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スカーレット

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大輝編54話~女神の新生活 一日目~

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あの後、ノルンさんと合流して第二次ラグナロクとも言える戦いは完全に終結した。
しかし俺の中の戦いはこれからまだまだ続く様で、今俺は睦月が用意したヘルの住処にきている。
質素な六畳一間の空間だが、ヘルはそこそこ気に入ったのか部屋中を見回している。

風呂やトイレ、一口コンロとある程度の収納。
いい部屋だなと思った。
洗濯機置き場なんかもちゃんとある様だ。
女の一人暮らしということになるのだろうが、たとえ隣人が変人なり変態なりであろうと、ヘルが相手ではさすがにどうにもできないだろう。

「何か必要なものはないか?」
「いや、特に……洗濯も食事も入浴も排泄も必要ないから……」
「その辺は……まぁでも敢えて楽しんでみるのも一つの手だぞ?」
「そうなの?」
「俺の傍にいる女神は全員、人間界の食事とか割と好きだからな。入浴も楽しんでるみたいだし……まぁ、排泄に関しては任せるけど。服なんかも毎日違うの着てるし」
「それは大輝がいるからじゃないの?」
「どうなんだろうな?俺がいるからとかは関係ないんじゃないか?」
「そんなはずないでしょ。女心がわからないっていうのは本当みたいね」

まさか世間と隔離されて何万年も生きてきたやつにこんなこと言われるなんて、思ってもみなかっただけに少し意外だった。
意外と乙女な部分もあったりするのかもしれない。

「ヘルは睡眠とかどうしてたんだ?」
「取ったり取らなかったりかな。向こうじゃ楽しみにできる様なこととか一個もなかったから」
「そうなるよな……とりあえず、外出てみるか?」
「外?何で?」
「…………」

まず人間界の常識から教える必要があるんだろうか。
いつだったか睦月がやった様に、瞬間学習的なものを施した方が良いだろうか。

「なぁヘル、まず簡単にこの世界の常識なんかをお前の頭に送り込んでいいか?」
「……覚えた方が、私にとってもいいの?」
「まぁ、そうだな。ある程度人間に近いところもある気はするけど、覚えておいて損はしないだろ?」

そんなわけで俺はまず、ヘルに人間界の常識であるとか人間の心理であるとか、とにかく様々な情報を送り込んだ。

「何か興味のあるもの、あったか?」
「ヤクザというものに興味があるかな」
「……は?何でヤクザ……」
「恐怖で人を支配しようとする心理がどういうものか興味ある」
「それはいささか偏見が混じってないか?俺のところにもヤクザの娘と若頭がいるけど、別にそういう組じゃなかったみたいだし……」

俺のやり方がまずかったのか、何となく知識が偏ってしまっている様な気がするな。

「よしわかった、まず外出よう。買いそろえておきたいものもあるし」
「よくわからないけど、わかった。でも私、お金持ってない」
「俺が持ってるから。奢ってあげるから」
「驕る?大輝って傲慢な人なの?」
「そっちじゃねぇよ。ご馳走しますよ、代金は俺が持ちますよ、ってことな」
「人間の言葉って難しいんだね」
「あとでまた、その辺は教えてやるから」

とりあえずヘルを連れて部屋を出る。
盗まれるものなんかあるはずはないが、念のため鍵はかけておく様にヘルには教えた。
何だか小さい子供でも相手にしてる様な気分になってくる。


「大輝、あれは何?」
「ん?」

駅前に出て、少しぶらついているとヘルが足を止めた。
何事かと見てみるとたこ焼きの屋台が出ている。
何で祭りとかあるわけでもないのに……。

「あれはな、たこ焼きっていうんだ。水で溶いた小麦の粉に味付けして野菜とかタコの足を入れてだな……」
「ということは食べ物なの?」
「そうだな。食べてみるか?」
「いいの?」
「ちょっと待ってろ。今買ってくるから」
「奪っちゃダメなのか……」
「やめろ、物騒だな……そういうのはこの世界じゃ禁忌なの。何かがほしかったら対価としてお金を払うんだ。まぁ、見てろ」

