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本編
Girls side31話~朋美の憂鬱~
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今度はちゃんと、伝わっていればいいなと思う。
よくヤンデレだのサイコパスだのと言われているけど、私はただちょっと、大輝に対する愛情が深めなだけ……だと自分では思っている。
だって、中学校からずっと好きだったんだもん。
睦月には負けるし、付き合いの長さでも負けているけど……割り込めたのは、僥倖というものではあるのかもしれない。
あとは、睦月はああ見えて割と博愛主義者みたいなところがあるから、もし私が大輝を好きじゃなかったとしても、他の誰かを招き入れていたんだろうなって思う。
「なぁ、何してんの?」
大輝が人の気も知らないで私の日記を見ようと、部屋に入ってくる。
前もって来るなって言ったわけじゃないけど、こういうときくらい気を遣ってくれてもいいじゃない。
「見てわからない?日記書いてるの」
「日記?そんなの書いてるのか。見ていいか?」
「いいわけないでしょ。乙女の秘密を覗こうなんて……」
「お前もう、乙女じゃないじゃん……ぐふぉ……」
あまりにも失礼なことを口走る大輝の腹に、膝がめり込む。
もちろん私のなんだけど。
「大輝って、三十過ぎても女子とか言ってる女の人に辛辣な言葉浴びせるタイプでしょ」
「い、いや……心の中で思う程度にとどめると思うけど……」
「それ、絶対大輝顔に出るからやめた方がいいよ。優しく受け流すってことを少しは覚えた方が、今後の大輝の為だと思う」
「そ、そうか……」
「で、何か用事だったの?」
「ああ、そうだった……お前の膝蹴りで言おうと思ってたこと飛んだよ」
「因果応報ってやつでしょ。早く要件言いなさいよ」
用事がなかったら、大輝は基本私に近寄ってこない。
最近は特にそうだ。
怖がられてるんだと思うが、それだって元々は大輝が私を放置したりするから……。
「何か、睦月が面白いこと思いついたからって。キリのいいとこでこっちこいよ」
「睦月が?あんまりいい予感はしないわね……」
「同感だけど……正直あいつの機嫌損ねるのは勘弁してほしい。どうか、この通り」
…………。
大輝は最近、事あるごとに土下座をする。
しかも何故か私にだけ。
私だけ特別なんだ♪なんて呑気にはなれない。
これ、絶対怖がられてるじゃない……。
「大輝、土下座やめない?」
「え、何でだ?お前に対する、最上級のお願いの仕方なんだが……」
「じゃあほかのメンバーにもやってよ、それ」
「え!?い、いやそれはちょっと……だって、お前にしか見せないから価値があるんだぜ?」
「ないから。価値なんかどこにもないから。やめてくれないなら、私……」
「え?」
「家出する」
「は?」
「何よ、不満なわけ?」
「いや、さすがにそれは困る」
慌てた様子を見せる大輝。
別に、私がいなくても大輝が困ることなんて、そうそうないと思うけど。
私の代わりとか別にいくらでも探せると思うし。
性の面でも、別に私じゃなくたって……。
いけない……こんなこと考えてると、変なところで勘のいい大輝はすぐに気づく。
「まさかとは思うけど、お前もしかして自分の代わりはいくらでもいる、とか思ってない?」
「別に……そんなこと考えるだけ意味ないもん」
「そんなことはないと思うけど、朋美の代わりはいないぞ?桜井朋美って人間はこの世に一人だからな」
恥ずかし気もなくこんなこと口にするのは、最近だと本当大輝くらいだと思う。
私だって、大輝に同じことは思うけど……多分口にできない。
恥ずかしいし。
それが私と、大輝の違うところなのかな。
「とにかく、早くきてくれよ。どうせならみんなでやりたいしさ」
私みたいなの、ほっとけばいいのに。
でも大輝はきっとほっといてなんかくれない。
仮に家出なんかしようものなら、全力を以てあいつは私を探し出すに決まってる。
んで、また抱きしめられたりして……いけない、妄想が激化しすぎて体が少しうずくのを感じる。
早いところ睦月のところに行こう。
「えっとね、大輝の視覚と聴覚をいじって……」
「おい、また俺なのかよ!?」
「だって、他の人じゃ実験にならないから」
「だからって……とは言っても俺が拒否したら無関係の人が……卑怯だなお前……」
「わかってるじゃない。まぁ、みんなの大輝への愛情がどの程度かわかる、みたいな実験だと思って」
「何だその曖昧なの……そんなのに俺が言いくるめられるとか考えるなよな……」
そんなことを言いながら大輝は、睦月には基本逆らわない。
睦月もその辺の加減がちゃんとわかってる。
阿吽の呼吸ってやつなんだろう。
やはり少しだけ妬ましい。
でも、どれだけ頑張ったって、私じゃ睦月には勝てない。
勝てる部分なんて……胸くらいしかない。
これだって、睦月がその気になったらFカップでも……それこそ極端な話Zカップだっていけるだろう。
物凄い悲惨な結果になるからやらないってだけで。
「私の予想じゃ、朋美が一番凄そうなんだよね」
……どういうこと?
