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本編
~Girls side~第19話
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私が入院してから、早くも二週間近くが経つ。
私の体調は日を追うごとに悪くなっているのがわかる。
食べられる量なんかも大分減ってしまっているため、やつれ始めているのが自分でも目に見えてわかる様になった。
ママが学校に連絡を入れてくれたのを皮切りに、クラスメートなんかも私の事情を知ることになったのだと大輝から聞いている。
私の病状の悪化に伴って、面会時間にも制限が入る。
私の体力の低下を考慮してのものだそうだ。
あまり動くことができない私は、自力で立ち上がることさえ困難だった。
トイレに行くのも一苦労。
今のところ粗相はしていないが、それも時間の問題の様に思えた。
「苦しくないか?」
大輝は甲斐甲斐しく面倒を見てくれる。
もちろん、バイトがある日は来るなと言ってあるし、毎日ではないけど、それでも足まめに来てくれるのは嬉しかった。
以前みたいに恋人らしいことは何もできないけど、私は満足だった。
大輝はどうだろう。
必死で自分を押し殺しているんだろうか。
そんな窮屈な思いをさせてしまうくらいなら、いっそ今すぐにでもこの命の火が消えてしまったほうが大輝の為になるんじゃないかとさえ思う。
パパは週に二、三回ほど顔を見せる。
もっとも、忙しいのは相変わらずなので面会時間ギリギリまで、ということが出来ないんだけど。
ママは大体毎日来てくれる。
お弁当を作ってくれる日が続いたが、あるときを境にほとんど食べられなくなってしまってからは、胃に入れやすいものを選んで買ってきてくれる。
パパの会社にも、私の事情は知れ渡っている様だが、パパはそれでも責任を果たさないと、と言って自ら休んだりすることはないのだそうだ。
「私なら大丈夫だよ」
割と張って出したつもりの声が、掠れた様に細くなっている。
ちょっと前ならこれにもショックを受けたものだが、今やこれが私の声だと開き直っている。
そうじゃなければとてもじゃないがやっていられない。
大分やつれたし、痩せたなと思う。
まるで何処かの国の難民みたいだ。
事情が事情だから仕方ない、と大輝は言ってくれる。
本音なのか、建前なのかはわからない。
それでも大輝は一緒に居てくれる。
「腹、減ってないか?りんご擦ってやるよ」
「ありがとう、でも大丈夫」
流動食や液状のものであればお腹に入れられることがわかっているので、大輝はよくりんごを擦ったりしてくれた。
最近ではこれも、一日に数回程度お腹に入れればもう満腹だった。
その時はもう、すぐそこまできているんだろうか。
大輝は最近野口さんや宮本さんと仲が良いらしく、孤独に耐える大輝を支えてくれる存在っていうだけで感謝している。
あの二人はきっと、大輝をほっといたりしないだろう。
朋美もいれば大輝はもっと強くいられるのかもしれないが、ないものねだりをしても仕方ない。
仲が良いだけあって、衝突したりということもあったみたいだ。
大輝がカッコつけて、あんまり俺に構うな、なんて言ったんだとか。
そういうの憧れる年頃なのはわかるけど、本気で愛想尽かされたりしない様にしてほしい。
まぁ、あの二人は既に大輝にほの字だからその心配はないと思いたいところだけど。
惚れちゃダメだよ、なんて言うんじゃなかった。
この有様で私が恋人です、なんてどの面下げて言うのか。
大輝はそんなこともう忘れているかもしれないが、私がいる限りはきっと、あの二人がどんなにアプローチをかけたところで暖簾に腕押しになるだろう。
朋美もいない現状、大輝の心の支えはたとえ代用品になってしまうとしても必要だと思う。
しかしそれは、私ではもう勤まらないのだ。
大輝もかなり無理をしているのがわかる。
