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第2章 水の守護獣との出会い
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それから数日が経ち、アーレンとエリアは森の探索を続けていた。小屋を拠点に、少しずつ行動範囲を広げていく。
エリアは日に日に自分の能力を制御できるようになり、小さな幻術を使って獲物を捕まえる手伝いをしてくれた。おかげで食料の確保は問題なくなり、アーレンは他のことに集中できるようになった。
「エリア、今日はもう少し奥へ行ってみようか」
朝食を終えたアーレンが言うと、エリアは嬉しそうに尻尾を振った。
「はい!新しい発見があるといいですね」
二人は小屋を出て、まだ探索していない方向へと進み始めた。森の奥に進むにつれ、木々はより一層巨大になり、木漏れ日が作る模様は幻想的な雰囲気を醸し出していた。
「この森、呪われているどころか、むしろ魔力に満ちている気がするね」
アーレンが言うと、エリアは周囲の匂いを嗅ぎながら応えた。
「はい!良い魔力がたくさん流れています。でも…何だか変な感じもします」
「変な感じ?」
「はい。まるで魔力の流れが滞っているような…」
アーレンは考え込んだ。もしかすると、それが「呪われた森」と呼ばれる理由かもしれない。魔力は本来、自然に流れ循環するものだ。それが滞っているとすれば、不自然な状態と言える。
「それも守護獣たちが眠ってしまったからかもしれないね」
歩きながら話していると、次第に森の中に水音が聞こえてきた。小川よりも大きな音だ。
「滝かな?」
二人は音のする方向へと進み、やがて小さな崖に出た。そこからは確かに滝が見えた。高さ十メートルほどの滝が、青く澄んだ池へと流れ落ちている光景は、まるで絵画のように美しかった。
「綺麗…」
エリアが感嘆の声を上げた。アーレンも見とれていたが、すぐに実用的なことを考え始めた。
「これは素晴らしい発見だ。きれいな水源があれば、将来的に農業もできるかもしれない」
彼らは崖から下りて、滝壺のある場所へと移動した。池の水は驚くほど透明で、底まではっきりと見えた。小魚も泳いでいる様子が確認できる。
「水質も非常に良さそうだ。これは…」
アーレンが言いかけたその時、エリアの耳がピクリと動いた。
「何か来ます!」
彼女の警告の直後、池の水面が揺れ動き始めた。何かが水中から浮上してくる。アーレンは身構えたが、現れたのは予想外のものだった。
美しい白い狼だった。
大きくはないが、凛とした佇まいと、水色に輝く瞳を持つ狼が、水から出てきたのだ。その毛並みは水滴を弾き、まるで光を放つように輝いていた。
「まさか…」エリアが小さな声で言った。「水の元素の守護獣…?」
白い狼はゆっくりとアーレンに近づき、彼を観察するように見つめた。アーレンも恐れることなく、その視線を受け止める。
「私の名はセレナ」
突然、狼が人間の言葉で話し始めた。その声は、清らかな水のように澄んでいた。
「私はこの泉を守ってきた。あなたが新しい【もふもふテイマー】なのですね」
「そのようです」アーレンは丁寧に答えた。「私の名はアーレン・グレイヘイブン。こちらはエリア、火の元素の守護獣です」
「はじめまして、セレナさん!」エリアは元気よく挨拶した。
セレナはゆっくりと頷いた。「長い間、この森は汚れた魔力に満ちていました。でも、あなたがやって来てから、少しずつ変わり始めています」
「汚れた魔力?」
「はい。かつてこの地に住んでいた人間たちは、力ばかりを求め、守護獣たちを利用しようとしました。その結果、森の魔力が乱れ、『呪われた森』と呼ばれるようになったのです」
「そうだったんですね…」アーレンは考え込んだ。「でも、僕はそんなことはしません。この森を本来あるべき姿に戻し、みんなが平和に暮らせる場所にしたいんです」