概要を全く聞いていなかった私からすると、寝耳に水とでも言う様な話だ。
大輝と私以外のみんなは内容を知っている様で、私を見る。
大輝も不思議そうな顔で私を見ている。
「まぁ……多分朋美だろうな」
「朋美だねぇ」
みんなが口々に睦月に賛同する。
本当、何なんだろうか。
「ねぇ大輝、どういうことか知ってる?」
「へ!?ちょ、ちょっと待て!おちつけ朋美!!」
「え?」
大輝と私以外が吹き出す。
何だか不快だ。
当事者なのに蚊帳の外な感覚。
何がどうなっているのか。
「何よ大輝、私まだ何も……」
「ま、待て、ちゃんと話せばわかるから……」
「…………」
大輝は何だ、危ない薬でもやって幻覚でも見てるのだろうか。
みんながプルプルしている。
こういうのが、いじめにつながったりするって昔、何かの本で読んだ気がするんだけど……。
「大輝、落ち着けって。怖がりすぎ。朋美が泣きそうな顔してんぞ」
愛美さんが宥める。
しかし大輝は、愛美さんにもやや怯え気味の様だった。
一体、大輝には何が見えているのか。
「ねぇ、どういうことなの?」
「んとね……」
睦月曰く、今の大輝には大輝に対して愛情が深い人間がみんな、ヤンデレに見えているらしい。
発言も自動で脳内変換されるというものだ。
ということは何?
私の様子、言動が全部ヤンデレに見えた、と。
何だ、普段通りじゃない。
……んなわけあるかああああああ!!!
私は断じて!!ヤンデレじゃない!!!
「大輝、私はどう?」
睦月がニコニコしながら大輝に近づく。
大輝は睦月を見て、青ざめた顔で後ずさっていく。
「む、睦月……ちょっと待て包丁しまおう。話はそれからだ」
「…………!」
これにはつい私も吹き出してしまった。
しかし、その吹き出した私を、大輝は更に怯えた表情で見つめる。
「何だよその笑い方……マジおっかないからやめろよ……お前普段の方がいいよ、戻って来いって……」
何だかとても心外だ。
一体どんな笑い方をした様に見えたのか。
さすがにちょっと、イラっとくる。
「大輝、私がそんなに怖い?」
思わず大輝に詰め寄ってしまう。
大輝はもう、怯え切って言葉になっていない。
ここまで怯えられると、さすがの私も傷ついてくる。
「そう……ならいい。ちょっと、出かけてくる」
「あ、朋美!?」
みんなが制止するのも聞かず、私は鞄だけ持ってマンションを飛び出した。
大輝が怖がってるのは、ああいう……何ていうか暴力的な私であって、私そのものを怖がってるんじゃない。
そんなことはわかってるつもりだけど……それでもやっぱり傷つく。
私だって女だし、女が怖がられるっていうのは……まぁ結婚して長い夫婦とかはそうかもしれないけど。
お父さんだってお母さんに頭が上がらなかったりするし。
気づくと、近くの公園にきていた。
夏休みということもあって人は多い。
そんな中、私は一人だ。
世界が私一人だけになったかの様な錯覚を覚える。
あれだけ私を怖がるってことは、大輝はもしかして潜在的に私にヤンデレとかメンヘラとか言うのを求めてたりするのだろうか。
だとしたらそれはそれで……希望に応えてあげるのも彼女の務めかもしれない、なんて思った。
携帯を取り出して、「ヤンデレ 特徴」と検索してみる。
相手に尽くす。頭の中は彼氏のことでいっぱい。相手のプライベートな部分まで知ろうとする。相手のことは何でも知っておきたい。
こんな記載がある。
後半二つは当てはまらないかもしれない。
というか……後半二つはもう、プライバシーの侵害になったりしないだろうか。
こんな考えに行きついている段階で、私はまだまだヤンデレには程遠い気がするけど……。
男性側のヤンデレの特徴なんていうのも載っていた。
どっちかっていうと、大輝の方がこれに当てはまる部分が多い気がするんだけどなぁ……。
私なんて、まだまだ可愛い方じゃないか。
でも……大輝がこういうのを望むんだったら……。
私は少し、これらの記事を参考に大輝に接してみようと思ったりした。
まぁ、多分やらないんだけど。
「あ、見つけた……こんなとこいたのか……熱中症になるぞ、こんな暑いのに……」
大輝が走ってきた。
そんなに慌てなくても、少ししたら戻ろうかと思ってたのに。
「睦月の術は解けてるの?」
「ああ、解いてもらった。ごめん、俺ちょっと過剰に怖がってたよな」
「うん……少し傷ついた」
私が率直に告げると、大輝は心から申し訳なさそうな顔をした。
こんな顔がさせたいわけじゃないんだけどな……。
「ねぇ、大輝は私にどんな私を求めてるの?」
「は?どういう意味だ?」
「大輝が求める私の像っていうのがわからなくなった。だから、私……大輝が望む様にしようと思って」
「俺が望むのなんか、普段通りの朋美に決まってるだろう?いきなり変貌されたら、それはそれで戸惑うよ」
バカだなぁ、とでも言いたげに大輝がため息をついた。
どうせ私はバカですよ。
思い込み激しくて……でも、大輝のことを思う気持ちだけは睦月に負けてないつもり。
あくまでつもりだし、私は実際勝ててるのか自信はないんだけど。
「なぁ、朋美は何でそんなに必死なんだ?」
「は?」
「だって、何か余裕なさそうに見えるからさ」
大輝から見た私はそんな風に映っていたのか。
果てしなく意外だった。
実際余裕があるわけではないし、焦りがないでもない。
焦ったからって何が変わるわけでもないというのはわかっている。
それでも、私は一番でいられない。
だから焦る、というループ。
これによって、私の中から心の余裕というものがどんどん消えていく。
きっと私は、こうしていじけた人生を歩んでいくのかな、なんて考えてしまう。
大輝が聞いたら、怒り出しそうな話だ。
「私が余裕ない様に見えるんだとしたら、それはきっと私個人の責任だから。大輝は気にしなくていいよ」
「そんなわけ行くか。さっきも言っただろ?お前はこの世に一人なんだ。代わりなんていないんだよ」
