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2巻

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 私が苦笑していると、プラントさんも苦笑しつつ頬を掻いていた。それから、私に向かって手を差し出す。

「さて、怖がらせたお詫びがてら、僕とジュールの部活の紹介をさせてもらってもいいでしょうか?」
「はい、ありがとうございます! ジュール兄様も、案内してくれますか?」
「……うん」

 私が大きく頷くと、ジュール兄様とプラントさんは微笑んで後ろを手で示した。
 今までは目に入っていなかったけれど、そこにあったのは大きな温室だった。
 ガラスがきらきらと日光を反射していて、眩しいくらいだ。
 ジュール兄様に手を繋いでほしいと言うと、ちょっぴり驚いたような表情になってから、そっと手を繋いでくれる。
 うん、やっぱり兄様の手が一番!
 中へ入ると、ふわっと暖かい風が室内から吹いた。
 ジュール兄様が所属しているのは植物研究部だそうだ。
 植物園の一角を借りて植物の育成方法や交配により新しい性能ができるのか、より良い品質のものができるのかを調べる部活らしい。今回の文化祭では、魔法と植物を組み合わせたちょっとしたショーみたいなのを行ってるんだって。
 温室の奥に進むと、室内には学者っぽい人から一般人らしき人たち、私と同じくらいの歳の子たちまでがたくさん集まっていた。

「わあ……!」

 よく見ると、その人たちが魔法を使うことで周囲の植物が成長したり、光ったりキラキラしていてすごく綺麗だ。
 その中で私の目に引っかかるものがあった。一本だけ、皆の魔法からも外れてしまっているようで、白い幹がくったりとしている。
 あの苗木は……?

「ジュール兄様。あの苗木の元気がないみたいです」
「ん。……あれは、名前が、分からない木なんだ。図鑑にも載ってなかった。あの苗木が魔力を吸って大きくなるのは分かったけど……。でも僕の魔力に少し反応するだけで……あんまり大きくならない」

 なるほど。
 他の人は魔法をかけてみたけど、木が反応しないのを見て離れていったのかもしれない。
 ジュール兄様の魔法に反応するってことは、ジュール兄様と家族の私にも反応するかな? 私の魔力は無尽蔵だから吸ってくれたら助かるんだけど……

「近づいてもいい?」
「いいよ、でも気を付けてね」
「はーい!」

 とりあえず近くに寄ってみる。
 すると苗木の葉がゆらゆらと揺れだしたかと思えば、私に触れた。同時に私の魔力が吸われていく。あ、これいいな、なんだか、加減しながら吸い取ってくれている感じがする。
 そっと苗木に触れてみたら、少しひんやりしていた。
 葉は白いけど王宮の聖樹に少し似ている気がする。

「っ、大丈夫ですか!? 魔力を吸われてっ!」
「あら、フィル? 大丈夫?」

 魔力を吸われながら、この苗木と聖樹の似ているところを考えていたら、プラントさんがすごく慌てながら走り寄ってきた。
 逆にお母様は心配するというより、おっとりと大丈夫か聞いてくる。
 ジュール兄様は私と苗木の様子を見て問題ないと思ったのか、むしろ二人の反応に首を傾げている。

「お母様、プラントさん、大丈夫みたいです!」

 とはいえ心配させっぱなしはだめだよね。
 私は手に触れていた葉を一度離して、お母様とプラントさんに手を振った。
 うん。改めて体を動かしても問題はないみたい。仮にちょっと多めに吸われても、また私の体にはすぐに魔力が満ちるし、この苗木は加減しながら魔力を吸い取ってくれているようだから大丈夫だろう。
 安心したような表情の二人を見てから、もう一度指先で苗木の葉っぱに触れる。
 するとすぐに葉っぱは私の指をくるんと巻いた。
 んー、意思があるみたい……本当に聖樹に似ている。
 あ。精霊に何か聞いたら分かるかな?

