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火蓋
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歳も暮れ、年末の忙しさも落ち着きを見せ始めていた、大晦日。
寺のわりにはこれと言って忙しくもご利益もない條徳寺では毎年通り、朝から大掃除が始まった。
日中はとても忙しい。朝から朱鷺貴と翡翠は餅を飾ったりなんだりとやらされたが、それも昼頃になれば落ち着いてしまっていた。
漸く二人で部屋に戻ってきては、「まずは線香かな」と朱鷺貴は仏壇の前に座り、一人手を合わせる。
今年もまた終わります。来年も家内安全、宜しくお願い致します。
朱鷺貴は毎年、これを言うことに決めていた。
ふう、とそれだけしか言うこともなく、「はい、次お前」と翡翠を振り返れば、部屋に帰ってきたばかりだというのに仕事をしようというのか、お守り袋を大量に入れた箱に手を伸ばしていた。
「あら、早かったですねぇ」
「まあ、言うことは毎年変わらないからな。あとはまぁ、この後もあるし」
「そうですか」
そう言われると翡翠は一息を吐き、仏壇の前を朱鷺貴と入れ変わって線香に火をつける。
何か言わねばならないものなのかとふと思ったが、案外言うことは思い浮かばないものだった。
線香をあげ申し訳程度に手をパンパンとするのみだった翡翠があっさりしていたので、「ちゃんと挨拶したのか?」と聞きながら朱鷺貴も箱に手を伸ばす。
「あっ」
「なんだ」
「餅、飾る言うてませんでしたっけ」
「あー、うーん」
貰ってきましょうか、沢山ありますよと言う翡翠に、「いや、ダメダメ」と朱鷺貴は制する。
「え?」
「今年は忙しかったし俺も気付いたんだが日もなかったんでやめておいた。残念だけど両親たちには来年、腹持ち悪く過ごしてもらおうと思う」
「…え?なんや?」
「…いまのは渾身の冗談だから笑い飛ばしてくれ」
間があってから、気まずくなりいそいそと朱鷺貴はお守りに呪符を詰めていく。
しかしふと、「そりゃぁ少々ひもじくないかえ?」と真面目なように言う翡翠は疑問そうに首を傾げていた。
「ん?」
「いやぁ、したら来年やろ?」
「うんまぁそうなるねぇ」
「ええのん?」
「…お供え物を本当に食ってる先祖は多分いないと思う」
「まぁそうやろうけど」
「…あ、餅はなぁ、31は飾っちゃダメなんだよ」
「…そうなん?」
「うん。一夜飾りと言ってな。縁起が悪いんだよ。30日まで飾る、が正しい」
「へぇえ、初めて知ったわ」
縁起悪いんやね、と、そこには何故か納得したらしい翡翠も側に来てお守り袋を閉め始める。
師走に入ってからの翡翠の内職だった。来年分なんだそうだ。今年は寺に来た人も例年より多かったため、追加で作るらしい。
「トキさんは夜も忙しいんやろ、今日は」
「んー、いやあと行事はジジイの付き添いに堂へ行くだけかな。鐘はテキトーに参拝客がつくだろうし。一度くらいは火の見張りがまわってくるくらいで」
「火の見張り?」
「夕方から。お守りと、あと遺品を焚き上げんだよ毎年」
「こんなところでやったら火事になりそうやね」
また、黙々と始める。
「んーあぁそうだ。年越したらこれは即効売り飛ばしに出ないと」
「気になってたんやけどこの寺って何のご利益があるん?」
「家内安全ってことにしてある」
「へぇ」
また、黙々と始める。
時には朱鷺貴の呪符が追い付かなく、「トキさん終わりましたえ」なんて翡翠が言うので丁度字も覚えたしと「一回変わって」と、時間調整をしながら。
「…これってわてが書いて意味あるんですか?」
「俺が書いても大して意味ないから」
「んー、まぁそうやね」
