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本編
~Girls side~第14話
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大輝との和解を経てから、早くも一年が経過していた。
私たちは中三になり、もうすぐ受験というところまできている。
クリスマスや年末年始を一緒に過ごし、様々な思い出を共有してきた私たち三人。
端から見たら異端な、歪な関係かもしれない。
それでも少しずつその絆を深めてきたつもりだ。
しかし、ここへきて近頃朋美の様子がおかしいことに気付く。
妊娠したりという心配は皆無だが、何かあった、ということを匂わせる誘い受けの状態を続けている。
かと言って、何かあったのかと問い詰めても暖簾に腕押し状態。
要領を得ないので、ひとまず本人が話す気になるまではそっとしておこうと言うことになった。
そんなある日、神界からの伝令が届く。
『宇堂大輝を生かす選択をする場合、桜井朋美を行かせてください。また、行かせるに当たって宇堂大輝を強くする必要があります。宇堂大輝を死なせる選択をする場合、桜井朋美を引き取る等の措置を推奨します』
何だこの伝令。
意味がわからない。
行かせる?
オルガスムに導けってこと?
そのイかせろじゃないって事だとどういう事だろう。
朋美が何処か行くってことだろうか。
考えられるのは、親の都合による引っ越し。
あとは……何だろ。
引き取るってことは、うちで面倒見るってこと?
今回はかなり大きな動きがありそうだ。
「俺たちにも言えない様なことなのかな」
ある日大輝が心配そうにこぼした。
私もある程度心配はしていたが、今は一応の理由の見当がついている。
「単に調子悪いだけだったりってこともありえるけどね」
今言ってしまうよりも、朋美本人から話を引き出す方がいいだろうと考え、適当にお茶を濁す。
大輝は訝しげな顔をしたが、深くは追求してこなかった。
更に数日が経過。
もうあと何日かでクリスマスという日のこと。
私は自室にいたが、大輝が朋美と一緒にいて、相談を持ちかけられてるんじゃないか、という予感がした。
こういう具体的な勘は大体当たる。
『やっぱ朋美変だわ。さっき何か言いかけてやめてた』
大輝からメールがきた。
『まさか、大輝がパパって呼ばれる日がくるなんてね。おめでとう』
ちょっといたずらしたくなって、大輝からしたらちょっと恐怖であろう文面を送る。
『そういう感じには見えなかったけどな』
そりゃそうだろう。
違うのなんかわかりきってる。
『うん、違うと思う。毎月ちゃんと来てるはずだよ』
そういう情報のやりとりは割と密にしている。
『私も、ちゃんと来てるから安心してね』
大輝からの返信はない。
冷たいなぁ。
可愛い彼女がちゃんと健康状態報告してるんだから、それなりの対応してくれてもいいのに。
興奮した!とかさ。
『このままじゃクリスマスがお通夜みたいなムードになっちゃうね。大輝、ちょっと明日辺り朋美を尾行してみて』
『は?尾行って……バレないか、さすがに』
普段の朋美なら普通に気付くだろう。
しかし今の朋美はもはやそんな余裕もない、というところだと推測される。
事態は思ったより深刻そうだ。
『大丈夫。多分別のことが気になってそれどころじゃないはずだから』
大輝から了解のメールを受け取る。
さて。
私は私に出来ることをしておかなければ。
「半年ぶりくらいか、よくきたな」
相変わらずの主婦、ヘイムダル。
転送地点にいなかったので変だと思ったら、ヴァルハラの窓を隅から隅までピカピカに磨き上げていた。
「向こうじゃ年末近いし大掃除のシーズンだけど、ヘイムダルも大掃除?」
「いや、私のは日課だ。このあと台所の掃除をだな」
「あ、そうなのね。ノルンいる?」
「いるぞ。今頃おやつでも食べてるんじゃないのか」
「そっか、じゃまたね」
ヴァルハラでおやつを食べてるのか。
私もご馳走になろうかな。
「やっほースルーズ。来ると思ってたよ」
「そうだろうね。なら用事もわかってるってことでいい?」
「もちろんだよ」
話が早くて助かる。
今回の伝令について、話せる限りのものでも情報が欲しかった。
「んーとね、スルーズのパーティーにいる、朋美?だよね」
「そうだね。行かせるってどういうこと?セックスしてオルガスムに導けばクリアなら楽なんだけど」
ノルンは飲んでいたお茶を盛大に吹き出した。
「ごほっ!な!何言ってるの!!そんな伝令だったらちゃんと具体的に言うよ……げほっ」
「そうか、ってことは別れが近いってこと?」
「んー……明らか」
ノルンは何やら考えている。
どう答えたものか、と言ったところか。
「単純に別れるってことじゃなさそうだね」
「あんまり喋っちゃうと、余計難しくなりそうなんだよね」
お茶を飲み、少し落ち着いたのかおやつを頬張る。
何だろうこれ、アップルパイ?