「お母様、リーンって近くにいますか?」
「あら、精霊とお話をしたほうがよさそうなのかしら?」
「まだ分からないですけど……ちょっと知りたいことがあって」
「分かったわ。『リーン』」

 母様にお願いすると、すぐにリーンを呼んでくれた。

『はいはーい! なあに? アイシャ。あ! フィエルテこんにちは、さっきぶりだね!』
「リーン。こんにちは、急にごめんね? ちょっと聞きたいことがあって」

 来てくれたリーンに挨拶をすると、後ろから驚く声が聞こえた。振り返ればプラントさんが声の主だったようだ。ジュール兄様の肩をガンガン揺らしている。ジュール兄様大丈夫かな? 酔いそうだよ?
 少しすれば本当に酔いそうだったのか、ジュール兄様は未だ自分を揺らし続けているプラントさんの手を掴んで、そのままプラントさんの顔にバンッとぶつけた。
 いきなり顔に自分の手をぶつけられたもんだから、プラントさんがびっくりした顔でフリーズしてしまっている。
 ジュール兄様にしては珍しい激しい行動だけど……よっぽどシェイクされる勢いがひどかったんだろう。
 とはいえプラントさんの言いたいことは分かる。
 まだ精霊と契約していない……できないはずの私が、母親とはいえ他人の守護精霊を呼び捨てにしていること。それに対して精霊が怒ることなく、挨拶を返してくれていることに驚いたんだろう。これは普通はありえないことなんだって。
 精霊は契約した人間以外には基本的に無関心で、契約主以外の人間から話しかけられることを嫌う。もちろん契約主の家族や大切な人にはそれなりの態度を取るけど、それでも従順に返事を返すことはないそうだ。
 くるんと目の前で回るリーンはとっても可愛いから怒ることなんてあるのかな? と思ってしまうけど、本来精霊の怒りは非常に恐ろしいそうだ。だから、あんなに初対面でぐいぐい来たプラントさんも、今度は私に話しかけずにジュール兄様に聞くことにしたんだろう。
 ……私が『愛護者』――精霊から愛されてしまう体質だっていうのはまだ発表してないから、プラントさんは知らないしね。
 このことに関しては慎重に事を進めないと、周囲に混乱を招いてしまうかもしれないから発表されていない。でもずっと隠し続ける訳にも行かないから学園に入学するまでには発表するはずだってお父様が言っていた。
 貴族の世界も難しいことばっかりだ。
 むむむ……と思っていると、リーンがれたように私の方にはねを揺らして近づいた。

『フィエルテに呼ばれるのは何時でも大歓迎だよー! それで? 聞きたいことってなあに?』

 わあ、ぐいぐい来る。
 はねから散っている光る鱗粉が手に積もりそうになって、慌てて苗木を指で指し示した。

「この苗のことなんだけど」
『この若木がどうかしたの?』
「若木?」

 すると当然のような答えが返ってきた。
 何か知ってる感じだったので、木について質問してみると全部話してくれる。

「つまり、これは聖樹せいじゅの苗木 ――そして世界樹の候補だよ!」
「「「「えっ!?」」」」

 聖樹といえば、王城にあった樹のことだ。子供たちが精霊からの好感度を確かめるときに使われる『聖樹の間』に生えていた。でも世界樹って――?
 私とお母様、ジュール兄様にプラントさんの声が重なる。お父様と兄様たちは声はらさなかったものの、目を大きく見開いている。
 リーンに教えてもらったのはびっくりすることだらけだった。
 この世界には魔力が溢れている。
 そしてその魔力はこの世界のどこかにある世界樹が生み出しているのだそうだ。世界樹、というのは聖樹の祖先のようなもので、それはそれは強い魔力を持つ樹のことだ、とリーンは付け加えた。

「ほとんど僕たちの間では、小さな妖精に聞かせる昔話みたいなものだけどね――」

 そう言って、リーンは世界樹と聖樹の物語を教えてくれた。
 昔々……神は世界を生み出してからしばらくして、たくさんの種族が生まれ始めたこの地から離れることを決めた。
 しかし神のいない世界では魔力がすぐよどんでしまい、魔の者が溢れてしまう。
 それを防ぐために、世界を作り上げた神々六人は力を使い一つの苗を創りあげた。それこそ魔の力を浄化し、魔力を生み出すことができる世界樹の苗だった。その苗木のおかげで、神様は一度この世界を離れることができた。
 やがて、その苗木――世界樹は育ち、この世界の基盤となった。


「小さな子に読み聞かせる寝物語のようなものだけど、精霊たちの間ではこれは本当のことだって言われてる」

 静まり返った私たちに、リーンはそう告げた。
 悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべているのはいつもと変わらないけれど、どこかその眼には真剣さをびている。私がこくりと頷くと、リーンは微笑んで物語を続けた。

