手の届く存在

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Girls side21話~睦月の憂鬱~

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「今回のことは、大変だったね。家族のことも……」

私の元にきて、そう言ったのは親戚の叔父さんだった。
親戚と言われても私は当然初対面だし、最初は警戒した。
事情の大半を看護士の人や医者から聞かされていた私は、この椎名睦月という少女が天涯孤独に近い状態になったことを理解した。

何故そうなったのか。
一週間ほど前に、近県に繋がる高速道路で事故があった。
ニュースで見た気がするが、時期が時期だけにうろ覚えだ。

その時は私はまだ春海の体にいたし、病状が割とクライマックスでそれどころじゃなかったのもある。
その事故はなかなかに凄惨なものだったらしく、生存者は私……睦月一人というものだった。
睦月の家族は、その日家の用事で二つ離れた県へ車で出かけていたのだそうだ。

二泊ほどして帰りに高速に乗って、少し走ったところで対向車線のトラックが逆走して、蛇行運転をしながら椎名一家が乗る車に正面衝突した。
高速だからかなりのスピードが出ていたと想像できる。
その為、運転席にいた父親、助手席にいた母親は即死だった。

弟と睦月は後部座席にいたそうだが、弟は全身を強く打った為に重体で危篤状態になったが、数時間後に死亡。
トラックの運転手も、衝突した瞬間顔面が潰れたとかで即死だったそうだ。
居眠りもしくは酒酔い運転だったという。

運転席の座席に、アルコールの缶が何本か散乱していたのを、警察が発見したということだった。
そして睦月だけが、重体になってから数日生き続けた。
しかし、容態はかなり重いものだったらしく、危篤状態に陥った。
その瞬間に、私が憑依して今がある。

「いえ……」

何と答えたら良いものか。
下手なことを言うべきではないと、私は口を噤む。
そうすることで、家族の死にショックを受ける少女を演じることができる。

「睦月、君さえ良いなら私たちが君の面倒を見ても良いと思っているんだ」

優しそうな笑顔で言う、叔父さん。
それはありがたい申し出ではある。
しかし、この状況そのものは私にとって、戦女神スルーズにとってだが、好都合とも言えるものだった。

完全に一人ということは、大輝のことを探すに当たって身軽であるということ。
もちろん、家族が全員死んでしまったということは嘆かわしいことではある。
しかし、当然ながら馴染みのない人間の死ということもあってかそうそうピンとくるものでもなく、実感も薄い。
そして、私には早くも計画していることがあったのだ。

「叔父さん、私……多分一人で生きていくことになると思います。両親の残してくれたお金や保険金がありますから。けど、私一人でどうにもならない事柄は出てくると思うので、そう言ったことがあったら、甘えさせてもらってもいいですか?」

そう言うと、びっくりした様な表情を浮かべた。
しかし、うんうんと頷いて私の肩に手を置いた。

「そうか……何かあったら、言ってきなさい。力になれることなら必ず協力するから」

安心した様な笑顔を見せる叔父さん。
おそらく私を引き取るという話そのものは、叔父さんの家族間で賛否が分かれていたのではないかと思う。
親戚とは言ってもそこまで付き合いがあったわけではない様だし、他人に近いものであるため、それをいきなり受け入れるというのは抵抗があってしかるべきだ。

叔父さんは反対を押し切って、家族に冷たい目で見られることを覚悟して私に提案してくれたんだろうということが、顔色から伺えた。
それに、知らない人の家で軋轢を生みながらの生活の中、大輝を探すとなると相当大変だろうと推測される。
結果としてWin-Winの関係になったというわけだ。

この体も当然未成年なので、法的な部分での制約はかなりあるが、どうしてもの時には叔父さんにお願いしよう。
安心して帰っていった叔父さん。
病院自体はもう二、三日で退院できると聞いている。

体の骨折等の重傷はないが、一番深刻だったのは頭部へのダメージだった。
まだ取られないその包帯が、事故の凄惨さを少し連想させる。
脳へのダメージも懸念されたが、それはないという結論が出た様だった。
まぁ、万一ダメージがあっても今回はさっと直せちゃうんだけど。

さて、前回私が驚いた理由。
賢明な人ならお気づきだろう。
姫沢春海に、そっくりだったからだ。

世間には、三人は似てる人がいる、なんて聞いたことがあるが、そっくりなんてレベルじゃなかった。
声はやや違うが、見た目は髪型以外春海のそれだった。
あ、胸もだっけ。

