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本編
~Girls side~第20話
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先ほどまで静かだった病室が、一転して騒然となる。
数人の看護士に女医さん。
彼女たちが私の体に心電図なんかの機械をセットしていく。
呼吸も機械で補助して、とりあえずの延命措置。
女医さんは恐らく、覚悟を決めている。
「姫沢さん、聞こえますか?今ご両親に連絡入れましたからね」
叫んだりせず、相変わらずの、いつもの女医さんの声で言う。
叫びは興奮を呼び起こす。
それを気遣ってのことなのだろうか。
私は、パパたちがくるまで生きていられるのか?
大輝は……さすがにこんな時間じゃ来られないかな。
もう一回だけでも会いたかった。
野口さんや宮本さんとも、会えたら良いなって思う。
どれも時間的に叶わない願いかもしれない。
パパとママが来てくれるだけでも、私は嬉しいんだけど。
私は残る力で頷いてみせる。
もうほとんど声は出せない。
女医さんが何やら指示を出して、私に注射が打たれる。
「姫沢さん、少し楽になるかもしれません、我慢してくださいね」
もう一本打たれる。
さすがに痛みを感じる。
機械のおかげで少しだけ呼吸は楽になった様に感じる。
それでも、持って数時間と言ったところか。
何となくわかってしまう。
私は、大輝との出会いを思い出していた。
初めてのキスのこと。
あどけない笑顔が眩しくて。
強がった顔に頬を寄せて。
あなたの優しさが私に染みない日はなくて。
ほとんど毎日あなたの夢を見た。
あなたの温もりをいつも思い出して求めて。
あなたの笑顔に癒される日々だった。
あなたの幸せを、心から願う。
だから、私は必ずあなたに会いに行く。
これからも、私はあなたの側に居続けたい。
あなたがしてくれた告白を、今度は私が届けようと思う。
「開けます」
女性の声がして、病室のドアが開く。
「いらっしゃいましたか!どうぞ中へ……春海さん、両親とお友達が見えたよ」
女医さんが、良かったと言った面もちで私に言う。
友達……。
大輝の姿が見えない。
「大輝くん、どうした、中へ」
いるのはいるみたいだ。
パパが一生懸命大輝を中に入れようとしている。
こんな表現使ったら、野口さん喜んじゃうかな。
「ダメだ、入れない」
大輝の声だ。
大輝、ビビっちゃってるんだ。
仕方がないなぁ、大輝は。
「……ちょっと」
宮本さんの声もする。
何かが破裂する様な、鋭い音がした。
みんながそっちを見る。
大輝が宮本さんにひっぱたかれた様だ。
やることが過激だなぁ。
「しっかり、しなさいよ……」
宮本さんは怒りの表情で言う。
「姫沢さんの彼氏は誰!?姫沢さんが、今一番会いたいのは、間違いなくあなたよ!!そのあなたが、ここでへたり込んでしまっていていいの!?早く立ちなさい!!」
凄い声だ。
宮本さんがここまで怒鳴ったりするの、初めて聴いたかも。
彼女は大輝の腕を取り、無理やり立たせた。
「ちゃんと、自分の足で歩きなさい。あなたは、あなたの意志で彼女の前に立たないといけないの」
宮本さんは私が思った通り、大輝を支えてくれる。
そう確信できた。
「宮本さん、手離していいよ」
野口さんも大輝の背後に回って、そのまま大輝の背中を押した。
よろめきながら大輝が病室に入るのが見えた。
「春海……」
大輝が力なく呟く。
「待ってた…」
私は声を絞り出した。
まだ、喋るくらいは出来るのか。
自分の底力に少し驚いた。
「パパ、ママ……こと野口さんに宮本さんも……」
だけど上手く喋れない。
いつもみたいに言葉が紡げない。
時間はもう迫っていると思った。
「姫沢さん」
「ヘタレの彼氏を、連れてきたわ」
言い繕わない、そういうところ結構好きだよ、宮本さん。
「大輝……は相変わらず……だね……」
ヘタレと紹介された大輝は、申し訳なさそうにしている。
しゃんとしてよ。
私、これでも頑張ってる方なんだから。
「ごめん……」
涙目で謝る。
「いいよ……ちゃんと、こうして……きてくれた」
私は大輝に向かって手を伸ばす。
ああ、力入らないなぁ。
こんなに手が震えたの、多分初めてだよ。
大輝も、躊躇いながら手を伸ばして、私の手を握ってくれる。
温かい。
「大輝は……こといつでも暖かいね……赤ちゃんみたい……」
本当、昔から赤ちゃんみたいな顔して、赤ちゃんみたいに温かくて。
そんな大輝が好きだった。
「こんな時まで、そんなこと言えるのかよ…すげぇよやっぱお前……」
大輝はとうとう涙を流す。
覚悟は決まったんだろうか。
「パパ、ママ……」
「何だい?」
いつもクールに決めてて、パパは世界で二番目に好きになった男の人だったと思う。
立ち居振る舞いは、パパから盗んだものが沢山あったよ。
「どうしたの、春海」
ママが作ってくれる料理は、私にとって憧れの一つだった。
私じゃどんなに真似しても、ああは作れなかったから。
一回くらいは、上手くやりたかったかな。
二人とも、泣いちゃってる。
ごめんなさい、そんな顔させるつもりはなかったんだけど……。
「今までごめんね……沢山我が儘言ったと思う……」
どんな我が儘も二人は笑って受け止めて、仕方ないなぁって言ってくれた。
その裏ではそれなりに大変だったこともあったと思う。
大人しくしてるつもりが破天荒な娘になっちゃって、本当に申し訳ないと思う。
「そんなの、全然構わなかったよ。春海は他の家庭の子に比べたら、手のかからない子だったから……」
それはそうだろう。
中身はウン万歳の女なんだし。
子どもを演じるのはなかなか骨が折れる。
「そうよ、逆に我慢させてたりしないか、心配だったんだから……」