「でもね、その世界樹にも限界があった。よどんだ魔力の浄化をいくらしても、魔の者は永遠に消えることはなかった。魔の者は誰かの、何かの負の感情から生まれてしまう。負の感情を抱くことはこの世界にいきものが存在する以上、止めようのないことだしね」

 その言葉にお母様が少しうつむく。
 でも、そうだよね。悪意自体がこの世界から消えるのはきっとすごく難しいんだろう。

「いくら六人の神が作ったとはいえ、世界樹が浄化し続ける魔力のよどみには限界があった。一度この世界を去った神は、そのことに気が付くと世界樹の候補となる種を作り出したんだ」
「それがこの苗木ってこと?」
「そう! 候補となる樹をたくさん、たくさん作り出し、それが上手く成長すれば次代の世界樹となるはずだからと神様は言った。たとえ、世界樹になることはできなくても、数が多ければ力は弱くとも魔の者からこの世界を守ることができるからと。そうして神々はたくさんの種をつくり、この世界のどこかに落としたそうだ。それらが発芽し、成長したものは聖樹とよばれ――さらに成長したら世界樹となるらしい」

 そこまで聞いて、誰かがごくりと唾を吞む音が聞こえた。
 リーンはゆっくりと周りを見回す。

「聖樹が成長するには、たくさんの魔力と、この世界の生命の歴史なんて取るに足らないほど長い年月が必要なのさ。つまり、種が発芽するか、発芽してから無事成長できるかは分からない。そして王宮にある聖樹は、次代の世界樹候補ってわけ」

 そう言われて、私も細い息を吐き出した。
 まさかこの世界自体を支えているような樹の赤ちゃんだなんて……
 魔力鑑定式の時に出会った聖樹は枝が白色で、葉は薄紅色をしていた。
 この苗木は今は真っ白だけど、いずれ色をびるのかもしれないとリーンは言う。

「……かもしれないっていうのは?」
「うーん、六人いる神様の力がバラバラに加わってしまったせいで、聖樹の苗木がどういう木になるか分からないし、しっかり成長できるかも分からないんだ」
「そうなのか……! そもそも聖樹とはそのように成り立っていて……ああ、僕たちはあまりに無知だ……!!」

 響いたのはプラントさんの感極まった声だった。
 ついに辛抱できなくなったのか、彼の熱烈な視線がリーンを射貫いぬいている。
 確かにこれはこの世界を揺るがす大発見だ。きっとアル叔父様……もとい、国王陛下に話して、他国との会談を設けて慎重に進めなければいけない話。
 だって、うちの国には既に大きくなった聖樹があるのだ。それに追加してもう一本、というのが外交的にはあまり好ましくないだろうことは、六歳児である私にでさえ分かる。
 うーん、私のことや我が家の聖水の事に関しても胃を痛めてたのに……アル叔父様大丈夫かな?
 首を傾げていると、リーンもなぜか同じ動きをした。
 どうしたの? と聞くと、リーンは苗木の周りをくるくると飛びながら何かを確かめるように言った。

『……フィエルテ、もしかしてこの苗木に魔力をあげた? フィエルテに似た魔力を感じるんだけど』
「え? うん。でも、あげたと言うよりは近づいたら吸われちゃったよ?」
『うーん……』

 するとリーンは不思議そうに頭を捻りながら、また私と苗木を見比べるように飛び回る。

「リーン? どうかしたの?」
『……ちょっと確認したいことがあるからまたね!』

 そう言ってリーンは消えてしまった。
 えっと、どういうこと?
 私はじっと苗を見つめてみる。
 ……あれ、なんか、ちょっとおっきくなってる?
 というか私に似た魔力ってどういうこと?
 もう一度、確かめるようにそっと触れると、今度は魔力を吸われなかった。だけどその代わりというように、葉の色が真っ白から、私の髪と同じピンクと紫のグラデーションにじんわりと染まっていく。
 えっ! 変わっちゃったよ? 大丈夫!?
 慌ててジュール兄様とプラントさんの方を振り向き、二人を交互に見る。二人は興奮しているのか、目がキラキラして頬が上気していた。


 オタクだ……。確実に植物オタク。本当に好きなんだな。
 中でも、さっきからずっと感動したそぶりを見せていたプラントさんは、私の肩を掴む勢いで両手をわななかせている。