前髪の長さがかなりあって、暗い印象を受ける。
通っているであろう高校の生徒手帳の写真も、暗い女の子そのものだった。
いじめられてたりすると面倒だな、と思った。

こういう容姿の人間は、学校で完全に無視されているか、いじめられていることが多い(スルーズ調べ)。
前者なら周りがほっといてくれるから楽でいいなと思う。
しかし、後者だとしたら。

無駄に絡んでくる人間がいる、ということになる。
どうしてそう言えるのか。
私がこの体に憑依してから今日まで、叔父さん以外の人間は誰一人として見舞いに現れなかった。

もちろん、家族のことがあるから気を遣ったという可能性もなくはない。
だが、看護士や医者の顔を見ていると、哀れむ様な感情が見て取れることが多く、それが更に友達いなそう、っていうのを予感させた。
実際、ちょっと壊れかけてる携帯の電源を入れてみても、電話帳に登録されていたのは家族、それから……友達は二人だけだった。

叔父さんから連絡先を聞いてあるので、それも登録しておく。
いつ使うことになるかわからないし、使わないかもしれないが、それでもないよりいいかもしれない。

結局三日ほど経って、私は退院することができた。
入院費用等は、後日振り込まれる保険金で賄うということで話がついた。
さて、やることが割とてんこもりだ。

銀行の口座が凍結されてしまうかもしれないから、と叔父さんは言っていたので、早速現金を引き出しに行く。
それなりに働いて貯めこんでいた様で、さすがにそんな大金を持ち歩くのも、ということで十万円ほどを財布に入れ、残りを自分の口座に移す。
保険金の受け取りに関しては叔父さんがきたときに連絡をしてくれていて、書類も整っている。

あとは……。
まず区役所に向かう。
家族全員分の死亡届を取りに行った。

使わないものだし、携帯の契約解除に必要になるからだ。
また、役所で簡単な葬儀の手続きもする。
早い日にちだと明日が空いているということだったので、それでお願いした。

葬儀に呼ぶ人間がいるかと聞かれて答えに窮したが、自分ひとりでいいです、と答えた。
担当の事務員は少し驚いた顔をしたが、特に追求したりはしてこなかった。
病院に連絡をして、葬儀の手続きが整ったことを伝える。

弟以外の家族の遺体は損壊も激しかったとのことで、見せてもらうことは当然できなかったのだが、これでやっと弔ってあげることができる。
弟の遺体は、比較的傷みも少なめだった。
どの程度の仲の兄弟だったんだろう。

ふと気になるが、それを知る術はもうない。
生徒手帳にある住所を頼りに、住んでいた家へ向かう。
住所から推測すると、一軒家ではないみたいで安心した。

持ち家ではあるがマンションだった様で、引っ越したりは当面必要ないと思った。
相続の手続きはしなくてはならないが、忌引きの為学校はまだあと数日休める。
自分の住む階へ到着し、部屋のドアを開けようとしたところで隣の住人が顔を覗かせた。

「睦月ちゃん……この度はお悔やみあげます」

中年の、ちょっと太めの女性だ。
人が良さそうに見える。

「……こんにちは。もう、済んだことですから。明日、簡単に葬儀は行いますが…明後日の火葬でそれも終わります」
「そうなのね…参列したいところではあるんだけど……私、明日はちょっと家族で用事があるのよ、ごめんなさいね」

まぁ、急な話だし仕方ない。
事実私は招待状みたいなものも出していないし、葬儀自体は早く済ませてしまうべきだろう。

「では、少しやらないといけないこともありますので、失礼します」

私は挨拶もそこそこに、隣人に別れを告げて部屋に入った。

仮に泥棒だの強盗だの、暴漢だのが乗り込んできたところで脅威には到底なりえない私ではあるが、一応鍵はかけておく。
綺麗に片付いている部屋、というのが最初の印象だった。
両親が綺麗好きだったのだろうか。

