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Get So Hell?
前編4
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── 痩せこけた青年が、その骨と皮だけになってしまった腕を伸ばし…小刀を渡してくる姿が浮かぶ。
『渡そう…思ってたん、けど、』
咳き込む青年に桶を渡す。
細心の注意を払っているが、だからこそ、青年は全てを悟ってしまっていたのかもしれない。
…大将の首を持ち帰る優男の顔を忘れられずにいる。小刀を受け取り決意する、『…近藤さんは、』そう言おうとする自分に彼は痛々しく笑い『いいよ』とだけ言った。
それが最期の会話だと知っていたなら。
またふと浮かぶ…これは、城の中だろうか?
恩人が痛みに魘されている。精々、額の濡れ布巾を変えることしか出来なくて。
『お前は、引き返しても、いいんだぞ』
魘されたその一言は戯言として受け取り、結局、共に最期の地に辿り着いた。
待つ。
…待つ。
……待って、いる。
負傷した兵士達の傷を看ながら待つばかりの日々の中、会津兵に扮した見慣れない男を撃ったことがきっかけだった。
「……はぁ、はぁ…」
もう、何日山中を走り回り、ここがどこかも理解が出来ない。
熱く、肩も負傷している。
先程の夜襲だろう、相手は打刀だというのに、死角だった。ひとりで応戦などやはり辛いものだなと、側に転がる小刀を苦無で研ぎ、さっきまで談笑していた何人かが転がっている、残っていた僅かな酒を肩にぶっ掛ける。
「………っ、」
これほどの乱闘。あの場所にいた時よりも酷いものだなんて。
この小さな陣だけで5人か。どうしようもないな。
淡々と屍から刀を抜き、ふぅ、と白い一息で覚悟を決め焚き火で刀を炙り、それを傷口に当てる。
悶絶…してる暇もない、痺れる左腕と四つん這い、火から離れて柔らかい雪を火傷に当てる。
痛みが、わからなくなってきた。
あぁ、こんなに一気に殺ったことはなかったな。あの男に付いていた頃すらマシに思える。
……仕方がない。自分はどうにも頭が悪い。いつも、着いて行く者はこうして残酷な男ばかりだ。
…霞む。
焚き火の煙か息か、あぁ、刺青は消えた。やっとだ、やっとなんの足枷もないし、待つことすら……きっと出来ない。
これも罪の数だ。こうして傷が残ってしまえば…生きていれば思い出せる……………。
あれ。
あの時のあの場所はどこだったっけ。
あの広い背中。
誰だったっけ。
霞む、霞む…………かす、む。
ドン、と耳の奥で弾ける音がした。
「…え?」
あれ。
火の手も己の声も遠い。
足元に、先程抜いた刀が落ちている。そうか、もうこの右腕は使えない。
「────」
「………っは、」
背筋が震える。
金縛りのようだが、少し右手に力を入れれば人差し指が動いた。
全身の汗がこの、東北の温度にやられていく。
いや、汗か涙かわからないが、どうやら…。
「……翡翠…?」
多分、そうだ。
……この夢の景色は、完全にあの北海道の地で……なんせ、あの溶けない雪はあそこでしかない。
「………………」
あの地にあいつも……?
つまりはあの戦争で、あんな状態…。
しかし、不思議だ…確かに心には引っ掛かっていたけど、殆ど思い出さなかった。そんな思念を全く感じなかった。
現地の人に聞いた、土方歳三のことを。
その度に「あぁ、そうか」と、なんだか変に納得したのはそこに思念のような…残留したものをどことなく感じ自然と「死んだのか」と身体…いや、心にすんなりと入ってきた。
その感覚は、幼い頃からある。これをなんというか。かの師匠は「法力」などと呼んでいたが、自分ではそう思っていない。
不可思議な物を、まるで思い出すかのように見る、というくらい、大抵は確証がないもの。
…しかし今の夢はなんだか生々しい、そう、肉々しい物だった。
あぁ…あれだ、そう、確か…真田信繁の地を参った時。やはり確証がないもののはずだ…。
「…寒っ」
外気温に目が覚める。
寒い。
このままでは凍るかもしれないと、着流しと共に掛けていた外套を羽織る。
ポケットに当たる、硬い鉄扇。
意識もせず、右腕をさすっていた。
丈を調節してくれたはいいがこれ、肩凝るんだよな…銃もあるし。高いっつって給金から引かれたし、でも持たされたし。
軍人みたいで気も引けるが、正装だと言われては仕方の無い…。不満ばかりが立ち込める。
「はようおごぜますぅ。寒かね?」
襖が開いたことすら、気が付かなかった。
茶坊主が茶を持ってきたらしい。
「そりゃぁ、あったけぇんですか?綿入れ、ありますけんど?」
湯気越し、言葉に馴染みがないがなんとなくわかる、北海道よりは。
「あ、おおき…すんません、作務衣でもまずは…」久々に西の訛りが出そうになった。
「作務衣なんてぇ、軍人さんに、んなんな、」
「いえ、大丈夫です。下地を変えたい」
「はぁ、わかんましたぁ」
かたん、とすぐに閉まる。
「………」
田舎だからか、役人だからかはわからないがどうも、まぁ北海道でも感じてはいた。
多分京の地も“余所者”には線引きをしていたんだろうけど…。
閉鎖された社会。
それを失くそうという政策も進んではいるが、人間、しかも地域単位の集合体などはより、根本を変えられない。
日本はそもそも藩という名の“国”が沢山存在していた。これらをひとつに統一だなんて、自分すらもなかなか、感覚や考えを掴めている訳ではない、染み付いてしまっているから。
『渡そう…思ってたん、けど、』
咳き込む青年に桶を渡す。
細心の注意を払っているが、だからこそ、青年は全てを悟ってしまっていたのかもしれない。
…大将の首を持ち帰る優男の顔を忘れられずにいる。小刀を受け取り決意する、『…近藤さんは、』そう言おうとする自分に彼は痛々しく笑い『いいよ』とだけ言った。
それが最期の会話だと知っていたなら。
またふと浮かぶ…これは、城の中だろうか?