我慢なんかほとんどしなかった。
それこそ、そのせいでママには嫌な思いさせたりしなかったか心配だったんだから。
「ありがとう、二人の子供で良かったよ……」
心からそう思う。
最後に親不孝なことになってしまったこと、それだけが心残りだ。
「春海……!」
二人は声を上げて泣いていた。
それでも、みんなに伝えなくては。
この体が動いて、声が出せる今のうちに。
残った時間は少ない。
「野口さん……宮本さん……」
「何?何でも言って?」
二人はもう、涙が止まらなくなっている。
まだ早いよ、私まだ生きてるから。
「今まで仲良くしてくれて、ありがとう…凄く、楽しい時間…だった……」
野口さんの下ネタは時に強烈だったけど、重い雰囲気を破壊できるだけの威力を持ってた……フォローになってないかな。
「お互い様だよ!私だって、姫沢さんのおかげでどれだけ楽しかったか……」
中学の頃はそんなに絡んでなかったけど、高校からはほぼ毎日だったよね。
野口さんがいてくれたのは、心強かったなぁ。
「クラスで浮いていた私に……始めに話し掛けてくれたのは姫沢さんだった。その時から、私の高校生活は色を変えたわ。お礼を言わないといけないのは、私の方よ……」
そうでもない。
あのお蝶婦人事件が私に友達を作るきっかけをくれたんだから。
「ありがとう……二人にお願い……」
ちょっとヤバいかも。
気を抜くと血吐きそう。
かと言って気合い入れすぎると神力発動しちゃう……。
「聞くよ、何でも!」
野口さんが力強く答える。
これなら本当に大丈夫だろう。
さっきのやり取りも併せて、私には十分安心を与えてくれた。
「大輝のこと、お願い……きっと……大輝は心を閉ざしちゃう瞬間があると思うから……二人なら、こじ開けてくれるよね……?」
「お前、こんな時なのに……俺の心配なんか……」
大輝は泣きながら言う。
もう私の心配しても仕方ないもの。
大輝の心配するのなんて、当たり前じゃない。
「こじ開けるよ!ぶっ壊してでも!」
「必ず、こじ開けて見せるわ」
心強い。
その力強さを感じて、微笑む。
二人は私の左手を握ってくれた。
「最後に、大輝……」
「やめろよ、最後とか言うなよ……」
いや、本当に最後っぽいんだって。
余力はもうほとんどない。
「大輝……抱き締めてもらっても……いいかな……」
だから、入院してる間に出来なかった、けどずっとしたかったことをしてもらう。
大好きなあなたに、あなたの温もりを全身で感じさせてほしかった。
しばらく会えなくなっちゃうから。
決して忘れない様に。
私は上半身を起こそうとしたが、力が入らない。
野口さんと宮本さんが、大輝を睨んだ。
それを見て、大輝が私の背中に手を回した。
「……これで、いいか?」
そのまま大輝は、私を抱きしめた。
慈しむ様に。
壊れ物を扱う様に優しく。
「ずっと……こうしたかった……」
この二週間ほどの念願が、やっと叶った。
言えば困らせるだけかと思って言えなかった願い事。
「バカ、そんなの俺もだよ……こと何ならお姫様抱っこだって……」
泣きながら笑う大輝。
こんな顔にさせちゃって、本当にごめんね。
私、幸せだったよ。
「ありがとう、もう十分……だって、また必ず会えるから……」
また必ず私は会いに行く。
例えどこにいる人間に転生したって。
何に邪魔されたって。
大輝は何か言いたげだったが、言葉にならない様だった。
ああ、どうやらその瞬間の様だ。
「大輝……」
私の体から、力が失われていく。
魂が勝手に、抜けそうになる。
これだけは、絶対に伝えておきたい。
「大好き」
最後の力を振り絞って、言葉にする。
ああ、はっきりと言えた。
ちゃんと、私の大切な恋人に、私の言いたかったことは伝わっただろうか。
その瞬間、私の魂が完全に姫沢春海から抜け出たのを感じた。
目の前が再度暗くなり、しかしそれは一瞬のことだった。
目を開けると、そこは神界だった。
「あ、スルーズ。おかえり」
ノルンが相変わらずの調子で言う。
ああ、そうか姫沢春海の肉体が死んだんだ。
「ああ、ただいま」
ちゃんと普通に体が動くし、声も出る。
さっきまで出来なかったことがちゃんと出来る。
ありがたいんだけど、さっきまでの儚げな感動的な雰囲気が一気にぶちこわされた気がする。
「辛かったでしょ、ひとまずお疲れ様だね」
そう言ってノルンがコップを手渡してきた。
それを受け取ると、ノルンは何やら液体を注ぎ込む。
酒か。
「ありがとう、頂くよ」
一気に飲み干す。
久しぶりの酒だ。
そもそも向こうじゃ未成年だったから飲めないんだけど、こっそり飲んだことはある。
この体で飲むのと違って、あまり美味しいとは思わなかったからそれ以来飲んでなかったんだけど。
「それより、転生まだなの?」
いつもなら死んだらすぐ伝令と選択がくるはずなのに。
「えっとね……まだちょっとみたいね。そんなに先になることはないと思うんだけど。良かったら、大輝たちの様子見る?」
私は少し迷った。
いや、見たくないわけではない。
だが、見ていいのだろうか。
いけない理由も特に見当たらないけど、何となく私は躊躇った。
「見といた方がいいと思うよ」
ノルンに後押しされて、私はノルンが取り出した水晶玉を覗き込んだ。
神界にしかない特別製の水晶玉。
そこにノルンの神力を注ぐ。
「そろそろ出るかな」
言うのとほぼ同時に、水晶玉の映像が見えてきた。
声は聞こえてこない。
これはこれでいいかもしれない。
大輝は……私の亡骸に縋っている様だ。
パパがそれを引き剥がして……野口さんと宮本さんが私の亡骸をベッドに戻してくれてる。
……何だろう、あの黒いもやみたいなの。
「ねぇ、ノルン」
「うん、あれだよね」
ノルンも気付いていたみたいだ。
「神力……だよね多分」
「かなり邪悪な感じするけど……」
ロキか?
