手の届く存在

スカーレット

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本編

大輝編22話~暴食の黒渦~

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あの修羅場事件から、早くも一週間近くが経つ。
四人の関係そのものは良好と言える。
ドタバタしていて忘れてしまっていたが、俺は久しぶりに朋美に連絡を取った。
春海のことは野口……桜子から聞いていたらしい。

『葬儀関係、行きたかったんだけどね。ごめん、色々でいけなかった』

経済的な事情なんかもあったのだろう、それに俺も葬儀からは逃げてしまった手前、何も言えなかった。

『いや、俺の方こそしばらく連絡できなくてごめん』

朋美はそれなりに元気にやっているらしく、タコ坊主も元気そのものだと聞いて、安心した。
朋美は、高校に入ってから地元のファーストフード店でバイトを始めた様だった。
俺と似た様な理由で始めたバイトだったが、やってみたら面白い、という様なことを言っていた。

元々料理が好きだからオペレーション……つまり裏でハンバーガーを作ったりという方の仕事がしたかった様だが、女子は基本カウンターで接客、という方針の店だった様で、そこだけはちょっと残念と漏らしていた。
何だか、朋美と話していると少し安心する自分がいる。
だが、このままだと向こう二年くらいは会えない計算になってしまう。

どうにかならないだろうか。
既に三人も囲っているくせに、となるかもしれないがこれはまた別案件だ、と自分に言い聞かせる。
桜子や明日香とのことも春海の意思だったし、愛美さんは……まぁ。

年上のお姉さんへの憧れが爆発したんだ、ということにしとく。
そして朋美のことも、春海の意思だ。
捨て置くわけには行かない。

全部言い訳だし俺自身がどうしたいか、という話でもあるのだが俺自身がどうしたい、なんてことを最優先にしてしまったらそれこそ俺の周りには誰もいなくなってしまうのではないかと思った。
俺が今一番会いたいと願うのは春海だから。
そんな寂しい気持ちを埋める為に彼女たちを利用している俺は心底最低だと思う。

それでも、今それを止めてしまったらきっと俺の自我は崩壊の一途を辿ることになる。
こんな状況でも、いやだからこそか。
人が悲しむ顔なんて見たくなかった。

春海は死の間際、また会えると言った。
そのことがずっと気にかかっている。
何の考えもない、気休めという可能性は十分ありえる。

しかし、あの春海がそんなことを口にするとは考えにくい。
何かあるはず。
そう信じたかったのかもしれない。

意識して思い出さない様にしていた、春海との思い出。
まだ十五歳という若さなのに、思い出が多すぎた。
女性経験も、多すぎると思う。

かと言って減らすことができるほどの管理能力がないことはもう痛感している。
考えるのが面倒になって、なる様になってしまえ、という気持ちが勝ってしまう。

「大輝くん、今日なんだけど」

明日香が俺の教室にきて、呟く。

「私の家にこない?」

明日香の家……そういえば行ったことないかもしれない。
春海の最後の日に、迎えに行くとき一瞬見たくらいか。

「今日、バイトないでしょ?」
「ああ、休みだけど。愛美さんはいいのか?」
「愛美さん、今日は会社の飲み会があるって言ってたから」

ああ、そういえばそんなこと言ってたか。
タダ酒飲めるのは最高、とか何とか。

「桜子も一緒に、どう?」

まぁ、たまには気分転換もいいかと思った。
毎日肉欲に溺れた様な生活をしていては、人間として本格的にダメになってしまうだろう。

「そうだな、行くよ」

そう答えると明日香の顔が明るくなった。
箸休めならぬ竿休めってところか。
俺も愛美さんの下品さがうつってきちゃったか。
いや、口に出してるわけじゃないし、これはノーカンで。

放課後、桜子と明日香と合流して、駅に向かう。

「そういえば、明日香の家って、どんなん?」
「でっかいよ。和風な感じ」
「ほーん。まぁ、見ればわかるか」
「もう少し食いついてくれてもいいかなって思うけど……まぁ、言うとおりね。行きましょう」