「じゃあ、代わりがいたら追いかけてきてくれないの?」
「アホか。お前がお前であることに変わりはないだろ?」
「アホって何よ!?」
「ごめん……なぁ、悩んでるなら何でも言ってくれよ。俺にできることなんて、そんなにたくさんはないかもしれないけどさ。それでもお前が悩んでるんだったら、何も出来ないでいるのはつらい」
「…………」
きちんと言えば、大輝は応えてくれるのだろうか。
きっと大輝のことだから、叶えられないまでも代案は考えようとするんだろう。
だけど私は、大輝の負担になってまで一番でいたいのだろうか。
考えれば考えるほどに、深みにハマっていく様な感覚に支配される。
「じゃあ、大輝……私を一番に見てって言ったらそうしてくれるの?」
「一番?」
「そう、一番。トップ。最優先」
「うーん……何をもってして、そう判断するんだ?」
「え?」
「だって、そうだろ?みんなにはみんなの個性があって、得意としてることも苦手としてることも違うわけでさ」
「…………」
「ただ……今現時点だと朋美が一番、胸大きいよな」
「最低……」
大輝はやっぱり私を乳要員くらいにしか思ってないのではないだろうか。
ちょっと待ってろ、と大輝は言って一旦マンションに引き返した。
だけど、一瞬で戻ってくる。
「あ、これ……飲んでてくれよ。水分補給、大事だからな」
少しぬるくなったスポーツドリンクを、私に手渡して再び大輝はマンションへと走った。
「お待たせ。少し、出かけようぜ」
大輝は財布を取りに行っていた様だった。
私だって財布くらい持ってきてるのに。
駅前に行って、まず大輝はゲームセンターに入ろうと言った。
私が先日言ったことを気にしてくれてるのだろうか。
「プリクラ、撮りたかったんだろ?」
私の手を引いて、大輝はどんどん進んでいく。
そこに迷いとか躊躇いという言葉は、一切ない様に思えた。
「どれがいい?」
いくつかあるマシンを見て、大輝は私に選択を委ねる。
正直どれでもいい。
睦月を超える写真なんか撮れるわけがないのだから。
「目に変な加工入るのと、そうじゃなく普通のとあるみたいだけど、俺選んでいい?」
「任せるよ」
大輝の方こそ、私よりもずっと必死に見える。
何でそんなにも必死で私なんかを繋ぎ止めようとするんだろう。
大輝は普通のプリクラの機械の前で立ち止まって、うーん、とうなっていた。
「やっぱこっちだよな。俺、あんま写真って得意じゃないんだけど……これにしよっか」
そう言って再び私の手を取って、大輝は普通のプリクラの機械に入っていった。
いつの間に用意したのか、小銭は既に大輝の手の中にあった様だ。
慣れた手つきで小銭を入れて、フレームなんかを選択していく。
「あ、これでよかったか?違うのがいいなら、選びなおすけど」
「ううん、大丈夫」
大輝が選んでくれる方が、幾分私としても気分がいい。
私に気を遣ったのか、大輝は可愛らしいものを選択していく。
あんまり気乗りはしないものの、それでもせっかくだからと私もある程度ポーズを作ったりする。
そして最後の一枚。
「ちょっと、ここで睦月を超えてみようか」
「へ?」
カウントが始まる少し前、大輝は私にキスをしてきた。
そのまま舌を絡めて……何と襟から手を入れて胸を直接触ってきた。
もう片方の手で、私のワンピースの裾から手を入れて、下着の中を直接触ってくる。
「ん……!」
つい、変な声が……というか外ということもあってか、恥ずかしさと興奮とでおかしくなりそうだった。
キスをしながら、私は何ということをしているんだろう、と考える。
それでも、大輝の手に抗うことができない。
いつの間にか、撮影は終わっていた様だった。
「どうだ、こんなんできたぞ」
大輝が、周りに見えない様にしながら出来上がったプリクラを見せてくる。
物凄く感じている顔をしている私。
……いつも、こんな顔して喘いでるのか、私って……。
「これは睦月でもやらなかった内容だな。ある意味で超えたと思わないか?」
「……バカ。誰か見てたらどうするつもりだったのよ……」
「そん時はそん時だろ。記憶の一つくらい、簡単に消してやるよ」
私たちの為なら、ズルをすることさえ厭わない。
本当に、自己犠牲精神の塊みたいな男だ。
そんなことを考えながら、しかし私は先ほどの余韻の消えない体を持て余していた。
歩くたびに太ももの内側で水音がする気がする。
「ねぇ、大輝……」
「あー……そうか、ごめんな、そっち放置したらいけないよな」
私の手を取って、またもずんずん歩いていく。
下半身が疼き出して、止まらない。
歩き方とか顔色が変なことになってないか、気になって仕方ない。
そう考えれば考えるほど、私の性的興奮がどんどん高まっていく様だった。
明日香の組の所有ホテルに入って、大輝は鍵をかける。
私はもう、この時点で我慢ができなかった。
「あ、おい……」
しびれを切らした私は、すぐに鞄を放り出して大輝のショートパンツを脱がしにかかった。
普段こんなに飢えた様な様子を見せたりしないからか、大輝は珍しく狼狽している様だった。
「ちょ、とも、み……」
大輝の制止など聞く耳持たず、私は大輝の体を貪る。
まるで何日も食事を与えてもらっていなかったかの様に、大輝の体を求めた。
途中から、大輝も興が乗ってきたのか私を愛してくれる様になる。
「もっと、いっぱいしてくれる……?」
溺れる様に、渇きを満たす様に、私は大輝を求めた。
「俺さ、匂いフェチなんだよね、こう見えて。知ってた?」
何度か大輝が達した後、大輝が前触れもなくこんなことを言う。
「……知らないけど。どういうこと?」
「女の匂い嗅ぐのが好きなの。朋美、当然お前も例外じゃないぞ」
「……は?」
匂いフェチってよく聞くけど、どこのどんな匂いを嗅ぐのが好きなんだろうか。
まさかとは思うが、股間とか足の裏とかわきの下とか……?