キラキラ輝いて見える。
「ああ、これ?ヘイムダルが作ってくれたんだよ。黄金林檎で作ったアップルパイ」
黄金林檎?
あれって確か、神力を底上げするドーピングみたいなもんじゃなかったっけ。
「何でまたそんなもん食べてるの?それとも普段からこう?」
「いやー、最近忙しくてね。疲れが目立つ様になったみたいで、ヘイムダルが見かねて作ってくれたの」
まぁ、楽な仕事ではないよなと思う。
全観測者の面倒見て伝令出して……。
私には絶対務まらない自信がある。
「美味しいの?見てたらお腹空いてきちゃった」
一切れ頂戴、という意志を込める。
「あー……スルーズも食べておいた方がいいかもしれないね」
「どういうこと?」
「今回、彼を生かしたいんだったら力を結構使うことになるから」
それなら、と遠慮なく頂くことにする。
人間の世界にはない、神話に出てくる禁断の果実。
私たち神はこれを定期的に摂取することで力を維持、もしくは向上させている。
味は申し分ない。
食感は……何故か鯖の煮付けを食べているときを思い出した。
シャキシャキ感とかは無縁の食感だ。
何でもないときに、観測者が食べてしまうと神力が溢れ出して止まらなくなったり、触れた人間に超常的な力を与えてしまったりという弊害が起こることもある。
「ねぇ、大輝を強くするってどういうこと?単純に戦闘能力を向上させたらいい?」
「そうだね、それはそれで間違いないよ。スルーズが稽古つけてあげたら大丈夫と思う……あ」
「あ」
二人して肝心なことに気付く。
今食べたアップルパイのおかげで向上してしまっている神力。
これが少しでも溢れ出してしまっている状態で大輝に触れることは、大輝に能力を付与してしまう懸念があるということ。
「稽古、だよね……どうしよ」
「あー…普段から抑える訓練しとく、とか」
「こんな膨大な力抑えろって?気を抜いたら元の姿が顕現しちゃいそうなんだけど。何かいい方法ないの?」
引きつった笑いを浮かべるノルン。
「残念ながら、ないかな……」
そんな!
これじゃ稽古どころか大輝とイチャイチャするのも支障が出る。
「ちなみに、この先また神力抑えないと行けない場面がくるから……その時の為と思って……ね」
この駄女神!