電車に乗って、明日香の家の最寄り駅へ向かう。
桜子は電車の中であっても構わず妄想を垂れ流したりして、明日香から叱られたりしていた。
ドタバタしていたせいで、こんな当たり前の日常が懐かしく思える。
戦ったりしてたわけではないが……いや、男と女の戦いみたいなもんか、あれ。

「次で降りるわよ」

雑談に花を咲かせていた俺たちは、明日香の声に席を立つ。
ここからどれくらいの距離があるのかはわからないが、人の家って少しわくわくする。

駅を出ると、大通りに出た。
ここで降りるのは初めてだが、テレビなんかで紹介されたりしてるのを見たことが何度かある。

「この辺って家賃とか土地とか高そうじゃないか?」

所帯じみたことをつい言ってしまう。

「大輝くんらしい感想ね。まぁ、確かに都内ではそこそこ高い方なのかも?」

軽く笑って言う明日香。
ということは、明日香って結構お嬢様なのか。
区役所に繋がる通りを抜けて、少し歩くと明日香の家だという。

方向音痴の俺は、明日香の案内なしに明日香の家に辿り付ける自信がないので、黙って明日香についていく。
桜子は何度かきたことがある様だった。

「ここを曲がると、区役所ね。婚姻届でも取りにいく?」
「またまたご冗談を……」

引きつった笑顔を浮かべ、答える。

「あっ……」

声がした。
俺たちに向けられたものだと、直感する。
その方向を見たとき、俺の心臓が跳ね上がった。

「え?」
「う……嘘でしょ……?」

「はる……み……?

声を上げたのは、俺たちと同じ年の頃の少女だった。
他校の制服を着ているが、その顔は、春海だ。
俺が見間違えるはずがない。
ヤバい、という顔をしてその少女は走り去る。

「ま、待ってくれ!」
「大輝くん!?」

桜子や明日香も俺に続いて走り始めた。

「桜子、明日香!そっち回ってくれ!」

二人は首肯して俺と別れる。
とんでもなく足が速い。
こいつは本物だ、間違いない。

今までバイトかエロいことにしか使っていなかった筋力を、体力をここで搾り出す。
逃がすわけにはいかない。
あいつが春海なんだとしたら、俺はあいつに会いたい。

会わなければならない。
なかなか追いつけない。
だが、もう少し、もう少しで……。

「追い詰めた!」

春海と思しき少女が、角を曲がった。
奥から桜子と明日香がくるはずだ。
そして、俺も角を曲がる。

「!?」

少女の姿はなかった。
近隣の家の塀でも登ったかと思って見回すが、そんな形跡もない。
「な、なぁ、今の女、見たよな?」
「え、ええ」
「春海、だよな」
「似てたけど……ありえないでしょ……」
「いや、似てたってレベルじゃないぞあれ……本人だろ……」
「いや、ありえないって!だって、春海ちゃんはもう…」
「ええ、それに、私たちは告別式で彼女がその……焼かれるところも見ているのよ」

