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須尚正(4)
しおりを挟むあっという間に5月最終週になった。
大学祭へのカウントダウンが始まっていた。
そろそろ演奏する曲順を決めなければならない。
練習後に立ち寄った喫茶店で3人の話し合いを見守った。
ところが何を思ったか、「演奏順はスナッチに任せる」と突然キーボーが言い出したので面食らった。
しかも、タッキーとベスが「了解」と言ってほぼ同時に頷いたので逃れられなくなった。
何がなんだかわからないままコーヒーを喉に流し込んだ。
釈然としないものはあったが、引き受けてしまったのでやるしかなかった。
2日間じっくり考えて、彼らに提案した。
「今回はオリジナルだけではなく、遊びで演っているディープパープルの曲を2曲入れたいと思います。1曲目は『ハイウェイスター』で観客の度肝を抜きます。そして『スモーク・オン・ザ・ウォーター』を続けてやって、ジャン、ジャン、ジャン♪ というリフで観客を乗せます。この2曲は歌なしでいきましょう。ヴォーカルパートのメロディーはシンセサイザーとギターで演奏します」
すると、うんうん、というふうに3人が頷いた。
「3曲目は新曲『ビフォー&アフター』でどうでしょうか。そして、4曲目以降を今までの持ち歌にすれば、ハードロック→フォークロック→バラードと自然な流れができると思うんですけど」
「さすがだね、スナッチは天才!」
ベスが間髪容れず持ち上げると、2人も異論はないというふうに頷いた。
「ところでさ、バンド名変えない?」
タッキーのいきなりの提案だった。
「バンド名もビフォー&アフターにしようよ。ビーズじゃね~」
とベスに顔を向けたが、キーボーにはちらっと眼をやっただけだった。
今までのバンド名はキーボーが名付けたものだった。
『ビージーズ』を短縮して『ビーズ』
だからキーボーが黙ってOKを出すはずはなかった。
なのに、「いいんじゃない」とあっさりと同意したので驚いた。
タッキーとベスは肩透かしを食らったかのようによろけたほどだった。
「じゃあ、決まりね」
タッキーが断を下すと、よくわからないまま幕が下りた。
*
大学祭での演奏は大成功だった。
まさかのアンコールを求められて舞い上がってしまった。
しかしアンコール曲は用意していなかったので、『ビフォー&アフター』を再演することにした。
すると、イントロを弾くなり歓声が上がった。
それで一気に頂点に駆け上がった。
ギターを背面に回して弾くアクロバティックなアクションを披露すると、ベスもベースギターをブンブン振り回しながら茶髪長髪を宙に暴れさせた。
タッキーはドラミング中にスティックを指先でクルンクルンと回すパフォーマンスを大げさに見せつけ、キーボーは座っていた椅子を蹴飛ばして立ったままで演奏を続けた。
右手の肘を鍵盤の左端から右端まで滑らすパフォーマンスも披露した。
キメの時が近づいた。
ベスに合図を送って同時に飛び上がり、同時に着地した。
その瞬間、ジャン♪ という音と共にポーズを決めると、ウォーという地響きのような歓声が会場から押し寄せてきた。
会場は総立ちだった。
誰もが紅潮した顔で声を発していた。
鳥肌が立った。
体の奥から経験したことのない快感が押し寄せてきた。
死んでもいい! と思えるほど気持ち良かった。
ステージ中央に4人で並び、手を繋いでその手を上に伸ばした。
そして、そのままの状態を保って90度体を折るようにお辞儀をすると、大きな歓声と拍手が起こった。
それはスターに対する反応のように思えて、痺れるような興奮に襲われた。
しかしそれはプレリュードでしかなかった。
顔を上げた途端、歓声はヒートアップし、アンコールを求める声が津波のように押し寄せてきたのだ。
もう我を忘れるほどだった。
しかしアンコールに応えられるノリのいい曲は残っていなかった。
アンコール、アンコールという合唱が続いたが、後ろ髪を引かれながらも控えのスペースに引っ込んだ。
それでも、アンコールを求める合唱はいつ終わるともなく続いた。
*
大学祭が終了して1週間後、3人に呼び出された。
「えっ、留年?」
余りのことに驚いたが、それを気にする様子はなく、3人はニヤッと笑った。
「このままバンドを解散するのは惜しいからね」
何事も無いようにタッキーが言うと、ベスとキーボーがペロッと舌を出した。
「まさか……」
その、まさかだった。
彼らはわざと単位を落として留年するというのだ。
そういえば、彼らが就職活動をしている様子を感じたことがなかった。
余りのことにポカンとしてしまったが、それにしてもこんなことをして大丈夫だろうか? と他人事ながら心配になった。
しかし彼らは平然としていた。
留年するのが当然というような顔をしているのだ。
何を考えているのだろうか? と呆れたがなんかバカバカしくなって笑ってしまった。
しかし彼らは笑わなかった。
それどころか真剣な表情になったベスがとんでもないことを言い出した。
「プロになろうぜ」
タッキーとキーボーの顔も真剣そのものだった。
3人はプロになる決意を固めていたのだ。
「プロって……」
戸惑いが首を横に振らせた。
イイ線いっているとは思っていた。
しかし、プロとして飯を食えるようになるかどうかは別問題だった。
自分達より上手なバンドは山ほどいるのだ。
しかし、レベルの高いバンドであっても、音楽活動の収入だけで生活できている奴はほとんどいない。
みんなアルバイトをしながら、ギリギリの生活の中でバンドを続けていた。
30歳になろうとするギタリストの話を聞いたことがある。
「音楽で飯を食える奴は一握りなんだよ。そんなに甘い世界じゃないぜ。演奏レベルが高ければ売れるというわけでもない。プラスαが必要なんだ。しかし、そのαがわからない。ルックスかも知れないし、そうでないかも知れない。単なるラッキーのような気もするし」
バーボンを煽りながら暗い表情になった。
「俺は女に食わしてもらっている。ヒモだよ、ヒモ。情けねえよな、本当に。もうすぐ30なのにさ」
嫌だ嫌だというふうに首を横に振って、またバーボンを煽った。
その時の彼の苦渋に満ちた顔を忘れることはなかった。
「プロになるのは簡単かもしれませんが、飯を食えるようになるのは大変だと聞いています。慎重に考えないと」
諭そうとしたが、彼らは取り合わなかった。
「挑戦だよ挑戦。今しかできない若さの特権だよ」
両肩を掴んだベスに何度も揺すられた。
「ジジイみたいなこと言ってたら人生終わっちゃうぜ。そう思わないか、スナッチ」
タッキーがスティックをクルンと回して先端をこちらに向けた。
「心配はわかるけど、一歩踏み出そうよ」
キーボーが口説き落とそうとしていた。
意識してうつむいた。
そのまま顔を上げなかった。
彼らの顔を見ると押し切られそうになると思ったからだ。
だから、うつむいたままの状態で自らに言い聞かせた。
人生を短絡的に考えてはいけない、後悔につながる早急な判断はしてはいけない、と。
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