恩人が痛みに魘されている。精々、額の濡れ布巾を変えることしか出来なくて。
『お前は、引き返しても、いいんだぞ』
魘されたその一言は戯言として受け取り、結局、共に最期の地に辿り着いた。
待つ。
…待つ。
……待って、いる。
負傷した兵士達の傷を看ながら待つばかりの日々の中、会津兵に扮した見慣れない男を撃ったことがきっかけだった。
「……はぁ、はぁ…」
もう、何日山中を走り回り、ここがどこかも理解が出来ない。
熱く、肩も負傷している。
先程の夜襲だろう、相手は打刀だというのに、死角だった。ひとりで応戦などやはり辛いものだなと、側に転がる小刀を苦無で研ぎ、さっきまで談笑していた何人かが転がっている、残っていた僅かな酒を肩にぶっ掛ける。
「………っ、」
これほどの乱闘。あの場所にいた時よりも酷いものだなんて。
この小さな陣だけで5人か。どうしようもないな。
淡々と屍から刀を抜き、ふぅ、と白い一息で覚悟を決め焚き火で刀を炙り、それを傷口に当てる。
悶絶…してる暇もない、痺れる左腕と四つん這い、火から離れて柔らかい雪を火傷に当てる。
痛みが、わからなくなってきた。
あぁ、こんなに一気に殺ったことはなかったな。あの男に付いていた頃すらマシに思える。
……仕方がない。自分はどうにも頭が悪い。いつも、着いて行く者はこうして残酷な男ばかりだ。
…霞む。
焚き火の煙か息か、あぁ、刺青は消えた。やっとだ、やっとなんの足枷もないし、待つことすら……きっと出来ない。
これも罪の数だ。こうして傷が残ってしまえば…生きていれば思い出せる……………。
あれ。
あの時のあの場所はどこだったっけ。
あの広い背中。
誰だったっけ。
霞む、霞む…………かす、む。
ドン、と耳の奥で弾ける音がした。
「…え?」
あれ。
火の手も己の声も遠い。
足元に、先程抜いた刀が落ちている。そうか、もうこの右腕は使えない。
「────」
「………っは、」
背筋が震える。
金縛りのようだが、少し右手に力を入れれば人差し指が動いた。
全身の汗がこの、東北の温度にやられていく。
いや、汗か涙かわからないが、どうやら…。
「……翡翠…?」
多分、そうだ。
……この夢の景色は、完全にあの北海道の地で……なんせ、あの溶けない雪はあそこでしかない。
「………………」
あの地にあいつも……?
つまりはあの戦争で、あんな状態…。
しかし、不思議だ…確かに心には引っ掛かっていたけど、殆ど思い出さなかった。そんな思念を全く感じなかった。
現地の人に聞いた、土方歳三のことを。
その度に「あぁ、そうか」と、なんだか変に納得したのはそこに思念のような…残留したものをどことなく感じ自然と「死んだのか」と身体…いや、心にすんなりと入ってきた。
その感覚は、幼い頃からある。これをなんというか。かの師匠は「法力」などと呼んでいたが、自分ではそう思っていない。
不可思議な物を、まるで思い出すかのように見る、というくらい、大抵は確証がないもの。
…しかし今の夢はなんだか生々しい、そう、肉々しい物だった。
あぁ…あれだ、そう、確か…真田信繁の地を参った時。やはり確証がないもののはずだ…。
「…寒っ」
外気温に目が覚める。
寒い。
このままでは凍るかもしれないと、着流しと共に掛けていた外套を羽織る。
ポケットに当たる、硬い鉄扇。
意識もせず、右腕をさすっていた。
丈を調節してくれたはいいがこれ、肩凝るんだよな…銃もあるし。高いっつって給金から引かれたし、でも持たされたし。
軍人みたいで気も引けるが、正装だと言われては仕方の無い…。不満ばかりが立ち込める。
「はようおごぜますぅ。寒かね?」
襖が開いたことすら、気が付かなかった。
茶坊主が茶を持ってきたらしい。
「そりゃぁ、あったけぇんですか?綿入れ、ありますけんど?」
湯気越し、言葉に馴染みがないがなんとなくわかる、北海道よりは。
「あ、おおき…すんません、作務衣でもまずは…」久々に西の訛りが出そうになった。
「作務衣なんてぇ、軍人さんに、んなんな、」
「いえ、大丈夫です。下地を変えたい」
「はぁ、わかんましたぁ」
かたん、とすぐに閉まる。
「………」
田舎だからか、役人だからかはわからないがどうも、まぁ北海道でも感じてはいた。
多分京の地も“余所者”には線引きをしていたんだろうけど…。
閉鎖された社会。
それを失くそうという政策も進んではいるが、人間、しかも地域単位の集合体などはより、根本を変えられない。
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