私の部屋……は……。
何これ……。
壁紙が一面真っ黒。

女の子らしさ皆無だった。
ベッドがあるが、シーツも枕も全部黒。
どんだけ黒好きなのよこの子……。

部屋の壁紙から持ち物に至るまで、九割くらい黒。
黒じゃないのはベッドの脚とか、机とか椅子くらい?
ああ、学校の制服もか。

制服可愛いな。
学校は、大輝や野口さんや宮本さんが通うところからは少し離れたところにある様だった。

家は、宮本さんの家が少し近いかな。
ところでこの子、もしかして中二病とかじゃないだろうか。
この黒のオンパレード。

だからって今から服買いに行くのも何となく不謹慎な気がしなくもない。
まぁ、どうしてもって言うことなら最悪作っちゃえばいいか。

翌日。
葬儀の会場には係りの人と私、お坊さん、それから区の職員の人が何人か。
病院の関係者の人も何人かきてくれた。

遺体は病院の車で運ばれてきた様で、私がかついで飛び回ったりする必要はないということで安心した。
三人いっぺんの葬儀。
お坊さんが読経を始め、厳かな雰囲気になる。

ただ、ここにいるのは私以外関係者ではないので、誰も涙を流したりはしていない。
香典返しなんかを考える必要がないのは気楽だが。

通夜ではあるのだが、参列する人がいないということで、形だけ執り行われて、明日告別式となる。
一人でもりもりお寿司とか食べてるのも気が引けると思ってたし、丁度いい。

更に翌日。
告別式で家族の遺体が焼かれて、三人分の骨を骨壷へ。
これで葬儀関係は終わりだ。

私は骨壷を一旦自宅へ持ち帰って、その足で携帯ショップへ行った。
死亡届けと携帯を受付に出して、淡々と手続きが行われた。
ついでに、名義変更もできると言われたのでやろうとしたら、親権者の同意書が必要、という話になった。

親権者死んじゃったから解約にきたんだけど。
そう言いたそうなのが伝わったのか、気まずそうな顔をする店員。
早速叔父さんの力を借りる必要が出てきてしまった。

電話をかけ、事情を伝える。
同意書は叔父さんが書いてくれることになったが、郵送で送るので二日前後かかると言われた。
ついでにすることでもないが、葬儀関係は無事終わったということも伝えると、何もかも押し付けてしまって申し訳ない、と謝られた。
仕方ないので、今日のところは大人しく帰ることにした。

三LDKの間取りのそのマンションは、正直私一人で過ごすには広すぎると思った。
しかし、後々何かに使えるかもしれないということで、両親や弟の荷物はそのままにしておく。
そういえばここ、かなりいい物件だしローンとか残ってないんだろうか。

それらしい書類を捜してみるが、そういったものは見つからなかった。
ということは一括もしくは、ローンを繰り上げ返済した可能性が高い。
相続するためのお金、足りるだろうか。

幸い、神力を使えば空腹や排泄、体の浄化に関しての問題は全て解決する。
食費なんかは交際費と考えるのがいいのかもしれない。

また更に翌日。
相続関係の手続きをするべく再度区役所へ。
必要と思われるものはなるべく全部揃えたつもりだったが、手続きには日数がかかると言われた。

ゴネても仕方ないし、手続きは任せて呼び出しがあれば応じる、という旨を伝えて役所を後にする。
ふと時間が気になって、携帯を取り出して時間を見る。
ついでに画面を見ると、事故のせいなのか元からなのか、画面割れが気になった。

この際だし、買い換えてしまうか。
昨日行った携帯ショップへ再び訪れる。
昨日の店員さんがいて目が合うと、会釈をされた。

機種変更の番号札を取って自分の番を待つ。
平日の昼ということもあって、すぐに呼び出しがかかった。
昨日の店員さんだった。

機種変更も無事に済ませて、自宅に戻る。
元の機種は本体の色が、言うまでもなく黒だったが今度の機種はピンクにした。
女の子なんだし、これくらいいいよね?