肩で息をしながら、今の事実を反芻する。
いや、あれは春海だ。
絶対に間違いない。

根拠なんかない。
それでも、あいつは間違いなく春海だと、俺の中の何かが叫ぶ。
確かめなければならないことが、できた。

「とにかく、ここでこうしてても始まらないわ。詳しい話をするためにも、行きましょう。もうすぐそこだから」

そう言って明日香は、へたり込んだ俺を立ち上がらせた。

「本当、無理するよね大輝くん……」

桜子が心配そうに俺を見る。

「すまん……お前らにもちょっと無理させたよな」
「それはいいけど……」

俺も、考える間もなく暴走した感がある。
彼女らがそれに巻き込まれるのはあまりいいことではないとわかってはいたが、抑えることができなかった。

「そういう話も、うちでしましょう」

明日香は優しく言い、俺たちを誘う。

「……なんっだこれ……すっげぇな」

明日香の家は、伝統的な日本家屋と言った造りの、かなり大きなお屋敷だった。

「多分、中入ったらもっとびっくりするよ」

桜子が言う。

「さぁ、入って」

門をくぐる。
すると、何人かの男がどどどどど、っと出てきた。

「明日香お嬢さん!お帰りなさいませ!!」

これって……まさか……。

「うち……その……ね……」

歯切れが悪い明日香。

「もう、わかったでしょ?」

言いよどんでいる明日香の代わりに、桜子が言う。

「あ、ああ」

ヤクザの家……。
これはさすがに嫌でもわかってしまった。

「もう……今日は出迎えいいって言ったじゃない……」

少し恥ずかしそうにしている。
すると、男の一人が慌てて姿勢を正した。

「申し訳ありません、お嬢!俺、死んで詫びます!!」

言いながら懐から拳銃を取り出した。
それだけでも十分衝撃的だが、その銃口を自らのこめかみに当てる。

「うわ!ちょ、ちょっと!!」

さすがに俺もびっくりして止めに入ろうとする。

「何騒いでやがんだ!やめねぇか!!」

奥から甲高い声がして、一人の女性が姿を現した。

「す、すみません若頭!俺がお嬢の言いつけを忘れてたから……」
「いいから静まれ!……お嬢、それからお友達の方々、ようこそいらっしゃいました。お騒がせして申し訳ない」

若頭と呼ばれたその女性……女性!?
女性で若頭なの?
年齢は愛美さんと同年代くらいか?

礼儀も姿勢も正しく挨拶をする。
他の男たちも、そのまま挨拶をした。

「申し遅れました、私は若頭の望月と申します。お見知りおきを」

俺に名刺を渡してきた。
ビジネスマナーなど知らない俺は、動揺しながら名刺を受け取り、眺める。
望月和歌もちづきわかとある。

若頭だけに、ってか?
いやそんなはずはないか。

「あ、えっと宇堂大輝です。こちらこそ、よろしくお願いします」

俺も頭を下げる。
さっきの下らない考えが読まれたのかはわからないが、望月さんが俺に耳打ちしてきた。

「それはそうと……お嬢との関係について、話があるからな。逃げるなよ、小僧」
「で、ですよね」

俺の中から血の気が引くのを感じた。

応接間?に通され、お茶とお菓子が出される。
これは……金つばっていうんだっけ?
見たことも食べたことも当然ないが、名前だけはどこかで聞いた。

「望月、これから私たちだけで話をしたいことがあるから、下がってもらえる?」

明日香が望月さんに言い、他の男たちも下がり始める。
これで応接間には三人だけになった。

「そういえば、明日香の両親は?」
「今日は他の事務所を回っていて、明日まで帰らないわ。会いたかったの?」
「あ、いや……挨拶くらい、って思っただけだよ。いないなら仕方ないな」
「それより、さっきの春海ちゃん……に似てる人のことだよ」
「似てる人っていうか、あの動き、まず間違いないって」
「うーん……でも、あり得ないと思うんだけどなぁ……」
「そうね……あんまり言いたくはないけど、実際私たち、あの葬儀に参列していたし……」

桜子や明日香の言いたいことはよくわかる。
逃げてしまった俺は当然見てないわけだが、火葬されて人間の肉体が残ることはまずありえないだろう。
骨納だかも参加して、間違いなく弔ったのだと言っていたし。

だが、ただのそっくりさんが俺たちを見てヤバイ、って顔して逃げたりするだろうか。
そしてあの速さ。
逆に春海でなかったら何者なんだ?という話になってくる。

「これは仮説なんだけど」
「聞かせてもらえるか?」
「まず、あれが姫沢さんだとした場合。どうやって生き残ったのか。ここが最大の疑問になるわよね。そして、生きていたんだとしたら何で今まで姿を見せなかったのか」
「確かに……」