まぁ考えなしに食べちゃった私が言えたことではない。
「あと、お詫び代わりに朋美のこと、ある程度話すよ。支障のない範疇でだけど」
ノルンは申し訳なさそうにポツポツと語り始めた。
「なるほど、事情は理解した。背景もね。大輝が強くならないといけない理由ってもしかして」
「彼女の父親だね。あれが神とまで行かないけど、ラグナロクの頃のエインフェリア級に強い。下手なことしたら、大輝は殺されちゃうだろうね」
そんなやつが人間界にいようとは。
ちょっとだけ血が騒ぐが、今回は大輝が戦わないと意味がない。
「そっかぁ……今ここで神力少し放出してったらダメ?」
「オーディン様の雷よけきれる自信あるなら、どうぞ」
あー……やめとくのが無難だわ。
食らった時点で時間切れ確定だもん。
今回はかなり厄介だな……。
人間界に戻ると、早くも林檎の効果を体感する。
「お、おおお!?」
凄まじい力の奔流。
何とかして抑えつけるが、溢れ出たオーラの衝撃が部屋の窓ガラスにヒビを入れ、机の上に置いていたものが散乱する。
「くっ……鎮まれ……!!」
何かを抱きしめる様なポーズを取り、必死でオーラを引っ込める。
何で私がこんな中二病みたいな事……。
やっと収まってくれたみたいだが、疲労が半端でない。
戦女神の体の時はそうでもなかったはずなのに。
やはり神に近い能力を内包しているとは言え、所詮は人間の体ということか。
こんな状態で何日も過ごさないといけないなんて、今日は厄日か?
ガラスに入ったヒビは、私の力で直した。
力の出過ぎで防弾ガラス並の強度になってしまったが、やり直す気力はない。
肩で息をして、力を抑えることに尽力していると大輝からメールがきた。
『連絡遅くなってごめん。とりあえず朋美の家行ってきた』
大輝もある程度の事情を把握したということになる。
『そう……で、どうだった?』
『家族で九州に引っ越すんだって言ってたよ』
『やっぱり引っ越しなんだね。他には?』
『割とこっぴどくやられた。タコ坊主みたいな見た目してバケモンみたいな強さだったよ』
大輝をボコった……?
怒りに我を忘れ、知らず力が入ってしまう。
携帯がミシミシと音を立てる。
『そのタコ坊主、私が殺しちゃっていいの?』
『やめろ!俺が殴られたのは自業自得だし、こんなのすぐ治るから!』
許し難いやつだ。
こうなったら大輝を出来る限り強くして、私の代わりにボコってもらうか。
そう考えたら、俄然やる気が湧いてくる。
「俺のことより、問題は朋美のことだろ」
翌日、私は大輝の地元に出向いていた。
大輝の顔の絆創膏を見て、神力が溢れそうになるのを必死で堪える。
大輝の可愛い顔に、傷をつけたな……!
私の決意はより強固なものとなる。
その様子を見ていた大輝が怯えた表情で慌てて話題を変えた。
「どうにもならない……よなぁ、さすがにこればっかりは」
これだけ痛い目を見ても、大輝はまだ諦めていない。
心は折れていないということだろうか。
「一つだけ、方法があるよ」
「マジか?どんなのだ?」
大輝が私に希望を見いだしたのか、目をキラキラさせて私を見る。
いや、そんな顔しないで……この方法だと大輝死んじゃうんだから。
「うちで朋美を引き取る」
言うと、明らかに大輝は落胆した。
「それな……実は俺も考えたんだよ、提案はしなかったけど」
む、今回大輝は本気みたいだ。
「大輝にしては頭が回ったね」
つい憎まれ口を叩いてしまう。
素直に褒めちゃうと成長しない気がして。
「まぁ、それはいいとして」
私の家で朋美を引き取った場合に考えられることを話し合う。
あの性格だし、まず間違いなく朋美は負い目を感じる。
高校は何とかなるとして、その先は?