屋台へ行ってたこ焼きを二人分買い、駅前にあったベンチに腰掛ける様促す。
つまようじを渡してこれで刺して食べるんだ、と教えると、ふむ、とすぐに真似をしてみせた。

「そうそう……そ……お?」
「大輝、この容器もろくない?」
「お前、少し力加減しろよ……」

ヘルはたこ焼きを刺そうとして、つまようじが容器を貫通して軽くひしゃげてしまったのを見て少し残念そうな顔をした。

「このくらいでいいんだよ。というかこの世界じゃそんなに力使う様なことなんかないからな?」
「そうなの?」
「そうだよ。まぁ慣れてないんだろうけど……肩の力を抜くって言うのかな。気楽にしてていいんだから」

言いながらたこ焼きを食べる。
ヘルもおそるおそると言った感じで、たこ焼きを食べる。

「あっふ!!」
「ああ、ごめんな。こうやって冷ますんだよ。ふー、ふー、ってやってだな」
「そ、そうなんだ……」
「あ、思い切り吹くなよ?たこ焼き飛んでっちゃうから」
「う、うん……でも、美味しい……」
「そうだろ。人間の世界は、美味しいものがたくさんあるんだぞ」
「そうなの?他にも?」
「ああ、あるとも。あとで他のとこ連れてってやるよ」

少しだけヘルの目が輝くのが見えた。
何だかんだ言ってヘルも女なんだなぁと思う。

たこ焼きを食べ終えて、俺たちは駅ビルの家具屋に行くことにした。
いくら何でも女の一人暮らしで布団もないのは味気なさすぎる。
睦月からヘルの部屋に行く前に封筒を渡されていたので、それを使うことにした。

「何だこれ……手紙か?」

封筒には修学旅行の時に見た札束と、手紙が添えられていた。

『全部使っちゃっていいからね』

え、六畳一間のアパートでどんだけのもの買ったら百万とか使うの?
とりあえず余ったら睦月に返そう、なんて思いながらヘルにどれがいいか、というのを聞きながら家具を選んでいく。
リビングが別にあるとかではないので、大きいテーブルや椅子は自然と除外される。

せめてロフトでもあれば、なんて思うがないものねだりをしても仕方ない。
ひとまずベッドと布団を一式、それからこたつにできるテーブルと座椅子を二組買うことにした。
あとは簡単な調理器具を……。

「お客様、こちらの商品はどうなさいますか?配送になさいますか?」
「あ、そうか。じゃあ配送で……」
「いや、私持てるから」
「はい?」

親切な店員さんが声をかけてくれたのだが、何とヘルは組み立てる前のベッドを片手で持って店を出ようとした。

「ストップ!ちょっとこっちこい……あ、ちょっと待っててください、すみません」

慌ててヘルにベッドを置かせて、声が聞こえない位置まで移動する。

「おい……そういうの人間界ではダメだって言ったでしょうが」
「あ、そうだったの?ごめん、迷惑かけて……」
「いや別にいいけど……仕方ない、余裕はあるからカートも買ってくか」

カートを二台購入して、ヘルに一台を任せる。
押し方を教えて、くれぐれも乗っかったりしない様に注意もしておいた。

「次は調理器具と食器かな……あと掃除用具とかもあった方がいいか」
「掃除?」
「そうだよ。お前掃除もしないであの部屋で暮らすつもりか?」
「あまり得意でないんだけど……」
「まぁ、慣れると楽しいってこともあるからな。何事も経験だよ。それにしばらくは俺が一緒にいるから」
「ずっとはいてくれないの?」
「それはできないかな……まぁ、結果としてってことでいいならそういうことも可能ではあるけど」
「どういうこと?」

みんながいる以上、ヘルに付きっ切りというわけにもいかない。
なので、ヘルが睦月の部屋に遊びに来るとか、そういうパターンでいいなら、ということを説明するとヘルは少し複雑そうな顔をした。

