手の届く存在

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本編

Girls side56話~柏木愛美その2~

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「愛美さん、それって……」
「…………」

人間界に戻ったあたしは、何故か唐突に大輝に会いたくなった。
そして今朝から先ほどまでのことを全部報告する。
大輝は少し驚いた様な顔をした後、その場にいた睦月、朋美の顔を見てまたあたしを見た。

「老化現しょ……ぐふぉ……」
「女性に老化とか年齢が、とか言うなって教わってないのか、お前は……」

年寄り扱いしようとする大輝に腹が立って、衝動的に腹パンが入る。
何より、あたしが死ぬ未来を見たと言っても眉一つ動かしていないのが腹立たしい。

「いや、だって……ここにいるのは神ですよ?どうにでもなりますから」
「運命が、あたしを殺す方向に動いてたらどうすんだよ!?それでもお前はそんな呑気なことを……」
「お、落ち着いてくださいって……」

思わず襟首をギュウギュウと締め付けて、詰め寄ってしまった。
はっとして離すと軽く咳き込んで、大輝があたしを見た。

「仮にそうなんだとしたら、ノルンさんだって睦月だって、今頃もっと大騒ぎしてると思うんですが……」
「え?」
「だって、そうでしょう?睦月だってノルンさんだって、ああ見えて仲間を相当大事にしてますよ?そんな二人が、仮に愛美さんを殺す運命って言うのを目の当たりにして大人しくしてるとは思えないですよ。もちろん、それ以外の根拠とかありませんけど……」

そう言われてみれば、確かにあの二人がやけに落ち着いていたというのは気にかかる。
もちろん、あたしが取り乱すのを見て、自分たちは落ち着いていなければ、なんて思っていた可能性はあるが……。

「あの二人が落ち着いていたってことは、回避可能なんじゃないかなって俺は思ってますよ。つまり、愛美さんは死を回避して生き延びることができる、ってことだと」
「なるほど……」

一理あるとは思う。
もちろん楽観できる話ではないが、それでも希望がないということでもないということだ。
とはいえ、原因を究明しなければあたしは四日後にはあんな無様な死に様を晒しているという。

なので、まずできることと言ったら……。

「愛美さん、これ今日の分だから」
「…………」

睦月がコップ一杯の冷酒をあたしに渡す。
こ、こんだけ?
いつもどんだけ飲んでるか、わかってんだろ?

「いきなり禁酒とか言っても、愛美さん多分無理だもんね。手とか震えだしそうだし」
「おい、アル中みたいに言うな。私は平日の昼間普通にソフトドリンクで仕事してるんだぞ」
「そのソフトドリンクって、ノンアルビールとかじゃないよね?」
「んなわけあるか!前になめた新入社員がそれやって、めちゃくちゃ怒られてるのは見たけどな……」
「誘発されなかったんだ?偉いね。でも、少しずつ減らしていこう?記憶なくなるって、割とよく聞くけど普通に考えたら異常だからね?」

何だよ、原因の究明って言ってたくせに……。

「だって、原因って明らかじゃん。飲みすぎしかありえなくない?」
「くっ……何も言い返せない……」

確かに酒で身を滅ぼしたとか、人生終わったとか、そういう話はよく聞く。
だけどあたしは何処か他人事の様に捉えていたのかもしれない。
自分はそんな風になるはずがない、と。

「くそ、わかったよ!だけど飲まなくなったら食べる量、少し増えるかもしれないからな?」
「その点はお任せあれ。ちゃんと考えて作るから」

結果。
確かにあたしの飲酒量は減った。
飲まなくても案外何とかなんじゃん、なんて思って油断していたのだが……。

食べる量が半端じゃなくなった。
だって、睦月も他のメンバーも、食事作るやつらのご飯が美味しいから……。
私が酒をあまり口にしなくなって、その代わりにめちゃくちゃ食べる。

「…………」
「…………」
「何だよ」
「あ、いえ……美味しそうに食べるなって……」
「だって、旨いんだもん。何だ大輝、それ食べないのか?ならあたし食っちゃうけど」
「え?ああ、食べたいなら、どうぞ……」

若干引き気味な大輝の顔は気になるが、旨いものは旨い。

そして、あの日見た運命の日をあたしは乗り切った。

「い、生きてるって素晴らしい……」
「お、おお……」

何だろう、あたしがちゃんと運命に打ち勝って生きてるってのに、反応薄くないか?
もうちょっとこう、あるだろ?