大学に行きたくてもそれを口に出来なかったり。
かと言ってうちみたいに大きな家で奨学金なんかまず下りない。
家で何とかできる経済力があるからだ。
自分の人生の視野を狭めてしまう結果に嘆いて、ロクなことにならないだろう。
更にはまともに挨拶に来ることが出来ない距離にいる両親。
会社の建て直しで手一杯だろうし、こっちに来るのも一苦労なはずだ。
八方塞がりの朋美はどんな人生を送るのか。
想像すると何だかやるせない気分になる。
「どっちにしても、今まで通りにってわけにいかないよね」
「そうだな……」
私としては、朋美には朋美らしく生きてほしい。
大輝を支えてほしいという気持ちもある。
しかし、それによって大輝が死んでしまうのなら本末転倒だ。
「大輝、どうしたい?」
方法は一つなのだが、それでも大輝が違うことを考えているのなら尊重はしたい。
結果として見送ることにはなるが、それでも大輝の意志を無視する様なことだけはしたくない。
「どうって…そりゃ今まで通りに、が理想ではあるけど……」
それが無理だから聞いてるんだけどね。
でも、大輝らしいと言える。
「もう一つ、これはパパ次第になっちゃうけど、方法はあるね」
あまり褒められた方法ではないことは承知の上だけど、これも一つの方法だ。
「もしかして、春喜さんの会社から融資してもらうってこと?」
そんなことにまで頭が回っていたなんて、少し大輝を見直した。
「それこそ、俺たち子供が口挟む話じゃなくなっちゃうんじゃないか?結果として朋美がこっちに残れても、引け目感じるのは同じだと思うんだが」
「やっぱりそうなるよね。打つ手なしか……」
となればやはり、当初の予定通りに動くしかない、ということになる。
「上手く行かないもんだなぁ……」
大輝がため息と共に声を漏らす。
「…………」
真面目に考えている大輝には悪いが、私は別のことを考えていた。
大輝に能力付与してしまった場合のことだ。
どんな反動や弊害があるのか、想像がつかない。
何千年も前に、誤って人間に能力付与をしてしまった者がいたのは知っている。
付与された人間は、その時は何ともなかったらしい。
だが、数日経っていきなり、その神の目の前で霧散した。
消滅したと言い換えてもいい。
力に肉体が耐えられなかったのではないかという仮説が立ち、能力を付与した直接の原因がその神であったため、結果としてその神が人間を殺したという判定が下され、人間の肉体は消滅した。
仮に、この神がその人間をエインフェリアにする手続きを踏んでいたのであれば、結果は全く違ったものになったと言われている。
ならば大輝をエインフェリアに……と考えたものの、まず承認されない。
必要性も理由もない。
人間には、いたずらに力を与えないと言うのが神界での不文律になっているのだ。
今回もその何千年前と同様に、大輝が死んでしまうとは限らないし、ノルンの言うとおりにしていくのであれば、寧ろ死んでしまう確率の方が低い。
なる様にしかならないか。
「大輝、傷大丈夫?」
「ああ……多少痛むけど、こんなの舐めときゃ治るだろ」
なら私が舐めて治してあげよう。
能力付与のことなんかすっかりと忘れて、私は大輝に顔を近づけた。
「そっか……じゃあ、舐めてあげるね」
「は!?」
慌てて後ずさる大輝。
私もはっと思い出して手を引っ込める。
「ま、待て!こんな人目あるとこで、そんなことやろうとしないで!」
「ダメ?自分じゃ舐めれないでしょ?」
一応、やる気はあるんだということをアピールだけしとく。
「春海のそういうの、他の男に見せたくないんだ、わかってくれ」
大輝がええかっこしぃで助かった。
「珍しくカッコつけたね、今日といい昨日といい」
「そ、そうね。ただカッコつけた結果がこれじゃな、結果的にカッコついてないことになっちまうんだが」
そんなことはない。
きっと勇敢に立ち向かったことだろう。
おそらくタコ坊主は大輝を認めているに違いない。
「大輝がカッコ良かったことなんて、私の記憶にはあんまりないんだけどね。いつも大体ヘタレてるし」
「そういうの、思うのは自由だけど口に出すのは勘弁してもらえませんかね……」
ちょっとガッカリした様子の大輝。
上げて落とすのはもう、様式美になりつつあった。
「今更じゃん。大輝がカッコ良かったことなんかほとんどないんだから、今回もカッコ悪く足掻いてみたら?」
暗にタコ坊主を叩きのめせと言っているのだ。
許すまじ……。
「!」
私の言葉に光明でも見たのか、大輝が何か考えている。
やがて大輝は私に向き直り、一つのお願いをしてきた。
私たちは中三になり、もうすぐ受験というところまできている。
クリスマスや年末年始を一緒に過ごし、様々な思い出を共有してきた私たち三人。
端から見たら異端な、歪な関係かもしれない。
それでも少しずつその絆を深めてきたつもりだ。
しかし、ここへきて近頃朋美の様子がおかしいことに気付く。
妊娠したりという心配は皆無だが、何かあった、ということを匂わせる誘い受けの状態を続けている。
かと言って、何かあったのかと問い詰めても暖簾に腕押し状態。
要領を得ないので、ひとまず本人が話す気になるまではそっとしておこうと言うことになった。
そんなある日、神界からの伝令が届く。
『宇堂大輝を生かす選択をする場合、桜井朋美を行かせてください。また、行かせるに当たって宇堂大輝を強くする必要があります。宇堂大輝を死なせる選択をする場合、桜井朋美を引き取る等の措置を推奨します』
何だこの伝令。
意味がわからない。
行かせる?
