが、私は気にもとめない。

家に着いて、簡単に夕飯を済ませてお風呂に入る。
まだ色気も何もない、貧相な体だけど……そのうちもっといい女になって彼を骨抜きに……できるかな?
ムフフ、と一人笑みを零して夜は更けていった。
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