「おい、あたしが生きてると何か不都合でもあんのか?」
「ち、違いますって。誤解ですよ」
「ならもっと喜べ。あたしはこうして生きてんだぞ?」
「いや、俺はほら、死なないって言ってたじゃないですか……」
「あのね、愛美さん」
「あん?」

睦月が珍しく、誠に申し上げにくいのですが、と前置く。


「……はぁ?」
「だからね、あれは仕組まれていた……つまりやらせとでも言いますか……」
「どどど、どういうことだそれ……」

睦月曰く、最近の私の酒の飲み方が尋常じゃなく、このままじゃ遅かれ早かれ体を壊す日が来る、と大輝が心配したそうだ。
もちろん女神の力があるんだからそんなのは心配ないって睦月は言ったそうだが、大輝としては、ほいほいそういう力に頼るのは良くないと。
堕落するきっかけになる恐れもあることだし、どうせ力を使うならもっと有効に、あたしにちゃんとした生活をさせる様仕向ける為に使わないか?と言ったらしい。

つまり、だ。
あの晩あたしが記憶を失ったのは大輝の力のせいだった。
睦月じゃなく、大輝があたしの記憶を奪った。

一億歩くらい譲って、それはいいとして……。
あたしが神界で見たあの水晶玉の映像は、ノルンのねつ造だった。
もちろんあたしみたいな何の力もない人間が、あんなもん見せられたらパニックになるのなんか当たり前だ。

それを利用して、あたしの飲酒量を減らしていこうというのが今回の作戦の大筋だった。
結果、作戦は大成功。
あたしの飲酒量は大幅に減った。

だが……。

「えっと……愛美さん、最近太ったよね」
「……!!」
「お、おい睦月……」

大輝が、敢えて口にしないでおいたのに、と言いたげな顔をしている。
そんなに、太ったか……?
そう思って、脱衣所にある体重計に乗る。

「なっ……!!!」
「え、えーと……」
「バカ野郎大輝!!何でついてきてんだ!!乙女の体重覗き見てんじゃねぇ!!」
「ぶふぉ!!」

言うのと同時に手が出てしまう。
勢いよく繰り出された拳が大輝の顔面にめり込んで、大輝が仰向けに倒れた。
ふ、太った……このあたしが……。

しかも、具体的な数字を、大輝に見られた……。

「まぁ……仕事とエッチ以外でほとんど運動らしい運動してなかったし、仕方ないよ。食べる量があれだけ増えるなんて、私も考えなかったし」
「だだだ、だって……あんなに美味しいんだもん……食べちゃうじゃん……」
「まぁ、気持ちはわかるけどね。どうするの?」
「くっそ……あちらを立てればこちらが立たずってやつか……」

そんなことを言っていたら、桜子が倒れている大輝を跨いで、あたしの目の前にやってきた。

「何だよ……お前もあたしのことデブとか馬鹿にしたいのか……」
「ええ?違うよ。だって……」

そう言っておもむろにあたしの腹の肉を両手でつまむ桜子。

「おお!やっぱりすっごい触り心地いい!ずっと触ってられるよ!!」
「んな……!!」

ぶーよぶよ、とか口ずさみながら桜子があたしの腹の肉で遊んでいる。
くそ、桜子め……お前だって、最近食べる量が……なら……。

「あっ!?」
「このやろ、お前だって……え?」

桜子のシャツをめくりあげると、そこに広がっていたのは……。

「何だお前……どっかの国の難民みたいな腹しやがって……」
「ひ、ひどい……」
「くっそ!!痩せてやる!!絶対に痩せてやるんだ!!」

こんなもん見せられたら、あそこまで馬鹿にされたら、あたしだって意地を見せないわけにはいかない。

「えっと……愛美さん?何するつもりなの?」
「決まってんだろ、運動だ!!お前、絶対力なんか使うなよ!?あたしは自分の力だけで痩せて、大輝を見返してやるんだ!!」
「いや、もう夜だから……それに外寒いよ?」
「やめろ……あたしを誘惑すんな!ちくしょう、バカにしやがって!!」