この家から、大輝の学校までの距離を検索したり、この家から大輝のバイト先までの距離を検索したり。
ナビで、どれくらいで着くかなどを検索する。
やっぱり結構距離あるなぁ。

それに、会いに行くとしてもタイミングは重要だと思った。
もし突然会いに行ったら、この見た目だしきっと大輝は混乱する。
野口さんや宮本さんにしても同様だろう。
うん、後で考えよう。

今はまだ忙しくて、そこまで頭が回らない。
神力使ってもいいけど、さすがにそれは人間としてやっていくのには危なすぎる。

そして数日が経過し、学校へ行かなくてはならなくなった。
制服に袖を通し、髪を整える。
うん、やはり何度見ても春海にしか見えない。

そして前髪邪魔だな。
ささっと神力で長さを変えてしまう。
後ろ髪は春海の時より長めだが、前髪はもはや春海そのものだった。

頭の怪我は、まだ完治とは言いがたいが、治すか迷ってそのままにする。
ガーゼを当てて包帯を軽く巻きなおした。
あまり長いと邪魔なので、後ろ髪はポニーテールにして、靴を履いて家を出る。

歩いて十五分という好立地。
運動にも丁度いい距離だろう。
同じ制服を着た生徒が何人か先に歩いているのが見え、気づけば後ろにも何人かいる。

「椎名」

私に声をかけてきた女子生徒がいた。
振り返ると、茶髪のセミロングの女子がニヤニヤとしながら私を見ている。

「事故ったんだって?ご愁傷様」

全然悼んでる様子は感じられないが、どうやら事故のことは知ってる様だ。

「あーっと……ご心配おかけしました?」

当然ながら名乗りもしないし、誰だかわからないので一応言葉だけ返す。

「はぁ?何だよそれ?それだけ?」

これ以上何を言えと言うのだろうか。

「遅刻しちゃうから。じゃあまた」

何がしたいのかわからない女子を置いて、先に行こうとしたら腕を掴まれた。

「まぁ待てって。椎名さ、親が死んで保険金とか入ったんだべ?今月私ピンチでさ。少し恵んでくんね?」

正確には、保険金はまだ振り込まれていない。
よって、病院代も宙ぶらりんの状態だ。
まぁ貯金から払ってしまってもいいのだが。
それでも、この見も知らない女子にくれてやる理由はない。

「何に使う予定なわけ?あと、人の死をそういう風に言うのはさすがにドン引きだわ」

大人気ないと思われるかもしれないけど、軽くイラっとして冷たく言う。

「は?椎名お前……言う様になったじゃん。あのおどおどした中二病の椎名とは思えないね」

やっぱ中二病だったのか……面倒だな。

「一回死に掛けて強くなっちゃった?あのほら、何だっけ?エターナルフォース何とか。見せてみろよ」

エターナル……?
もしかして有名な掲示板で昔ネタになったあれのことか?
ネタだろう、あれは……。
ああ、でも実演しろって言われたらできるけど。

「相手は死ぬってやつ?」
「そうそう、あれだよ、ほら見せてみろって」
「はぁ……」

何か朝から面倒なことになってると思うと自然とため息が漏れる。
どうしてこういうバカはいなくならないのか。
そんなに見たいというなら、仕方ない。

「いいよ、見せてあげる。後悔しないでね?」

私は神力を行使する。
私とこのバカ女の周り、半径三メートルほどの気温を瞬時に氷点下まで下げる。

「え……?」

どんどんと下がっていく気温。
やがて空気が凍り付いてキラキラと輝き始めた。

「な、何これ……さ、寒い……し、椎名、何したん……」

歯をガチガチさせながらバカ女が震える。
今大体氷点下五十度前後か。
制服の衣替えも終わっているので半そでになっているので、寒くないはずがない。

冬服でも耐えられないだろう。
鼻水をたらし、その鼻水が一瞬で凍る。
目の縁の涙も一瞬で凍る。

そろそろ意識がやばいか?
仕方ないなぁ。

「エターナルフォースブリザード、どうだった?」

神力を解除すると、再度じめじめした暑さが戻ってくる。
私は外気をほぼ遮断していたので影響ないが、バカ女は温度差で今度は鼻血を出した。
さすがに通行人がざわついた。

「あれ、鼻血出てるよ?大丈夫?」

わざとらしくポケットティッシュを取り出し、手渡す。

「な、何今の……」

うつろな目でぶつぶつ呟くバカ女。

「何って?よくわからないけど、早くしないと遅刻しちゃうよ?私、行くから。あ、ティッシュはあげるからね」

言い残して私はその場を去った。

教室に入ると、またもざわつくのを感じた。
半死人だった人間が入ってくるのが、そんなに珍しいのだろうか。
髪型違うからかな。

「あっれぇ椎名じゃん!元気だったの?」

生きてたの?といわないところは優しい……のか?

