手の届く存在

スカーレット

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Girls side45話~事件の収束~

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学校から少し離れたところに、高橋さんの家はあった。
チャイムを押してみると、母親が出てきて不在であることがわかった。
居留守を使っている様子はないし、確かに不在なのだろう。

高橋さんには久しく会っていないが、気配を探れるだろうか。
そう思って気配を探ろうとしたところで、強烈な殺意と親愛の様な情を感じた。

「この気配……」
「近くにいるな。視線を感じる」
「大輝、油断しないでね」

正直、突然仕掛けてきてもおかしくはない。
何が起こるのか、想像もできない状態だ。
警戒しすぎると対象が現れない懸念があるので、あくまで不自然でない程度に警戒をしながら、人目の少ないところへと移動していく。

「ついてきてるな。どうする?誘い込むのか?」
「多分だけど向こうは、誘い込まれてることに気づいてると思う。その上で敢えてついてきてるんだと思う」

大輝はこういうの、慣れてないんだろうな。
そわそわしたいのを懸命に堪えてる感じがする。
人の気配がほとんどしないところまで移動して、私たちは足を止めた。

工業地帯の様だが、週末ということもあって工場なんかが稼働している様子はない。
しかしここなら何かあっても対応はできる。

「久しぶりだね、椎名さん」
「高橋さん……」

最後に見たのは確か、去年の夏休み前だったか。
その時とはだいぶイメージが違う様に見える。
髪の色は金……いや、アッシュ?脱色が半端じゃない。
口にピアスを入れているのか、そこから鎖の様なものをぶら下げている。

……ご飯食べるときとかどうしてるんだろう。
そして、以前と違うと感じるポイントがもう一つ。
私と接しているときはニコニコと感じのいい笑顔だったのが、今は何となく歪んだ感じのにやけ顔に近い。
狂人なんかがこんな顔をしている漫画とかよく見るが、イメージとしては一番近いものかもしれない。

あのあどけなさや優しさはもう、高橋さんの顔から読み取ることができなくなっていた。

「あの二人が、話しちゃったんだね」
「まぁ、そういうことになるかな。話も一応、あいつらが知ってる限りのことは聞いた。私を、恨んでる?」
「恨んでるってよりは……何であの時助けてくれなかったのかな、ってくらいかな。だってもう、終わったことだから」
「…………」
「そちらさんは彼氏かな?そういえば長い付き合いなんだとか言ってたっけ?」
「そうだね。中学校から付き合ってるよ。出会いは小学校からだけど」
「へぇ、いいねそういうの。憧れちゃう」

本音かどうかはわからないが、高橋さんは大輝を品定めしている様に見えた。

「綺麗な目をしてるね、彼氏さん。この世の苦しいことなんかほとんど知らなそう」
「そんなことないよ。大輝は……」
「睦月、いいよ。高橋さん、初めまして。宇堂大輝です。藤崎先輩と中学校が一緒だったんだ。あんな人になってるなんて思ってなかったし、高橋さんの言う通り、俺は確かに世の中の辛酸とか知らない方かもしれない」
「純粋そうだもんね。でも、そういう彼氏いいなぁ。可愛い」
「そう、ありがとう。だけど俺は……逆恨みで一時期でも友達だった人間を人に襲わせる様な子はごめんだ」

大輝がきっぱりと言い切って、高橋さんが顔色を変えた。
先ほどまでのにやけ顔が一気に歪んで、私に向けられていた殺意が大輝に向くのがわかる。

「それは、何?私みたいに強姦されて汚された女はいらないって意味?」
「そんなこと一言も言ってないし、思ってもない。気の毒だとは思うけどな。だけど、そうなってしまった原因を、睦月に求めるのは違うって言いたいだけだ」
「高橋さん、大輝はこの件に関係ない。恨みたいなら恨んでいいし、私を痛めつければ気が済むならそうすればいい。だけど大輝にはちょっかい出さないで」

私だけの大輝なら、一億歩くらい譲ってそうなってしまっても仕方ないって思う。
だけど、今はもう大輝は私だけのものじゃない。
みんなの宇堂大輝だ。

そして大輝に何かあれば、復讐に乗り出すメンバーもいるかもしれない。
そうなってしまったらもう、復讐の連鎖は止めようがなくなってしまうのだ。

「大輝くん、か。椎名さん、相当大事にしてるんだね。そんなにこの彼氏が可愛い?」
「まぁ、そうだけどそれだけじゃない。高橋さんが大輝をどう見ているかはわからないけど、危害を加えるつもりなら私も黙ってるわけにいかない」
「ふふ……いいね、お互い庇いあって……大事に思ってるっていうのが嫌でも伝わってくる。少し、私の話をしてもいい?あの二人にも語ってなかったことなんだけど」
「…………」
「いいよ、聞こう睦月。話してくれるか、高橋さん」

