『ル・リアン』 ~絆、それは奇跡を生み出す力!~

光り輝く未来

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須尚正(3)

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 1974年当時は歌謡曲全盛で、演歌の人気も高く、日本ではまだバンドによるヒット曲は少なかった。
 洋楽はソウル全盛で、これは参考にならなかった。
 やってみるとは言ったものの、すぐに壁にぶち当たった。一度も曲を作ったことがないのだから仕方がないと言えばそうなのだが、やっぱり無理でした、とは口が裂けても言いたくなかった。
 言えるはずがなかった。
 考えた末にキーボーに相談することにした。

 閑静な住宅地に建つ彼の家はモダンな洋館で、豪邸の多いこの辺りでもひと際目立っていた。
 家の敷地は百坪を優に超えていると思われた。
 家の周りには高い塀がめぐらされている上に、成人男子の背丈よりも高い鉄製の門扉もんぴが訪問者への威圧度を高めていた。
 気後れしながら恐る恐るインターホンを鳴らした。

 彼と母親が出迎えてくれた。
 コーヒーとケーキをご馳走になったあと、彼に案内されて地下に続く階段を下りた。

「オヤジが完全防音の地下室を作ってくれてさ、これなら音が漏れないからって」

 彼の父親は大手建設会社の重役だった。

「広いですね」

「うん、20畳はあるかな」

 その広さに驚いたが、それ以上に興味を惹かれるものがあった。
 キーボードが3台も置かれていたのだ。
 グランドピアノ、エレキピアノ、そして、シンセサイザー。
 加えて、立派なオーディオシステムと、多数のレコードが収められた大きな収納ボックスがあった。

「千枚近くあるかな」

 その中から1枚を取り出した。
 ビージーズのベストアルバムだった。

「彼らのメロディーとハーモニーがいいんだよね」

 プレーヤーにセットして針を落とすと、『マサチューセッツ』の歌声が流れ始めた。

「これなんだよ、これ。俺が求めているのは」

 彼は目を瞑り、ハミングをし始めた。

 ひとしきりビージーズの曲を聴いたあと、タイミングを見計らって本題を切り出した。
 しかし、明確な助言を得ることはできなかった。
「オリジナルとは内面から出てくるもので、他人のアドバイスによって引き出されるものではない」というようなことを言われてしまったのだ。
 それはその通りかもしれないが、初めて曲作りに挑戦する自分にはなんの参考にもならなかった。
 もっと具体的に教えて欲しいと頼みたかったが、同じ言葉しか返ってこないだろうと諦めて、引き下がることにした。

        *

 家に帰る足取りは重かった。
 なんの手掛かりも得られていないのだ。途方に暮れていた。

 自分の部屋に入って、キーボーが貸してくれたビージーズのベストアルバムとライヴアルバムの2枚を机の上に置いた。
 椅子に座って部屋を見回すとため息が出た。
 6畳の和室は彼の豪華な地下室と違って音楽を聴く環境からかけ離れているように思えた。
 それにステレオは安物のコンボだった。
 小さなスピーカーから出る音は彼の家で聞いた音とは雲泥うんでいの差があった。
 しかし、普通の会社の普通のサラリーマンを父に持つ息子としては今以上の贅沢は望めなかった。
 個室を与えられているだけでも恵まれているのだ。

 長男と双子の弟の3人で構成されたビージーズは憂いのあるメロディーとハーモニーが人気で、特に、長兄バリー・ギブのハスキーヴォイスとロビン・ギブのハイトーンのハーモニーが最高だった。
 中でもバリー・ギブの歌のうまさには参った。
 それに、歌の途中で「ハ~」というため息のような歌声が聴こえてきた時には正直言って痺れた。
 同じハスキーヴォイスの日本人演歌歌手が「は~」と歌えばコブシが回るが、バリー・ギブの「ハ~」は細かいビブラートがかかってなんとも言えないセクシーさを醸し出すのだ。
 ライヴアルバムに収められている1971年の全米ナンバーワンヒット曲『傷心の日々』で「ハ~」と歌った瞬間、若い女性の吐息を漏らすような歓声が会場のあちこちから聞こえてきたが、自分が女性でも同じように反応すると思った。

 2枚のアルバムを聴き終わると、キーボーがビージーズに痺れる理由がよくわかった。
 しかしビージーズ風では今までと何も変わらない。
 ビージーズを封印して新たな道を開かなければならないのだ。
 手さぐりで闇夜の中を歩くような日々が始まった。

        *

 1週間後、何気なくラジオを聞いている時だった、その曲に出会ったのは。
『氷の世界』
 井上陽水の曲だった。
 衝撃を受けた。
 パンチの効いた歌声に痺れた。
『傘がない』や『夢の中へ』は知っていたが、それとはまったく違う迫力に圧倒された。
「この曲が収録されたアルバムは日本初のミリオンセラーを記録しています」とディスクジョッキーが紹介していたが、そのことが大納得できる歌だった。