「スルーズ、ちょっと怖い……」
「あ、ああ……あの姿だとちょっとな。けど、普段は人間に憑依してるし寧ろ穏やかな感じなんだぞ?」
「その多面性が、私には怖い。大輝は慣れているのかもしれないけど」
「まぁでもそれが無理ってことだと、週に何回かって感じで会いに行く日とか決めないとなんだよな」
「考えておく……大輝はどれくらい一緒にいてくれるの?」
「とりあえずあいつから言われてるのは、三日間だな。」
「三日……短いね」
「まぁ、お前が生きてきた年数から考えればな」

何万年も一人で、あんなところにいたんであれば確かに短いと感じてしまうかもしれない。
だが、俺にも生活があってやらないといけないことだってある。
ならば目の前のヘルを何とか一人でもこっちで生きられる様にして、みんなと両立させる必要はあるだろう。

「この三日間は、こっちで生きていく為の特訓みたいなものだけど……楽しくないと続かないからな。ヘルが経験したことないものを優先してやっていこうか」
「私のやったことないことなんて、挙げたらきりがないと思うんだけど」
「まぁ、そうなんだけどさ」

ヘルの部屋でテレビの配線をしながらあれこれ考える。
まずは目から情報を取り入れるのが早い気がする。
ということで、配線が完了したテレビをつける。

「これが、テレビ……」
「うん。色々な番組がやってるから、チャンネル変えたりしてみていいぞ」

色々とボタンを押しながらヘルは画面食い入る様に見つめている。
俺も小さい頃とかこんなだったんだろうか。

「ちょっとテレビ見ててくれ。俺、部屋の家具配置とかやっちゃうから」
「うん」

手伝わせたりしてまた力を入れすぎたりして壊されてはたまらないので、俺一人でやることにする。
組み立て等のめんどくさいところは女神の力を使ったりしたが、大体のところは自分でやってみた。

「ベッド、こんな感じでいいか?」

マットレスを敷いて、枕を並べるとそれらしいものになった気がした。
声をかけるも、ヘルはテレビに夢中の様で俺の声は届いていなかった様だ。

「おーい?ヘル?」
「あ、ご、ごめんどうした?」
「ベッド、できたけどこんなもんでいいか?」
「あ、うん、寝られればそれで」
「了解」

随分とテレビが気に入った様で何よりだ。
そろそろ夕方か。
八月後半ということもあって、外はまだ明るい。
そういえば食材を買ってなかった気がする。

「ヘル、夕飯何がいい?俺簡単なものなら作るけど」
「本当!?大輝、私あれがいい!」

ヘルが指さしたのはテレビでやっているグルメ番組だった。
映っているのは……カレーか。
カレーなら俺でも作れるな。

「じゃあ、食材の買い物行くんだけど……お前もくるか?それともテレビ見てる?」
「んー……一緒に行く」
「わかった、じゃあ行こうか」

冷蔵庫はさすがに持って帰ってこられなかったので、配送を頼んだ。
明日届くと言う。
なので今日食べきる分だけ作ればいいか。
さすがにまだ暑いし、冷蔵できないのに作り置きするのは怖いしな。


「おおー……これ、全部食べられるの?」
「いやぁ、どうかな……食べられないけど生活で使うものが大体売ってると思うぞ。時間あるし、ゆっくり見て回ろうか」
「うんうん!」

スーパーであれこれ見てはしゃいでいるヘルを見ていると、何だか嬉しそうだ。
きっとヘルの目にはどれもが新鮮に見えるし、触れたことのないものばかりなのだろう。

「人間界の魚ってこういうのが普通なの?」
「うん、まぁ……なぁ、人間界って言う言葉、あんまり使わない様にしようぜ」
「何で?」
「頭のおかしいやつだと思われちゃうから」
「そういうものなの?」
「そういうものなの。人間界はこっち、神界はあっち、とかでいいと思う」
「そっかぁ、じゃあそうする」