彼は心からそう思っていた。前世でも、利己的な上司に苦しめられた経験がある。そんな真似は、誰にもしたくなかった。
セレナは静かに微笑んだ。「あなたの言葉に嘘はないようですね。私もあなたと契約を結びましょう」
「本当ですか?」
「はい。私の能力は浄化。汚れた土地や水を清めることができます。この森を元の姿に戻すには、私の力が必要でしょう」
アーレンは深く頭を下げた。「セレナ、どうか力を貸してください」
白い狼は優雅に頭を下げ、アーレンに近づいた。二人が触れ合った瞬間、淡い青い光が彼らを包み込む。契約の儀式が完了した。
「これで私たちは仲間ですね」セレナは静かに言った。
「はい、どうぞよろしく」
アーレンはセレナの毛並みを優しく撫でた。その感触は想像以上に柔らかく、温かかった。雪のように白い毛は、触れると温かな感触があり、指を通すと心地よく、まるで絹のようだった。
「わーい!仲間が増えました!」エリアは喜んで跳ね回った。
「アーレン様、この池は特別な力を持っています」セレナが説明した。「この水で浄化の儀式を行えば、周囲の土地の魔力の流れを正常に戻すことができるでしょう」
「それは素晴らしい」アーレンの目が輝いた。「早速始めましょう。どうすればいいですか?」
セレナは池の中央に向かって歩き始めた。水の上を歩くように見えたが、実は水面下に隠れた石の上を歩いていた。
「こちらへ来てください」
アーレンはためらいつつも、セレナの後を追った。靴を脱ぎ、ズボンを膝まで捲り上げ、冷たい水に足を浸す。
「エリアも来て」
「え?水は苦手です…」エリアは尻尾を垂らして言った。
「大丈夫、浅いところで待っていればいいよ」
エリアは渋々、池の端に入った。水が毛に触れると、彼女は小さく「ひゃっ」と声を上げた。
アーレンが池の中央近くまで来ると、セレナは口を開いた。
「では儀式を始めましょう。アーレン様、私の頭に手を置いてください」
アーレンは言われた通りにする。セレナの柔らかな毛に触れた瞬間、彼女は詠唱を始めた。
「水の源よ、清めの力よ、汚れを洗い流し、本来の姿を取り戻せ」
その声に合わせ、池の水が淡く光り始めた。光は波紋のように広がり、やがて池全体を覆う。アーレンは自分の体から青い光が漏れ出していることに気がついた。彼の魔力がセレナを通じて、浄化の儀式を強化しているようだった。
儀式は約10分続いた。終わると、世界が少し違って見えるような気がした。色彩が鮮やかになり、空気もより清浄になったように感じる。
「これで周囲の魔力の流れは正常に戻りました」セレナが満足そうに言った。「植物の成長も良くなるでしょう」
「素晴らしい!」アーレンは感動していた。「これで第一歩が踏み出せた」
彼らが池から上がると、驚くべきことが起きていた。池の周囲の植物が、目に見えて生き生きとしていたのだ。花が咲き、葉も鮮やかな緑色に。
「わあ!すごい!」エリアは興奮して駆け回った。
「これがセレナの力…」アーレンは驚嘆した。
「いいえ、アーレン様の力でもあります」セレナは静かに言った。「【もふもふテイマー】の力が、私の浄化能力を何倍にも高めているのです」
アーレンは自分の手を見つめた。彼自身は特別な力を感じないが、確かに守護獣たちの能力を引き出す力があるようだ。
「さあ、家に戻りましょう」アーレンは微笑んだ。「セレナにも居場所を作らないと」
「ありがとうございます」セレナは優雅に頭を下げた。
三人は森を抜けて小屋へと向かった。道中、アーレンは改めてセレナについて質問した。
「セレナ、君はずっとこの森にいたの?」
「はい。私はこの池で眠りについていました。森の魔力が乱れた時、私たち守護獣は力を失い、深い眠りにつくしかなかったのです」
「どれくらい眠っていたの?」エリアが好奇心いっぱいに尋ねた。
「正確な時間は分かりませんが、百年以上は過ぎたでしょう」
「そんなに!」アーレンは驚いた。「それは寂しかったでしょう」
「眠りの中では時間の感覚がないのです」セレナは穏やかに答えた。「でも、エリアの契約の光が私を目覚めさせてくれました」