ご飯だってそんなに食べてないだろうし、もしかしたら夜だって眠れていない。
なのに学校にはちゃんと毎日行っていて、バイトがあればバイトに行って、なければ私なんかに会いに来てくれるのだ。
このままじゃ大輝が壊れてしまう。
あの二人が、何とかして大輝を守ってくれないだろうか。
そうすれば私は、何の憂いもなく死を受け入れることができる。
私はまだ、このままじゃ死ねない。
その思いに、体が応える。
それだけが、命を繋ぐ理由になりつつあった。
今日は大輝のバイトがあるので、ママがきて以降誰も来ない予定だったはずだ。
携帯をいじるのもかなり体力を使ってしまうというこの有様。
まどろむことがなくても、ただただ横になって天井を見つめることが多くなった。
一日に二回程度、女医さんは様子を見に来てくれ、世間話をして戻っていく。
それが終わると、もうただひたすらにぼーっとしてるしかなくなるのだ。
ところが、今日は来客があった。
「姫沢さん」
宮本さんと、野口さんだった。
「二人だけで、きてくれたの?」
「当たり前でしょ。友達なんだから」
野口さんが言う。
「今日はね、少し春海ちゃんに話しておきたいこともあってさ」
何だろう。
二人が顔を見合わせる。
「じゃあ、私から」
野口さんが咳払いをして、椅子に座った。
「えっとね……私、こんな時にって思われるかもしれないんだけど……」
「どうしたの?」
「私、宇堂くんが好きみたい」
「なぁんだ、そんなことか」
「へ?」
野口さん、宮本さん、二人の様子を見てれば何となくわかる。
大輝を必死で支えようとするその姿勢、ただの友達では有り得ないだろうことが。
「わかってたよ。やっぱり宮本さんも、同じこと言おうとしてた?」
「え、ええ」
あっという間に看破されて、二人とも拍子抜けした顔をしている。
「あの……」
宮本さんがおずおずと尋ねる。
「ん?」
「怒らないの?姫沢さんの彼氏なのに」
「怒る権利なんか、今の私にはないよ。だって、恋人なんて言ってもそれらしいこと大輝にしてあげられてないんだし」
「それでも、宇堂くんは姫沢さんを恋人だと思っていると思うけど……」
「大輝は、そうだろうね。そういう人間だから。私がどうなっても、あの姿勢をきっと貫くんだろうと思うよ」
天井を見つめて、ため息をつく。
やっぱりか。
でも、この二人なら。
「正直なこと言うと、私安心してるんだ」
二人は意外そうな顔をした。
「何で、って聞いてもいい?」
野口さんが言う。
「大輝ね、ああ見えて二人のことかなり信頼してると思う。女の子としてみてるかはわからないけど……」
「それは少なからず感じる部分あるけど」
「大輝が間違っちゃったり、疲れちゃったりしたら、きっと二人は連れ戻してくれるでしょ?」
二人ともがはっとした。
「だから、私は嫉妬したりってことはないんだ。寧ろ、嬉しく思ってる。本当だよ?」
これからの私に出来ないことを、二人ならやってくれる。
私はそう思って、嬉しくなった。
大輝は私がいなくなっても、独りじゃない。
「でも、今宇堂くんにとっての頑張る理由は、姫沢さん、あなただわ。これは間違いようがない」
「そうだろうね。けど、その役目はもうすぐ終わると思う。そうなったときに、大輝が間違えたりしない様に、二人が居てくれる」
私がどうなっても、彼が自分を見失わない様に。
三人で叱咤激励しあって、お互いを支えて行ってくれれば私は十分だ。
そして翌日。
今日はバイトもないので大輝は野口さんと宮本さんも連れてやってきた。
二人から、昨日のことは内緒で、といわれたので了承している。
ただ、昨日までと違って今日は面会が十八時半までになっている。
昨日までは十九時まで大丈夫だったのに。
三十分の短縮は大きい。
「春海、聞いてくれよ。野口がさ……」
野口さんが私と朋美のことを宮本さんにうっかりバラしてしまって、大輝が宮本さんから生暖かい視線を浴びせられたことを語る。
その様子を想像して笑った。