聞き分けの良い子で助かる。
何となく以前俺に懐いていた絵里香ちゃんを思い出す。
あの子の方がいくらか知識がある分大人っぽいかもしれないな。

「あれ?先輩じゃないですか」
「内田さんか。この辺に住んでるんだっけ?」
「はい……あれ?その人新しい女の人ですか?」

ヘルは警戒心をむき出しにして、内田さんを見ている。
内田さんも勘が鋭いな。

「ああ、まぁ……色々あってな。今日から三日くらいはこの子の家で過ごすことになる」
「そうなんですか?もうすぐ夏休み終わっちゃうから、また先輩にお相手してほしいんですけど」
「そ、そう……でも、こういうところでそういう話は……」
「ですよね。お姉さんこんにちは。私、宇堂先輩の後輩の内田早苗って言います」
「あ、えーとこの子は……」
「私……は、あいです。地ノ神ちのかみあい」

ヘルだから地獄ってことか。
地獄の神、ってことできっとこう名乗れって睦月が入れ知恵したんだな。
やるじゃないか。
だからって、あいはどうかと思うけど。
地獄少女じゃないんだから……。

「へぇ、かわいらしいですね!おいくつなんですか?」
「えっと……十二万……」
「おおっと、ごめん内田さん!俺たち実はちょっと急いでてさ!また連絡するから!」
「あ、はい。またお会いしましょう、地ノ神さん」

慌てて俺はヘルの手を引いて、ひらひらと手を振る内田さんに別れを告げてその場から離れた。
いきなり本当の年齢とかこんなところで言われたら、それこそ可哀想な子だと思われかねない。

「な、なぁ……向こうの年齢は内緒にしよう。こっちじゃそんなに生きられる人まずいないからさ」
「あ、そうだった……つい、本当のことを言いそうになっちゃって……」
二十歳はたちだ。今度から歳聞かれたら、二十歳って答えよう」
「私、そんなに若くは……」
「いや、正直見た目だけでも十代で通じるから。ただ、俺と同い年とかだとさすがに抵抗あるかなって思うから」
「うーん……大輝がそう言うんだったら……」

渋々ではあるが、ひとまず納得してくれた様だ。
取り急ぎ食材と米だけを買ってスーパーを出ることにした。

「なぁ、ヘル。ヘルって呼ばれるのと、さっき名乗ってたみたいにあいって呼ばれるのどっちがいい?」
「こっちで生活するのに不都合がないならヘルのままの方がいい。でも、それだと困るんでしょ?」
「段々わかってきたみたいだな。気を遣わせてごめんだけど、あいって呼んでいいか?」
「その方がいいなら、それでいいよ。大輝はあっちでもこっちでも大輝なんだよね?」
「そうだな、他の名前つけられたりは……ないかな」

ヘタレとかよく言われたけどな。
でもヘタレは悪口であって、人名でもあだ名でもない。そうだろ?

「ねぇ大輝、あれがコンビニっていうやつ?」
「ああ、そうだよ。さっき行ったのはスーパーな。スーパーは大体夜九時くらいで閉まっちゃうけど、コンビニはいつ行ってもやってるんだ」
「へぇ……」
「行ってみたいか?」
「いいの?」
「別にそこまで荷物重くないからな。寄っていこうか」

帰り道にあったコンビニに入ると、あいは色とりどりの商品に目を奪われて、ため息を漏らしていた。

「何か気になるものあるなら、言ってくれ」
「うん、うん」

何故か女性用の生理用品なんかも見ていた様だが、女神も生理になったりするんだろうか。
いや、多分どういう用途で使う物かわかってないだけかな。

「大輝、これほしい。コンパクトで可愛いから」
「ほう……え」

あいが手にしていたのは、よりによって避妊具だった。
そうか、売り場近いことが多いんだよな。

「あ、あい……それはな、男が使うものなんだ」
「へぇ?どうやって?」
「ど、どうやって……えーと……まぁ、とにかくそれ売り場に戻してもらっていい?女の子がそんなの持ってると、周りから変な目で見られるから」
「そうなの?可愛くていいと思ったんだけどなぁ」

ぶつぶつ言いながらあいが避妊具を売り場に戻す。
昨今では元の場所に商品を戻す、なんていう常識的行動さえできない客が増えているのに、コンビニ初心者のあいはちゃんとできた様だ。