「そうだったんだ」
「私たち守護獣は繋がっています」セレナは説明した。「一人が目覚めると、他の者たちも次第に目を覚ましていくでしょう」
「他の守護獣たちも見つけられるといいね」アーレンは期待を込めて言った。
小屋に到着すると、アーレンはすぐにセレナのための寝床を用意した。柔らかい布と干し草で作った簡素なものだが、セレナは満足そうだった。
「ありがとうございます、アーレン様」
「どういたしまして。これからよろしくね、セレナ」
その夜、アーレンはエリアとセレナを両脇に置いて眠った。小さな赤い子狐と優雅な白い狼。その柔らかな毛並みに囲まれて眠るのは、想像以上に心地よかった。
「これが『もふもふテイマー』の特権か」アーレンは幸せそうに呟いた。「兄たちの契約した獣は確かに強いけど、こんな癒しはないだろうな」
エリアはアーレンの胸の上で丸くなり、セレナは彼の足元で静かに横たわっていた。守護獣たちの安らかな寝息を聞きながら、アーレンは新たな希望を胸に、眠りについた。
---
翌朝、アーレンはセレナと共に森の開発計画を練り始めた。セレナの浄化能力は、土地改良にうってつけだった。
「まずは小屋の周りから浄化していこう」アーレンは提案した。「それから少しずつ畑を作っていければ」
「良い考えです」セレナは同意した。「私の浄化した場所は、作物が良く育ちます」
「エリアは周囲の警戒をお願いできるかな?」
「はい!任せてください!」エリアは元気よく応えた。彼女の幻術能力は、外敵から身を守るのに役立つはずだ。
その日から、三人の森での生活は急速に改善していった。セレナの浄化能力で、小屋の周辺は見違えるように美しくなった。草木は生き生きと茂り、小さな花々が咲き誇る。アーレンは浄化された土地に野菜の種を蒔いた。前世の農業知識と、この世界で学んだ魔術植物学の知識を組み合わせれば、きっと豊かな収穫が得られるはずだ。
夕方、作業を終えたアーレンは、セレナの毛づくろいを手伝っていた。ブラシを使って丁寧に彼女の毛を梳かしていく。
「気持ちいいですか?」
「はい、とても」セレナは目を細めて答えた。「アーレン様の手つきは優しくて心地よいです」
アーレンは彼女の言葉に微笑んだ。「エリアも毛づくろいが大好きだからね。コツを掴んできたんだ」
エリアは二人を見ながら、少し嫉妬しているような表情を浮かべていた。
「私もやってください!」
彼女は駆け寄り、アーレンの膝に飛び乗った。その様子に、アーレンとセレナは思わず笑った。
「もちろん、エリアの番も来るよ」アーレンは子狐の頭を撫でた。「二人とも順番だよ」
「私は待ちますから、エリアから」セレナは穏やかに譲った。
アーレンはブラシをエリアの柔らかな毛に当て、優しく梳かし始めた。エリアは気持ちよさそうに目を閉じる。
「君たちの毛並みは本当に素晴らしいね」アーレンは感嘆した。「エリアは炎のような赤さで、セレナは雪のような白さ。両方とも触り心地抜群だ」
「それが【もふもふテイマー】の本質なのでしょう」セレナが言った。「戦闘力ではなく、触れ合いの心地よさを重視する契約」
「なるほど」アーレンは納得した。「確かに、兄たちの契約した獣は強大だけど、触れ合いたいとは思わないな」
「彼らは『力のテイマー』です」セレナは説明した。「力と支配を求める契約。私たちの関係とは根本的に異なります」
エリアが満足げに伸びをした。「アーレン様は優しいから、もふもふ契約に向いているんです!」
その言葉にアーレンは心が温かくなるのを感じた。彼は改めて二人を見つめた。
「君たちと出会えて本当に良かった。これからもよろしくね」
夜、彼らは暖炉の火を囲んで、この森についての話を続けた。セレナは古い時代の記憶を持っており、かつてこの森がどのような場所だったか語ってくれた。
「この森は元々、五大元素の聖域でした。火、水、土、風、森の五つの元素が調和した、魔力に満ちた楽園だったのです」