「翡翠、これ“徳”の字間違ってるから却下」
「なんや字ぃって書いとると頭狂いそうやね。どないな字やったっけ」
「下の“心”は一本足して」
「えぇえ~、ええやん男は下三本やねんな。一本足したらどないしてええかわからへんねんどこに足せっちゅーねん、」
「うるさいやれやコラ」
「いやホンマにホンマに。どう書いたっけ変わってトキさん」
「お前今日は鐘を撞いてこいよな!バカ!」
要するに。
相当暇だった。
なかなか落差が極端である。
「あぁそうそう。お前さ、この後読み上げ来たらどうだ?」
「んん?」
「ジジイが墓の戒名全部読む。そうして〆るんだよ。俺は坊主枠だがお前は遺族枠で」
「そんなんやるんや、行かへん」
「え、ホンマに?」
「寝る自信がある」
「…あぁね、うんそうだね。まぁ今お参りしたしね、いいかもね。その間どーすんの」
「寝てる」
「かわらんなぁそれ。まぁ久々にのんびりしてるからいーけどさ。
…あれから眠れてるのか翡翠」
事は深刻そうな声色で聞いてくるのだから手も止まるものだ。
「あぁ、ええ。甲斐甲斐しくも坊さんが側にいるので」
「まぁな、部屋一緒だからね」
「まぁ、そうですねえ」
作業を再開する。
聞くがそんなに気にしてはいなさそうな態度を取るのが、正直互いに助かってはいる。
「来年はまた新しく、生まれ変われることを願いましょうね」
「生まれ変わるとは…良いな。考えたことがなかったよ」
チマチマ、チマチマと続けていれば漸く箱の残りが完成した。
手が痛いなと一息吐いた頃、「ええかい?」と幹斎が朱鷺貴を呼びに来た。
「見ろジジイ終わったぞ」
「えぇ、ホンマかいな?流石二人いると違うな。毎年お前は年越しだもんな」
さぁ行くかと朱鷺貴の袈裟を翡翠が結んでやれば、やはり「お前も来るか翡翠」と幹斎にも言われた。
「いぇ、いいですあんさんの経は寝てまいますから」
「同じこと言いよるな、まええわ」
そうして大晦日は過ぎていく。
寺のわりにはこれと言って忙しくもご利益もない條徳寺では毎年通り、朝から大掃除が始まった。
日中はとても忙しい。朝から朱鷺貴と翡翠は餅を飾ったりなんだりとやらされたが、それも昼頃になれば落ち着いてしまっていた。
漸く二人で部屋に戻ってきては、「まずは線香かな」と朱鷺貴は仏壇の前に座り、一人手を合わせる。
今年もまた終わります。来年も家内安全、宜しくお願い致します。
朱鷺貴は毎年、これを言うことに決めていた。
ふう、とそれだけしか言うこともなく、「はい、次お前」と翡翠を振り返れば、部屋に帰ってきたばかりだというのに仕事をしようというのか、お守り袋を大量に入れた箱に手を伸ばしていた。
「あら、早かったですねぇ」
「まあ、言うことは毎年変わらないからな。あとはまぁ、この後もあるし」
「そうですか」
そう言われると翡翠は一息を吐き、仏壇の前を朱鷺貴と入れ変わって線香に火をつける。
何か言わねばならないものなのかとふと思ったが、案外言うことは思い浮かばないものだった。
線香をあげ申し訳程度に手をパンパンとするのみだった翡翠があっさりしていたので、「ちゃんと挨拶したのか?」と聞きながら朱鷺貴も箱に手を伸ばす。
「あっ」
「なんだ」
「餅、飾る言うてませんでしたっけ」
「あー、うーん」
貰ってきましょうか、沢山ありますよと言う翡翠に、「いや、ダメダメ」と朱鷺貴は制する。
「え?」
「今年は忙しかったし俺も気付いたんだが日もなかったんでやめておいた。残念だけど両親たちには来年、腹持ち悪く過ごしてもらおうと思う」
「…え?なんや?」
「…いまのは渾身の冗談だから笑い飛ばしてくれ」
間があってから、気まずくなりいそいそと朱鷺貴はお守りに呪符を詰めていく。
しかしふと、「そりゃぁ少々ひもじくないかえ?」と真面目なように言う翡翠は疑問そうに首を傾げていた。
