1 / 19
エバミールのまどろみ
しおりを挟むねえ ねえ センセー。
俺が側にいるからさ。
頼むからアルコールで死んだように寝ないでくれよ。
ねえ ねえ 先生。
その小さなヤツ、飲んだらよく寝れるんだろ?
原稿をくしゃくしゃにしたまま突っ伏さないでよ。
オレは先生の髪を爪に引っ掻け撫でるように話しかける。
「春先だからってうるせぇな、しゃらく」
オレをしゃらくと先生は呼ぶ。洋種と和種っぽいだろ?と。
冬の夜中に、Tシャツとコートにサンダルをはいて、猫じゃらしみたいな、雲みたいな細いのを口から吐いて指元の火を見ながら、ボサボサ頭は言ったんだ。
コートの中に入れられて、
人間とはオレたちみたいになまぬるく、とくとくと動くんだと知った。
しゃらくは英語と、日本人の画家なんだと、先生と呼ばれた男、この、机で突っ伏した男は言ったことがある。
オレが餌を求めて哭けば、「腹減ったのかしゃらく、」やら、「うるさいしゃらっぷ」だの、低い声で言うこの人間は、しかしたまに水で体を洗い流してくれるし、一緒に寝てくれる。
家族がいないオレには、初めての布団だった。たまに出ている羽で遊ぶと怒られる。
「目は青っぽいのに黒くて尻尾は短いのな、お前。モテなかっただろ」
と笑った先生に、
「うるせぇんだよ、お前だってひとりみじゃん」
と引っ掻く。大体は「はいはい」と撫でられるのが癪だ。
さっきまで泣いてたこいつの髪で遊んでみる。異常に泣いていた。しかし人間はどうやら、猫のように声を出しては哭かないらしい。
そう言えば先生、昨日朝方出て行った、猫のように泣く女はどこに行ったんだい?あれからずっと、あんた、静かだったけど。
「俺にも家族が欲しいよしゃらく。お前はどうだい?」
と、溜め息を吐いて紙に字を書き、くしゃくしゃに丸めたあんたには、到底家族なんて出来ないなと思ったよ。
…それにしても起きないしマタタビ臭いな。
近寄りたくないがなんだ、オレがその顔引っ掻いたら起きてくれる?いい加減布団で寝たいんだけど、先生。
そうして先生の顔をバシバシやってたら、先生が伸ばしていた右手の空き瓶が転がてしまった。中身は全部、こいつがさっき食ってた。そんなんで腹一杯になるのか、美味いのかなって、
コートの中に入れられた時の、腕の中で感じた肉付きの悪さを思い出した。あのごつごつとした心臓あたり。
けどね、それ、鼓動が眠くなるようで、好きなんだよ。先生。
いつもならこの机に乗ったら怒るのに、空き瓶を転がしても起きてくれない。
先生、疲れたのか。
あれからずっと、カリカリカリカリ、何か空気を眺めたりしながら、手を動かしてたもんな。
「締め切り間に合わない」
とか言ってな。最高の物語を書くって、数日意気込んでたもんな。
痺れを切らして先生の、首筋のシャツに頭を突っ込んでやった。背中が見える。電気はちょっと、薄くなるけど、トンネルみたいだ。
先生、今日は少し、鼓動がゆっくりだね。人間はそんな日、あるんだね。少し身体も冷たいね。
怒らないんだね、先生。
なんだよ、つまんねぇな。
「先生腹減ったよ、マジで」
けど動かない。なんだよ、本当に腹減ったんだよ。
頭を出して顔を覗いてみる。
瞼、腫れてんじゃん。
てか、やっぱり日の光を浴びないからじゃないの?少しむくんだね。
「うるせぇなぁ、しゃらく」
低くゆっくり言うときの、
あの、暖かい気持ちになる垂れた目元や上がった口元と違う。もう少し、硬いなあ。
「ホントにどうしたんだよ先生。
なんだよ、女にフラれたくらいで。元気出せよ」
家族ならいるじゃないか。
「愛されたいなぁ」とか言うけどさ。
オレ、あんたの暖かさ、好きだよ。なのになんだよ。今日は構ってくれないの?まだ飯も食ってないよ?
仕方ないなぁ。
開きっぱなしで部屋が寒い。外へ、出ていって。
とりあえず飯を探そうかな、先生と出会ったあの辺りで。
それでも起きないなら、オレは最近ちょっとムラムラしてるし、女の子とイイコトしてきちゃうかもしれないよ?先生が言うとおり、あんたと同い年くらいで若い男だもん、オレだってさ。
それでも起きなかったら。
先生、昼寝の時間は終わったんじゃないの?
ねえ、本当に知らないよ?布切れ一枚で寒そうだし、病気になっても知らないよ?
ずっとオレが声を掛けても目が開かない。
「うるせぇ、腹減ったのかしゃらく」が聞こえない。
一人でずっと、あそこにいたときに降ってきた低い声がない。どうして?オレはこんなに高い声で泣けるんだよ、先生。
まぁ、じゃぁ散歩してくるよ。
夜の街は寒いけど。暗闇に紛れるように、歩いてみるよ。
風にあの丸めた紙がゆらゆらと、木の地面でそよいでる。
風が吹く方へ歩いていく。いつも先生が煙を吹かす場所。
「これは猫じゃらしじゃねぇよ、タバコだよ」
そう言った場所。ちょっと高いんだ。でもまぁ、煙は白いから上に登るけど、オレは黒いから下に着地出来るんだ。
足場から、草むらへ。
ひんやりと少し湿った土と草。生まれた場所、こんなんだったかも知れねぇなと。
綺麗で静かな月に、柄になく黄昏て微睡みながら、取り敢えず、何か食べようと歩き出した。
0
あなたにおすすめの小説
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