「何を想像してるかわからないけど、俺は朋美の匂いが一番好きでさ」
「す、好きって……」
「何だろうな、ふわっとしてて……」
そんなのは幻想だ。
私だって汗はかくし排泄だってする。
いい匂いでい続けるなんてこと、そうそうできるもんじゃない。
もちろん気を遣ってはいるし、お風呂だって毎日入ってるし、きつすぎない程度に香水を吹きかけたりすることもあるけど……。
「まぁ、汗かいたときとかの匂いも好きなんだけどな」
死ぬほど恥ずかしい感情が私の中に渦巻く。
一体何を赤裸々に語っているんだ、この男は……。
汗なんか、いい匂いのわけがない。
バイト終わった後とか、本当ならいち早くシャワーでも浴びたいし、人とすれ違うのだって、ちょっと躊躇する。
今だって、結構汗かいちゃってるからシャワーに行きたい、なんて考えてるくらいなのに。
「本当かどうかはわからないけど、脇の下ってフェロモン出てるって言うよな」
「ちょ、ちょっと待って……まさか……」
「そう、そのまさかだ」
大輝が私の脇の匂いを嗅ごうとして、ぐいっと頭を近づけてくる。
それを阻止しようと私は押しのける。
脇の下の匂いなんか嗅がれたら、恥ずかしくて生きていけない。
私と大輝の、小さな攻防が繰り広げられた。
「頼む、少しでいいから……」
「や、だ……やめてってば……!」
事後だからか思う様に力が入らず、私は根負けして大輝に委ねてしまった。
そんな幻想なんか、今すぐぶち壊れてしまえばいい。
私の脇に顔をうずめて、大輝はふぅ、とか言っている。
アホなんじゃないだろうか、この男。
「いいな、やっぱり朋美の匂いが一番だ」
うっとりとした顔で、大輝は変態発言を口にする。
じゃあ次はこっちを、なんて言って下半身に顔が行こうとしたので、さすがにこればかりは顔面に蹴りを入れて阻止した。
「とまぁ、俺は朋美の匂いが一番好きなんだ」
「わ、わかったから……何度も言わないでよ……」
シャワーを浴びて、ややさっぱりしたところで大輝が力説する。
何で、私の匂いなんか……。
「匂いって大事じゃないか?」
「まぁ……大事だけど……」
「朋美の匂いはとても落ち着くんだよな。これがなくなったら、俺多分かなり落ち込むと思うわ」
私も、大輝の匂いは好きだ。
お日様の様な匂いがする。
だけど、汗をかくと男らしい匂いに変わる。
そんな大輝の匂いが、私も好きだ。
「だからさ、朋美が嫌じゃなかったら、一緒にいてくれよ」
「……バカ。そんなんでごまかされたりしないんだから」
口ではそう言うものの、私は何だか顔がニヤケてくるのを感じた。
大輝もそれを察してか、それ以上突っ込んではこなかった。
マンションに戻って、騒がせて申し訳なかったと詫びる。
みんなで食べられる様にとケーキ屋でプリンを沢山買ってきて、みんなの前に置いた。
「睦月、聞いてよ。大輝ったらこんなのを……」
そう言いながら日中に撮ったプリクラをお披露目する。
「……すごいね、これ」
「でしょ?本当、参っちゃった」
「プリクラって、オンラインでサーバーに写真残ってるんじゃなかったっけ」
「え?」
何それ、初耳なんですけど……。
「それのせいで、エロいのとか撮ると流出したりってことがあるって」
「……な、何ですって……」
「と、朋美落ち着け。今俺が消してやるから」
大輝と睦月が二人で力を使って、サーバーから跡形もなく先ほどの写真を消してくれた様だった。
こんな時も、二人は打ち合わせたりすることなく自然に作業をしていた。
敵わないなぁ、なんて思うが、昼と違って私はもう悲観していなかった。
たとえ匂いであっても、私は一番でいられる部分を見つけたのだ。
ヤンデレなんかにならなくても、私の匂いがこうある以上、大輝の一番は揺るがないだろう。
……だけどこれからはもう少しだけ、匂い気を付けよう。
よくヤンデレだのサイコパスだのと言われているけど、私はただちょっと、大輝に対する愛情が深めなだけ……だと自分では思っている。
だって、中学校からずっと好きだったんだもん。
睦月には負けるし、付き合いの長さでも負けているけど……割り込めたのは、僥倖というものではあるのかもしれない。
あとは、睦月はああ見えて割と博愛主義者みたいなところがあるから、もし私が大輝を好きじゃなかったとしても、他の誰かを招き入れていたんだろうなって思う。