春海なら何でもありな気がしなくはない。
かなりめちゃくちゃなやつだったのは間違いないし。
だからと言って生死までも超越できるとは考えられないが。

「逆に、姫沢さんでなかった場合。何で私たちを見て逃げたのか。仮に人違いなら、適当なところで追いつかれても良かった気がするのよね。知らない、とか人違いです、とか言えばいいのだし」

ごもっともだ。

「結論としては本人である可能性が高いけど、決め手になるのは見た目以外にない、というのが現状なのよ」

明日香も本人である可能性が高いと言う。
俺もそう思っている。

「あ、私?私は……こういう話あんまり詳しくないんだけど、私たちの事情とか交友関係を知ってる誰かだったり、って思ってはいるかな」
「その心は?」
「んー……もし春海ちゃんだったら、大輝くんがいるのがわかったらほっとかないんじゃないかなって」

なるほど。

「ああ、ただね。もちろん、春海ちゃんだった場合でも、何か事情があって大輝くんと接触するわけにいかなかったりってことも考えられるから、やっぱりそれも憶測の域を出ないよね」

そうなるとますますわからなくなる。

「本人に問い詰めるしかないんだけど……本人だとしたらかなり、至難の業だよね」
「うちの人間を使って調べさせることも出来なくはないけど……あまり期待はできないかもしれないわね」

打つ手なしか。
あーでもないこーでもない、とそれからもやりとりは続いたが、具体案は出なかった。

「失礼します」

望月さんがドアを開けて入ってくる。

「お嬢、宇堂さんを少し、お借りしてもよろしいでしょうか」

さっきの耳打ちのアレか……。
来るとは思ってたけど、いざとなるとおっかないな、やっぱり。

「何をするつもりなの?理由を言いなさい」

明日香が危険を察知してか、望月さんを止めに入る。

「あー、明日香、それに桜子も。ここで待っててくれ。何、大丈夫だよ、ちょっと話してくるだけだから」

二人にウィンクして、望月さんに続いて応接間を出る。

「ここでいいでしょう。率直に聞かせてもらう。お嬢を、どう思っている?これから先のことも含めて、聞かせてもらおうか」

離れにある部屋に通され、二人で座る。
六畳間より少し広いくらいだろうか。
テーブルと、ベッドがある。
簡易的なものか、ユニットバスがあるのも入るときに見えた。

「どう思ってるか、か。それなら簡単ですね。大事に思っていますよ」
「それは、見ていれば何となくはわかる。お嬢からはある程度お前たちのことは聞いているよ。どんな関係なのかも含めてな」
「それを聞いて、どう思ったんですか?俺には任せてはいられない?」
「実際にこの目で見てみるまでは、と思っていた」

お堅いなぁ。
見た感じ、男慣れしてる様には見えない。

「実際に見て、どう思ったんですか?」
「こんな華奢な男に、任せていいのか今もわからない。だから、お前の考えを聞きたい」

それによっては、と黒光りするものがチラ見えする。

「答える前に一つ、聞いてもいいですか?」
「立場ではない、と言いたいところではあるが、いいだろう」

懐に黒いものを納めて、望月さんが俺を見た。
俺は軽く息をついて、微笑む。

「望月さん、処女でしょ」
「んなっ!?」
「明日香の護衛やら若頭の仕事、それに多分だけど、明日香の身の回りの世話やらで自分の恋愛とか気にしてる余裕なさそうに見えたし、図星ですか?」

煽るつもりはないが核心を突いたのか、見る見る顔が赤くなっていく。

「い、い、い、今、は、そういう話、を……」
「いや、だからただの質問ですって。どうなんですか?当たりです?」
「わ、私が…その、仮にそうだとして……お前に何の都合がある……」