「なぜ呪われることになったの?」アーレンは尋ねた。
「百年以上前、人間たちがこの地に入り込み始めました。彼らは守護獣たちの力を利用しようとしたのです。特に『力のテイマー』たちは、私たちを戦いの道具にしようとしました」
「それで守護獣たちは反発した?」
「いいえ、最初は共存を試みました。しかし、人間たちの欲望は際限なく、森の調和を乱していきました。私たちが拒否すると、力ずくで従わせようとしたのです」
「ひどい…」エリアが悲しそうに言った。
「結果として、森の魔力が乱れ、私たち守護獣は力を失っていきました。最終的に深い眠りにつくしか選択肢がなくなったのです」
「それで『呪われた森』という名前がついたんだね」アーレンは理解した。
「はい。人間たちは私たちが去った後、森が不毛になり、奇妙な現象が起きるようになったと言いました。それは魔力の流れが乱れた結果です」
「でも、なぜ他の人間が来なくなったの?」
「最後の守護獣が眠りにつく前に、森の入り口に結界を張りました。普通の人間には、この森が恐ろしく見えるようにする結界です」
「なるほど」アーレンは感心した。「だから入り口は不気味に見えたのに、実際に入ってみると普通の森だったんだ」
「その通りです。あなたは【もふもふテイマー】の資質を持っていたため、結界の影響を受けなかった。そして、この森の真の姿を見ることができたのです」
アーレンはその説明に納得がいった。これで謎が全て解けた気がする。
「私たちの使命は明確だね」アーレンは決意を固めた。「この森を元の姿に戻し、守護獣たちを全て目覚めさせること。そして新たな調和を作り出すんだ」
セレナとエリアは同意の意を示した。三人の新たな旅が、この夜から本格的に始まったのだった。
エリアは日に日に自分の能力を制御できるようになり、小さな幻術を使って獲物を捕まえる手伝いをしてくれた。おかげで食料の確保は問題なくなり、アーレンは他のことに集中できるようになった。
「エリア、今日はもう少し奥へ行ってみようか」
朝食を終えたアーレンが言うと、エリアは嬉しそうに尻尾を振った。
「はい!新しい発見があるといいですね」
二人は小屋を出て、まだ探索していない方向へと進み始めた。森の奥に進むにつれ、木々はより一層巨大になり、木漏れ日が作る模様は幻想的な雰囲気を醸し出していた。
「この森、呪われているどころか、むしろ魔力に満ちている気がするね」
アーレンが言うと、エリアは周囲の匂いを嗅ぎながら応えた。
「はい!良い魔力がたくさん流れています。でも…何だか変な感じもします」
「変な感じ?」
「はい。まるで魔力の流れが滞っているような…」
アーレンは考え込んだ。もしかすると、それが「呪われた森」と呼ばれる理由かもしれない。魔力は本来、自然に流れ循環するものだ。それが滞っているとすれば、不自然な状態と言える。
「それも守護獣たちが眠ってしまったからかもしれないね」
歩きながら話していると、次第に森の中に水音が聞こえてきた。小川よりも大きな音だ。
「滝かな?」
二人は音のする方向へと進み、やがて小さな崖に出た。そこからは確かに滝が見えた。高さ十メートルほどの滝が、青く澄んだ池へと流れ落ちている光景は、まるで絵画のように美しかった。
「綺麗…」
エリアが感嘆の声を上げた。アーレンも見とれていたが、すぐに実用的なことを考え始めた。
「これは素晴らしい発見だ。きれいな水源があれば、将来的に農業もできるかもしれない」
彼らは崖から下りて、滝壺のある場所へと移動した。池の水は驚くほど透明で、底まではっきりと見えた。小魚も泳いでいる様子が確認できる。
「水質も非常に良さそうだ。これは…」
アーレンが言いかけたその時、エリアの耳がピクリと動いた。
「何か来ます!」
彼女の警告の直後、池の水面が揺れ動き始めた。何かが水中から浮上してくる。アーレンは身構えたが、現れたのは予想外のものだった。
美しい白い狼だった。