「やだなぁ、元気だったよぅ」

どう対応したものか二秒ほど考えて、ぶりっ子してみることにする。
話しかけてきた女子生徒の表情が凍りつく。
中二病だった女がいきなりぶりっ子なんかしたら、こうなるのは仕方ないか。

「おい、打ち所でも悪かったのか?何だよその気持ち悪いぶりっ子」

心底気持ち悪い、とでも言いたげに、私を見る。

「ええ~、ひっどぉい!私、これが普通なのにぃ!」

自分でやってて、確かにこれはないな、と思う。
見ている方はもっとだろう。
だが、あんな悪意のある挨拶してきちゃう様な頭悪い子には、もっと思い知らせてやらねば。

「お前、自分がいじめられてたことも忘れちまったのか?」 

おお、いじめとか堂々と公言しちゃうのか。
先生が見てみぬフリしてくれちゃうパターンなのかな。
当校にいじめはありません!ってか。

「お前の母ちゃんが、お前の名前付けるときに大ボケかましたのも原因だっけな」

クラスメートの何人かが、それを聞いて笑い出す。
どういうことなのかわからないけど、そんなにすごいボケだったんだろうか。

「六月生まれだから、睦月にしよう」

他の生徒がぼそっと呟く。
それを聞いたさっきまで私にちょっかいかけていた女子がげらげらと笑う。
六月生まれだから睦月……意味がわからない。

六月って水無月じゃなかった?
……もしかして。
語感だけで選んだってことか。

これは確かに恥ずかしい。
ただし、私じゃなくて亡くなったお母さんが、だけどな。
無知だったのは確かに恥ずかしいことかもしれない。

だが、故人をネタにしてゲラゲラと平気で笑えるその腐った性根。
いつしか私は体が武者震いに震え始めていた。

「お、来るか?神の裁きとやら!」

ん?何で知ってるんだ?
あ、私が入る前の睦月か。
どんだけ香ばしいやつだったんだ、睦月……。

だが、あんたの無念は今ここで私が晴らしてやろう。

「神の裁き、ね」
「ん?」
「見せてあげるよ」

そう言って、右腕を天にかざす。
本当はこんな仕草必要ないんだけど。

「受けよ、愚かなる人間ども。これが天の力だ!!」

言うのと同時に、神力を行使して、教室中にある机を宙に浮かせる。

「!?」

宙に浮いた無数の机が、そのまま回転して渦を巻いた。
生徒たちがびっくりして、教室の端に逃げ惑う。

「くくく……さぁて、どうしてくれようか……」
「な、な、何だよこれ……何が起きてんだよ、椎名!!」
「裁きが見たかったのだろう?さぁ、受けるがいい」

と芝居がかったセリフを言う少し前に、担任教師らしき気配を感じて、瞬時に机の配置を元に戻す。
目の前で起きた光景が信じられないらしく、生徒たちはみなフリーズしていた。

「おはよう……って、どうした?Gでも出たのか?」

先生は当然、何が起きたのか知らないので戸惑う。

「おお、椎名きたのか、久しぶりだな。ほら、みんな席つけ!ホームルーム始めるぞ」

ホームルームでは、私は主役だった。
事故のこともあるし、家族のことなんかでいじめたりしない様に、なんてことが言われていたが、もう手遅れだよ、先生。
しかし、さっきの机乱舞事件を覚えてる者は私のことを得体の知れない腫れ物扱いしてくれる様になっていたので、少しは静かに過ごせそうかもしれない。

余談だが、登校中にちょっかいかけてきたバカ女は藤原かすみというらしい。
さっきの急激な気温の変化に体調を崩し、登校途中だったが引き返して今日は欠席になったとか。
だが、生徒には暑さに耐えられなくて引き返した、と伝わっているという。

授業中も休み時間も、昼休みも、みんなが私を見てヒソヒソと噂話をしている。
家族のことか、今朝のことのどっちかだろう。
ちらっと周りを見回して、目が合った生徒は皆、慌てて目を逸らす。

「おい、さっきの何だよ」

びびって漏らさんばかりの勢いだった、今朝絡んできた女子が、再度絡んでくる。
懲りないなぁ。

「何がぁ?」

当然、面倒なのですっとぼける。
私は今忙しいんだ。
睦月が一月だということも知らない可哀想なお母さんを想ったりとかな。

「とぼけんなよ、みんな見てたんだからな!」
「みんなって?」

まぁ、実はこのタイミングを待ってたんだけどね。
三度、神力を行使して、朝の記憶をみんなから消し去る。
当然、目の前のこの愚かな……杉本綾乃すぎもとあやのという女子生徒の記憶はそのままに。