「なぁ、何してんの?」
大輝が人の気も知らないで私の日記を見ようと、部屋に入ってくる。
前もって来るなって言ったわけじゃないけど、こういうときくらい気を遣ってくれてもいいじゃない。
「見てわからない?日記書いてるの」
「日記?そんなの書いてるのか。見ていいか?」
「いいわけないでしょ。乙女の秘密を覗こうなんて……」
「お前もう、乙女じゃないじゃん……ぐふぉ……」
あまりにも失礼なことを口走る大輝の腹に、膝がめり込む。
もちろん私のなんだけど。
「大輝って、三十過ぎても女子とか言ってる女の人に辛辣な言葉浴びせるタイプでしょ」
「い、いや……心の中で思う程度にとどめると思うけど……」
「それ、絶対大輝顔に出るからやめた方がいいよ。優しく受け流すってことを少しは覚えた方が、今後の大輝の為だと思う」
「そ、そうか……」
「で、何か用事だったの?」
「ああ、そうだった……お前の膝蹴りで言おうと思ってたこと飛んだよ」
「因果応報ってやつでしょ。早く要件言いなさいよ」
用事がなかったら、大輝は基本私に近寄ってこない。
最近は特にそうだ。
怖がられてるんだと思うが、それだって元々は大輝が私を放置したりするから……。
「何か、睦月が面白いこと思いついたからって。キリのいいとこでこっちこいよ」
「睦月が?あんまりいい予感はしないわね……」
「同感だけど……正直あいつの機嫌損ねるのは勘弁してほしい。どうか、この通り」
…………。
大輝は最近、事あるごとに土下座をする。
しかも何故か私にだけ。
私だけ特別なんだ♪なんて呑気にはなれない。
これ、絶対怖がられてるじゃない……。
「大輝、土下座やめない?」
「え、何でだ?お前に対する、最上級のお願いの仕方なんだが……」
「じゃあほかのメンバーにもやってよ、それ」
「え!?い、いやそれはちょっと……だって、お前にしか見せないから価値があるんだぜ?」
「ないから。価値なんかどこにもないから。やめてくれないなら、私……」
「え?」
「家出する」
「は?」
「何よ、不満なわけ?」
「いや、さすがにそれは困る」
慌てた様子を見せる大輝。
別に、私がいなくても大輝が困ることなんて、そうそうないと思うけど。
私の代わりとか別にいくらでも探せると思うし。
性の面でも、別に私じゃなくたって……。
いけない……こんなこと考えてると、変なところで勘のいい大輝はすぐに気づく。
「まさかとは思うけど、お前もしかして自分の代わりはいくらでもいる、とか思ってない?」
「別に……そんなこと考えるだけ意味ないもん」
「そんなことはないと思うけど、朋美の代わりはいないぞ?桜井朋美って人間はこの世に一人だからな」
恥ずかし気もなくこんなこと口にするのは、最近だと本当大輝くらいだと思う。
私だって、大輝に同じことは思うけど……多分口にできない。
恥ずかしいし。
それが私と、大輝の違うところなのかな。
「とにかく、早くきてくれよ。どうせならみんなでやりたいしさ」
私みたいなの、ほっとけばいいのに。
でも大輝はきっとほっといてなんかくれない。
仮に家出なんかしようものなら、全力を以てあいつは私を探し出すに決まってる。
んで、また抱きしめられたりして……いけない、妄想が激化しすぎて体が少しうずくのを感じる。
早いところ睦月のところに行こう。
「えっとね、大輝の視覚と聴覚をいじって……」
「おい、また俺なのかよ!?」
「だって、他の人じゃ実験にならないから」
「だからって……とは言っても俺が拒否したら無関係の人が……卑怯だなお前……」
「わかってるじゃない。まぁ、みんなの大輝への愛情がどの程度かわかる、みたいな実験だと思って」
「何だその曖昧なの……そんなのに俺が言いくるめられるとか考えるなよな……」
そんなことを言いながら大輝は、睦月には基本逆らわない。
睦月もその辺の加減がちゃんとわかってる。
阿吽の呼吸ってやつなんだろう。
やはり少しだけ妬ましい。
でも、どれだけ頑張ったって、私じゃ睦月には勝てない。
勝てる部分なんて……胸くらいしかない。
これだって、睦月がその気になったらFカップでも……それこそ極端な話Zカップだっていけるだろう。
物凄い悲惨な結果になるからやらないってだけで。
「私の予想じゃ、朋美が一番凄そうなんだよね」
……どういうこと?