オルガスムに導けってこと?
そのイかせろじゃないって事だとどういう事だろう。
朋美が何処か行くってことだろうか。
考えられるのは、親の都合による引っ越し。
あとは……何だろ。
引き取るってことは、うちで面倒見るってこと?
今回はかなり大きな動きがありそうだ。
「俺たちにも言えない様なことなのかな」
ある日大輝が心配そうにこぼした。
私もある程度心配はしていたが、今は一応の理由の見当がついている。
「単に調子悪いだけだったりってこともありえるけどね」
今言ってしまうよりも、朋美本人から話を引き出す方がいいだろうと考え、適当にお茶を濁す。
大輝は訝しげな顔をしたが、深くは追求してこなかった。
更に数日が経過。
もうあと何日かでクリスマスという日のこと。
私は自室にいたが、大輝が朋美と一緒にいて、相談を持ちかけられてるんじゃないか、という予感がした。
こういう具体的な勘は大体当たる。
『やっぱ朋美変だわ。さっき何か言いかけてやめてた』
大輝からメールがきた。
『まさか、大輝がパパって呼ばれる日がくるなんてね。おめでとう』
ちょっといたずらしたくなって、大輝からしたらちょっと恐怖であろう文面を送る。
『そういう感じには見えなかったけどな』
そりゃそうだろう。
違うのなんかわかりきってる。
『うん、違うと思う。毎月ちゃんと来てるはずだよ』
そういう情報のやりとりは割と密にしている。
『私も、ちゃんと来てるから安心してね』
大輝からの返信はない。
冷たいなぁ。
可愛い彼女がちゃんと健康状態報告してるんだから、それなりの対応してくれてもいいのに。
興奮した!とかさ。
『このままじゃクリスマスがお通夜みたいなムードになっちゃうね。大輝、ちょっと明日辺り朋美を尾行してみて』
『は?尾行って……バレないか、さすがに』
普段の朋美なら普通に気付くだろう。
しかし今の朋美はもはやそんな余裕もない、というところだと推測される。
事態は思ったより深刻そうだ。
『大丈夫。多分別のことが気になってそれどころじゃないはずだから』
大輝から了解のメールを受け取る。
さて。
私は私に出来ることをしておかなければ。
「半年ぶりくらいか、よくきたな」
相変わらずの主婦、ヘイムダル。
転送地点にいなかったので変だと思ったら、ヴァルハラの窓を隅から隅までピカピカに磨き上げていた。
「向こうじゃ年末近いし大掃除のシーズンだけど、ヘイムダルも大掃除?」
「いや、私のは日課だ。このあと台所の掃除をだな」
「あ、そうなのね。ノルンいる?」
「いるぞ。今頃おやつでも食べてるんじゃないのか」
「そっか、じゃまたね」
ヴァルハラでおやつを食べてるのか。
私もご馳走になろうかな。
「やっほースルーズ。来ると思ってたよ」
「そうだろうね。なら用事もわかってるってことでいい?」
「もちろんだよ」
話が早くて助かる。
今回の伝令について、話せる限りのものでも情報が欲しかった。
「んーとね、スルーズのパーティーにいる、朋美?だよね」
「そうだね。行かせるってどういうこと?セックスしてオルガスムに導けばクリアなら楽なんだけど」
ノルンは飲んでいたお茶を盛大に吹き出した。
「ごほっ!な!何言ってるの!!そんな伝令だったらちゃんと具体的に言うよ……げほっ」
「そうか、ってことは別れが近いってこと?」
「んー……明らか」
ノルンは何やら考えている。
どう答えたものか、と言ったところか。
「単純に別れるってことじゃなさそうだね」
「あんまり喋っちゃうと、余計難しくなりそうなんだよね」
お茶を飲み、少し落ち着いたのかおやつを頬張る。
何だろうこれ、アップルパイ?