「あとで使い方とかについては説明するから……」
「わかった、大輝困ってそうだからそれでいいよ」
「う、うん助かる……」

性的な知識も、ある程度は教えておかないとダメなんだろうなぁ……何だか悪いことをしてる気分になってくる。

「さっきテレビでやってたんだけど、チョコレートっていうの?美味しいの?」
「あー、チョコレートか。あいは甘いの好きか?」
「甘いの、好き。チョコレートって甘いの?茶色くて何か排泄物みたいな……」
「はいストップ。事実そう思った人も割と多いと思うし、俺も思ったことないわけじゃないけど、禁句だから。チョコレート好きな人からしたら気分悪いだろ?」
「そうなんだ。じゃあ、今のは忘れて」
「そうだな、でもせっかくだから何個か買って行こうか。カレー食べ終わったら食べよう」
「やった!あと、この冷たいのって、アイス?」
「そう、アイス。これは買ってっちゃうと溶けちゃうなぁ……今食っちゃうか」

あいが好きそうなものがわからなかったので、無難にチョコミントとティラミス味のアイスを買って、コンビニを出る。
アイスの袋をあけて、どっちがいいかと尋ねるとあいはティラミス味をチョイスした。

「一気に食べると頭痛くなるからな、ゆっくり、でも溶けない程度に早く食べるんだぞ」
「うん……うわ、冷たい」
「うん、アイスだからな」

あいは大層気に入った様で、ティラミス味のアイスをものの一分もかけずに食べきってしまった。
お腹空いてたのかな。

「あい、こっちも食べるか?こっちもちょっとだけどチョコが入ってて……」
「大輝」
「あ、はい」
「チョコは、食後のお楽しみなんでしょ?」
「あ、うん、そうね。じゃあ、食べちゃうからな?」
「う、うん……」

あいがじっとチョコミントのアイスを見つめる。
本当はほしいんだろうなぁ……。
と思いながらあーん、と口を開けると、あいはちょっと悲壮感漂う顔になった。

「……ほしいなら、そう言えばいいのに。ほら、あーんして」
「あ、あーん?」
「口開けろってことさ」

あーん、と開いたあいの口に、食べかけだがチョコミントのアイスを食べさせる。

「ひょぉ……何かスースーする……薬草みたいな味」
「ミントは確か薬草なのか?よく知らんけど。あと、チョコの甘さとブレンドされてなかなかだろ?」
「美味しい。もっと食べたい」
「ほれ、食べちゃっていいぞ」

棒ごと渡すと、一瞬でアイスが木の棒だけになった。
やっぱお腹空いてるんだな。


部屋に着いて、少し薄暗くなってきたので明かりをつけてカーテンを閉めた。
三階建ての二階というまぁまぁの物件だが、やはりカーテンは閉めておくに越したことはないだろう。

「明るくなった……」
「ん?ああ、電気つけたからな。このボタンを、こうするとほら」

明かりが消えた部屋で、あいが少し戸惑っている様だった。
もう一度ボタンを押して、電気をつける。

「人間の世界ってすごいんだな……」
「んー……まぁな。じゃあ俺、カレー作っちゃうから。またテレビでも見ててくれ」

米を研いで、本来なら水に少し浸けておくところだが時間がないのでそのまま炊飯器に放り込んでスイッチを入れる。
スイッチが入った音がして、あいがまたこっちを見ていた。

「ああ、米炊く機械だよ。四十分くらいしたらまた音が鳴るぞ」
「そうなの?」
「ああ。さて、その間にカレーカレー……」

料理をしていると、やはりまだ残暑というもので暑くなってくる。

「あい、すまないけど冷房入れるわ」
「冷房?」
「うん、部屋を涼しくしてくれる機械だよ。これを使って、こうすると部屋が涼しくなってくるから」

どうやら電子音があいには珍しいらしく、風向であるとか風量であるとかいろいろいじって、ピッピピッピいわせていた。


「ほら、できたぞ。たくさん食べられるか?」
「ほわぁ……これが、カレー……いい匂い、美味しそう」
「簡単に作れる、ルーで作ったものだけどな。多分そこそこ美味しいぞ」
「私でも作れる様になる?」
「ああ、なると思うぞ。今度教えてやろうな」

