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対貴族令嬢 案件
令嬢第三事例 報告5
しおりを挟むアンジェラは突然現れた見知らぬ令嬢に、驚きを一生懸命隠した様子で返事する。
「はい……?」
「わたくし、ジェシカ様の血縁の者ですの」
血縁と聞き、急に顔をしかめるアンジェラ。すぐに涼しい表情に戻ったが、心持ち警戒をしているようにも受け取れる。冷静を保とうとしているのか、ゆっくりとした口調になった。
「何かおありですか? わたくし、ジェシカ様とはあまりかかわりがないもので」
「関りが無い? とんでもございません。……わたくし、失礼ながらアンジェラ様がナタリーさんをいじめているのではないかと思いまして、個人的に後を付けさせていただいたのです。そして、実際にいじめの現場を見かけました」
「……見間違いではないですか?」
涼しい顔をしていたアンジェラだが、さすがにいじめの行為を目撃されてしまっては動揺を隠せないようだ。やや口元がひくひくとしている。血縁の者に見つかってしまっては、自分は逃げ場がないだろう。訴えられると思ったのか、ややアンジェラは身構え始めた。
そして、本来ならここで私が血縁の者として謝罪と行動の停止を願うのだろうが、今の流れはこれからの序章に当たる演技でしかない。
ーー本題に入る。
「アンジェラ様、ご安心ください。わたくし、アンジェラ様の仲間になりに来たのです」
「は……?!」
予想外の言葉に驚きを隠せず、思わず表情に出てしまったアンジェラ。目を見開いている。しかし、そんな様子は想定内のため、気にすることもなく私は話を続けた。
「私もジェシカ様には家の関係で散々嫌な目に遭いました。ご本人は自覚はないかもしれませんが、私のような端の物が被害を被ることが多いのです。もう堪忍袋の緒が切れました。アンジェラ様に協力したいのですが、仲間に入れていただけませんか?」
初対面の令嬢に対し、本題を単刀直入に言い過ぎたようだ。本来は遠回しに色々言うのだろうが、善は急げである。
背後からは「単刀直入すぎるわ馬鹿者!」とリンデンが私の背中をドスドスと蹴っているが、気にしない。
唐突なお願いにアンジェラは困惑して、何やら必死に考えている様子だ。あまりに悩んでいる様子のアンジェラに、自分でも少し無理があったかなと不安に感じていると……
事情を察してくれたらしい。私の真摯に話す姿からは騙しているようには思えなかったようで、私を少し警戒しながらも、ひとまず受け入れてくれた。
「……詳しく話を聞きましょう」
私も演技が上手くなったものだ。
ーー翌朝、私はアンジェラ様の取り巻きとして、加わることに見事成功した。
と言っても、基本的にはいじめの現場でのお手伝いという形で動くことになる。
手始めに、変な置物をナタリーの前に気づかれることなく置くことを迫られた。
多少戸惑うのかと思いきや、意外にもすんなりと置物を置いた私。アンジェラは一気にして警戒心が消えたらしい。最初の行動を境に、親密度が高くなってきたのだった。
さらに、取り巻きの2人も、いかに巧妙に仕込むかなどの作戦を立てていた時の、私の斬新な意見が気に入ったらしく、次第に仲良くしてくれるようになった。
◇◇◇◇◇◇
ーーそして、ある日、私はついに行動に移した。
いつも通り、ナタリーへのいじめを行った。ただ、今回はいつもと違う。
ナタリーに水をかけるという所業に出ることにしたのだ。
「いくら何でもそんなこと……」
取り巻きの2人は、さすがに酷いと思ったのか、止めようとしてくれている。水を使うなど、証拠が残る懸念があるのも心配の一つだろう。
しかし、ジェシカへの恨みが強いと思われているのもあるのか、私への信頼の厚いアンジェラは私のことを信用しているらしい。擁護してくれた。
「まあ、いいじゃないの。あなたのことだから証拠が残らない良い方法があるのよね?」
「はい、勿論です」
私の自信ありげの表情を見て安心したらしく、アンジェラは「あなたに任すわ」と言った。
--それを聞いて私は”言質を取った”と心の中でニヤリと笑う。
「水など、庭の水やりをしていましたなど、何かしらをしている理由は言えますから。それよりも、ぜひアンジェラ様に協力していただきたいことがあるのです。」
「私に協力?」
「はい、少し大掛かりになり、人が足りないのでぜひともアンジェラ様にお手伝いいただきたいのです。なに、大したことではございません。」
そして、様々な準備が整った数日後、私と3人の令嬢は最終チェックを行っていた。
事前に私の計画を聞いて、少し規模が大きいのを警戒したらしく、珍しく戸惑いを見せたアンジェラではあった。
「このレベルのいじめを行えば、きっとジェシカ様の信頼は一気にガタ落ちます。そうすれば、迷うクリス殿下の一押しになるでしょう。」
私がこう述べると、アンジェラは確かにと頷いて、私の行動を許可してくれる。今は積極的に手伝いにも、動いてくれている。私の演技力高さにも困ったものだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「アンジェラ様ー! そちらのご準備はいかがですか?」
私が声を掛けると、噴水の辺りで滑車の紐を切る体制をとっているアンジェラの姿があった。
今回の仕掛けは簡単に言うと、ナタリーにバケツの水をかけるという酷いいじめである。
水の入ったバケツが木の上に仕掛けられており、そこから繋がっている紐をアンジェラが噴水付近で切ると、木の上に仕掛けられたバケツが滑車の構造を利用して傾き、水が零れるという仕組みになっている。
これならば少し離れたところで、バレることなく水をかけることが出来るのだ。
今は紐で引っ張られ、バケツの水が傾くことはないが、ナタリーを噴水広場にある木の下に呼び出した後に紐を切れば、あら不思議。ナタリーはずぶ濡れになるのである。
我ながら物凄く酷い方法を思いついたなと感心する。ただ、悪役救済部のくせに悪役のようなことをしている自分に少し罪悪感を感じるのであった……
アンジェラはバレないようナタリーが来る予定の木から、高い植木を挟んで反対側に待機している。二人の取り巻きはナタリーやほかの生徒の監視をするために少し離れた場所で見守る。当の私はバケツが設置してある木の上で、アンジェラに紐を切るタイミングを伝えるのが役割だ。
そしてついに……計画通りに木の下に向かってナタリーがやってきた。
事前に匿名で呼び出しをしておいたのだ。
何も知らないナタリーは木の下に疑いもなく立つ。
そのタイミングで私が合図をすると……
アンジェラによって紐が切られる。
ーー傾いたバケツから勢い良く水が落ち……ナタリーは見事に水をかぶってしまった。
ついに作戦が成功し喜ぶアンジェラ……のはずだったが、その顔はみるみるうちに血の気が無くなるのであった。
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