けらけらと笑って、高橋さんが語り始める。
聞いているうちに大輝の表情が険しいものに変わった。
何で笑ってこんな話をできるんだ、って目が言ってる。
本当に歯車が狂ってしまったのはきっと、高橋さんの方なんだろう、と私は思った。

高橋さんは、やつらに誑かされる少し前に友達以上恋人未満の関係の男子に巡り合えていた。
付き合おうとか、そういう言葉はなかったけどいずれはそうなるんだろうって予感がしていた。
今まで男子と仲良くなることなんかほとんどなかった高橋さんにとって、それは初恋と言っても良いものだったそうだ。

屈託なく笑うあの顔が好きだった、と高橋さんは言った。
向こうも同じ思いでいてくれてたはずだ、と。
その幸せな期間は、数週間程度のものだったけど確かに存在した。

しかし、あの事件によって高橋さんの大事にしていた幸せな瞬間は音を立てて壊れていった。

当然かどうかはわからないが、その彼とも自然と疎遠になって、目も合わせなくなった。
会話など当然しない。
いつからか周りも、高橋さんを避けているんじゃないかって感じる様になった。

その孤独感から逃れる様に、高橋さんは格闘技だのの参考書みたいなものを読み漁り、道場にも通った。
意識的に人を傷つける様なことは経験がなかったが、それでも高橋さんには才能があったのかもしれない。
二か月足らずで道場の誰も高橋さんに敵う者はいなくなった。

執念、とでもいうのだろうか。
現状をどうにかしたいというその思いだけで彼女は強くなった。
色々と失ってしまった彼女に、もはや怖いものはなかった。

復讐が仮に失敗して死ぬ様なことがあっても、構わないとさえ考えていた。
だが結果として、復讐はいとも簡単に成功してしまう。
あれだけ恐れられていたはずの先輩を、支配下に置くことができた。

そして高橋さんは今までの鬱憤を爆発させる様に先輩を、杉本を、藤原を、使役した。
人の人生が狂っていくのを見るのがたまらなく楽しくなった。
見たあとで必ず訪れる虚しさが、自分の人生を表している様で楽しかった。

だけど、何かを忘れていると高橋さんは思い立つ。
そうだ、椎名さんだ、と。

私があれだけの思いをしている中、一日限定のアイドルをやって、彼氏の顔も実名も公開されて。
この差は一体何だろう。
私は椎名さんに見捨てられたからこうなったのだと。

いつからか私への歪んだ思いが彼女を突き動かしていた。
逆恨み、と大輝は言っていたが、確かに逆恨みだ。
だけど、私を頼りにしていたのは事実なのだろう。

なら連絡の一本でもくれれば、なんて考えてしまうが、高橋さんにそれを言ったところでどうにもならない。

「大輝くんは、椎名さんを愛してるんだね。本当、羨ましいよ。何もかもが充実してて」
「…………」
「ねぇ椎名さん。大輝くんを私に頂戴、って言ったらくれる?」
「……あげない。残念ながら、大輝は私だけのものじゃないから」
「どういうこと?」
「大輝には、私のほかに十人以上彼女がいるから」

この時初めて、高橋さんが人間の顔に戻った気がした。
極めて意外だという顔。
勝手にバラしてごめん、とは思うが嘘は言っていない。

「こんな可愛らしい顔して、やってることはえげつないんだねぇ」
「まぁ、どう映るかは任せるけど……俺はさっきも言った通り、睦月に全部押し付けようみたいな考え方が嫌いだ。君の問題は君のものであって、睦月のものじゃない」
「そう……友達だと思ってたのは、私だけだったのかな……」
「いや。だけど、連絡がなかったから心配ないんだろうな、と思ってた。転校した友達がいつまでも付きまとってたらそっちで友達できなくなったりってこともあるかもだし」
「それって、連絡してたら助けてくれてたかもしれないってこと?」
「そうだね。私なら一瞬で高橋さんの目の前に現れることだってできるから。試しに見てみる?」
「いや、いいよ。あの二人から椎名さんが只者じゃないって話は散々聞いていたから。なら……私の憂さ晴らしに付き合ってくれる?」