「あれも、そういえば私の提案だったっけ。後悔してる?」
昨日のことがあって、少し気になってはいた。
「してない。今も大事だよ、春海も朋美も」
きっぱりと言い切る大輝。
宮本さんは複雑そうな顔をしている。
「宇堂くんの言ってたこと、本当だったのね」
宮本さんが少し、冷ややかな視線を浴びせている。
一瞬たじろぐ大輝だったが、すぐにキリっとして言い返す。
「だからそう言っただろ……二股って言われるのはやや心外だけどな」
「世間的にはそれは二股だと思うけども」
まぁ確かに。
それでも、それが私たちの、少し歪な愛情の形だった。
今はそれすらも形を為していないことが悔やまれる。
「大輝、朋美と連絡取ってる?」
「……いや。最近はメールもしてない、そういえば」
朋美のことを忘れるほどに、私を愛してくれるのは嬉しい。
それでも、大輝が今頑張る理由の半分は、元々朋美のものなのだ。
なかったことにしてはいけない。
「ダメだよ。離れてても二人は、約束しあった二人なんだから」
「わかった、帰ってからでも連絡してみるよ」
「うん、そうしてあげて。きっと待ってるから」
「朋美さん?ってどんな人なの?」
さすがに気になるのか、宮本さんが質問を投げる。
「親父がめちゃくちゃおっかない。危うく俺、殺されるところだったからな」
そう言うと、宮本さんは驚いた顔をした。
「両親に会ったの?すごいわね……その勇気だけは賞賛に値するわ」
明らかな嫌味だ。
多分、想像していることは事実と大分違うんじゃないかなって思った。
「そりゃありがとうよ。まぁ、最終的には認めてもらえたけどな」
「宇堂くんの周りは変わり者だらけね」
あきれた様子で宮本さんが言う。
「その周りって、お前も含まれてることを忘れるなよ?」
大輝の発言に、宮本さんは眉一つ動かさず応えた。
「私は自分が普通だなんて思ったことないわ。だからクラスでも浮いたりしてたんだし。だから姫沢さんの存在はありがたかったのよ」
宮本さんとの出会い……どんなだっけ。
ああ、そうか。
確か、朝の登校のときに、クラスメイトに話しかけられて
「そう、わかったから放っておいて頂戴」
なんて言っていたのが確か宮本さんだったか。
どこのお蝶婦人?なんて思ったものだが、私は何となく興味が湧いた。
「ごきげんよう、気分はいかがかしら?」
わざと宮本さんの口調を誇張して昼休みに話しかけたのだ。
「何よそれ、私の真似のつもりかしら?」
「……似てなかった?」
「本当に私の真似だったのね……でも普通そういうの、本人には言わないものよ?」
「うん、まぁ普通はね。でも、宮本さんも私も、普通じゃないじゃん」
宮本さんは雷にでも撃たれたかの様な顔をした。
それからだったかな、どちらからともなく話す様になった。
「私も変わり者だから……話せる人がいるのは嬉しかった。宮本さんの存在は大きかったよ」
「野口は……まぁ俺たちがいるもんな」
大輝はどうでもいっか、とでも言いたげにいい加減に言う。
「私は一人のときは専ら妄想に耽ってるから」
めげない野口さん。
さすがのメンタルです。
「あ、その先は言わなくていいです」
「ひどい!何でよー」
私を元気付けようとしてくれているんだろう、下らない話も私には安らぎの時間だった。
こういう時間は流れるのが本当に早い。
「ああ、もうこんな時間か……」
時計を見ながら大輝が名残惜しそうに言う。
時刻は十八時半少し前くらい。
面会時間は終わってしまう。
「ごめんね、もっと早く来られたらいいのに……」
野口さんが俯いて言う。
そういえば野口さんは大輝に告白したりしないんだろうか。
二人で支えてくれるなら、私はもう特に文句はない。
「学校は大事だよ。私の為に学校の時間まで削ったりしないでね」
「……俺、学校休んでくるのもありかなって思ってる」
「ダメ。来るならちゃんと終わってからにして。じゃなかったら、看護士さんに言って面会断ってもらうからね」