「すごいです! まさかこんなことが起こるなんて!」
「……プラント、これ、持ち帰っていい?」
「もちろん! フィエルテ嬢の魔力に反応するようだし、苗木の経過観察はジュール君に任せますね!」
「うん」

 それどころか二人は驚くようなチームワークで話し合いを進めてしまった。
 ジュール兄様はそっと鉢植えを持ち上げているようだけど、いいのかな? 一応世界樹候補の苗だよ? 本来なら絶対お城に持っていって厳重保管とかになるやつなのではないだろうか。
 うちの家族ならなんとかしそうだけれど、私はあまり目立ちたくない。
 そう思いつつ、ちらっとお父様を見上げると、お母様と何か話していたようだ。私が聞くと、陛下のことなら問題ないと言って苗木を家に持ち帰れるように係の人に頼んでしまった。
 ジュール兄様はいつも通りの静けさを取り戻していたけど、どことなく頬が緩んでいる。とっても嬉しそうだ。
 うーん、どんどん私が目立っちゃいそうな要素が増えていってる気がするような……。生まれて六年でこれだもん、これからも絶対何かしらありそうだ。
 とはいっても、私と、私の周りがチートすぎて起こっていることのような気もする。強すぎる力は災いを招きかねないし気をつけないと。
 そうして、テキパキと苗木はどこかに運ばれていってしまった。
 それを見送ったら、お母様がジュール兄様に「他に面白そうなものはあるかしら?」と聞いている。
 ――お母様ならさっきの聖樹候補についての諸々を大事件じゃなくて、学園祭のちょっとした発表ぐらいに捉えていてもおかしくない。さすがと言えばさすがだ。
 ということで、それからはみんなでジュール兄様の部活の出し物である植物と魔法のショーを少し観て、また全員で学校内を見て回ることにした。
 あれ? でもジュール兄様は外装担当とか言ってなかったっけ? しっかり部活で出し物をやっていたけど、結局外装は担当しなかったのかな? 
 うーんと考えていると、エル兄様がコツンとおでこをつついてきた。

「わっ、エル兄様?」
「また眉間にシワが寄ってたけどどうかしたの?」
「えと、ジュール兄様は学園祭の外装担当って言ってなかったっけと思って」

 そう言うと、私の後ろを歩いていたジュール兄様が割って入った。

「外装……した」

 そして、辺りの壁を指さす。
 すると確かに入ってはいけなそうところの扉がしっかり隠されているのが見える。でもよく見ないと、そこに扉があるなんて分からない。それぐらいすごく綺麗な花飾りや、壁を隠しているアーチやオブジェが一体化している。
 あ、ちゃんと外装もやったんだ。
 そこに元からあったように自然に見せつつ、でもお客さんがちゃんと目で見て楽しめるように綺麗にされていてすごい。そんな外装に携わったジュール兄様って本当に植物についてのプロフェッショナルなんだなあ。
 わあ、と思わず声を漏らすと、ジュール兄様が淡く微笑む。
 エル兄様はさらに付け加えるように、入口の方を指した。

「入口とかメインの外装は全部ジュールだよな」
「そうなの?」
「ん」
「すごい!! もしかして植物もジュール兄様が育てた子達なんですか?」
「ん。フィルが、楽しみにしてたから……頑張った」
「ありがとうございます! すっごく綺麗でキラキラでした。いつか私もやってみたいです!」

 私のために頑張ってくれたなんて、兄様大好き!
 入口をくぐるときに、非日常の始まりみたいですっごくワクワクした。人を楽しませるものを作るってきっとすごく難しいはずだ。それをいとも簡単にできるように、私もなれるだろうか?