しどろもどろになってしまう二十代半ばの処女のお姉さん、ちょっとくるものがあるな。

「いや、多分明日香の気持ちとか、わからないんじゃないかなって思って」

何も意地悪したいとか、いじめてみたいとか、そういう気持ちで聞いたわけではない。
まぁ、そういう気持ちがゼロだったわけでもないけど。

「どうして、お嬢がそこで出てくる……」
「だってあいつ、俺を犯して処女卒業しましたし」
「お、おかっ!?」
「そうですよ?聞いたんじゃないんですか?」

どうしても望月さんの反応が面白くて、わざと衝撃的であろう事実を突きつけてしまう。

「いや、その……詳しくは……背景というか……」
「ああ、場所ですか、ラブホですよ」
「な、な、な…」
「明日香にどんな幻想を持っているかはわかりませんが、あいつだって一人の女です。性欲だって普通にありますよ」
「げ、幻想なんて……」
「まぁ、望月さんにだって、性欲くらいあると思いますし。持て余すことだって普通にあるんじゃないですか?」
「!!」
「それが悪いことだなんて俺は思わないし、寧ろそれが当然だと思ってます。生きてるんだし」
「だ、だったら何だって言うんだ!」

ああ、面白い。
性に耐性のない人間は、性の話にこうも過敏に反応するものなのか。
しかも、本人は興味がないわけではないみたいだ。

「つまりね、恋愛の形は別に一つじゃないし、こうじゃないといけないって筋道立てるもんでもないってことなんです」
「…………」

赤くなったまま黙り込む望月さん。
さっきまでの殺気立った雰囲気はどこへやら。
半分は女の顔をしている。

「俺たちの関係はセックスから始まった様なもんですけど、元々は友達ですし望月さんが思うより、俺たち密な付き合いしてますよ」
「せ、セックスとか簡単に言うな!!」
「じゃあ、どう表現したらいいんですか?まぐわいとか?」
「お、おま、お前……」
「まぁ、それはいいでしょう。望月さん、自分をかなり押し殺してるみたいですけど、好きになった人とかいないんですか?」
「そ、それ……は……いない……こともない……」

思い当たることがあるらしく、目を泳がせながら口ごもる。

「そういう人と、セックs…そういうことするの、想像したりとか、普通にするでしょう?」
「やめろ!あのお方は、そういう目で見てはいけないのだ!!身分が違いすぎる!!」

身分?
あ、もしかして……。

「その相手って、明日香の親父さん?」
「!!」

ズバリ言い当てられてしまい、言葉を失う。
でも、そうなると結構年上だと思うんだけど、抵抗ないのかな。

「しかもそれ、明日香のお袋さんにバレたりとかしませんでした?」
「な、何で……」
「いや、望月さん嘘つくの下手そうだし……傍から見ててバレバレだったんじゃないかなって」
「くっ……大体合ってる……」

幹部を置いて事務所回りをしにいくのも少し変だな、って思ってはいたし、決め手になる部分は割とあった。

「唐突で申し訳ないんですけど、望月さんて今いくつなんですか?」
「ほ、本当に唐突だな……二十五だ……それがどうした。この歳で未経験なのが、そんなにおかしいのか」
「いや、確かに経験しててもおかしくない歳ではありますけど、俺が言いたいのはそういうことじゃないですよ」
「じゃあ、何なんだ、私をいじめて、そんなに楽しいのか!」
「落ち着いてくださいって」

俺はさりげなく望月さんの肩を掴む。
ビクっと全身を震わせる。
その様子がたまらなく可愛らしく見えた。

「今すぐはさすがにですけど、今度二人で会いましょうか。望月さんが興味あること、してあげますよ」
「は、はぁ!?何を言って……」
「だって、もう結構ビショってるんじゃないですか?」
「!?」
「ああ、その顔図星ですよね。けど、さすがにこんなところで本番ってわけに行かないですし、すっきりさせてあげますよ」
言いながら立ち上がり、望月さんの肩を抱く。