大輝が止めようとするのを、私が制した。
どんなに強くなっていようと、相手は人間だ。
急所を突いてこようが私が倒れる可能性は万に一つもない。

そんなことで気が晴れるなら、と私は荷物を大輝に預けて高橋さんの前に進み出た。

「どうすればいいの?ただ殴られればいい?」
「……ちゃんとやり返してよ。友達なんでしょ?」
「そう、なら一応手加減はするけど……死んじゃったらごめんね」

高橋さんがなかなか様になっている構えを見せる。
一朝一夕で身に着くものではない、というのがよくわかる。
ただの人間モードで戦ったら、大輝なんかはやられちゃうかもしれないな。

もちろん私の敵ではないけど……まぁまぁ鋭い攻撃を仕掛けてくる。
動きの無駄も少ない様に見える。
大輝がハラハラした表情で見ているが、勢い余って私が高橋さんを殺害してしまわないかという方を心配してるんだと思う。
……あとで説教だな。

やり返せと言われてるので、気は進まないが的確に、しかし力をあまり込めない様に打ち込む。
実力の差は多分最初の何合かでもう見極めてるだろう。
しかし、手を緩めることがないのは、何か目的があるんだろうと私は考えた。

「ねぇ、まだやるの?こんなことで、本当に高橋さんの気が晴れる?」
「……まだ……大丈夫だから……」

大分息が上がっている。
だけど目が死んでいない。

「そう、なら続けようか」

私はそう言って再度攻撃をかわし、いなしながら打ち返した。
時間が経つにつれて、人間である高橋さんの体力の限界が訪れる。

「……ねぇ、椎名さん」
「何?」
「私を、殺してよ」
「……それが、高橋さんの望みなの?」
「おい、睦月……」

大輝もさすがに見かねて声をかけてくるが、私は視線だけ返して再び高橋さんを見た。

「高橋さん、私が高橋さんを殺しちゃうと、存在していたっていう事実ごと消えちゃうんだけど、それでもいいの?」
「……いい。もう、十分暴れたから。これ以上生きてても、きっといいことなんかない」
「本当に未練ないの?」
「……ないよ。椎名さんなら、簡単でしょ。お願いだから、殺して。辛いの」
「そう……じゃあ、付き合ってあげる」

高橋さんが、カバンから刃渡り二十センチはあるナイフを取り出した。
最初からこうするつもりだったんだろうか。
大輝がこちらにこようとしたので、こない様に言う。

「それ以上こっちにきたら、全部無駄になっちゃうから。そこにいて」
「だけど、お前……」
「…………」

取り出したナイフを受け取り、私はそれを鞘から抜き放つ。
一度も使われたことのない、新品のナイフだ。
これからその刀身が、一人の少女の血で染まる。

「せめて、一撃で済ませてあげるから」
「ありがとう……」

ゆっくりとこちらに進んでくる、私よりも小さな少女。
その少女が、私の持つナイフを腹に収めて苦悶の表情を浮かべた。
大輝が、歯を食いしばって、何か言いたいのを我慢しながら私たちを見ている。

「最後に、何か言い残したこととかある?私は覚えてるから」
「……う……やっぱり……死にたく……ない……」
「は?」
「だって、まだ……人生これからだったかもしれないのに……早まったかなって……」

息も絶え絶えに高橋さんがつぶやく。
無表情で私はそれを聞いていた。

「なら、何で殺してなんて言ったの?」
「死んだほうがマシって……一瞬でも思っちゃったから……」
「そう。なら……」

刺しこんだナイフを、軽くひねってそのまま上に切り上げる。
もう言い残したこともないだろう、という私のせめてもの情けだ。
腹から喉にかけて切り裂かれた彼女は、血しぶきをあげながら仰向けに倒れ、そのまま絶命した。