ちょっと厳しいかなって思ったけど、これくらい言わないときっと、大輝は来ちゃうから。
「……だよな、春海ならそう言うと思ってた」
「また、会えるから大丈夫」
私がそう言うと、大輝は少し笑って私の頭をなでてくれる。
軽く手を振って、三人は病室を出た。
三人が帰ると、とたんに静けさを取り戻す病室。
見ていた限りでは、あの三人はいい関係を築けそうだ。
それぞれがしっかりと自分を持っている。
大輝だけは今は不安定で怖いところもあるが、あの二人がいる限り大丈夫、根拠はないけどそう思えた。
晩御飯が運ばれてくる。
昨日までは誰かが居て、誰かに分けてあげたりして何とか完食できたものだったが、今日はそうはいかない。
看護士さんが、忙しいだろうにゆっくりと食べさせようとしてくれたが、半分も食べられなかった。
カーテンはまだ閉められていなかったので、窓の外を見ると、雨雲が出始めていた。
雨が降りそうだ。
雨は何となく好きになれない。
もう外に出ることもないのだろうから、そんな心配もないのだが、大輝たちは濡れずに帰れるだろうか。
風邪など引いたりしては大変だし、早めに帰ってくれていることを祈る。
いつの間にか眠りに落ちていた様で、目を開けると外はもう暗くなっているのかカーテンが閉められていた。
時計を見ると、夜の九時になろうとしているところだった。
もう大輝は帰っている頃かな、と思い携帯を取り出そうとしたとき。
急に目の前が暗くなった。
停電か?と思ったがどうも違う。
呼吸も上手く出来ない。
空気が上手く吸い込めない。
苦しくなって、姿勢を変えようとしたところで腕がナースコールに引っかかって、落としてしまう。
その拍子にボタンが地面に当たったかして、看護士さんが何やら叫んでいた。
よく聞こえない。
声も出ない。
もしかして、もうダメなのだろうか。
そう思ったその時、視界が蘇った。
いつの間にか私は血を吐いていた。
遠く、バタバタと足音がするのを、何処か他人事の様に聞いている私がいる。
外は、どうやら雨が降り出したのか湿った匂いと血の匂いが交じり合って、私の心を更に暗くした。
私の体調は日を追うごとに悪くなっているのがわかる。
食べられる量なんかも大分減ってしまっているため、やつれ始めているのが自分でも目に見えてわかる様になった。
ママが学校に連絡を入れてくれたのを皮切りに、クラスメートなんかも私の事情を知ることになったのだと大輝から聞いている。
私の病状の悪化に伴って、面会時間にも制限が入る。
私の体力の低下を考慮してのものだそうだ。
あまり動くことができない私は、自力で立ち上がることさえ困難だった。
トイレに行くのも一苦労。
今のところ粗相はしていないが、それも時間の問題の様に思えた。
「苦しくないか?」
大輝は甲斐甲斐しく面倒を見てくれる。
もちろん、バイトがある日は来るなと言ってあるし、毎日ではないけど、それでも足まめに来てくれるのは嬉しかった。
以前みたいに恋人らしいことは何もできないけど、私は満足だった。
大輝はどうだろう。
必死で自分を押し殺しているんだろうか。
そんな窮屈な思いをさせてしまうくらいなら、いっそ今すぐにでもこの命の火が消えてしまったほうが大輝の為になるんじゃないかとさえ思う。
パパは週に二、三回ほど顔を見せる。
もっとも、忙しいのは相変わらずなので面会時間ギリギリまで、ということが出来ないんだけど。
ママは大体毎日来てくれる。
お弁当を作ってくれる日が続いたが、あるときを境にほとんど食べられなくなってしまってからは、胃に入れやすいものを選んで買ってきてくれる。
パパの会社にも、私の事情は知れ渡っている様だが、パパはそれでも責任を果たさないと、と言って自ら休んだりすることはないのだそうだ。
「私なら大丈夫だよ」
割と張って出したつもりの声が、掠れた様に細くなっている。
ちょっと前ならこれにもショックを受けたものだが、今やこれが私の声だと開き直っている。
そうじゃなければとてもじゃないがやっていられない。