「……っ、やめろ……」

とは言いながらも全く抵抗してこない望月さん。
チョロくて心配になる。

「さ、こっちへ」

望月さんをベッドに座らせて、俺も隣に座った。
さっきまでの俺を殺すくらいの勢いは何処へやら、望月さんは借りてきた猫みたいに大人しい。
これから何をされるのか、というのも大体想像がついていそうなものだが。

俺はまず、望月さんの唇を奪ってそのままシャツの襟から手を入れ、所謂前戯をした。
未経験でも一人ですることくらいはあるのか、割と敏感に反応していた気がする。
ある程度ほぐれてきたところで、タイトスカートの裾から手を入れる。

これにはさすがに抵抗の意志を示したが、それも力なくすぐに抵抗をやめた。

「一人で、したりするんですか?」
「…………」

望月さんが顔を真っ赤にして俯く。
まぁ、否定しないし大体正解なんだろう。
大事なところに手が触れると、今まで以上に体がビクッと震えた。

「凄いことになってますよ、ここ」
「い、いちいち言うな……」

恥じらいと期待とが綯い交ぜになった顔で、望月さんは俺を見た。
もう、敵視している様子はない様に見える。
もう一押しか。

俺は下着を脱がさず軽くそこを指で撫でつけて、彼女の反応を見た。
細く長い足がもじもじと動いている。

「続きは……また今度にしましょうか」
「えっ……」

もちろん意地悪するためだけに言ったことで、ここで止めるつもりはない。
だが、望月さんには効果絶大だった様で明らかに狼狽していた。

「ま、待ってくれ……こんなとこで……」
「どうしたんです?」
「わ、わかっているんだろう!?つ、続きを……」

人にされるのが存外良かったということだろうか。
おそらく限界が近いんだと言うことが推測される。

「どうして欲しいんですか?ちゃんと口で言ってくれないと……」
「く、口で……?」

望月さんが躊躇いながら足をもじもじとさせる。
とても扇情的に見える。

「……ぐすっ」
「!?」

やばい、泣かせてしまった。
さすがにこれは予想していなかった。

「す、すみません調子に乗りました……」

望月さんは答えず、俺にしがみついてくる。
仕方ない、続きをするか……。


「……こんなこと……お嬢に知られたら……」

後始末までやって、落ちついたところで望月さんが言う。

「あー、大丈夫だと思いますけど。むしろ歓迎されるんじゃないかなと」
「お前……お嬢をバカにしてるのか……」
「違いますって。あいつの面倒を見てくれるあなたを、明日香が疎ましく思うことなんかありえないってことです」
「そうは言うが……」
「何なら今から打ち明けてみますか?」
「そ、それはやめてくれ……」

今日はさすがに本番まで、というのはやめておいた。
先ほど後日と言ったのもあるし、場所が場所だしな。
俯いてちょっとだけ後悔している様子の望月さんだったが、何かを思いついたらしく、俺を見た。

「今すぐ打ち明けられるのはさすがに……それより、今度、絶対二人で出かけるからな」

どうやら俺は望月さんの、封じ込めていた女の子スイッチを入れてしまった様だった。

望月さんは自室で下着を変えるというので、俺は一人で応接間に戻った。

「結構長かったわね……何かあったの?」

明日香が怪しんでいる様子だった。
こいつの勘もなかなかに鋭い。

「ああ、いや普通に話しただけさ。何か用事あるとか言って望月さんは部屋に行ったみたいだけど」
「ならいいけど……」

多分信じてないな。
まぁ、疑われたところで俺に不都合はない。

「何か大輝くんから、女の匂いがする」

桜子も怪しんでいる。 

「気のせいだろ。それより、これからどうすんの?」
「それなんだけど……」

実際、春海に関しては何も収穫がなかったわけだが、俺にはちょっとした作戦があった。
俺が本格的に危機的状況に陥ったとき、春海は現れるのではないか、そんな予感があった。
なので、その危機的状況を作れる、格好の機会、格好の場所。
これを何とか生かしたかった。