概要を全く聞いていなかった私からすると、寝耳に水とでも言う様な話だ。
大輝と私以外のみんなは内容を知っている様で、私を見る。
大輝も不思議そうな顔で私を見ている。
「まぁ……多分朋美だろうな」
「朋美だねぇ」
みんなが口々に睦月に賛同する。
本当、何なんだろうか。
「ねぇ大輝、どういうことか知ってる?」
「へ!?ちょ、ちょっと待て!おちつけ朋美!!」
「え?」
大輝と私以外が吹き出す。
何だか不快だ。
当事者なのに蚊帳の外な感覚。
何がどうなっているのか。
「何よ大輝、私まだ何も……」
「ま、待て、ちゃんと話せばわかるから……」
「…………」
大輝は何だ、危ない薬でもやって幻覚でも見てるのだろうか。
みんながプルプルしている。
こういうのが、いじめにつながったりするって昔、何かの本で読んだ気がするんだけど……。
「大輝、落ち着けって。怖がりすぎ。朋美が泣きそうな顔してんぞ」
愛美さんが宥める。
しかし大輝は、愛美さんにもやや怯え気味の様だった。
一体、大輝には何が見えているのか。
「ねぇ、どういうことなの?」
「んとね……」
睦月曰く、今の大輝には大輝に対して愛情が深い人間がみんな、ヤンデレに見えているらしい。
発言も自動で脳内変換されるというものだ。
ということは何?
私の様子、言動が全部ヤンデレに見えた、と。
何だ、普段通りじゃない。
……んなわけあるかああああああ!!!
私は断じて!!ヤンデレじゃない!!!
「大輝、私はどう?」
睦月がニコニコしながら大輝に近づく。
大輝は睦月を見て、青ざめた顔で後ずさっていく。
「む、睦月……ちょっと待て包丁しまおう。話はそれからだ」
「…………!」
これにはつい私も吹き出してしまった。
しかし、その吹き出した私を、大輝は更に怯えた表情で見つめる。
「何だよその笑い方……マジおっかないからやめろよ……お前普段の方がいいよ、戻って来いって……」
何だかとても心外だ。
一体どんな笑い方をした様に見えたのか。
さすがにちょっと、イラっとくる。
「大輝、私がそんなに怖い?」
思わず大輝に詰め寄ってしまう。
大輝はもう、怯え切って言葉になっていない。
ここまで怯えられると、さすがの私も傷ついてくる。
「そう……ならいい。ちょっと、出かけてくる」
「あ、朋美!?」
みんなが制止するのも聞かず、私は鞄だけ持ってマンションを飛び出した。
大輝が怖がってるのは、ああいう……何ていうか暴力的な私であって、私そのものを怖がってるんじゃない。
そんなことはわかってるつもりだけど……それでもやっぱり傷つく。
私だって女だし、女が怖がられるっていうのは……まぁ結婚して長い夫婦とかはそうかもしれないけど。
お父さんだってお母さんに頭が上がらなかったりするし。
気づくと、近くの公園にきていた。
夏休みということもあって人は多い。
そんな中、私は一人だ。
世界が私一人だけになったかの様な錯覚を覚える。
あれだけ私を怖がるってことは、大輝はもしかして潜在的に私にヤンデレとかメンヘラとか言うのを求めてたりするのだろうか。
だとしたらそれはそれで……希望に応えてあげるのも彼女の務めかもしれない、なんて思った。
携帯を取り出して、「ヤンデレ 特徴」と検索してみる。
相手に尽くす。頭の中は彼氏のことでいっぱい。相手のプライベートな部分まで知ろうとする。相手のことは何でも知っておきたい。
こんな記載がある。
後半二つは当てはまらないかもしれない。
というか……後半二つはもう、プライバシーの侵害になったりしないだろうか。
こんな考えに行きついている段階で、私はまだまだヤンデレには程遠い気がするけど……。
男性側のヤンデレの特徴なんていうのも載っていた。
どっちかっていうと、大輝の方がこれに当てはまる部分が多い気がするんだけどなぁ……。
私なんて、まだまだ可愛い方じゃないか。
でも……大輝がこういうのを望むんだったら……。
私は少し、これらの記事を参考に大輝に接してみようと思ったりした。
まぁ、多分やらないんだけど。
「あ、見つけた……こんなとこいたのか……熱中症になるぞ、こんな暑いのに……」
大輝が走ってきた。
そんなに慌てなくても、少ししたら戻ろうかと思ってたのに。
「睦月の術は解けてるの?」
「ああ、解いてもらった。ごめん、俺ちょっと過剰に怖がってたよな」
「うん……少し傷ついた」
私が率直に告げると、大輝は心から申し訳なさそうな顔をした。
こんな顔がさせたいわけじゃないんだけどな……。
「ねぇ、大輝は私にどんな私を求めてるの?」
「は?どういう意味だ?」
「大輝が求める私の像っていうのがわからなくなった。だから、私……大輝が望む様にしようと思って」
「俺が望むのなんか、普段通りの朋美に決まってるだろう?いきなり変貌されたら、それはそれで戸惑うよ」
バカだなぁ、とでも言いたげに大輝がため息をついた。
どうせ私はバカですよ。
思い込み激しくて……でも、大輝のことを思う気持ちだけは睦月に負けてないつもり。
あくまでつもりだし、私は実際勝ててるのか自信はないんだけど。
「なぁ、朋美は何でそんなに必死なんだ?」
「は?」
「だって、何か余裕なさそうに見えるからさ」
大輝から見た私はそんな風に映っていたのか。
果てしなく意外だった。
実際余裕があるわけではないし、焦りがないでもない。
焦ったからって何が変わるわけでもないというのはわかっている。
それでも、私は一番でいられない。
だから焦る、というループ。
これによって、私の中から心の余裕というものがどんどん消えていく。
きっと私は、こうしていじけた人生を歩んでいくのかな、なんて考えてしまう。
大輝が聞いたら、怒り出しそうな話だ。
「私が余裕ない様に見えるんだとしたら、それはきっと私個人の責任だから。大輝は気にしなくていいよ」
「そんなわけ行くか。さっきも言っただろ?お前はこの世に一人なんだ。代わりなんていないんだよ」
