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菖蒲の盛りに
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さて、そろそろ二人が寺を出て行こうかという夕方近く、街ではそろそろ前夜祭を待つ者達が沢山いるだろう、條徳寺でも小姓達なんかがそわそわとしている。
だが、事情を知る朱鷺貴と翡翠は…楽しい気分ではなく、そわそわしていた。
「朱鷺貴殿…」
そんな中、不安そうな表情の小姓が一人、部屋を訪れ開口一番、「悠禅が…」と言った。
悠禅を知らぬ坂本と桂は互いに挨拶もせず出て行ったが、朱鷺貴も翡翠も気まずく黙った。悠禅は、少し前に壬生寺へ出した小姓だ。
もしかしてと、見送りを体にし朱鷺貴も翡翠も玄関口へ出たが、悠禅は息を切らしている様子。
確かに今日は、暑い。壬生寺からの距離を考えても自然そうなのだろうが、様子としてはまるで慌て…走ってきたかのように両膝に手を当て前のめりだ。
一目で、急用だとわかる。
「…悠禅さん、」
「あ、あの…お、お二人、に」
翡翠はまず悠禅を支えるように手を貸し「まずは座って、お茶…水…を用意して…」とぼやけば一人の茶組坊主が「わかりました!」と走って行く。
「…根を上げ帰ってきた様子でも、ないようだな…」
取り敢えず翡翠が石段に座らせた悠禅に、我ながらつまらないことを言っているとはわかっている。
だが、奴らの背が門から出て、水が運ばれてから「どうした」と、朱鷺貴は単刀直入に聞いた。
「はい…」
水を一気に飲んだ悠禅が口を開く、「あれは、坂本さんでしたよね」と。
「ああ。数日ここへ置いていたんだが…」
「朱鷺貴さん、大変です。今行ったら」
「壬生浪か。
…少しだけ当人達から」
「あの人達、京を焼く気だ、京から、怪しい…店を虱潰しに」
「…壬生浪が?」
「はい、あの、」
矢継ぎ早、少し呼吸も荒い悠禅の背をさすりながら「落ち着いてくださいね」と翡翠が気遣う。
「…坊主には関係ないのかもしれない、でも、寺は壬生浪を怖がっている、誰もなにも言えないから、国を守るんだと言い聞かせて…あれは、根深い」
「…坂本から軽くは聞いた。どうも、壬生浪や見廻り組が追っている吉田稔麿という男は御所を…どういう理屈かは知らないが」
「吉田の懐に、壬生浪が潜り込みました。吉田は…お偉いさんを殺そうとしている」
「なるほど」
「…壬生浪には優秀な間者がいます。概ねを把握しているようで今夜、祭りに乗じて先回りし、踏み入ろうとしているんですが…やり口は、恐らく問答無用で切り込むと」
…それは。
確か、例の会合の場は四国屋だの、池田屋だのと…。
「民間の店に切り込むというのか、」
「それだけじゃありません…ここ数日彼らは夜、どこかへ出向きボヤ騒ぎが起こっている、それに火消しが出動する事態で…。
今夜のは確証、店を把握したらしく、祇園の裏で」
…出世したと聞いたが、それでは…何が違うというのか、その、“吉田稔麿”と…。
「……」
それが本当なのであれば。
素直に喜べない…これは“穢れ”の概念だ。
朱鷺貴は彼らが去った門を眺める。お尋ね者と朝敵だ。
…似て非なり、非である彼らの今見た表情と今朝の話と。
朱鷺貴はつい立ち上がってしまったがやはり、考えて俯き尽くしてしまう。
「…悠禅さんはここでもう少し休まれたらええよ。皆もわかっとります。トキさん、この時期は立ち眩みや」
全く、
「ああわかったよ、ナメるな小僧。
出掛ける仕度をしようか。出来るだけ軽装が良いだろうがそうも」
「…ああそうですか…全く、」
少し笑った翡翠は「お返しします、ナメるな生臭坊主め」と言い、ぽんぽんと悠禅の背を叩く。
「残念やけど、皆に言っといてくださいな。今日の宵山はお忍びもあかんて」
一瞬ぼうっとした悠禅はすぐに「待ってください、」と我に返る。
「それは、あなた方が」
「心配ない。君には語らなかったが俺は神を信じていないんだ。
…恐らく、幹斎の事も」
…数年は同じ屋根の下で暮らしたはずで…不思議と自分が慕う幹斎なんかよりも寝食を共にした…自分よりも位の高い若い僧だというだけなのに。
悠禅は今初めて、朱鷺貴の「安心しろ」と言わんばかりの微笑を見たような気がした。
「君はまだ修行中だ、来るな。こういうのは大人がやる」
この裏側のどこかにある悲しさを読み取る気になるのが、不思議で仕方がない。こんなにも、強さを感じるのに。
以前、自分は彼に「志士だ」と称し、揶揄した。
違う、この人はただただ。
何も言わずに歯を食い縛る少年を見て、自分もこんな表情だったのかもしれないなと思うこの利己的な穢れを、けして受け継いではならない。
押し付けることもなく、ただ自然にそうしたいなど、どこまでも自分は傲慢だと朱鷺貴は知る。