というかそれしか考えられない。
「ノルン、ロキは今何処に?」
「ヴァルハラに……って、スルーズ!?」
私はノルンに水晶を預けて、ヴァルハラ中を駆け回った。
「ロキ!ロキ!!出てこい!!!」
叫びながらこのだだっ広い建物の部屋の扉を次々に開けては中を覗く。
残るはオーディンの部屋だけだ。
「……入るよ」
一応ノックをする。
「やあ、スルーズ」
「ロキ、お前……あの子に何をした!!!」
私は怒りに我を忘れていた。
ロキの胸倉を掴み、有無を言わさず頭突きを入れる。
鈍い音と共にロキの顔が苦痛に歪んだ。
「貴様……こと答えろ!!」
そのまま続けざまに腹へ三発、拳を入れる。
「ぐっ……な、何を……」
ロキは意味がわからないと言った体だ。
「わからないなら、思い出させてやるよ」
怒りに我を忘れた私は、全力で神力を解放する。
「スルーズ、待て」
オーディンが声をかける。
「オーディン……邪魔しようって言うなら、いくらあんたでも私は手加減しない」
矛先が二つに増えた。
「何があったのか……説明してくれないか……」
本当にわからないと言うのか。
「落ち着け、スルーズ。らしくない」
「……いきなり殴ったことは謝る。私のことも、殴ってくれていい」
ロキから手を離し、座り込む。
ロキは軽く咳き込んでいたが、やがて私に手を差し伸べてきた。
「ほら」
何なんだこいつ、本当。
こんな目に遭わされて何で、手なんか差し伸べられる?
手を引っ込める様子がないので、仕方なくその手を取る。
「こんなことになった理由を、聞かせてもらおうかの」
オーディンは静かに言う。
「……見てもらった方が早いな。ちょっと待ってて」
私はノルンを呼び、水晶玉の映像を見せてもらった。
ノルンに傷の治療をしてもらいながらロキが覗き込んで、げ、という顔をした。
「ああ、あれが発動しちゃったのか……」
「お前の仕業で間違いなかったのかよ、謝って損した」
理不尽な物言いだと思ったが、ロキが相手だから仕方ない。
「どういうことじゃ?」
オーディンは事情を図りかねている様で、ノルンが代わりに説明した。
「なるほどの。で、あれはどういうものなんじゃ?」
「あれはね、試練の黒渦という。咄嗟のことだったから、ってのは言い訳にならないかもだけど、力の加減を間違ってしまった、申し訳ない」
神妙な顔でロキは言った。
「あの渦は、彼にあと六回、合計七回試練を与えるんだ。一回二回と、回数が増えるごとに支配力が強くなっていくものなんだけど」
「大輝を支配しようって言うのか?」
私が凄む。
「とんでもない!そんな命知らずな真似できないよ!わざとじゃないんだ、信じてほしい」
慌てて手を振るロキ。
「解除できない類のものだということじゃの?」
「さすが、察しが早い。あれは、本人が乗り越える以外の解除方法が存在しない類のものなんだ」
「さっき、支配力って言ったな。後半になるほど強くなるって言ったけど、具体的にどうなるんだ?」
「彼の精神力に依存する部分が強いんだけど、一般的には殺人衝動とか破壊衝動の強力版みたいなのが現れて、更に強くなったりする」
「…………」
あの大輝が、そんなことになったら。
被害がデカすぎる。
何より、あの輝きは永遠に失われてしまう。
「おいロキ。協力する準備は当然、あるんだろうな。まぁ、しなかったらあんたはここで、何があろうとぶっ壊すんだけど」
ノルンが私の殺気を感じて、戦慄するのがわかる。
オーディンも、それなりに緊張している様だった。
ロキは冷や汗を浮かべている。
「わかってるって。事情はどうあれ、僕が蒔いた種ではあるからね。何とか出来る様尽力しよう」
「試練の黒渦って言ってたけど」
ノルンが戦慄したまま発言する。
「あれを、仮に乗り越えるとどうなるの?」
「ああ、そうか……一応教えておくよ。あれはね、元々は潜在能力と精神力を鍛える、魔法みたいな要素があるんだ」
「ってことは」
「そう、大輝が仮に乗り越えたら、今より更に輝きが増すだろうね。更には、精神的な部分での成長もかなりのものになる見込みはある。乗り越えたら、だけどね」
人間にはさすがに無理だろう、とロキの顔に書いてある。
「だとすると、現状出来ることは経過の観察と、大輝の力に賭けること。それから、ロキが何とか出来る方法を見つけるってことになるか」
「すまんの、スルーズ。わしはちょっとこの系統が専門外らしいわい」
色々考えてくれていたらしいオーディンも白旗を上げた。
ノルンも同様で、そもそも存在すら知らなかったというから仕方ない。
あれから五日。
その間に私の葬儀が執り行われ、自分の体が焼かれるのを見るという不思議な経験をする。
参列者の中に大輝はいなかった。
大輝はきっと、心が折れてしまったのだろうと思った。
五日の間、大輝はほとんど動かなかった。
例えば立場が逆だったら、私もああなっていたかもしれない。
そう思うと、今の大輝を見て憤る気持ちは湧いてこなかった。
六日めになって、大輝は漸く動き出した。
荒れているのか、ケンカをふっかけまくっている大輝。
片っ端から相手を殴り倒して、蹴り倒す。
見落としてしまいそうな刹那の瞬間、胸の辺りに黒いものが見えた気がした。
あれがそうだとしたら、二回目か。
一瞬は楽しそうに見えたが、終わると目の光が消える。
完全に自分を見失っている。
憂さ晴らしをしているのだろうか。
そんなとき、大輝の目の前に現れた人物がいた。
館長さんだ。
私の葬儀にも参列していたはずだ。
パパが何か渡してたっけ。
少し会話があって、館長ともバトルになっている。
多少なりとも館長を圧倒できるくらい、大輝は強くなっていた。
それでも、最終的には館長さんに負けたんだけど。
倒された大輝は館長さんに首根っこ掴まれて拾った子猫みたいにして連れて行かれた。
ご飯を食べさせられたみたいで、そのあと手紙みたいなものを受け取っていた。
あれ、パパが渡してたものだ。
そのあと館長さんの家を出て……電話が鳴ったみたいだ。
何か深刻そうな顔してる。
その少し後で、野口さんと宮本さんが大輝と合流してた。
何か男に追っかけられてる?