「フィエルテなら……絶対できる。……フィエルテが、魔法を習ったら……おうちで教えてあげる」
「約束ですよ!」
「うん。約束」

 やったあ! ますます魔法を早く学びたくなってしまった。
 指切りをしていると、エル兄様に片手を取られて、そのままジュール兄様とエル兄様と三人で横並びになる。それからいよいよ家族六人で学園祭を回った。
 学園祭とはいえ、ここは異世界だし貴族が多い学園だから、日本の祭りの出店とかで売られるような食べ物――焼きそばやりんご飴はなかったけど、学食は結構美味しかったし、種類も豊富だった。
 お父様とお母様もこの学園の卒業生だから、毎年学園祭でご飯を食べるのを楽しみにしているんだって。
 私は内心で、自分がこの学校に入ったら学園祭で何を作るかを考えていた。
 そのころには魔法も使えるようになってるだろうし、精霊たちとも協力できるかな?
 想像してた学園祭とは違ったけど、家族みんなで回る学園祭はとっても楽しかった。
 あと三年したら私もこんなふうに学園祭で活躍できるといいな!
 それに、元々この学校の卒業生であるお父様とお母様、それに在学中のお兄様たちが色々説明しながら進んでくれたおかげで、ちょっとだけ学園に詳しくなった気がする。
 舐めているとほっぺが光るという光魔法が込められた飴を舐めながら、道を歩く。
 ディーには『手紙を書いた後に声が吹き込める』というレターセットを買った。これで今日の朝置いてあったお手紙に、お礼のお返事を出そう。他にも気になるものがたくさんあったけど、お小遣いにも限度があるからね……!
 ルナへのちょっとしたお菓子や、どうしても気になった魔道具を少しだけ買うことになった。
 そうするうちに、いつの間にか日が暮れはじめて、みんなが帰り始めていた。
 楽しい時間ってあっという間だ。
 小さな体でどんどん歩いたせいか、ちょっぴり脚が重たい。というか眠たい。
 沈む太陽を見上げてぼんやりとしていると、エル兄様に繋いでいた手を優しく揺すられた。

「フィルは疲れてない?」
「ちょっと眠い、ですけど」
「いっぱい歩いたからな」

 おんぶしようか? と首を傾げるリーベ兄様に首を振る。
 学園祭は夜まで続くみたいだけど、夜はこの学園の生徒だけが参加できる。
 もしリーベ兄様におぶってもらったら、きっと優しい兄様は家まで私を運んじゃって夜の部に参加できなくなっちゃうからね。

「大丈夫です、兄様たちはまだお祭りがあるでしょう?」
「遠慮しなくていいよ。僕たちはダンスパーティーには参加しないから」
「ダンスパーティー?」
「そう。夜にあるのは生徒同士の社交の場なんだ。どっちかっていうと……ね?」
「あれは、ちょっと疲れるんだよな……」

 そう言って、リーベ兄様とエル兄様が視線を見かわして苦笑する。
 その表情で分かってしまった。
 きっと、ダンスパーティーとは名ばかりで、お見合い会場に近い状態なんだろう。
 お兄様たちは、それには特に興味がないからって一緒に帰りたいようだ。
 いいのかな? まぁ、ダンスパーティーとかイケメンの兄様たちにとっては引く手あまたで疲れちゃうのかもしれない。今日はすっごく楽しませてもらったし、頑張っていた兄様たちにはゆっくりしてほしい。
 ほら、と言って私に背中を向けてしゃがんだリーベ兄様にぎゅっとしがみつく。
 すると軽々と持ち上げられてしまった。

「ありがとうございます」
「いいんだって」

 うん、帰ったらいっぱいお兄様たちにぎゅーってしたい。だから、お兄様たちを待っているかもしれない令嬢さんたちには申し訳ないけど……一緒に帰っちゃおう。
 六人のまま、帰りの馬車に向かって歩く。

「フィル。今日は楽しかった?」

 すると、お母様がそう聞いてきた。
 ……答えは、聞かれるまでもない。

「とっても楽しかったです!!」

 本当に本当に今日はすごく楽しかった。
 私がそう言うと、お父様とお母様、お兄様たちがふわりと笑う。
 その笑顔をずっと覚えていたいな、と私は思った。



   第二章 初めての魔法


 お兄様たちの学園祭から数週間後の朝。
 部屋のカーテンから朝日が射し込んでくると同時に目を開ける。
 今日は大切な日なのだ。
 待ちに待って、もう待ちくたびれるほど待った……
 ごほんっ!!
 そう!! 魔法のお勉強が! ついに! 今日から! 始まるんですっ!!
 ついこの前、私は七歳になって、学園入学まであと一年を待つばかりとなった。
 学園祭を見に行って、私が魔法をやりたいと言い続けるようになったこと、そして六歳でも魔法の基礎くらいは覚えておいて損はないって、魔法のプロフェッショナルたるお母様が背中を押してくれたことで、学園に入る前に少しだけ魔法を学べることになった。


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