大きくはないが、凛とした佇まいと、水色に輝く瞳を持つ狼が、水から出てきたのだ。その毛並みは水滴を弾き、まるで光を放つように輝いていた。
「まさか…」エリアが小さな声で言った。「水の元素の守護獣…?」
白い狼はゆっくりとアーレンに近づき、彼を観察するように見つめた。アーレンも恐れることなく、その視線を受け止める。
「私の名はセレナ」
突然、狼が人間の言葉で話し始めた。その声は、清らかな水のように澄んでいた。
「私はこの泉を守ってきた。あなたが新しい【もふもふテイマー】なのですね」
「そのようです」アーレンは丁寧に答えた。「私の名はアーレン・グレイヘイブン。こちらはエリア、火の元素の守護獣です」
「はじめまして、セレナさん!」エリアは元気よく挨拶した。
セレナはゆっくりと頷いた。「長い間、この森は汚れた魔力に満ちていました。でも、あなたがやって来てから、少しずつ変わり始めています」
「汚れた魔力?」
「はい。かつてこの地に住んでいた人間たちは、力ばかりを求め、守護獣たちを利用しようとしました。その結果、森の魔力が乱れ、『呪われた森』と呼ばれるようになったのです」
「そうだったんですね…」アーレンは考え込んだ。「でも、僕はそんなことはしません。この森を本来あるべき姿に戻し、みんなが平和に暮らせる場所にしたいんです」
彼は心からそう思っていた。前世でも、利己的な上司に苦しめられた経験がある。そんな真似は、誰にもしたくなかった。
セレナは静かに微笑んだ。「あなたの言葉に嘘はないようですね。私もあなたと契約を結びましょう」
「本当ですか?」
「はい。私の能力は浄化。汚れた土地や水を清めることができます。この森を元の姿に戻すには、私の力が必要でしょう」
アーレンは深く頭を下げた。「セレナ、どうか力を貸してください」
白い狼は優雅に頭を下げ、アーレンに近づいた。二人が触れ合った瞬間、淡い青い光が彼らを包み込む。契約の儀式が完了した。
「これで私たちは仲間ですね」セレナは静かに言った。
「はい、どうぞよろしく」
アーレンはセレナの毛並みを優しく撫でた。その感触は想像以上に柔らかく、温かかった。雪のように白い毛は、触れると温かな感触があり、指を通すと心地よく、まるで絹のようだった。
「わーい!仲間が増えました!」エリアは喜んで跳ね回った。
「アーレン様、この池は特別な力を持っています」セレナが説明した。「この水で浄化の儀式を行えば、周囲の土地の魔力の流れを正常に戻すことができるでしょう」
「それは素晴らしい」アーレンの目が輝いた。「早速始めましょう。どうすればいいですか?」
セレナは池の中央に向かって歩き始めた。水の上を歩くように見えたが、実は水面下に隠れた石の上を歩いていた。
「こちらへ来てください」
アーレンはためらいつつも、セレナの後を追った。靴を脱ぎ、ズボンを膝まで捲り上げ、冷たい水に足を浸す。
「エリアも来て」
「え?水は苦手です…」エリアは尻尾を垂らして言った。
「大丈夫、浅いところで待っていればいいよ」
エリアは渋々、池の端に入った。水が毛に触れると、彼女は小さく「ひゃっ」と声を上げた。
アーレンが池の中央近くまで来ると、セレナは口を開いた。
「では儀式を始めましょう。アーレン様、私の頭に手を置いてください」
アーレンは言われた通りにする。セレナの柔らかな毛に触れた瞬間、彼女は詠唱を始めた。
「水の源よ、清めの力よ、汚れを洗い流し、本来の姿を取り戻せ」
その声に合わせ、池の水が淡く光り始めた。光は波紋のように広がり、やがて池全体を覆う。アーレンは自分の体から青い光が漏れ出していることに気がついた。彼の魔力がセレナを通じて、浄化の儀式を強化しているようだった。
儀式は約10分続いた。終わると、世界が少し違って見えるような気がした。色彩が鮮やかになり、空気もより清浄になったように感じる。
「これで周囲の魔力の流れは正常に戻りました」セレナが満足そうに言った。「植物の成長も良くなるでしょう」
「素晴らしい!」アーレンは感動していた。「これで第一歩が踏み出せた」