二人を庇おうとして自分が前に出る。
男だなぁ。
大輝のこういうところ、好き。
と思ったら館長さんがそいつら倒しちゃった。
また何か言われてる。
結局三人で……施設に戻った?
部屋にでも連れ込むのかな。
大輝、やさぐれ過ぎじゃない?
あ、違うみたいだ。
何か先生に書いてもらってる。
先生がめんどくさそうにしてるのが笑える。
それから……携帯ショップ……?
もしかして。
思い出捨てちゃうのかな。
だとしたら少し悲しい。
なんて思ってたら、データ全部自分で買った機種に移してた。
少しほっとした自分がいる。
それから電車に乗ったみたいだった。
この方向、私の家……?
大輝の顔色が凄いことになってる。
トラウマと向き合ってるからかな?
無理しすぎだと思うんだけど……死んじゃったとしても、私には会えないんだよ?
自ら死にに行く様なことはしないで。
野口さんも宮本さんも、さすがにこれは止められないか。
門の前で大輝が吐きそうになってる。
吐かなかったみたいだけど、凄い顔色がもう何か土気色になってる。
ママが大輝をうちに入れたか。
まぁ、パパもママも大輝を怒ってはいなかったっぽいしね。
寧ろ心配してたんじゃないかな、あの二人のことだから。
パパ不在らしくて、ママに携帯を渡してる。
そうか、これも遺品だって考えたのかな。
私の部屋の遺影で、大輝は館長さんから受け取ったものを取り出す。
……あ、もしかしてあれって私が書いたやつじゃん。
大輝しか見てなかったのは誤算だった。
多分ママとかパパもあれ見たんだろうな。
黒歴史ノートとか見られるのってこういう気持ちなんだろうか。
さすがにちょっとだけ、恥ずかしい。
確かあの手紙にも、大輝を託したいみたいなこと書いたんだったか。
あの手紙と私の最後の言葉を総合して考えてくれれば、きっと大輝と野口さん宮本さんは一緒にいられる。
今のところ安心かな。
あの黒い渦がまだ出てこないから油断は出来ないけど。
私の家で晩御飯をみんなで食べている。
お通夜みたいなムードだけど、悲壮感はそんなにない。
むしろつっかえが取れたみたいな、さっきまでより少しだけ良い顔をしてる気がした。
夜になって私の家を出た三人は、途中で止まって大輝が何やら宮本さんに言っていた。
顔を真っ赤にして何やら返す宮本さん。
これ、もしかして……。
野口さんがちょこちょこ割り込もうとしてる。
宮本さんが、何やら決めたみたいで大輝に何か言おうとしたところに、野口さんが完全に割り込んだ。
そして駅のちょっと手前で街灯の明かりを頼りに私の手紙を回し読みしてる。
イジメのワンシーンとかじゃないよねこれ。
何やら話し合って、大輝は二人を連れて……ってここ、ホテルじゃん。
さすがに展開が早い気が。
けど、目が離せない。
自然と前のめりになる自分がいた。
わわわわ……いきなりしちゃうわけ?
ベッドに座って、股を開く大輝。
口でしろよ、とか言ってるのかな、もしかして。
未経験の子にそれはさすがにハードル高すぎるんじゃ……。
何やら二人が躊躇って、大輝が二人に歩みよって最初に野口さんにベロチューした。
そして次に宮本さん。
そしてまた、ベッドで股を開いて二人に何か言ってる。
うわぁ……ベッドヤクザとかのつもりなんだろうか。
私たちこんなこと、させられたことないんだけど。
ちょっとだけ羨ましい。
転生して、また会えたらやってもらおう。
二人のドキドキ具合がマックスか、と思ったところで大輝が立ち上がって財布からお金を出して、サイドテーブル?に置いた。
ああ、悪役演じて離れてもらおうとしてたのね。
でもそれきっと、逆効果……。
二人に引きずり倒されてベッドに縛り付けられる大輝。
これは、いよいよか……想像してたのと逆だけど、これはこれで……。
なんて思ったのも束の間。
『スルーズ。次の体の準備ができたよ。あと5秒で転送始まるから』
えっ?
てかノルン、目の前にいるのに何でわざわざ伝令なの?
てか今いいとこなんだって!!
あと十分…いや五分待って!!
そう言おうとしたら、転送が始まってしまった。
私が消える瞬間、ノルンはウインクをしていた。
目が覚めると、そこは病院っぽい天井。
何故すぐわかったかと言うと、この間まで過ごしていた病院に少し雰囲気が似ていたから。
くっそ、いいところで……ノルンめ。
「あ、目が覚めたみたいですね。気分はどうですか?」
「えっと……」
「記憶が混乱してるのかな。ちょっと待っててくださいね」
看護士さんが、私にウインクして病室を出る。
どうやらこの体は、女性のものの様だ。
男性でなかったことに、ひとまず胸を撫で下ろす。
胸のサイズは……Cくらいか。
春海の時よりもサイズダウンしてしまっている。
大輝はガッカリしないだろうか。
ベッドの近くの引き出しに、私の検査結果と思われる書類が入っていた。
「椎名睦月」
これが、今度の私の名前の様だ。
生年月日は……六月五日……?
春海と同じ?