「じゃあ、代わりがいたら追いかけてきてくれないの?」
「アホか。お前がお前であることに変わりはないだろ?」
「アホって何よ!?」
「ごめん……なぁ、悩んでるなら何でも言ってくれよ。俺にできることなんて、そんなにたくさんはないかもしれないけどさ。それでもお前が悩んでるんだったら、何も出来ないでいるのはつらい」
「…………」
きちんと言えば、大輝は応えてくれるのだろうか。
きっと大輝のことだから、叶えられないまでも代案は考えようとするんだろう。
だけど私は、大輝の負担になってまで一番でいたいのだろうか。
考えれば考えるほどに、深みにハマっていく様な感覚に支配される。
「じゃあ、大輝……私を一番に見てって言ったらそうしてくれるの?」
「一番?」
「そう、一番。トップ。最優先」
「うーん……何をもってして、そう判断するんだ?」
「え?」
「だって、そうだろ?みんなにはみんなの個性があって、得意としてることも苦手としてることも違うわけでさ」
「…………」
「ただ……今現時点だと朋美が一番、胸大きいよな」
「最低……」
大輝はやっぱり私を乳要員くらいにしか思ってないのではないだろうか。
ちょっと待ってろ、と大輝は言って一旦マンションに引き返した。
だけど、一瞬で戻ってくる。
「あ、これ……飲んでてくれよ。水分補給、大事だからな」
少しぬるくなったスポーツドリンクを、私に手渡して再び大輝はマンションへと走った。
「お待たせ。少し、出かけようぜ」
大輝は財布を取りに行っていた様だった。
私だって財布くらい持ってきてるのに。
駅前に行って、まず大輝はゲームセンターに入ろうと言った。
私が先日言ったことを気にしてくれてるのだろうか。
「プリクラ、撮りたかったんだろ?」
私の手を引いて、大輝はどんどん進んでいく。
そこに迷いとか躊躇いという言葉は、一切ない様に思えた。
「どれがいい?」
いくつかあるマシンを見て、大輝は私に選択を委ねる。
正直どれでもいい。
睦月を超える写真なんか撮れるわけがないのだから。
「目に変な加工入るのと、そうじゃなく普通のとあるみたいだけど、俺選んでいい?」
「任せるよ」
大輝の方こそ、私よりもずっと必死に見える。
何でそんなにも必死で私なんかを繋ぎ止めようとするんだろう。
大輝は普通のプリクラの機械の前で立ち止まって、うーん、とうなっていた。
「やっぱこっちだよな。俺、あんま写真って得意じゃないんだけど……これにしよっか」
そう言って再び私の手を取って、大輝は普通のプリクラの機械に入っていった。
いつの間に用意したのか、小銭は既に大輝の手の中にあった様だ。
慣れた手つきで小銭を入れて、フレームなんかを選択していく。
「あ、これでよかったか?違うのがいいなら、選びなおすけど」
「ううん、大丈夫」
大輝が選んでくれる方が、幾分私としても気分がいい。
私に気を遣ったのか、大輝は可愛らしいものを選択していく。
あんまり気乗りはしないものの、それでもせっかくだからと私もある程度ポーズを作ったりする。
そして最後の一枚。
「ちょっと、ここで睦月を超えてみようか」
「へ?」
カウントが始まる少し前、大輝は私にキスをしてきた。
そのまま舌を絡めて……何と襟から手を入れて胸を直接触ってきた。
もう片方の手で、私のワンピースの裾から手を入れて、下着の中を直接触ってくる。
「ん……!」
つい、変な声が……というか外ということもあってか、恥ずかしさと興奮とでおかしくなりそうだった。
キスをしながら、私は何ということをしているんだろう、と考える。
それでも、大輝の手に抗うことができない。
いつの間にか、撮影は終わっていた様だった。
「どうだ、こんなんできたぞ」
大輝が、周りに見えない様にしながら出来上がったプリクラを見せてくる。
物凄く感じている顔をしている私。
……いつも、こんな顔して喘いでるのか、私って……。
「これは睦月でもやらなかった内容だな。ある意味で超えたと思わないか?」
「……バカ。誰か見てたらどうするつもりだったのよ……」
「そん時はそん時だろ。記憶の一つくらい、簡単に消してやるよ」
私たちの為なら、ズルをすることさえ厭わない。
本当に、自己犠牲精神の塊みたいな男だ。
そんなことを考えながら、しかし私は先ほどの余韻の消えない体を持て余していた。
歩くたびに太ももの内側で水音がする気がする。
「ねぇ、大輝……」
「あー……そうか、ごめんな、そっち放置したらいけないよな」
私の手を取って、またもずんずん歩いていく。
下半身が疼き出して、止まらない。
歩き方とか顔色が変なことになってないか、気になって仕方ない。
そう考えれば考えるほど、私の性的興奮がどんどん高まっていく様だった。
明日香の組の所有ホテルに入って、大輝は鍵をかける。
私はもう、この時点で我慢ができなかった。
「あ、おい……」
しびれを切らした私は、すぐに鞄を放り出して大輝のショートパンツを脱がしにかかった。
普段こんなに飢えた様な様子を見せたりしないからか、大輝は珍しく狼狽している様だった。
「ちょ、とも、み……」
大輝の制止など聞く耳持たず、私は大輝の体を貪る。
まるで何日も食事を与えてもらっていなかったかの様に、大輝の体を求めた。
途中から、大輝も興が乗ってきたのか私を愛してくれる様になる。
「もっと、いっぱいしてくれる……?」
溺れる様に、渇きを満たす様に、私は大輝を求めた。
「俺さ、匂いフェチなんだよね、こう見えて。知ってた?」
何度か大輝が達した後、大輝が前触れもなくこんなことを言う。
「……知らないけど。どういうこと?」
「女の匂い嗅ぐのが好きなの。朋美、当然お前も例外じゃないぞ」
「……は?」
匂いフェチってよく聞くけど、どこのどんな匂いを嗅ぐのが好きなんだろうか。
まさかとは思うが、股間とか足の裏とかわきの下とか……?