彼らが池から上がると、驚くべきことが起きていた。池の周囲の植物が、目に見えて生き生きとしていたのだ。花が咲き、葉も鮮やかな緑色に。
「わあ!すごい!」エリアは興奮して駆け回った。
「これがセレナの力…」アーレンは驚嘆した。
「いいえ、アーレン様の力でもあります」セレナは静かに言った。「【もふもふテイマー】の力が、私の浄化能力を何倍にも高めているのです」
アーレンは自分の手を見つめた。彼自身は特別な力を感じないが、確かに守護獣たちの能力を引き出す力があるようだ。
「さあ、家に戻りましょう」アーレンは微笑んだ。「セレナにも居場所を作らないと」
「ありがとうございます」セレナは優雅に頭を下げた。
三人は森を抜けて小屋へと向かった。道中、アーレンは改めてセレナについて質問した。
「セレナ、君はずっとこの森にいたの?」
「はい。私はこの池で眠りについていました。森の魔力が乱れた時、私たち守護獣は力を失い、深い眠りにつくしかなかったのです」
「どれくらい眠っていたの?」エリアが好奇心いっぱいに尋ねた。
「正確な時間は分かりませんが、百年以上は過ぎたでしょう」
「そんなに!」アーレンは驚いた。「それは寂しかったでしょう」
「眠りの中では時間の感覚がないのです」セレナは穏やかに答えた。「でも、エリアの契約の光が私を目覚めさせてくれました」
「そうだったんだ」
「私たち守護獣は繋がっています」セレナは説明した。「一人が目覚めると、他の者たちも次第に目を覚ましていくでしょう」
「他の守護獣たちも見つけられるといいね」アーレンは期待を込めて言った。
小屋に到着すると、アーレンはすぐにセレナのための寝床を用意した。柔らかい布と干し草で作った簡素なものだが、セレナは満足そうだった。
「ありがとうございます、アーレン様」
「どういたしまして。これからよろしくね、セレナ」
その夜、アーレンはエリアとセレナを両脇に置いて眠った。小さな赤い子狐と優雅な白い狼。その柔らかな毛並みに囲まれて眠るのは、想像以上に心地よかった。
「これが『もふもふテイマー』の特権か」アーレンは幸せそうに呟いた。「兄たちの契約した獣は確かに強いけど、こんな癒しはないだろうな」
エリアはアーレンの胸の上で丸くなり、セレナは彼の足元で静かに横たわっていた。守護獣たちの安らかな寝息を聞きながら、アーレンは新たな希望を胸に、眠りについた。
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翌朝、アーレンはセレナと共に森の開発計画を練り始めた。セレナの浄化能力は、土地改良にうってつけだった。
「まずは小屋の周りから浄化していこう」アーレンは提案した。「それから少しずつ畑を作っていければ」
「良い考えです」セレナは同意した。「私の浄化した場所は、作物が良く育ちます」
「エリアは周囲の警戒をお願いできるかな?」
「はい!任せてください!」エリアは元気よく応えた。彼女の幻術能力は、外敵から身を守るのに役立つはずだ。
その日から、三人の森での生活は急速に改善していった。セレナの浄化能力で、小屋の周辺は見違えるように美しくなった。草木は生き生きと茂り、小さな花々が咲き誇る。アーレンは浄化された土地に野菜の種を蒔いた。前世の農業知識と、この世界で学んだ魔術植物学の知識を組み合わせれば、きっと豊かな収穫が得られるはずだ。
夕方、作業を終えたアーレンは、セレナの毛づくろいを手伝っていた。ブラシを使って丁寧に彼女の毛を梳かしていく。
「気持ちいいですか?」
「はい、とても」セレナは目を細めて答えた。「アーレン様の手つきは優しくて心地よいです」
アーレンは彼女の言葉に微笑んだ。「エリアも毛づくろいが大好きだからね。コツを掴んできたんだ」
エリアは二人を見ながら、少し嫉妬しているような表情を浮かべていた。
「私もやってください!」
彼女は駆け寄り、アーレンの膝に飛び乗った。その様子に、アーレンとセレナは思わず笑った。
