Get So Hell? 2nd!

二色燕𠀋

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火蓋

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 元旦も前、年を越えた夜中のうちにお守りを売りに出したが、例年より売れ行きがよかった。

「…あれは果たしてええんやろか朱鷺貴殿」

 呆れたように壮士がそう漏らした視線の先では、売り子よろしく翡翠が手当たり次第にお守りを引っ提げ参拝客相手に「如何どすかぁ?家内安全やで~」と積極的に営業をしていた。

 また、そう言いながら客にお守りを握らせ「5文です」とやってしまっているのだから、そりゃぁ毎年より売れてしまうのだ。

「…小姓たちすら唖然として…ほら、あちらなんかではいま悠禅、金を落としましたえ。こういうんは初めてでんなぁ…」
「……まぁでも、買う方も買う方なんでこちらとしては利益が出るし良いんじゃないですか」

 108の鐘を鳴らしている最中なのだからしょうもない。

「…生まれが商家らしいです、あいつ。なんというかこんなときに出るもんなんですな…」
「どうせ108人も来ないやろうし、参拝さん切れたらあん子には鐘を鳴らしてもらいましょうや、ついでにあんさんも鳴らして来ぃや…」
「それは毎年なんで全然ご利益も感じませんな。あいつに二回頼むことにします」

 寒いし暇だなぁ、と手を暖めた翡翠の先にぼんやりと、見覚えのあるチリ毛の長身が目に入った。

「げっ、坂本さん」
「おーきにぃ。なんや商売繁盛でんなえっと…」

 名前を忘れられた翡翠はお守りも渡さず「はぁどうも」と、一人愛想を失くして立ち尽くした。

「国抜けした聞きましたが京におったんですか」
「あぁそりゃぁ大声で言わんといてーな」

 そのわりにはえっへっへと笑う坂本が見る方に朱鷺貴がいるのだろうとわかった翡翠は「はいな、」とお守りを3つ握らせる。

「……まぁ、18文で」

 橋渡しを思い出し、少しぼった。

「…ははは、あんさんはあの外道とは違うて、なんや優男じゃなぁ。はいな18文」
「あの外道とは最早人種が違いますから。一緒にせんといて下さいな」
「うんうん、そんじゃあまぁ、帰るよ」

 鐘も鳴らさずに去ろうとする坂本に一応、「明けましてな」と声を掛ければ「明けましてな、まだ明けちょらんけど!」と後ろ手を振ったのだった。

 ちらっと朱鷺貴を見ればふむ、と言いたげに腕を組んでいるのだから、しゃーないなと翡翠は軽く手を振って営業を再開する。

 何回鳴ったかは数えていなかったが、最後尾が10人近くになったとき、火の元にいた幹斎が朱鷺貴や寺坊主たちにちらっと視線を送り始めたのでやはりな、108人など来なかったかと、まず朱鷺貴は翡翠に顎で「並べ」と指示する。

 それを見た幹斎が掌に人差し指を見せているので6人か、でもまぁ案外来たもんだなと「並ぶかぁ…」と、朱鷺貴も次に並ぶことにした。

 営業をやめた翡翠は「108人に満たないのですか?」と直球に聞いた。

「まぁ今年は来た方で…」

 しかしふと、そんな時に門から二人ほど、如何にも着物も上等そうな刀を下げた武士が入ってきた。
 二人のうちの一人が特に酔ってそうで、そもそも土器を持っていた。
 翡翠は「ん?」と、どこかで見覚えがあるような気がした。

「あの人…気のせいやろか、なんだか覚えが…」
「ん?」

 朱鷺貴も振り向いた瞬間だった。酔ってそうな方と目が合い、彼も一瞬間があったがすぐにこちらを指差し何かを言っている。やはり会ったことがあるらしいなと思えば「あんたら江戸の坊主か、」と歩いてきては並んだ。

 あと二人。

 側に寄られて思い出した。

「あっ!善福寺の時の!」

 思い出す。
 確か…五月塾のあたりで会った。
 翡翠に「娑婆シャバのもんじゃねえな」と、言った浪人だ。

「…まさかここの坊さんだったのか」
「ええはぁ、」

 言っているうちにあっという間に番が回ってきて、まずは翡翠が鳴らし、朱鷺貴が鳴らし、二人が鳴らし。

 外れた場所で「なるほどな」と、酒瓶を持った男が「明けまして」とまずは言ってから、

「どうだ、升はあるだろ」

 だなんて、まるで108の煩悩に意味があったのか、いや、御神酒というやつかと思っていれば「芋だけど」と土器を翳してくる。

「芋?」
「あぁ薩摩さつまのな」

 もう一人の、こちらもどこか、なんとなく覇気を感じるが目立たない着物を着た方も、良く見れば赤ら顔で「珍しいな」と派手な男に言う。

「坊さん…?に知り合いなんて」
「なーに言ってんだ玄瑞、医者とも知り合いだ僕ぁ、」

 うん、完璧に酔っているなと二人が思った最中に「もし、」と、珍しく幹斎も火元から現れた。

「明けまして。
 もしや御仁ら、吉田さんとこのお弟子さんかね」
「ああ、南條幹斎殿。お初にお目にかかりますかな。長州の高杉たかすぎ晋作しんさくと申します」
「同じく、久坂くさか玄瑞げんずいと申します」
「本日はぁ、知人からご利益のある寺があると聞き及んで参りましたが」

 にやっと笑った高杉の顔には曇りがないが、何かを察したのか、朱鷺貴が少し表情を曇らせた。
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