大分やつれたし、痩せたなと思う。
まるで何処かの国の難民みたいだ。
事情が事情だから仕方ない、と大輝は言ってくれる。
本音なのか、建前なのかはわからない。
それでも大輝は一緒に居てくれる。
「腹、減ってないか?りんご擦ってやるよ」
「ありがとう、でも大丈夫」
流動食や液状のものであればお腹に入れられることがわかっているので、大輝はよくりんごを擦ったりしてくれた。
最近ではこれも、一日に数回程度お腹に入れればもう満腹だった。
その時はもう、すぐそこまできているんだろうか。
大輝は最近野口さんや宮本さんと仲が良いらしく、孤独に耐える大輝を支えてくれる存在っていうだけで感謝している。
あの二人はきっと、大輝をほっといたりしないだろう。
朋美もいれば大輝はもっと強くいられるのかもしれないが、ないものねだりをしても仕方ない。
仲が良いだけあって、衝突したりということもあったみたいだ。
大輝がカッコつけて、あんまり俺に構うな、なんて言ったんだとか。
そういうの憧れる年頃なのはわかるけど、本気で愛想尽かされたりしない様にしてほしい。
まぁ、あの二人は既に大輝にほの字だからその心配はないと思いたいところだけど。
惚れちゃダメだよ、なんて言うんじゃなかった。
この有様で私が恋人です、なんてどの面下げて言うのか。
大輝はそんなこともう忘れているかもしれないが、私がいる限りはきっと、あの二人がどんなにアプローチをかけたところで暖簾に腕押しになるだろう。
朋美もいない現状、大輝の心の支えはたとえ代用品になってしまうとしても必要だと思う。
しかしそれは、私ではもう勤まらないのだ。
大輝もかなり無理をしているのがわかる。
ご飯だってそんなに食べてないだろうし、もしかしたら夜だって眠れていない。
なのに学校にはちゃんと毎日行っていて、バイトがあればバイトに行って、なければ私なんかに会いに来てくれるのだ。
このままじゃ大輝が壊れてしまう。
あの二人が、何とかして大輝を守ってくれないだろうか。
そうすれば私は、何の憂いもなく死を受け入れることができる。
私はまだ、このままじゃ死ねない。
その思いに、体が応える。
それだけが、命を繋ぐ理由になりつつあった。
今日は大輝のバイトがあるので、ママがきて以降誰も来ない予定だったはずだ。
携帯をいじるのもかなり体力を使ってしまうというこの有様。
まどろむことがなくても、ただただ横になって天井を見つめることが多くなった。
一日に二回程度、女医さんは様子を見に来てくれ、世間話をして戻っていく。
それが終わると、もうただひたすらにぼーっとしてるしかなくなるのだ。
ところが、今日は来客があった。
「姫沢さん」
宮本さんと、野口さんだった。
「二人だけで、きてくれたの?」
「当たり前でしょ。友達なんだから」
野口さんが言う。
「今日はね、少し春海ちゃんに話しておきたいこともあってさ」
何だろう。
二人が顔を見合わせる。
「じゃあ、私から」
野口さんが咳払いをして、椅子に座った。
「えっとね……私、こんな時にって思われるかもしれないんだけど……」
「どうしたの?」
「私、宇堂くんが好きみたい」
「なぁんだ、そんなことか」
「へ?」
野口さん、宮本さん、二人の様子を見てれば何となくわかる。
大輝を必死で支えようとするその姿勢、ただの友達では有り得ないだろうことが。
「わかってたよ。やっぱり宮本さんも、同じこと言おうとしてた?」
「え、ええ」
あっという間に看破されて、二人とも拍子抜けした顔をしている。
「あの……」
宮本さんがおずおずと尋ねる。
「ん?」
「怒らないの?姫沢さんの彼氏なのに」
「怒る権利なんか、今の私にはないよ。だって、恋人なんて言ってもそれらしいこと大輝にしてあげられてないんだし」
「それでも、宇堂くんは姫沢さんを恋人だと思っていると思うけど……」
「大輝は、そうだろうね。そういう人間だから。私がどうなっても、あの姿勢をきっと貫くんだろうと思うよ」