「何を想像してるかわからないけど、俺は朋美の匂いが一番好きでさ」
「す、好きって……」
「何だろうな、ふわっとしてて……」
そんなのは幻想だ。
私だって汗はかくし排泄だってする。
いい匂いでい続けるなんてこと、そうそうできるもんじゃない。
もちろん気を遣ってはいるし、お風呂だって毎日入ってるし、きつすぎない程度に香水を吹きかけたりすることもあるけど……。
「まぁ、汗かいたときとかの匂いも好きなんだけどな」
死ぬほど恥ずかしい感情が私の中に渦巻く。
一体何を赤裸々に語っているんだ、この男は……。
汗なんか、いい匂いのわけがない。
バイト終わった後とか、本当ならいち早くシャワーでも浴びたいし、人とすれ違うのだって、ちょっと躊躇する。
今だって、結構汗かいちゃってるからシャワーに行きたい、なんて考えてるくらいなのに。
「本当かどうかはわからないけど、脇の下ってフェロモン出てるって言うよな」
「ちょ、ちょっと待って……まさか……」
「そう、そのまさかだ」
大輝が私の脇の匂いを嗅ごうとして、ぐいっと頭を近づけてくる。
それを阻止しようと私は押しのける。
脇の下の匂いなんか嗅がれたら、恥ずかしくて生きていけない。
私と大輝の、小さな攻防が繰り広げられた。
「頼む、少しでいいから……」
「や、だ……やめてってば……!」
事後だからか思う様に力が入らず、私は根負けして大輝に委ねてしまった。
そんな幻想なんか、今すぐぶち壊れてしまえばいい。
私の脇に顔をうずめて、大輝はふぅ、とか言っている。
アホなんじゃないだろうか、この男。
「いいな、やっぱり朋美の匂いが一番だ」
うっとりとした顔で、大輝は変態発言を口にする。
じゃあ次はこっちを、なんて言って下半身に顔が行こうとしたので、さすがにこればかりは顔面に蹴りを入れて阻止した。
「とまぁ、俺は朋美の匂いが一番好きなんだ」
「わ、わかったから……何度も言わないでよ……」
シャワーを浴びて、ややさっぱりしたところで大輝が力説する。
何で、私の匂いなんか……。
「匂いって大事じゃないか?」
「まぁ……大事だけど……」
「朋美の匂いはとても落ち着くんだよな。これがなくなったら、俺多分かなり落ち込むと思うわ」
私も、大輝の匂いは好きだ。
お日様の様な匂いがする。
だけど、汗をかくと男らしい匂いに変わる。
そんな大輝の匂いが、私も好きだ。
「だからさ、朋美が嫌じゃなかったら、一緒にいてくれよ」
「……バカ。そんなんでごまかされたりしないんだから」
口ではそう言うものの、私は何だか顔がニヤケてくるのを感じた。
大輝もそれを察してか、それ以上突っ込んではこなかった。
マンションに戻って、騒がせて申し訳なかったと詫びる。
みんなで食べられる様にとケーキ屋でプリンを沢山買ってきて、みんなの前に置いた。
「睦月、聞いてよ。大輝ったらこんなのを……」
そう言いながら日中に撮ったプリクラをお披露目する。
「……すごいね、これ」
「でしょ?本当、参っちゃった」
「プリクラって、オンラインでサーバーに写真残ってるんじゃなかったっけ」
「え?」
何それ、初耳なんですけど……。
「それのせいで、エロいのとか撮ると流出したりってことがあるって」
「……な、何ですって……」
「と、朋美落ち着け。今俺が消してやるから」
大輝と睦月が二人で力を使って、サーバーから跡形もなく先ほどの写真を消してくれた様だった。
こんな時も、二人は打ち合わせたりすることなく自然に作業をしていた。
敵わないなぁ、なんて思うが、昼と違って私はもう悲観していなかった。
たとえ匂いであっても、私は一番でいられる部分を見つけたのだ。
ヤンデレなんかにならなくても、私の匂いがこうある以上、大輝の一番は揺るがないだろう。
……だけどこれからはもう少しだけ、匂い気を付けよう。
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