偶然だろうか。
私は荷物を漁る。
手鏡があった。
ついでに自分の姿を確かめる。
「えっ……?」
私は手鏡をつい、取り落としてしまった。
動揺したのだ。
だって、そこに映っていたのは……。
Girls side第一部、完
数人の看護士に女医さん。
彼女たちが私の体に心電図なんかの機械をセットしていく。
呼吸も機械で補助して、とりあえずの延命措置。
女医さんは恐らく、覚悟を決めている。
「姫沢さん、聞こえますか?今ご両親に連絡入れましたからね」
叫んだりせず、相変わらずの、いつもの女医さんの声で言う。
叫びは興奮を呼び起こす。
それを気遣ってのことなのだろうか。
私は、パパたちがくるまで生きていられるのか?
大輝は……さすがにこんな時間じゃ来られないかな。
もう一回だけでも会いたかった。
野口さんや宮本さんとも、会えたら良いなって思う。
どれも時間的に叶わない願いかもしれない。
パパとママが来てくれるだけでも、私は嬉しいんだけど。
私は残る力で頷いてみせる。
もうほとんど声は出せない。
女医さんが何やら指示を出して、私に注射が打たれる。
「姫沢さん、少し楽になるかもしれません、我慢してくださいね」
もう一本打たれる。
さすがに痛みを感じる。
機械のおかげで少しだけ呼吸は楽になった様に感じる。
それでも、持って数時間と言ったところか。
何となくわかってしまう。
私は、大輝との出会いを思い出していた。
初めてのキスのこと。
あどけない笑顔が眩しくて。
強がった顔に頬を寄せて。
あなたの優しさが私に染みない日はなくて。
ほとんど毎日あなたの夢を見た。
あなたの温もりをいつも思い出して求めて。
あなたの笑顔に癒される日々だった。
あなたの幸せを、心から願う。
だから、私は必ずあなたに会いに行く。
これからも、私はあなたの側に居続けたい。
あなたがしてくれた告白を、今度は私が届けようと思う。
「開けます」
女性の声がして、病室のドアが開く。
「いらっしゃいましたか!どうぞ中へ……春海さん、両親とお友達が見えたよ」
女医さんが、良かったと言った面もちで私に言う。
友達……。
大輝の姿が見えない。
「大輝くん、どうした、中へ」
いるのはいるみたいだ。
パパが一生懸命大輝を中に入れようとしている。
こんな表現使ったら、野口さん喜んじゃうかな。
「ダメだ、入れない」
大輝の声だ。
大輝、ビビっちゃってるんだ。
仕方がないなぁ、大輝は。
「……ちょっと」
宮本さんの声もする。
何かが破裂する様な、鋭い音がした。
みんながそっちを見る。
大輝が宮本さんにひっぱたかれた様だ。
やることが過激だなぁ。
「しっかり、しなさいよ……」
宮本さんは怒りの表情で言う。
「姫沢さんの彼氏は誰!?姫沢さんが、今一番会いたいのは、間違いなくあなたよ!!そのあなたが、ここでへたり込んでしまっていていいの!?早く立ちなさい!!」
凄い声だ。
宮本さんがここまで怒鳴ったりするの、初めて聴いたかも。
彼女は大輝の腕を取り、無理やり立たせた。
「ちゃんと、自分の足で歩きなさい。あなたは、あなたの意志で彼女の前に立たないといけないの」
宮本さんは私が思った通り、大輝を支えてくれる。
そう確信できた。
「宮本さん、手離していいよ」
野口さんも大輝の背後に回って、そのまま大輝の背中を押した。
よろめきながら大輝が病室に入るのが見えた。
「春海……」
大輝が力なく呟く。
「待ってた…」
私は声を絞り出した。
まだ、喋るくらいは出来るのか。
自分の底力に少し驚いた。
「パパ、ママ……こと野口さんに宮本さんも……」
だけど上手く喋れない。
いつもみたいに言葉が紡げない。
時間はもう迫っていると思った。
「姫沢さん」
「ヘタレの彼氏を、連れてきたわ」
言い繕わない、そういうところ結構好きだよ、宮本さん。
「大輝……は相変わらず……だね……」
ヘタレと紹介された大輝は、申し訳なさそうにしている。
しゃんとしてよ。
私、これでも頑張ってる方なんだから。
「ごめん……」
涙目で謝る。
「いいよ……ちゃんと、こうして……きてくれた」
私は大輝に向かって手を伸ばす。
ああ、力入らないなぁ。
こんなに手が震えたの、多分初めてだよ。
大輝も、躊躇いながら手を伸ばして、私の手を握ってくれる。
温かい。
「大輝は……こといつでも暖かいね……赤ちゃんみたい……」
本当、昔から赤ちゃんみたいな顔して、赤ちゃんみたいに温かくて。
そんな大輝が好きだった。
「こんな時まで、そんなこと言えるのかよ…すげぇよやっぱお前……」
大輝はとうとう涙を流す。
覚悟は決まったんだろうか。
「パパ、ママ……」
「何だい?」
いつもクールに決めてて、パパは世界で二番目に好きになった男の人だったと思う。
立ち居振る舞いは、パパから盗んだものが沢山あったよ。
「どうしたの、春海」
ママが作ってくれる料理は、私にとって憧れの一つだった。
私じゃどんなに真似しても、ああは作れなかったから。
一回くらいは、上手くやりたかったかな。
二人とも、泣いちゃってる。
ごめんなさい、そんな顔させるつもりはなかったんだけど……。
「今までごめんね……沢山我が儘言ったと思う……」
どんな我が儘も二人は笑って受け止めて、仕方ないなぁって言ってくれた。
その裏ではそれなりに大変だったこともあったと思う。
大人しくしてるつもりが破天荒な娘になっちゃって、本当に申し訳ないと思う。
「そんなの、全然構わなかったよ。春海は他の家庭の子に比べたら、手のかからない子だったから……」
それはそうだろう。
中身はウン万歳の女なんだし。
子どもを演じるのはなかなか骨が折れる。
「そうよ、逆に我慢させてたりしないか、心配だったんだから……」
我慢なんかほとんどしなかった。