天井を見つめて、ため息をつく。
やっぱりか。
でも、この二人なら。
「正直なこと言うと、私安心してるんだ」
二人は意外そうな顔をした。
「何で、って聞いてもいい?」
野口さんが言う。
「大輝ね、ああ見えて二人のことかなり信頼してると思う。女の子としてみてるかはわからないけど……」
「それは少なからず感じる部分あるけど」
「大輝が間違っちゃったり、疲れちゃったりしたら、きっと二人は連れ戻してくれるでしょ?」
二人ともがはっとした。
「だから、私は嫉妬したりってことはないんだ。寧ろ、嬉しく思ってる。本当だよ?」
これからの私に出来ないことを、二人ならやってくれる。
私はそう思って、嬉しくなった。
大輝は私がいなくなっても、独りじゃない。
「でも、今宇堂くんにとっての頑張る理由は、姫沢さん、あなただわ。これは間違いようがない」
「そうだろうね。けど、その役目はもうすぐ終わると思う。そうなったときに、大輝が間違えたりしない様に、二人が居てくれる」
私がどうなっても、彼が自分を見失わない様に。
三人で叱咤激励しあって、お互いを支えて行ってくれれば私は十分だ。
そして翌日。
今日はバイトもないので大輝は野口さんと宮本さんも連れてやってきた。
二人から、昨日のことは内緒で、といわれたので了承している。
ただ、昨日までと違って今日は面会が十八時半までになっている。
昨日までは十九時まで大丈夫だったのに。
三十分の短縮は大きい。
「春海、聞いてくれよ。野口がさ……」
野口さんが私と朋美のことを宮本さんにうっかりバラしてしまって、大輝が宮本さんから生暖かい視線を浴びせられたことを語る。
その様子を想像して笑った。
「あれも、そういえば私の提案だったっけ。後悔してる?」
昨日のことがあって、少し気になってはいた。
「してない。今も大事だよ、春海も朋美も」
きっぱりと言い切る大輝。
宮本さんは複雑そうな顔をしている。
「宇堂くんの言ってたこと、本当だったのね」
宮本さんが少し、冷ややかな視線を浴びせている。
一瞬たじろぐ大輝だったが、すぐにキリっとして言い返す。
「だからそう言っただろ……二股って言われるのはやや心外だけどな」
「世間的にはそれは二股だと思うけども」
まぁ確かに。
それでも、それが私たちの、少し歪な愛情の形だった。
今はそれすらも形を為していないことが悔やまれる。
「大輝、朋美と連絡取ってる?」
「……いや。最近はメールもしてない、そういえば」
朋美のことを忘れるほどに、私を愛してくれるのは嬉しい。
それでも、大輝が今頑張る理由の半分は、元々朋美のものなのだ。
なかったことにしてはいけない。
「ダメだよ。離れてても二人は、約束しあった二人なんだから」
「わかった、帰ってからでも連絡してみるよ」
「うん、そうしてあげて。きっと待ってるから」
「朋美さん?ってどんな人なの?」
さすがに気になるのか、宮本さんが質問を投げる。
「親父がめちゃくちゃおっかない。危うく俺、殺されるところだったからな」
そう言うと、宮本さんは驚いた顔をした。
「両親に会ったの?すごいわね……その勇気だけは賞賛に値するわ」
明らかな嫌味だ。
多分、想像していることは事実と大分違うんじゃないかなって思った。
「そりゃありがとうよ。まぁ、最終的には認めてもらえたけどな」
「宇堂くんの周りは変わり者だらけね」
あきれた様子で宮本さんが言う。
「その周りって、お前も含まれてることを忘れるなよ?」
大輝の発言に、宮本さんは眉一つ動かさず応えた。
「私は自分が普通だなんて思ったことないわ。だからクラスでも浮いたりしてたんだし。だから姫沢さんの存在はありがたかったのよ」
宮本さんとの出会い……どんなだっけ。
ああ、そうか。
確か、朝の登校のときに、クラスメイトに話しかけられて
「そう、わかったから放っておいて頂戴」
なんて言っていたのが確か宮本さんだったか。