「ん?」
「いやぁ、したら来年やろ?」
「うんまぁそうなるねぇ」
「ええのん?」
「…お供え物を本当に食ってる先祖は多分いないと思う」
「まぁそうやろうけど」
「…あ、餅はなぁ、31は飾っちゃダメなんだよ」
「…そうなん?」
「うん。一夜飾りと言ってな。縁起が悪いんだよ。30日まで飾る、が正しい」
「へぇえ、初めて知ったわ」
縁起悪いんやね、と、そこには何故か納得したらしい翡翠も側に来てお守り袋を閉め始める。
師走に入ってからの翡翠の内職だった。来年分なんだそうだ。今年は寺に来た人も例年より多かったため、追加で作るらしい。
「トキさんは夜も忙しいんやろ、今日は」
「んー、いやあと行事はジジイの付き添いに堂へ行くだけかな。鐘はテキトーに参拝客がつくだろうし。一度くらいは火の見張りがまわってくるくらいで」
「火の見張り?」
「夕方から。お守りと、あと遺品を焚き上げんだよ毎年」
「こんなところでやったら火事になりそうやね」
また、黙々と始める。
「んーあぁそうだ。年越したらこれは即効売り飛ばしに出ないと」
「気になってたんやけどこの寺って何のご利益があるん?」
「家内安全ってことにしてある」
「へぇ」
また、黙々と始める。
時には朱鷺貴の呪符が追い付かなく、「トキさん終わりましたえ」なんて翡翠が言うので丁度字も覚えたしと「一回変わって」と、時間調整をしながら。
「…これってわてが書いて意味あるんですか?」
「俺が書いても大して意味ないから」
「んー、まぁそうやね」
「翡翠、これ“徳”の字間違ってるから却下」
「なんや字ぃって書いとると頭狂いそうやね。どないな字やったっけ」
「下の“心”は一本足して」
「えぇえ~、ええやん男は下三本やねんな。一本足したらどないしてええかわからへんねんどこに足せっちゅーねん、」
「うるさいやれやコラ」
「いやホンマにホンマに。どう書いたっけ変わってトキさん」
「お前今日は鐘を撞いてこいよな!バカ!」
要するに。
相当暇だった。
なかなか落差が極端である。
「あぁそうそう。お前さ、この後読み上げ来たらどうだ?」
「んん?」
「ジジイが墓の戒名全部読む。そうして〆るんだよ。俺は坊主枠だがお前は遺族枠で」
「そんなんやるんや、行かへん」
「え、ホンマに?」
「寝る自信がある」
「…あぁね、うんそうだね。まぁ今お参りしたしね、いいかもね。その間どーすんの」
「寝てる」
「かわらんなぁそれ。まぁ久々にのんびりしてるからいーけどさ。
…あれから眠れてるのか翡翠」
事は深刻そうな声色で聞いてくるのだから手も止まるものだ。
「あぁ、ええ。甲斐甲斐しくも坊さんが側にいるので」
「まぁな、部屋一緒だからね」
「まぁ、そうですねえ」
作業を再開する。
聞くがそんなに気にしてはいなさそうな態度を取るのが、正直互いに助かってはいる。
「来年はまた新しく、生まれ変われることを願いましょうね」
「生まれ変わるとは…良いな。考えたことがなかったよ」
チマチマ、チマチマと続けていれば漸く箱の残りが完成した。
手が痛いなと一息吐いた頃、「ええかい?」と幹斎が朱鷺貴を呼びに来た。
「見ろジジイ終わったぞ」
「えぇ、ホンマかいな?流石二人いると違うな。毎年お前は年越しだもんな」
さぁ行くかと朱鷺貴の袈裟を翡翠が結んでやれば、やはり「お前も来るか翡翠」と幹斎にも言われた。
「いぇ、いいですあんさんの経は寝てまいますから」
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そうして大晦日は過ぎていく。
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