「もちろん、エリアの番も来るよ」アーレンは子狐の頭を撫でた。「二人とも順番だよ」
「私は待ちますから、エリアから」セレナは穏やかに譲った。
アーレンはブラシをエリアの柔らかな毛に当て、優しく梳かし始めた。エリアは気持ちよさそうに目を閉じる。
「君たちの毛並みは本当に素晴らしいね」アーレンは感嘆した。「エリアは炎のような赤さで、セレナは雪のような白さ。両方とも触り心地抜群だ」
「それが【もふもふテイマー】の本質なのでしょう」セレナが言った。「戦闘力ではなく、触れ合いの心地よさを重視する契約」
「なるほど」アーレンは納得した。「確かに、兄たちの契約した獣は強大だけど、触れ合いたいとは思わないな」
「彼らは『力のテイマー』です」セレナは説明した。「力と支配を求める契約。私たちの関係とは根本的に異なります」
エリアが満足げに伸びをした。「アーレン様は優しいから、もふもふ契約に向いているんです!」
その言葉にアーレンは心が温かくなるのを感じた。彼は改めて二人を見つめた。
「君たちと出会えて本当に良かった。これからもよろしくね」
夜、彼らは暖炉の火を囲んで、この森についての話を続けた。セレナは古い時代の記憶を持っており、かつてこの森がどのような場所だったか語ってくれた。
「この森は元々、五大元素の聖域でした。火、水、土、風、森の五つの元素が調和した、魔力に満ちた楽園だったのです」
「なぜ呪われることになったの?」アーレンは尋ねた。
「百年以上前、人間たちがこの地に入り込み始めました。彼らは守護獣たちの力を利用しようとしたのです。特に『力のテイマー』たちは、私たちを戦いの道具にしようとしました」
「それで守護獣たちは反発した?」
「いいえ、最初は共存を試みました。しかし、人間たちの欲望は際限なく、森の調和を乱していきました。私たちが拒否すると、力ずくで従わせようとしたのです」
「ひどい…」エリアが悲しそうに言った。
「結果として、森の魔力が乱れ、私たち守護獣は力を失っていきました。最終的に深い眠りにつくしか選択肢がなくなったのです」
「それで『呪われた森』という名前がついたんだね」アーレンは理解した。
「はい。人間たちは私たちが去った後、森が不毛になり、奇妙な現象が起きるようになったと言いました。それは魔力の流れが乱れた結果です」
「でも、なぜ他の人間が来なくなったの?」
「最後の守護獣が眠りにつく前に、森の入り口に結界を張りました。普通の人間には、この森が恐ろしく見えるようにする結界です」
「なるほど」アーレンは感心した。「だから入り口は不気味に見えたのに、実際に入ってみると普通の森だったんだ」
「その通りです。あなたは【もふもふテイマー】の資質を持っていたため、結界の影響を受けなかった。そして、この森の真の姿を見ることができたのです」
アーレンはその説明に納得がいった。これで謎が全て解けた気がする。
「私たちの使命は明確だね」アーレンは決意を固めた。「この森を元の姿に戻し、守護獣たちを全て目覚めさせること。そして新たな調和を作り出すんだ」
セレナとエリアは同意の意を示した。三人の新たな旅が、この夜から本格的に始まったのだった。
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前世の記憶と、この世界では「外れスキル」とされる『万物鑑定』と『薬草栽培(ハイレベル)』。そして、誰にも知られていない規格外の莫大な魔力を持っていた。
しかし、俺は決意する。「今世こそ、誰にも邪魔されない、のんびりしたスローライフを送る!」と。
これは、スローライフを死守したい天才薬師のアレンと、彼の作る規格外の薬に振り回される異世界の物語。
平穏を愛する(自称)凡人薬師の、のんびりだけど実は波乱万丈な辺境スローライフファンタジー。
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