どこのお蝶婦人?なんて思ったものだが、私は何となく興味が湧いた。
「ごきげんよう、気分はいかがかしら?」
わざと宮本さんの口調を誇張して昼休みに話しかけたのだ。
「何よそれ、私の真似のつもりかしら?」
「……似てなかった?」
「本当に私の真似だったのね……でも普通そういうの、本人には言わないものよ?」
「うん、まぁ普通はね。でも、宮本さんも私も、普通じゃないじゃん」
宮本さんは雷にでも撃たれたかの様な顔をした。
それからだったかな、どちらからともなく話す様になった。
「私も変わり者だから……話せる人がいるのは嬉しかった。宮本さんの存在は大きかったよ」
「野口は……まぁ俺たちがいるもんな」
大輝はどうでもいっか、とでも言いたげにいい加減に言う。
「私は一人のときは専ら妄想に耽ってるから」
めげない野口さん。
さすがのメンタルです。
「あ、その先は言わなくていいです」
「ひどい!何でよー」
私を元気付けようとしてくれているんだろう、下らない話も私には安らぎの時間だった。
こういう時間は流れるのが本当に早い。
「ああ、もうこんな時間か……」
時計を見ながら大輝が名残惜しそうに言う。
時刻は十八時半少し前くらい。
面会時間は終わってしまう。
「ごめんね、もっと早く来られたらいいのに……」
野口さんが俯いて言う。
そういえば野口さんは大輝に告白したりしないんだろうか。
二人で支えてくれるなら、私はもう特に文句はない。
「学校は大事だよ。私の為に学校の時間まで削ったりしないでね」
「……俺、学校休んでくるのもありかなって思ってる」
「ダメ。来るならちゃんと終わってからにして。じゃなかったら、看護士さんに言って面会断ってもらうからね」
ちょっと厳しいかなって思ったけど、これくらい言わないときっと、大輝は来ちゃうから。
「……だよな、春海ならそう言うと思ってた」
「また、会えるから大丈夫」
私がそう言うと、大輝は少し笑って私の頭をなでてくれる。
軽く手を振って、三人は病室を出た。
三人が帰ると、とたんに静けさを取り戻す病室。
見ていた限りでは、あの三人はいい関係を築けそうだ。
それぞれがしっかりと自分を持っている。
大輝だけは今は不安定で怖いところもあるが、あの二人がいる限り大丈夫、根拠はないけどそう思えた。
晩御飯が運ばれてくる。
昨日までは誰かが居て、誰かに分けてあげたりして何とか完食できたものだったが、今日はそうはいかない。
看護士さんが、忙しいだろうにゆっくりと食べさせようとしてくれたが、半分も食べられなかった。
カーテンはまだ閉められていなかったので、窓の外を見ると、雨雲が出始めていた。
雨が降りそうだ。
雨は何となく好きになれない。
もう外に出ることもないのだろうから、そんな心配もないのだが、大輝たちは濡れずに帰れるだろうか。
風邪など引いたりしては大変だし、早めに帰ってくれていることを祈る。
いつの間にか眠りに落ちていた様で、目を開けると外はもう暗くなっているのかカーテンが閉められていた。
時計を見ると、夜の九時になろうとしているところだった。
もう大輝は帰っている頃かな、と思い携帯を取り出そうとしたとき。
急に目の前が暗くなった。
停電か?と思ったがどうも違う。
呼吸も上手く出来ない。
空気が上手く吸い込めない。
苦しくなって、姿勢を変えようとしたところで腕がナースコールに引っかかって、落としてしまう。
その拍子にボタンが地面に当たったかして、看護士さんが何やら叫んでいた。
よく聞こえない。
声も出ない。
もしかして、もうダメなのだろうか。
そう思ったその時、視界が蘇った。
いつの間にか私は血を吐いていた。
遠く、バタバタと足音がするのを、何処か他人事の様に聞いている私がいる。
外は、どうやら雨が降り出したのか湿った匂いと血の匂いが交じり合って、私の心を更に暗くした。
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