ふと大輝を見下ろすと、大輝が目を覚ます。

「あれ、俺……あ、愛美さん」
「何だよ」
「俯くと、顎が……」
「!!……お前、もうちょっと寝てろ!!!」

起き上がろうとした大輝の頭に蹴りを入れて、あたしはリビングに戻った。

「愛美さん、大輝に当たるのはちょっと……」
「…………」
「でも、絶食とかダメだよ?ちゃんと栄養取った上でバランスよく運動しないと」
「…………」
「だって、今絶食したら、太ってるのに顔だけやつれてるっていう愉快な惨状晒すだけになっちゃう」
「お前……少しは手加減しろよ……これでも割とマジで凹んでるんだから……」

結局、太るのは摂取量と運動量のバランスが悪いからだ、という結論に至った。
確かにそうかもしれない、とは思う。
テレビのバラエティとか通販番組なんかで、これを着て寝るだけ、とかやってるがあんなのは正直詐欺だろ、ってあたしも思ってた。

だが、いざあたしがその立場に立つと……運動とか、たりぃ……ってなるのは何でだろう。
摂取した上で効率よく脂肪を燃やさなければ、痩せていかないという仕組みは理解しているのに。

「愛美さん、そんな通販グッズに頼ってもまず痩せないよ?お金の無駄になるだけ。私も協力しようか?」
「力は使うなって言っただろ……」
「ん?そんなことしないよ。私の考えるメニューでやっていけば、一週間くらいで効果出るんじゃないかな」
「お前……本当いいやつなんだな!で、どんなんだそのメニュー」


二時間後。
あたしは睦月に頼ったことを激しく後悔した。
考えてみれば、大輝はいつも睦月からひどい目に遭わされてるというのに。

「ゼェ……ゼェ……」
「愛美さん、まだ半分も走ってないよ?」
「お前……の……体力と比べんな……」
「ほら立って立って。自分で立てないなら、私の力で……」
「く、くそ、負けるか……ゼェ……」

早くも二十キロほど、走らされている。
これでまだ半分じゃないって、何キロ走らせるつもりなんだ……。
そして息一つ切らしてない睦月はやっぱり反則だと思う。

結局、半分意識を失いながら後半は睦月の力で無理やり七十キロという距離を走らされ、帰ってきたときには真夜中、あたしは立つこともできなくなっていた。

「ほら、愛美さんマッサージしてあげるから。やっとかないと明日、筋肉痛辛くなっちゃうよ」

そんなこと言われても足に力が全く入らない。
自分の足じゃないみたいだ。

「仕方ないなぁ……よっと」

軽々と、太ったはずのあたしの体を抱き上げて、睦月がベッドに運ぶ。
汗という汗が出尽くして、一瞬鏡を見たら何となくチアノーゼが出ていた様に見えた。
水分取らなくて大丈夫だろうか。

「後でね。今すぐ取らなくても、まだ死んだりしないし」

言いながら睦月がうつ伏せのあたしの足をマッサージしていく。
物凄く不自然に疲れが取れて行って、血のめぐりが良くなっていくのを感じる。
これはきっと、力を使っているんだろう。

だがもう何も言う気にはなれなかった。
シャワーとか浴びないと、って思うのに意識が沈んでいく様な感覚に、あたしは抗えなかった。


「……はっ!?」

目を覚ますと、外が明るかった。
案の定、あのままあたしは寝てしまったらしい。

「おはよう、愛美さん。気分はどう?」
「え……あー……」
「足、痛くない?」
「あ、ああ……少し筋肉痛あるけど……大丈夫かな」
「今晩もやるから。シャワーでも浴びてきたら?」
「ま、マジかよ……」

素人にいきなり七十キロも走らせるって、どういう神経してんだこいつ……。
だけど、昨夜の走り込みとマッサージのせいか、少しだけ体が引き締まった様な感覚が……。

「そんないきなり痩せるわけないでしょ。錯覚だよ」

とまぁ、唐突に現実に引き戻してくれるおかげであたしはまだ頑張ろう、と思えるんだが……。
週末だしとりあえずは仕事の心配とかしなくていいし……。

「おはようございます、愛美さん。少しやせました?」
「お前、ぶっ飛ばされたいのか?わざとらしすぎんだよ……」
「ご、ごめんなさい」

大輝に当たるとまた睦月がうるさそうだから、とりあえずにらむだけで済ませる。
しかし、シャワーを浴びていると強制的に体に力が入る様な感覚があって、これはもしかしたら継続的にやれば効果が出るんじゃないかと思えた。
あたしの戦いはまだ、始まったばかりだ。
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