自由とは、これほどに不自由なのかと、狭さを知った。
悠禅とは本当に最後になるかもしれない、そうやって柵を捨てるしかないのかと…朱鷺貴は翡翠と共に市中へ出た。
だが、事情を知る朱鷺貴と翡翠は…楽しい気分ではなく、そわそわしていた。
「朱鷺貴殿…」
そんな中、不安そうな表情の小姓が一人、部屋を訪れ開口一番、「悠禅が…」と言った。
悠禅を知らぬ坂本と桂は互いに挨拶もせず出て行ったが、朱鷺貴も翡翠も気まずく黙った。悠禅は、少し前に壬生寺へ出した小姓だ。
もしかしてと、見送りを体にし朱鷺貴も翡翠も玄関口へ出たが、悠禅は息を切らしている様子。
確かに今日は、暑い。壬生寺からの距離を考えても自然そうなのだろうが、様子としてはまるで慌て…走ってきたかのように両膝に手を当て前のめりだ。
一目で、急用だとわかる。
「…悠禅さん、」
「あ、あの…お、お二人、に」
翡翠はまず悠禅を支えるように手を貸し「まずは座って、お茶…水…を用意して…」とぼやけば一人の茶組坊主が「わかりました!」と走って行く。
「…根を上げ帰ってきた様子でも、ないようだな…」
取り敢えず翡翠が石段に座らせた悠禅に、我ながらつまらないことを言っているとはわかっている。
だが、奴らの背が門から出て、水が運ばれてから「どうした」と、朱鷺貴は単刀直入に聞いた。
「はい…」
水を一気に飲んだ悠禅が口を開く、「あれは、坂本さんでしたよね」と。
「ああ。数日ここへ置いていたんだが…」
「朱鷺貴さん、大変です。今行ったら」
「壬生浪か。
…少しだけ当人達から」
「あの人達、京を焼く気だ、京から、怪しい…店を虱潰しに」
「…壬生浪が?」
「はい、あの、」
矢継ぎ早、少し呼吸も荒い悠禅の背をさすりながら「落ち着いてくださいね」と翡翠が気遣う。
「…坊主には関係ないのかもしれない、でも、寺は壬生浪を怖がっている、誰もなにも言えないから、国を守るんだと言い聞かせて…あれは、根深い」
「…坂本から軽くは聞いた。どうも、壬生浪や見廻り組が追っている吉田稔麿という男は御所を…どういう理屈かは知らないが」
「吉田の懐に、壬生浪が潜り込みました。吉田は…お偉いさんを殺そうとしている」
「なるほど」
「…壬生浪には優秀な間者がいます。概ねを把握しているようで今夜、祭りに乗じて先回りし、踏み入ろうとしているんですが…やり口は、恐らく問答無用で切り込むと」
…それは。
確か、例の会合の場は四国屋だの、池田屋だのと…。
「民間の店に切り込むというのか、」
「それだけじゃありません…ここ数日彼らは夜、どこかへ出向きボヤ騒ぎが起こっている、それに火消しが出動する事態で…。
今夜のは確証、店を把握したらしく、祇園の裏で」
…出世したと聞いたが、それでは…何が違うというのか、その、“吉田稔麿”と…。
「……」
それが本当なのであれば。
素直に喜べない…これは“穢れ”の概念だ。
朱鷺貴は彼らが去った門を眺める。お尋ね者と朝敵だ。
…似て非なり、非である彼らの今見た表情と今朝の話と。
朱鷺貴はつい立ち上がってしまったがやはり、考えて俯き尽くしてしまう。
「…悠禅さんはここでもう少し休まれたらええよ。皆もわかっとります。トキさん、この時期は立ち眩みや」
全く、
「ああわかったよ、ナメるな小僧。
出掛ける仕度をしようか。出来るだけ軽装が良いだろうがそうも」
「…ああそうですか…全く、」
少し笑った翡翠は「お返しします、ナメるな生臭坊主め」と言い、ぽんぽんと悠禅の背を叩く。
「残念やけど、皆に言っといてくださいな。今日の宵山はお忍びもあかんて」
一瞬ぼうっとした悠禅はすぐに「待ってください、」と我に返る。
「それは、あなた方が」
「心配ない。君には語らなかったが俺は神を信じていないんだ。
…恐らく、幹斎の事も」
…数年は同じ屋根の下で暮らしたはずで…不思議と自分が慕う幹斎なんかよりも寝食を共にした…自分よりも位の高い若い僧だというだけなのに。
悠禅は今初めて、朱鷺貴の「安心しろ」と言わんばかりの微笑を見たような気がした。
「君はまだ修行中だ、来るな。こういうのは大人がやる」
この裏側のどこかにある悲しさを読み取る気になるのが、不思議で仕方がない。こんなにも、強さを感じるのに。
以前、自分は彼に「志士だ」と称し、揶揄した。
違う、この人はただただ。
何も言わずに歯を食い縛る少年を見て、自分もこんな表情だったのかもしれないなと思うこの利己的な穢れを、けして受け継いではならない。
押し付けることもなく、ただ自然にそうしたいなど、どこまでも自分は傲慢だと朱鷺貴は知る。
自由とは、これほどに不自由なのかと、狭さを知った。
悠禅とは本当に最後になるかもしれない、そうやって柵を捨てるしかないのかと…朱鷺貴は翡翠と共に市中へ出た。
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