「睦月、お前……」
「大輝、まだ動かないで」
「何言ってんだよ、お前自分が何したのか……」
「いいから。ほら、こっちきていいよ」

先ほどから感じていた視線があった。
高橋さんからの話で聞いていただけの、確かにあったはずの幸せの根源ともいえる存在。

「え……睦月、この人は……?」
「さぁ。でも、多分さっき高橋さんが言った人、だよね?」

その人物は静かに頷いて、高橋さんの亡骸に近寄る。
そして、肩にそっと触れた。

「ごめんな……俺、知らなかったよ。お前があんな目に遭っていたなんて……」

その人物が、亡骸を抱えて涙にぬれる。
私たちは無言でそれを見守っていた。

「俺、お前がどんなでも、気持ちは変わらないよ。だから、戻ってきてくれよ……こんなことで人生終わりになんか、するなよ……」

彼がそう言って、更に強く高橋さんを抱きしめる。
私は大輝の手を引いて、二人だけにしてあげようとその場を立ち去った。


という夢を、高橋さんと大輝に見せた。

「えっ……?」
「な、なんだ今の……」
「どう?死ぬってことがどういうことかわかった?」
「え……何で……私、確かに刺されて……」
「ごめんね、打ち合いながら記憶を探らせてもらったの」
「…………」

大輝も高橋さんも、呆気に取られている。
まぁ、当然だろうとは思う。
一体どこから夢だったのかすら、二人にはわかっていないだろう。

「でも、わかったでしょ。高橋さんが死んだら、彼が本当に悲しむかはわからないけど……それでも、悲しむ人はいると思うよ」
「…………」
「ちなみに彼が言いそうなことまでは想像できなかったから、大輝が言いそうなセリフをチョイスさせてもらいました」
「お、お前な……」
「高橋さん、未練があるんでしょ?一回、会うだけ会ってみたらどうかな。それでダメなら仕方ないとは思うけど」
「それって、残酷じゃない?椎名さんは、失恋とかしたことないでしょ」
「ないね。だけど、私がいるじゃない。友達一人じゃ足りない?大輝も友達くらいならなってくれるかもしれないよ」
「…………」
「さっき言ってたことだって、あれが高橋さんの本音でしょ。辛いって。というか、辛くないわけがないよ」

そう、高橋さんは確かに本音を呟いた。
殺してほしいというのもある種本音だったに違いないが、それでも辛いというもう一つの本音がこぼれたということは、誰かに何とかしてほしい、という意志の裏返しだと私は思った。
だから、私は彼女を生かす方法を選んだのだ。

一人で乗り越える自信がないというのであれば、できる限りの手伝いはしようと。
彼女にも誰かに頼りたい気持ちはあったはず。
だから私は、最大限甘えさせてあげられる方法を取った。

「確かに一回、高橋さんは死んだ。死がどういうものかを、自分の体で体験した。だから、これからどんなことでも乗り越えられる」
「……簡単に、言わないでよ……」
「簡単だとは思わない。だけど、高橋さんが乗り越えられないとも思えない」
「……高橋さん。俺も、話くらいなら聞ける。なんでも話してくれていいから」

出た、このスケコマシ。
そういうのはせめて頼まれてからにしてほしい。
弱ってるところにつけこむのは卑怯だと私は思う。

もちろん、本人にそんなつもりはなくて、百パーセント善意なんだとは思うけど。
わかってはいてもやっぱり少し、ヤキモチを妬いてしまうのは仕方ないよね。

「高橋さん、あなたが望むなら私は、あなたの辛い記憶を全部消してあげることもできるよ。あいつらと関わりたくないって思うなら、あいつらに関する記憶も全部。学校に行きたくないって言うなら、少し時期的に不自然だけど転校させることだって」
「……そんな風に、甘やかさないでよ。こう見えて私、流されやすいんだから」
「流されたって甘えたって、いいんだよ。全部を独りでできる人間なんかいるわけないんだから。それでも高橋さんは一人でここまで頑張ったんだけどさ」

私がそう言うと、高橋さんは涙を浮かべて笑った。
そして、なら一つだけ、と私に願いを告げてきた。

「……そんなことでいいの?」
「うん、学校変わるとか、この時期でっていうのは少し大変だし。だけど……乗り越えられるかどうかはわからない。だから、二人とも力を貸してくれる?」

そう言った高橋さんは、かつて私と親交のあった高橋さんの表情に戻っていて、その顔からは険が取れていた。
この顔ができるなら、もう大丈夫なのではないか。

「いいよ、友達だもん。いいよね、大輝」
「ああ、もちろんだよ。断る理由はもうないからな。辛かったらいつでも言ってくれよ」
「そんなこと言われたら、本当に連絡しちゃうよ?」
「いいって。別にそれくらい……そんなことで頑張れるんだったら協力させてもらうから」
「でも……椎名さんがヤキモチ妬いちゃいそうだから、本当にどうしようもないときだけにしようかな」