キラキラ輝いて見える。
「ああ、これ?ヘイムダルが作ってくれたんだよ。黄金林檎で作ったアップルパイ」
黄金林檎?
あれって確か、神力を底上げするドーピングみたいなもんじゃなかったっけ。
「何でまたそんなもん食べてるの?それとも普段からこう?」
「いやー、最近忙しくてね。疲れが目立つ様になったみたいで、ヘイムダルが見かねて作ってくれたの」
まぁ、楽な仕事ではないよなと思う。
全観測者の面倒見て伝令出して……。
私には絶対務まらない自信がある。
「美味しいの?見てたらお腹空いてきちゃった」
一切れ頂戴、という意志を込める。
「あー……スルーズも食べておいた方がいいかもしれないね」
「どういうこと?」
「今回、彼を生かしたいんだったら力を結構使うことになるから」
それなら、と遠慮なく頂くことにする。
人間の世界にはない、神話に出てくる禁断の果実。
私たち神はこれを定期的に摂取することで力を維持、もしくは向上させている。
味は申し分ない。
食感は……何故か鯖の煮付けを食べているときを思い出した。
シャキシャキ感とかは無縁の食感だ。
何でもないときに、観測者が食べてしまうと神力が溢れ出して止まらなくなったり、触れた人間に超常的な力を与えてしまったりという弊害が起こることもある。
「ねぇ、大輝を強くするってどういうこと?単純に戦闘能力を向上させたらいい?」
「そうだね、それはそれで間違いないよ。スルーズが稽古つけてあげたら大丈夫と思う……あ」
「あ」
二人して肝心なことに気付く。
今食べたアップルパイのおかげで向上してしまっている神力。
これが少しでも溢れ出してしまっている状態で大輝に触れることは、大輝に能力を付与してしまう懸念があるということ。
「稽古、だよね……どうしよ」
「あー…普段から抑える訓練しとく、とか」
「こんな膨大な力抑えろって?気を抜いたら元の姿が顕現しちゃいそうなんだけど。何かいい方法ないの?」
引きつった笑いを浮かべるノルン。
「残念ながら、ないかな……」
そんな!
これじゃ稽古どころか大輝とイチャイチャするのも支障が出る。
「ちなみに、この先また神力抑えないと行けない場面がくるから……その時の為と思って……ね」
この駄女神!