望月さんの時にもそのチャンスはあった。
わざと怒らせて銃でも抜かせれば良かった気がするが、つい好奇心が勝ってしまってあんなことに。

「さっき、お父さんから電話があって、その……」
「何だよ、歯切れ悪いな」
「お前の資質と根性を見極めたいから、私と勝負しろ、とのことだ」

望月さんが戻ってくる。
ちゃんとパンツ履き換えてきたのかな。

「勝負って?」

桜子が不思議そうな顔をする。
多分、単純な戦闘力なら望月さんに分がある。
だって俺、女殴るの嫌だし……。
どっかのヒーローみたいに男女平等パンチとか放てません。

「殴り合いとかじゃなければ、別に俺は構わないよ」
「女は殴れないとか言うつもりなのか?フェミニスト気取りなわけか」

軽く挑発してくる望月さん。
俺は無言で笑顔を向ける。

「……っ!」

それを見た望月さんは、顔を赤らめて明後日の方向を向いてしまった。

「だ、だが安心しろ。今回の勝負はそんな野蛮なものではない」
「まさか……」

明日香がわかった様子だった。

「そうです、お嬢。もうすぐ、寿司が八十人前届きます」
「あれを、やるのね……」

あれって何だ?ってか寿司?何で?

「大輝くん、お腹空いてる?」

明日香が言う。

「ん?ああ、まぁそれなりに」
「普段、どれくらい食べる?」
「ええ……そんなにバカみたいには食べないかな」
「ほう、じゃあ私はバカ、だと言いたいわけだな」
「え?」

意味がわからない。
もしかして、大食い勝負でもするってこと?

「私はな、こう見えて十五人前くらいなら余裕で食べられる」
「ってことは、やっぱり……」
「そうだ、私と大食い勝負だ」
「なるほど。ちなみに、負けたらどうなるんだ、俺」
「…………」
「…………」

何、この沈黙。

「……私がお前を射殺する様に、言われている」

え、何それ。
予期していなかった状況ではあるが、これはチャンスか?
上手く行かなかったら俺、死んじゃうんだけどね。

てか大食い勝負だって、十分野蛮じゃないのか。
つーか、あんな細い体にそんな大量の飯、どうやって……ああ、う○こがでかいわけか。

「おい、貴様……そんなに死にたいのか」

考えが読まれていた様です。
ベッドじゃあんなに可愛らしかったのに、この般若みたいな表情。

ギャップ萌えってやつ?
まぁ、本番はまた今度なんだけど。

「ちょっと、大輝くんさすがに無謀じゃない?」
「大丈夫、まぁ見てろよ」
「私をがっかりさせるなよ……?」

三十分ほど待つと、寿司が運ばれてくる。
八十人前ともなると、想像を遥かに超える量だ。
ルールは簡単。

リバースしたら負け。
一分以上箸が止まったら負け。
大まかにはこんなところだ。

四十人前ずつ食べて、先に食べきったら勝ち。
いや待て、四十人前って……。
大食いで名を売ってる人間でもちょっときついんじゃないのか。

「醤油なんかは自由に使ってくれて構わない。準備がいいなら、始めるぞ」
「よ、よし。こい!!」

勢いよく俺は目の前の寿司を箸で掴む。
ものはかなり良いものに見える。
残したらバチ当たるんじゃないか、これ……。

俺は茹で海老が好きだ。
先に食べてしまうと、食欲が満足してしまいそうなので、敢えて残し、好きでないものから片付ける。
食べているうち、これ案外いけちゃうんじゃね?なんて思えてくる。