そこまで私は仲良くなかったはずだけど、よくわかっていらっしゃる。
女とみれば誰にでも優しくするから、見てるこっちとしては多少ハラハラさせられる。

私たちはとりあえず高橋さんを送って行って、藤原と杉本の待つ杉本の家へ行くことにした。

「大輝、最後の仕事が残ってるから先に帰ってていいよ」
「は?何言ってんだよ。ここまできたんだから、俺も行くよ」
「嫌な仕事になるよ?」
「んなもん今更だろ。置いてかれる方が辛いわ」

本人がそういうんであれば、ということで大輝を連れて杉本の家のチャイムを押す。
杉本が出てきて中に入る様言われたので、二人で中に入ると、藤原が呑気に茶なんか飲んでて一瞬殴りたい衝動に駆られた。

「まぁ、簡単に言うとあんたらに彼女が何かするってのはもうないと思う。良かったな、命の危機が去って」
「そ、そうなんだ……」
「何だ、その残念そうな顔。危害を加えられる方が嬉しいとか言うわけ?気持ち悪い」
「ち、違う!そうじゃなくて……何だか全部任せきりになっちゃって、悪かったなって……」
「そう思うなら、二度とこんなくだらないことするなよな。余計な力使わされて、正直疲れてるんだから」
「だから、悪かったって……」
「まぁまぁ睦月……」
「それより、お前らもどんな罰も受けるとか言ってたな。私はこれからお前らに罰を与えないといけない。これは高橋さんの意志でもあるんだ」

私の言葉に、思わず息を呑む二人。
大輝も当然あの場で高橋さんのお願いを聞いているので、その時がきてしまったか、という顔をした。

高橋さんからお願いされたのは、こいつらと先輩から高橋さんの記憶の一切を消し去り、今後関与しようという気持ちを起こさせないこと。
こいつらの脳をちょちょいといじって、高橋さんへの興味をゼロにしてやる。
仮に視界に入っても一切興味が湧かない様に意識を変える。

これを、こいつらへの罰とすることにした。
物理的に何かするんだと、究極フェミニストの大輝が邪魔をするだろうし、上手いこと決着をつけられない懸念もある。

「わ、わかった……やってくれよ」
「いい心がけだね。でも、安心していい」
「え?」
「何かつらいことがあるんだったら、そこの大輝が悩み相談室を開いてくれるから」
「は!?ちょっと待て!何で俺が!!」
「高橋さんの相談にも乗るんでしょ?だったら二人程度増えても問題ないじゃない」
「おいおいマジかよ……」
「あと藤崎って先輩も同じ様なことになると思うけど、よろしくね」
「…………」

恨めしそうな顔をする大輝を放って、私はこいつらに処置を施す。
一瞬だけ意識を奪われ、年頃の娘がする様な顔ではない、だらしない顔になったのを大輝が見て吹き出しそうになっていた。

おそらく完全に認識が書き換わったであろうこいつらを放置して、杉本の家を出る。
あのまま放置していいのか、と大輝は言っていたがこれ以上私が何かしてやる義理はない。

次に、先輩方が乱れ狂っていたであろうカラオケ屋へ。

「宇堂……」
「……藤崎さん」
「よ、よくも……」
「おっと」

掴みかかろうとする藤崎にデコピンを食らわせ、五メートルくらい吹っ飛んだのを見て、ほかの仲間の動きが止まる。
この時点で一般人から私たちの様子を見ることはできない様にしてあるので、騒ぎには当然ならない。

「さて、あんたらは今回の元凶ともいえる存在だからね。ちょっとキツイの行くよ」
「な、なにをするつもりだよ……」
「何、ちょっと夢でも見てもらって、そのあと全部忘れてもらうだけ」
「おい、睦月……まさか……」
「まぁ、見ててよ」

今回の合コンメンバーである先輩方をまず指先一つで動けない様にして、指を立てる。

「最後に一回だけチャンスをあげる。ちゃんとごめんなさいするって言うなら、今回の最低限の記憶消去で済ませてあげるよ。だけど、くだらない意地を張って謝ることすらする気がないってことなら、お前らの記憶領域まっさらの空っぽにしてやるから。あ、ちなみにこの指動かすと一斉消去されるよ」
「な、何言ってんだよ、記憶?そんなこと、できるわけ……」
「まぁ、信じられないよね。なら、一人見せしめになってもらおうかな」