 これだ! と思うと居ても立ってもいられず、レコードショップへ急いだ。
 そして、アルバムを買って、キーボーの家へ向かった。

        *

「哀愁のあるマイナーのフォークロックってどうでしょうか」

「う~ん、どうかな……」

 キーボーは大きなスピーカーから流れる『氷の世界』を聴きながら考えているようだったが、曲が終わった時、「スナッチがやりたいと思ったら、それをやればいいんじゃないの」と控えめではあったが背中を押してくれた。

 家に帰って、すぐに作曲に取り掛かった。
 ギターで色々なコードを押さえながら鼻歌でメロディーを探した。
 そして、気に入ったメロディーが浮かぶとラジカセに吹き込んだ。
 それを何回か繰り返して、特に気に入ったメロディーを繋ぎ合わせた。
 すると、なんとか形になってきた。
 それを更にブラッシュアップさせて哀愁のあるマイナーのフォークロックへと仕上げていった。

 メロディーが固まると、あとから歌詞をつけた。
 失恋を機にまったく別の人間に変わっていく男のさまを描いた。
 結構いい詩が書けたと思ったので、すぐにラジカセに吹き込んで聴き直した。
 悪くなかった。
 初めてとしては上々だと思った。

 よし、これでOK。

 悦にってカセットを取り出し、ラベルに曲名を書き込んだ。

        *

 翌日、ギターと歌詞カードを持ってキーボーの家に行き、弾き語りで彼に聞かせた。
 彼は両手を組んだ上に顎を乗せて真剣に聴いていた。
 気に入ってくれたかどうかはわからなかったが、足でリズムを取っていたので、駄目出しされることはなさそうだった。

 歌い終わると、キーボーが右手の親指を立てた。
 気に入ってくれたようだ。
 ほっとしていると、彼が立ち上がってマイクスタンドを立てた。

「もう1回歌ってみて」

 ギターを繋いだアンプの前にもマイクを置き、オープンリールデッキを回し始めた。
 弾き語りで歌うと、「しばらく時間をくれるか?」と言って意味深な笑みを浮かべた。

        *

 3日後、「ギターを持って家に来て欲しい」と彼から電話があった。
 急いで行くと、お母さんが出迎えてくれて地下室まで案内してくれた。
 彼はヘッドフォンをしたまま何かの作業に夢中になっていた。
 その作業が終わるまで黙ってじっと待った。

 彼が顔を上げた。
 ヘッドフォンを外して手を上げたあと、オープンリールを回し始めた。
 すると聞き覚えのある曲が流れてきた。
 しかもちゃんとした合奏になっていた。
 彼は多重録音をしていたのだ。
 ピアノをバックに歌ったあと、シンセサイザーでベース音を被せ、それに、リズムボックスの音を入れ込んでいた。

「少しだけメロディーと歌詞をいじったけどカンベンな」

 頷くと、「4トラックだから、もう一つ音を入れられるんだ」と言って、アンプの前にマイクを置いた。
 ギターをアンプに繋いで、スピーカーから流れてくる演奏に合わせて弾けと言う。
 また頷いて、ギター・ソロと歌のバッキングを重ねると、一発でOKがでた。

「さあ、どれどれ」

 彼はヘッドフォンを耳に当てて、録音レベルの調整を始めた。

「よし!」

 再生ボタンを押した。
 ギターのイントロに続いて歌が聞こえてきた。

「いいね!」

 彼が親指を立てた。
 その完成度に驚いた。
 歌と楽器のバランスが最高なのだ。
 まるでプロのレコードのように聞こえた。

 キーボーは凄い! 

 思わず指を立て返した。

「明日、タッキーとベスに聞かせよう」

 彼はオープンリールからカセットテープにダビングを始めた。

        *

「なんていう曲?」

 ラジカセから流れる新曲を聞き終わったタッキーがこっちを見た。

「ビフォー&アフター」

「前と後か……」

「日本語で言わないでください!」

 顔をしかめると、ごめんごめんと右手を立てたが、すぐに「これ、いいじゃん」と言ってベスに顔を向けた。
 ベスはご機嫌な調子で「今年の大学祭で演奏しようよ」と言ってキーボーに顔を向けた。
 キーボーは異議なしというように大きく頷いた。

 6月に向けて練習が始まった。
 メンバーは変化を楽しんでいた。
 今までと違う曲が1曲加わっただけで、こんなにも大きなインパクトがあるとは思わなかった。
 熱に浮かれるように練習に没頭したせいか、演奏レベルは飛躍的に上がっていった。

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