まぁ考えなしに食べちゃった私が言えたことではない。
「あと、お詫び代わりに朋美のこと、ある程度話すよ。支障のない範疇でだけど」
ノルンは申し訳なさそうにポツポツと語り始めた。
「なるほど、事情は理解した。背景もね。大輝が強くならないといけない理由ってもしかして」
「彼女の父親だね。あれが神とまで行かないけど、ラグナロクの頃のエインフェリア級に強い。下手なことしたら、大輝は殺されちゃうだろうね」
そんなやつが人間界にいようとは。
ちょっとだけ血が騒ぐが、今回は大輝が戦わないと意味がない。
「そっかぁ……今ここで神力少し放出してったらダメ?」
「オーディン様の雷よけきれる自信あるなら、どうぞ」
あー……やめとくのが無難だわ。
食らった時点で時間切れ確定だもん。
今回はかなり厄介だな……。
人間界に戻ると、早くも林檎の効果を体感する。
「お、おおお!?」
凄まじい力の奔流。
何とかして抑えつけるが、溢れ出たオーラの衝撃が部屋の窓ガラスにヒビを入れ、机の上に置いていたものが散乱する。
「くっ……鎮まれ……!!」
何かを抱きしめる様なポーズを取り、必死でオーラを引っ込める。
何で私がこんな中二病みたいな事……。
やっと収まってくれたみたいだが、疲労が半端でない。
戦女神の体の時はそうでもなかったはずなのに。
やはり神に近い能力を内包しているとは言え、所詮は人間の体ということか。
こんな状態で何日も過ごさないといけないなんて、今日は厄日か?
ガラスに入ったヒビは、私の力で直した。
力の出過ぎで防弾ガラス並の強度になってしまったが、やり直す気力はない。
肩で息をして、力を抑えることに尽力していると大輝からメールがきた。
『連絡遅くなってごめん。とりあえず朋美の家行ってきた』
大輝もある程度の事情を把握したということになる。
『そう……で、どうだった?』
『家族で九州に引っ越すんだって言ってたよ』
『やっぱり引っ越しなんだね。他には?』
『割とこっぴどくやられた。タコ坊主みたいな見た目してバケモンみたいな強さだったよ』
大輝をボコった……?
怒りに我を忘れ、知らず力が入ってしまう。
携帯がミシミシと音を立てる。
『そのタコ坊主、私が殺しちゃっていいの?』
『やめろ!俺が殴られたのは自業自得だし、こんなのすぐ治るから!』
許し難いやつだ。
こうなったら大輝を出来る限り強くして、私の代わりにボコってもらうか。
そう考えたら、俄然やる気が湧いてくる。
「俺のことより、問題は朋美のことだろ」
翌日、私は大輝の地元に出向いていた。
大輝の顔の絆創膏を見て、神力が溢れそうになるのを必死で堪える。
大輝の可愛い顔に、傷をつけたな……!
私の決意はより強固なものとなる。
その様子を見ていた大輝が怯えた表情で慌てて話題を変えた。
「どうにもならない……よなぁ、さすがにこればっかりは」
これだけ痛い目を見ても、大輝はまだ諦めていない。
心は折れていないということだろうか。
「一つだけ、方法があるよ」
「マジか?どんなのだ?」
大輝が私に希望を見いだしたのか、目をキラキラさせて私を見る。
いや、そんな顔しないで……この方法だと大輝死んじゃうんだから。
「うちで朋美を引き取る」
言うと、明らかに大輝は落胆した。
「それな……実は俺も考えたんだよ、提案はしなかったけど」
む、今回大輝は本気みたいだ。
「大輝にしては頭が回ったね」
つい憎まれ口を叩いてしまう。
素直に褒めちゃうと成長しない気がして。
「まぁ、それはいいとして」
私の家で朋美を引き取った場合に考えられることを話し合う。
あの性格だし、まず間違いなく朋美は負い目を感じる。
高校は何とかなるとして、その先は?