それこそ、そのせいでママには嫌な思いさせたりしなかったか心配だったんだから。
「ありがとう、二人の子供で良かったよ……」
心からそう思う。
最後に親不孝なことになってしまったこと、それだけが心残りだ。
「春海……!」
二人は声を上げて泣いていた。
それでも、みんなに伝えなくては。
この体が動いて、声が出せる今のうちに。
残った時間は少ない。
「野口さん……宮本さん……」
「何?何でも言って?」
二人はもう、涙が止まらなくなっている。
まだ早いよ、私まだ生きてるから。
「今まで仲良くしてくれて、ありがとう…凄く、楽しい時間…だった……」
野口さんの下ネタは時に強烈だったけど、重い雰囲気を破壊できるだけの威力を持ってた……フォローになってないかな。
「お互い様だよ!私だって、姫沢さんのおかげでどれだけ楽しかったか……」
中学の頃はそんなに絡んでなかったけど、高校からはほぼ毎日だったよね。
野口さんがいてくれたのは、心強かったなぁ。
「クラスで浮いていた私に……始めに話し掛けてくれたのは姫沢さんだった。その時から、私の高校生活は色を変えたわ。お礼を言わないといけないのは、私の方よ……」
そうでもない。
あのお蝶婦人事件が私に友達を作るきっかけをくれたんだから。
「ありがとう……二人にお願い……」
ちょっとヤバいかも。
気を抜くと血吐きそう。
かと言って気合い入れすぎると神力発動しちゃう……。
「聞くよ、何でも!」
野口さんが力強く答える。
これなら本当に大丈夫だろう。
さっきのやり取りも併せて、私には十分安心を与えてくれた。
「大輝のこと、お願い……きっと……大輝は心を閉ざしちゃう瞬間があると思うから……二人なら、こじ開けてくれるよね……?」
「お前、こんな時なのに……俺の心配なんか……」
大輝は泣きながら言う。
もう私の心配しても仕方ないもの。
大輝の心配するのなんて、当たり前じゃない。
「こじ開けるよ!ぶっ壊してでも!」
「必ず、こじ開けて見せるわ」
心強い。
その力強さを感じて、微笑む。
二人は私の左手を握ってくれた。
「最後に、大輝……」
「やめろよ、最後とか言うなよ……」
いや、本当に最後っぽいんだって。
余力はもうほとんどない。
「大輝……抱き締めてもらっても……いいかな……」
だから、入院してる間に出来なかった、けどずっとしたかったことをしてもらう。
大好きなあなたに、あなたの温もりを全身で感じさせてほしかった。
しばらく会えなくなっちゃうから。
決して忘れない様に。
私は上半身を起こそうとしたが、力が入らない。
野口さんと宮本さんが、大輝を睨んだ。
それを見て、大輝が私の背中に手を回した。
「……これで、いいか?」
そのまま大輝は、私を抱きしめた。
慈しむ様に。
壊れ物を扱う様に優しく。
「ずっと……こうしたかった……」
この二週間ほどの念願が、やっと叶った。
言えば困らせるだけかと思って言えなかった願い事。
「バカ、そんなの俺もだよ……こと何ならお姫様抱っこだって……」
泣きながら笑う大輝。
こんな顔にさせちゃって、本当にごめんね。
私、幸せだったよ。
「ありがとう、もう十分……だって、また必ず会えるから……」
また必ず私は会いに行く。
例えどこにいる人間に転生したって。
何に邪魔されたって。
大輝は何か言いたげだったが、言葉にならない様だった。
ああ、どうやらその瞬間の様だ。
「大輝……」
私の体から、力が失われていく。
魂が勝手に、抜けそうになる。
これだけは、絶対に伝えておきたい。
「大好き」
最後の力を振り絞って、言葉にする。
ああ、はっきりと言えた。
ちゃんと、私の大切な恋人に、私の言いたかったことは伝わっただろうか。
その瞬間、私の魂が完全に姫沢春海から抜け出たのを感じた。
目の前が再度暗くなり、しかしそれは一瞬のことだった。
目を開けると、そこは神界だった。
「あ、スルーズ。おかえり」
ノルンが相変わらずの調子で言う。
ああ、そうか姫沢春海の肉体が死んだんだ。
「ああ、ただいま」
ちゃんと普通に体が動くし、声も出る。
さっきまで出来なかったことがちゃんと出来る。
ありがたいんだけど、さっきまでの儚げな感動的な雰囲気が一気にぶちこわされた気がする。
「辛かったでしょ、ひとまずお疲れ様だね」
そう言ってノルンがコップを手渡してきた。
それを受け取ると、ノルンは何やら液体を注ぎ込む。
酒か。
「ありがとう、頂くよ」
一気に飲み干す。
久しぶりの酒だ。
そもそも向こうじゃ未成年だったから飲めないんだけど、こっそり飲んだことはある。
この体で飲むのと違って、あまり美味しいとは思わなかったからそれ以来飲んでなかったんだけど。
「それより、転生まだなの?」
いつもなら死んだらすぐ伝令と選択がくるはずなのに。
「えっとね……まだちょっとみたいね。そんなに先になることはないと思うんだけど。良かったら、大輝たちの様子見る?」
私は少し迷った。
いや、見たくないわけではない。
だが、見ていいのだろうか。
いけない理由も特に見当たらないけど、何となく私は躊躇った。
「見といた方がいいと思うよ」
ノルンに後押しされて、私はノルンが取り出した水晶玉を覗き込んだ。
神界にしかない特別製の水晶玉。
そこにノルンの神力を注ぐ。
「そろそろ出るかな」
言うのとほぼ同時に、水晶玉の映像が見えてきた。
声は聞こえてこない。
これはこれでいいかもしれない。
大輝は……私の亡骸に縋っている様だ。
パパがそれを引き剥がして……野口さんと宮本さんが私の亡骸をベッドに戻してくれてる。
……何だろう、あの黒いもやみたいなの。
「ねぇ、ノルン」
「うん、あれだよね」
ノルンも気付いていたみたいだ。
「神力……だよね多分」
「かなり邪悪な感じするけど……」
ロキか?