あいは大喜びで、はふはふ言いながらカレーを食べていた。
スプーンはこう使うんだぞ、と教えたりして、福神漬けも一緒に食べさせると相当気に入った様だ。

「カレー、美味しい」
「そうか、それは良かった。まぁカレーも色々あるんだけどな。これは鶏肉のカレー」
「牛とか豚とか羊とか馬とか人とかのカレーもあるの?」
「え、えっと……馬のまではあるみたいだな。馬肉をミンチにしてハンバーグにした、タルタルステーキってやつをカレーにしたりってのを前に見たことがある。けど、この世界じゃ基本的に人間の肉は食わないからな。外でそれ言わない様にな」
「そうなんだ……人間は食べないのか……」
「何だよ、食べたいのか?」
「んー……というか、魔獣は人の肉を食らっていたから……」
「お前も食べたことあるのか?」
「いや、ないんだけど……」

興味はあるってことか。
でもさっき食べることはまずないって教えてあるし、いきなり道端の人襲ったりはしないと思いたいところだが。

「食べるものなら俺がちゃんと用意するよ。だから、人を食べようなんて考えるのはダメだ」
「うん、わかった。ああ、それより……」
「ん?」
「さっき、男が使うものだって言ってたものがあったけど、あれは?」
「あ……」

ああ、その質問きちゃったか。
どうやって教えよう。
保健体育の授業みたいに教えるべきか、それとも動画でも見せるか?
いや、動画はもう見ないって朋美の前で言ったし……。
どうしたものか。

「えっとだな……うん、イメージを見せようか」
「イメージ?」

俺はさっきしたみたいにあいの頭に手を当てて、避妊具を使うときのイメージを流し込んだ。
意外にもあいは表情一つ変えずに、俺を見返しただけだった。

「ああ……なるほど、あれは避妊具だったのね」
「ああ、物分かりがいいな」
「照れる様なことなの?大輝は、毎日の様に生殖行為をしてるんでしょ?」
「いや、そうだけど……」
「さっきの女とも、してたんじゃないの?」
「よくわかったな」
「だって、お相手ってそういうことでしょ?」
「ま、まぁな……」
「で、私はいつ相手をしたらいいの?これから?」
「いや、ちょっと待て」

話がどんどんとそういう方向に進みそうになる。
さすがにこれからっていうのも……。

「私が相手じゃ嫌?」
「そういうわけじゃないけど……あいは経験あるのか?」
「ないこともない。そんなに沢山あるわけじゃないけど」
「なるほど。したくなったりするの?」
「そういうときもあるよ。一応女の体してるし。一人でしてたらいいの?」
「話がすごい飛躍してるな。いや、我慢はしなくていいけど……でも、外で誰か襲ったりするのはダメだ」
「何で?」
「強引にそういうのをするのは犯罪なんだよ、こっちじゃ。相手がほしかったら俺が相手するから」
「いつでもいいの?」
「えーと……」

もうすぐ学校が始まることを伝え、学校やバイトがない時であればある程度要望には応えられると告げる。

「今したいって言ったらしてくれるの?」
「そりゃ……しないこともないけど……でも今すぐって言うのはな……」
「何で?」
「お前に教えないといけないこともまだ沢山あるからな……ああ、そうか風呂どうしよう」
「入浴のこと?」
「そう、入浴。いきなり一緒に入るのも……」
「一緒がいい。一緒じゃダメ?」

無垢というのだろうか、恥じらいとかそういう感情と無縁なのか。
少女というかなんというか、無垢というよりもう無知なんだなと思う。
さっき流し込んだ情報はあまり役に立っていない様だった。

「わかった、じゃあ一緒に入ろうか」

風呂の作法を教える為だ。
決して俺の欲望の為じゃない。
必死で自分にそう言い聞かせて、俺は風呂に湯を溜めに風呂場へ行く。
そう、これはこれからのあいの為であって、断じて俺の為などではない。


次回に続きます。
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