身動きできないメンバーのうち、私は一人の男をチョイスした。
こいつは高橋さんを襲うときに一番ノリノリだった。
止めなかった周りも同罪とは思うが、このまま放置したらこいつは一番タチが悪そうだ。

「あんたがいいね。まぁ、これからあんたは人間としての最低限の生活すらできない様になると思うけど……頑張って」
「は!?なんだよ!何するつもりだよ!!やめろ!!」
「それが遺言でいい?どうせ騒いでも誰にも聞こえないし、助けもこないから。好きなだけ喚いていいよ」

周りは助けることもできず、ただ私の動きに見とれている。
大輝もこいつが一番ひどかったのを知っているので、止める様なことはしなかった。

「未成年だからって何しても許されるなんて思ってるなら……そんな幻想はぶち殺してやらないとね」

そう言って、私は容赦なくその指を振り下ろした。

だらしなく崩れ落ちて、その男が沈黙する。
呆気に取られてその様子を見ていたメンバーが、やがて鼻をつく異臭……アンモニア臭に顔をしかめた。

「まぁ、全部の記憶を消すとこうなるのは普通だよね。次、誰行く?」

睥睨する様に全員の顔を見回すと、漸く事態を理解したのかメンバーは震えだした。
次々と謝罪の言葉を並べ立てるが、そんなことで私は許さない。
それに、私に謝っても意味がない。

「本気で謝る気があるなら、これから高橋さんを呼ぶよ。どうする?」
「こ、こんなこと警察にでも知れたら……」
「警察が、こんなの信じると思う?試したければ、どうぞ」

さらっと言う私に、言葉を失う藤崎。
大輝はそんな藤崎を心底残念そうに見ていた。

「先輩、俺……先輩がそんな風になってるなんて考えもしませんでした。だから、せめて俺があなたの記憶を消去してあげますよ」
「ま、待ってよ宇堂!」
「どうするんですか?高橋さんを呼ぶなら、早い方がいい。もう時間も遅いですから」
「う……わ、わかった!ちゃんと謝る!償いもするから!」
「償いは、本人が望まないからしなくていい。一切あんたらは彼女に関われなくなるだけだから。まぁ、謝ればそれで彼女に関する記憶はすべて消えるんだけどね」

やっと自分らの過ちを認めた様だったので、私は高橋さんを呼ぶことにした。
わざわざ来てもらうのも申し訳ないので、私が迎えに行くと丁度玄関に出てきていた様で、突如現れた私を見て高橋さんは驚いていた。


「さて、じゃあ誰から?一斉に謝ってもらっても誠意が伝わらないから、一人ずつね」

そのあと全員の謝罪が終わり、高橋さんはやや硬い表情で先輩に別れを告げた。

「私からあんたらにかかわることはもうないし、されたことを忘れるつもりもないけど……一人があの有様だから、今回はもういい。だけど、もう二度とあんなこと、誰にもしないで」

私にも向けなかった本気の殺気を、高橋さんはこいつらに向けた。
少し震えている様に見えたが、高橋さんも乗り越えようと必死なんだと思った。

こうして、一連の事件の幕が下りて私たちも通常通りの生活に戻ることができる。
あの最初に記憶の全消去をされた男に関しては、介護施設に入れられたらしいと聞いた。
原因不明の記憶喪失、まともに言葉を話すこともできない有様で、少しやりすぎたかと私は反省した。

しかし大輝は憤慨した様子で、あんなクズみたいなやつは最悪殺してもよかった、なんて言うから驚いたものだった。

現在高橋さんは、メンタルクリニックで自らのトラウマから逃げるのではなく、向き合う手段を模索しながら受験に向けた勉強をしているらしい。
らしい、というのは私に直接連絡がきていないからだ。
大輝のところにばっかり連絡が行っている。

どうしてこうなった?
すっかりと高橋さんから気に入られた様子の大輝だったが、彼が言うには高橋さんはあの事件が起こる前の例の男子と、和解できたみたいだと言っていた。
男子は多少驚いた様子で、仕返しを、なんて言っていたみたいだったが、復讐はもう終わったんだと告げるときちんと彼女に向き合う覚悟を決めた。

なのに何で大輝にばっかり連絡してんの?
私に相談しろよ……。
だけど、高橋さんもこれからは少しだけ、前を向いて歩くことができるかもしれない。

そう考えると、大輝に相談くらいはさせてやってもいいかなって思った。
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本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

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