というかそれしか考えられない。
「ノルン、ロキは今何処に?」
「ヴァルハラに……って、スルーズ!?」
私はノルンに水晶を預けて、ヴァルハラ中を駆け回った。
「ロキ!ロキ!!出てこい!!!」
叫びながらこのだだっ広い建物の部屋の扉を次々に開けては中を覗く。
残るはオーディンの部屋だけだ。
「……入るよ」
一応ノックをする。
「やあ、スルーズ」
「ロキ、お前……あの子に何をした!!!」
私は怒りに我を忘れていた。
ロキの胸倉を掴み、有無を言わさず頭突きを入れる。
鈍い音と共にロキの顔が苦痛に歪んだ。
「貴様……こと答えろ!!」
そのまま続けざまに腹へ三発、拳を入れる。
「ぐっ……な、何を……」
ロキは意味がわからないと言った体だ。
「わからないなら、思い出させてやるよ」
怒りに我を忘れた私は、全力で神力を解放する。
「スルーズ、待て」
オーディンが声をかける。
「オーディン……邪魔しようって言うなら、いくらあんたでも私は手加減しない」
矛先が二つに増えた。
「何があったのか……説明してくれないか……」
本当にわからないと言うのか。
「落ち着け、スルーズ。らしくない」
「……いきなり殴ったことは謝る。私のことも、殴ってくれていい」
ロキから手を離し、座り込む。
ロキは軽く咳き込んでいたが、やがて私に手を差し伸べてきた。
「ほら」
何なんだこいつ、本当。
こんな目に遭わされて何で、手なんか差し伸べられる?
手を引っ込める様子がないので、仕方なくその手を取る。
「こんなことになった理由を、聞かせてもらおうかの」
オーディンは静かに言う。
「……見てもらった方が早いな。ちょっと待ってて」
私はノルンを呼び、水晶玉の映像を見せてもらった。
ノルンに傷の治療をしてもらいながらロキが覗き込んで、げ、という顔をした。
「ああ、あれが発動しちゃったのか……」
「お前の仕業で間違いなかったのかよ、謝って損した」
理不尽な物言いだと思ったが、ロキが相手だから仕方ない。
「どういうことじゃ?」
オーディンは事情を図りかねている様で、ノルンが代わりに説明した。
「なるほどの。で、あれはどういうものなんじゃ?」
「あれはね、試練の黒渦という。咄嗟のことだったから、ってのは言い訳にならないかもだけど、力の加減を間違ってしまった、申し訳ない」
神妙な顔でロキは言った。
「あの渦は、彼にあと六回、合計七回試練を与えるんだ。一回二回と、回数が増えるごとに支配力が強くなっていくものなんだけど」
「大輝を支配しようって言うのか?」
私が凄む。
「とんでもない!そんな命知らずな真似できないよ!わざとじゃないんだ、信じてほしい」
慌てて手を振るロキ。
「解除できない類のものだということじゃの?」
「さすが、察しが早い。あれは、本人が乗り越える以外の解除方法が存在しない類のものなんだ」
「さっき、支配力って言ったな。後半になるほど強くなるって言ったけど、具体的にどうなるんだ?」
「彼の精神力に依存する部分が強いんだけど、一般的には殺人衝動とか破壊衝動の強力版みたいなのが現れて、更に強くなったりする」
「…………」
あの大輝が、そんなことになったら。
被害がデカすぎる。
何より、あの輝きは永遠に失われてしまう。
「おいロキ。協力する準備は当然、あるんだろうな。まぁ、しなかったらあんたはここで、何があろうとぶっ壊すんだけど」
ノルンが私の殺気を感じて、戦慄するのがわかる。
オーディンも、それなりに緊張している様だった。
ロキは冷や汗を浮かべている。
「わかってるって。事情はどうあれ、僕が蒔いた種ではあるからね。何とか出来る様尽力しよう」
「試練の黒渦って言ってたけど」
ノルンが戦慄したまま発言する。
「あれを、仮に乗り越えるとどうなるの?」
「ああ、そうか……一応教えておくよ。あれはね、元々は潜在能力と精神力を鍛える、魔法みたいな要素があるんだ」
「ってことは」
「そう、大輝が仮に乗り越えたら、今より更に輝きが増すだろうね。更には、精神的な部分での成長もかなりのものになる見込みはある。乗り越えたら、だけどね」
人間にはさすがに無理だろう、とロキの顔に書いてある。
「だとすると、現状出来ることは経過の観察と、大輝の力に賭けること。それから、ロキが何とか出来る方法を見つけるってことになるか」
「すまんの、スルーズ。わしはちょっとこの系統が専門外らしいわい」
色々考えてくれていたらしいオーディンも白旗を上げた。
ノルンも同様で、そもそも存在すら知らなかったというから仕方ない。
あれから五日。
その間に私の葬儀が執り行われ、自分の体が焼かれるのを見るという不思議な経験をする。
参列者の中に大輝はいなかった。
大輝はきっと、心が折れてしまったのだろうと思った。
五日の間、大輝はほとんど動かなかった。
例えば立場が逆だったら、私もああなっていたかもしれない。
そう思うと、今の大輝を見て憤る気持ちは湧いてこなかった。
六日めになって、大輝は漸く動き出した。
荒れているのか、ケンカをふっかけまくっている大輝。
片っ端から相手を殴り倒して、蹴り倒す。
見落としてしまいそうな刹那の瞬間、胸の辺りに黒いものが見えた気がした。
あれがそうだとしたら、二回目か。
一瞬は楽しそうに見えたが、終わると目の光が消える。
完全に自分を見失っている。
憂さ晴らしをしているのだろうか。
そんなとき、大輝の目の前に現れた人物がいた。
館長さんだ。
私の葬儀にも参列していたはずだ。
パパが何か渡してたっけ。
少し会話があって、館長ともバトルになっている。
多少なりとも館長を圧倒できるくらい、大輝は強くなっていた。
それでも、最終的には館長さんに負けたんだけど。
倒された大輝は館長さんに首根っこ掴まれて拾った子猫みたいにして連れて行かれた。
ご飯を食べさせられたみたいで、そのあと手紙みたいなものを受け取っていた。
あれ、パパが渡してたものだ。
そのあと館長さんの家を出て……電話が鳴ったみたいだ。
何か深刻そうな顔してる。
その少し後で、野口さんと宮本さんが大輝と合流してた。
何か男に追っかけられてる?