「はぁ?なぁ、今朝の、見てたよな?」
「ん?今朝?何が?何かあったっけ」

とぼけてる様子もなく、本当に不思議そうな顔をする。

「え?」
「いや、普通にホームルーム始まったし、何もなかったとおもうけど」
「な、何言ってんだよ!?そんなわけ……」
「杉本、大丈夫か?暑さでどうかしちゃったか?」
「ふ、ふざけんな!」
「やだぁ、杉本さんたらぁ。夢でも見てたんじゃないのぉ?」

わざと煽る様に言い、私は席を立った。
何か言いたそうだったが、無視して私はトイレの個室に入った。

おかしくて腹がよじれそうだった。
あの杉本とかいう女の顔。
ああいうおバカさんを懲らしめるのは、これだからやめられない。

「おい……お前一体、何なんだよ…お前本当にあの椎名なのかよ」

杉本が、トイレの前で待ち伏せていた。
はぁ、本当に懲りない。
頭悪い子はこれだから……。

「椎名じゃなかったら、誰だって言うのかな?」

ニコニコと笑って、答える。
ざわざわとまた周りがざわつき始める。

「ちょっと場所変えようか」

私はさらっと言って先に歩く。

開いてるとは思わなかったが、屋上へ向かう。
開いてなければ開ければいいだけだ。
実際には鍵は開いていた。

不用心な学校ですこと。
二人で屋上に上がり、私は鍵をかけた。

「これなら誰も邪魔しにこないでしょ」
「…………」

怯え半分、ってところか。
得体の知れない相手を前に、どうしたらいいのかわからないと言った様子だ。

「おい、バケモン」
「……それ、誰のことかな」
「お前以外にいるかよ!一体どんな手品使った!?」
「手品か……手品ごときに随分怯えてるんだね」

ちょっとカチンときて更に煽る。

「一つ、忠告するね。これ以上怖い目に遭いたくなかったら、私には一切かかわらないで。クラスメートとか友達使って何かするのも推奨しない」
「何言ってんだ、お前……」
「忠告だって、言ってるよね?それとも、今すぐ怖い目に遭いたい?」

怯えた目が、更に恐怖に歪んだ。

「私はね、静かに高校生活送れたらそれでいいんだ」
「…………」
「それすらも邪魔しようって言うなら」

ゆっくりと杉本に歩み寄る。
一歩、また一歩と近づく私。
それに合わせて一歩二歩と覚束ない足取りで後ずさる杉本。

「く、くるな……」
「約束、してくれる?」
「くるなって言ってるだろ!!」

ついに杉本に逃げ場がなくなった。
杉本の背中が屋上の柵にぶつかり、杉本はびくっと体を震わせた。

「どうしたの?もう逃げないの?」
「や、やめろ……」
「や、く、そ、く。してくれるの?してくれないの?」

私はゆっくりと右手を伸ばして、杉本の首を掴む。

「ぐっ……はな、はな、せ……」

そして本来は必要ないが、左手をかざす。
すると、杉本の背後の金属製の柵がばらけて地面に落ちた。

つまり、杉本の背後は今杉本を守ってくれるものが何もない、ということになる。
その落ちた柵の破片を見て、杉本が青ざめた。

「時間切れ。グッバイ」

柵の向こう側へ、杉本を投げる。 

「あっ……」

短く声を上げて杉本が空中で脚をバタバタさせていた。
目が半分死んだのを確認して……神力でまず杉本をこちらに引き戻した。

続いて、柵を元に戻す。
柵が戻っていく様子を、呆けた顔で眺めている杉本。

「約束、だからね?」

一方的に言い、杉本を残して私は教室に戻った。
杉本の目には、ビデオなんかの巻き戻しに見えたんじゃないかな。
悪夢ユメは見れたかよ?ってね。

これで当分は静かになる……といいんだけど。
ならなかったら……その時は学校そのものと戦争かな。
まぁ、最悪卒業できればそれでいいし、火の粉を払う程度にしとこうかな、今度から。
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