だが、現実はそう甘くない。
俺、結構頑張ったと思う。
八人前くらいから、徐々に箸が重く感じる様になってきた。

「どうした、もうおしまいか?」

一方で望月さんは十二人前を平らげたところだ。
バケモンかよこの女……。

「ま、まだまだ」

言いながら箸を伸ばす。
普通に食べればなかなか絶品、というくらいに旨い寿司なのに、こんな食い方する羽目になるとは…。
望月さんは、性格から手加減などまずしないだろう。
十一人前に手をつけようというその時、少し限界がきそうになる。
消化など当然追いつかないわけで、早くも俺の許容量を超えそうだ。

「大輝くん……」

命のかかったこの状況ではあるが、もう食べたくない、そう思い始めていた。
だが、そう思ったときに以前感じた黒い気配が俺にまた侵食していくのがわかった。

「おい、状況わかっているんだろうな。食わないと死ぬぞ」

尚ももりもりと食べながら、望月さんが言う。
よく太らないなこの人……。
と、その時だった。

「おじゃましまーす」

女の声がした。
この声、まさか……。

「とうっ!!」

叫びながら女は部屋に乱入してくる。

「何だお前!」

若い衆が異変を感じ、その女を取り押さえにかかるが、ささっとかわして俺たちの元へ。

「お前……」
「おっと、私は正義の使者!この戦いを見届けにきただけ!!」 

言いながら俺の頭に手をかざした。
顔にはピンクのレンジャー的なお面をつけているが……さっきの春海と思しき人物だった。
そして、彼女が俺に手をかざすと、不思議なことに腹の中がどんどんと減っていくのを感じた。

どういうことだろう。
どういう……ああ、腹減った!!
ダメだ、食わないと死ぬ!!殺されるんじゃなくて、餓死する!!

「おっと、やりすぎた」

ぼそっとその人物が呟いた。
だが俺は、そんなことはお構いなしに寿司を食べ進める。
食べても食べても腹が満たされない。

「な!!」 

望月さんが驚きの表情を浮かべる。
気づけば、三十人前弱くらい残っていた俺の分の寿司が、残り二人前まで減っている。
一方で、望月さんはまだ十四人前を食べきるかどうかくらいだった。
少しだけ腹が満たされた気がしたが、すぐに空腹感に支配され、残り二人前を食べきって……。

「そ、それも食べていいですか!!」
「え、あ、ああ」

残っていた望月さんの分も全部食べて、勝負が決した。

「あ、あれ?俺、一体何を……」

お面の少女はまだそこにいる。
Vサインを、俺に向けた。

「このガキ、どうやって入りやがった……」

若い衆の一人が再度その少女を取り押さえようといきまいた。

「やめなさい。彼女は私の客よ」

明日香が海鮮丼を食べながら言うと、若い衆は顔を引きつらせて引き下がる。
てかお前ら……俺がこんな大量の寿司を命がけで食べてるときに、悠長に海鮮丼って……ちょっと旨そうなのがムカつく。 

「負けたよ、見事な食いっぷりだった」

げっぷをしながら望月さんが言う。
女子力低いですよ、げっぷしながらとか。

「ここにいる全員が証人ね。お父さんに電話してくる」
「あ、お嬢。それなら私が」

言って、望月さんは部屋を出た。
トイレかな。 

「さて、姫沢さん……でいいのかしら」

明日香が春海?を見て言う。

「私は春海ではない。正義の使者……」
「そういうのいいから」

桜子が冷たく言う。

「はぁ、仕方ないか。でも、春海じゃないよ。姫沢でもない」

言いながら、お面を外す。

「春海……」
「だから、春海じゃないんだって、本当」

生徒手帳を取り出して、俺たちに見せる。
「椎名……睦月……」
「本当に姫沢さんじゃない……?」
「いや、こいつは確かに春海だ。というか、春海だった、ってことだろう。そうだな?」

超常的な何かを感じるが、そうじゃないと説明がつかない。

「説明、してくれるよな?」

俺が言うと、その少女……椎名睦月は少し笑って、俺を見た。
そして俺は、俺たちはこのあと常識では説明できない、理解を超えた事実を知ることとなる。
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