二人を庇おうとして自分が前に出る。
男だなぁ。
大輝のこういうところ、好き。
と思ったら館長さんがそいつら倒しちゃった。
また何か言われてる。
結局三人で……施設に戻った?
部屋にでも連れ込むのかな。
大輝、やさぐれ過ぎじゃない?
あ、違うみたいだ。
何か先生に書いてもらってる。
先生がめんどくさそうにしてるのが笑える。
それから……携帯ショップ……?
もしかして。
思い出捨てちゃうのかな。
だとしたら少し悲しい。
なんて思ってたら、データ全部自分で買った機種に移してた。
少しほっとした自分がいる。
それから電車に乗ったみたいだった。
この方向、私の家……?
大輝の顔色が凄いことになってる。
トラウマと向き合ってるからかな?
無理しすぎだと思うんだけど……死んじゃったとしても、私には会えないんだよ?
自ら死にに行く様なことはしないで。
野口さんも宮本さんも、さすがにこれは止められないか。
門の前で大輝が吐きそうになってる。
吐かなかったみたいだけど、凄い顔色がもう何か土気色になってる。
ママが大輝をうちに入れたか。
まぁ、パパもママも大輝を怒ってはいなかったっぽいしね。
寧ろ心配してたんじゃないかな、あの二人のことだから。
パパ不在らしくて、ママに携帯を渡してる。
そうか、これも遺品だって考えたのかな。
私の部屋の遺影で、大輝は館長さんから受け取ったものを取り出す。
……あ、もしかしてあれって私が書いたやつじゃん。
大輝しか見てなかったのは誤算だった。
多分ママとかパパもあれ見たんだろうな。
黒歴史ノートとか見られるのってこういう気持ちなんだろうか。
さすがにちょっとだけ、恥ずかしい。
確かあの手紙にも、大輝を託したいみたいなこと書いたんだったか。
あの手紙と私の最後の言葉を総合して考えてくれれば、きっと大輝と野口さん宮本さんは一緒にいられる。
今のところ安心かな。
あの黒い渦がまだ出てこないから油断は出来ないけど。
私の家で晩御飯をみんなで食べている。
お通夜みたいなムードだけど、悲壮感はそんなにない。
むしろつっかえが取れたみたいな、さっきまでより少しだけ良い顔をしてる気がした。
夜になって私の家を出た三人は、途中で止まって大輝が何やら宮本さんに言っていた。
顔を真っ赤にして何やら返す宮本さん。
これ、もしかして……。
野口さんがちょこちょこ割り込もうとしてる。
宮本さんが、何やら決めたみたいで大輝に何か言おうとしたところに、野口さんが完全に割り込んだ。
そして駅のちょっと手前で街灯の明かりを頼りに私の手紙を回し読みしてる。
イジメのワンシーンとかじゃないよねこれ。
何やら話し合って、大輝は二人を連れて……ってここ、ホテルじゃん。
さすがに展開が早い気が。
けど、目が離せない。
自然と前のめりになる自分がいた。
わわわわ……いきなりしちゃうわけ?
ベッドに座って、股を開く大輝。
口でしろよ、とか言ってるのかな、もしかして。
未経験の子にそれはさすがにハードル高すぎるんじゃ……。
何やら二人が躊躇って、大輝が二人に歩みよって最初に野口さんにベロチューした。
そして次に宮本さん。
そしてまた、ベッドで股を開いて二人に何か言ってる。
うわぁ……ベッドヤクザとかのつもりなんだろうか。
私たちこんなこと、させられたことないんだけど。
ちょっとだけ羨ましい。
転生して、また会えたらやってもらおう。
二人のドキドキ具合がマックスか、と思ったところで大輝が立ち上がって財布からお金を出して、サイドテーブル?に置いた。
ああ、悪役演じて離れてもらおうとしてたのね。
でもそれきっと、逆効果……。
二人に引きずり倒されてベッドに縛り付けられる大輝。
これは、いよいよか……想像してたのと逆だけど、これはこれで……。
なんて思ったのも束の間。
『スルーズ。次の体の準備ができたよ。あと5秒で転送始まるから』
えっ?
てかノルン、目の前にいるのに何でわざわざ伝令なの?
てか今いいとこなんだって!!
あと十分…いや五分待って!!
そう言おうとしたら、転送が始まってしまった。
私が消える瞬間、ノルンはウインクをしていた。
目が覚めると、そこは病院っぽい天井。
何故すぐわかったかと言うと、この間まで過ごしていた病院に少し雰囲気が似ていたから。
くっそ、いいところで……ノルンめ。
「あ、目が覚めたみたいですね。気分はどうですか?」
「えっと……」
「記憶が混乱してるのかな。ちょっと待っててくださいね」
看護士さんが、私にウインクして病室を出る。
どうやらこの体は、女性のものの様だ。
男性でなかったことに、ひとまず胸を撫で下ろす。
胸のサイズは……Cくらいか。
春海の時よりもサイズダウンしてしまっている。
大輝はガッカリしないだろうか。
ベッドの近くの引き出しに、私の検査結果と思われる書類が入っていた。
「椎名睦月」
これが、今度の私の名前の様だ。
生年月日は……六月五日……?
春海と同じ?
偶然だろうか。
私は荷物を漁る。
手鏡があった。
ついでに自分の姿を確かめる。
「えっ……?」
私は手鏡をつい、取り落としてしまった。
動揺したのだ。
だって、そこに映っていたのは……。
Girls side第一部、完
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