大学に行きたくてもそれを口に出来なかったり。
かと言ってうちみたいに大きな家で奨学金なんかまず下りない。
家で何とかできる経済力があるからだ。
自分の人生の視野を狭めてしまう結果に嘆いて、ロクなことにならないだろう。
更にはまともに挨拶に来ることが出来ない距離にいる両親。
会社の建て直しで手一杯だろうし、こっちに来るのも一苦労なはずだ。
八方塞がりの朋美はどんな人生を送るのか。
想像すると何だかやるせない気分になる。
「どっちにしても、今まで通りにってわけにいかないよね」
「そうだな……」
私としては、朋美には朋美らしく生きてほしい。
大輝を支えてほしいという気持ちもある。
しかし、それによって大輝が死んでしまうのなら本末転倒だ。
「大輝、どうしたい?」
方法は一つなのだが、それでも大輝が違うことを考えているのなら尊重はしたい。
結果として見送ることにはなるが、それでも大輝の意志を無視する様なことだけはしたくない。
「どうって…そりゃ今まで通りに、が理想ではあるけど……」
それが無理だから聞いてるんだけどね。
でも、大輝らしいと言える。
「もう一つ、これはパパ次第になっちゃうけど、方法はあるね」
あまり褒められた方法ではないことは承知の上だけど、これも一つの方法だ。
「もしかして、春喜さんの会社から融資してもらうってこと?」
そんなことにまで頭が回っていたなんて、少し大輝を見直した。
「それこそ、俺たち子供が口挟む話じゃなくなっちゃうんじゃないか?結果として朋美がこっちに残れても、引け目感じるのは同じだと思うんだが」
「やっぱりそうなるよね。打つ手なしか……」
となればやはり、当初の予定通りに動くしかない、ということになる。
「上手く行かないもんだなぁ……」
大輝がため息と共に声を漏らす。
「…………」
真面目に考えている大輝には悪いが、私は別のことを考えていた。
大輝に能力付与してしまった場合のことだ。
どんな反動や弊害があるのか、想像がつかない。
何千年も前に、誤って人間に能力付与をしてしまった者がいたのは知っている。
付与された人間は、その時は何ともなかったらしい。
だが、数日経っていきなり、その神の目の前で霧散した。
消滅したと言い換えてもいい。
力に肉体が耐えられなかったのではないかという仮説が立ち、能力を付与した直接の原因がその神であったため、結果としてその神が人間を殺したという判定が下され、人間の肉体は消滅した。
仮に、この神がその人間をエインフェリアにする手続きを踏んでいたのであれば、結果は全く違ったものになったと言われている。
ならば大輝をエインフェリアに……と考えたものの、まず承認されない。
必要性も理由もない。
人間には、いたずらに力を与えないと言うのが神界での不文律になっているのだ。
今回もその何千年前と同様に、大輝が死んでしまうとは限らないし、ノルンの言うとおりにしていくのであれば、寧ろ死んでしまう確率の方が低い。
なる様にしかならないか。
「大輝、傷大丈夫?」
「ああ……多少痛むけど、こんなの舐めときゃ治るだろ」
なら私が舐めて治してあげよう。
能力付与のことなんかすっかりと忘れて、私は大輝に顔を近づけた。
「そっか……じゃあ、舐めてあげるね」
「は!?」
慌てて後ずさる大輝。
私もはっと思い出して手を引っ込める。
「ま、待て!こんな人目あるとこで、そんなことやろうとしないで!」
「ダメ?自分じゃ舐めれないでしょ?」
一応、やる気はあるんだということをアピールだけしとく。
「春海のそういうの、他の男に見せたくないんだ、わかってくれ」
大輝がええかっこしぃで助かった。
「珍しくカッコつけたね、今日といい昨日といい」
「そ、そうね。ただカッコつけた結果がこれじゃな、結果的にカッコついてないことになっちまうんだが」
そんなことはない。
きっと勇敢に立ち向かったことだろう。
おそらくタコ坊主は大輝を認めているに違いない。
「大輝がカッコ良かったことなんて、私の記憶にはあんまりないんだけどね。いつも大体ヘタレてるし」
「そういうの、思うのは自由だけど口に出すのは勘弁してもらえませんかね……」
ちょっとガッカリした様子の大輝。
上げて落とすのはもう、様式美になりつつあった。
「今更じゃん。大輝がカッコ良かったことなんかほとんどないんだから、今回もカッコ悪く足掻いてみたら?」
暗にタコ坊主を叩きのめせと言っているのだ。
許すまじ……。
「!」
私の言葉に光明でも見たのか、大輝が何か考えている。
やがて大輝は私に向き直り、一つのお願いをしてきた。
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