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月夜
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「さつきがうるさいんだ。上がる?」
と、素っ気なく蛍に言われ背を向けられたのに漸く男は我に返った。
「…かぐやには優しいのにな」
「なんか言ったかチンピラ」
「いえ、なんでもございませんよ蛍さん」
ただ背を向けたときに揺れた、蛍の肩より少し上の真っ直ぐな黒髪が綺麗だから、横のポジションを陣取って男は指通りを確かめた。さつきに見られる前にその手は冷たくはらわれてしまう。
「あ!空太ぁ!」
「よ、さつきちゃん。相変わらずクソ元気だね」
「なぁんだ、蛍ちゃんそーゆーことぉ?もぉ早く言ってよねぇ、じゃぁ帰るわよ!」
「え、なんでよ、俺折角来たのに!」
「はぁ!?あんただって蛍ちゃんに会いに来たんでしょーが!」
「いやぁ…」
長身男、空太は今来たばかりだが状況が掴めた。なるほどさつきはクソほど酔っている。
大方、旦那の蓮と喧嘩でもして昼からここに来、蛍に絡みまくっていたのだろう。これは厄介だ。確かに、帰してしまった方が身のためである。
「…さつきちゃん、飯は?」
「あ?食ってねぇお?」
「そうか…。蓮も大変だろうし俺送ってくぜ?」
「あ?あんなアイコスクソアパレル野郎どーでも」
「あー、はいはいはい、帰るよ、ほら、立てるか?おぶろうか?」
「あ、ねぇねぇさつき」
さつきが立ち上がろうとした最中、蛍が呼び止める。
少しの意外性と厄介さで、思わず空太は蛍を見つめてしまったが、本人は至って真面目そうにさつきの前に再び座り、タバコに火をつけてさつきに無言で茶を注いだ。
甘んじてさつきは、再び浮いた腰を落ち着け、茶が熱いか確かめて口をつける。
さつきを呼び止めた蛍の手元にはいつの間にやらメモ帳があることに、空太は気が付いた。
「どぉしたの?蛍」
「…今更ながら、あいこふって、なぁに?」
さつきがそれに、茶を吹き出した。
しかし被害を被ったのは、さつきに手を貸そうとしていた空太だった。
それから空太は、なんだかんだでふらふらだったさつきを、近所にあるさつきの家まで送り届けに出て行った。
漸く店内は静かになった。昼間から客といえば、開店してすぐに立ち寄ってくれた近所のウメさんと、最近よく来る不登校っぽい高校生、ビジネス書を買いに来たサラリーマンに、児童書を買いに来た幼稚園の先生だった。
今日も相変わらず暇だった。
そういえばインターネット注文と仕入れを見ていなかった。念のため、営業日は一日中開きっぱなしにしているパソコンのスクリーン画面をつけてみた。
一軒だけ5冊ほど、注文があったので在庫を確認して確保し、受理した。
なかなかコアな作家だった。既存の作家と故人の、どちらかといえばどれも、ファンタジーに近いような作家で。しかしながらマイナーだ。
注文先を確認してみれば案外住所は近く、これは今からでも行けるかもしれないな、このスクリーンにある番号に一本電話でも入れて歩いて行こうかと蛍は一瞬考えたが。
しかしネットの販売会社に連絡を入れるのは面倒だ。やはり明日にしようとすぐにまた一息吐いた。
そして漸く一人寂漠する。
ふと足下にかぐやが然り気無くすり寄って来たので、それも一瞬だった。
結局メモ帳のあいこふのページは埋まらなかった。調べようか。果たして辞書にあるだろうか。多分、ないな。アパレル関係の言葉なのだろうか。
試しにケータイで調べてみようと蛍はケータイを手に取り、ついでペンを持った瞬間に店の電話が鳴った。
仕方なくケータイを左手に持ち、右手に持ったペンを一度置き、その手で受話器を取り肩に挟んで再びペンを持ち直す。構図が異様だ。しかしわりと蛍はこれに慣れていた。
「はい、ナミカワ書店でございま」
『あぁ、俺。あの、蓮』
相手は件のあいこふクソアパレル野郎、高校の同級生だった桐野蓮。
「あぁ、どうしたのアパレルクソ野郎」
『…やっぱ来たのね。ダメだよ蛍はそんな言葉を使っちゃ。
いやね、さつきが蛍のとこに行ったんじゃないかなぁと思ってな』
「来た。ねぇあのさ。聞きたいんだけど」
『なんだい』
「あいこふって何」
『…アイコスね。電子タバコだよ。
あ、帰って来た。じゃ、ごめんね、おやすみ』
「あ、ちょっと待ってよ」
確かに、受話器の向こうから雑踏が聞こえてくる。
『…ん?』
「それってバーチャルってこと?」
『は?』
蛍の中で更に謎は深まってしまったが、正式名称はどうやら“アイコス”らしい。
少しの互いの沈黙と、『悪いね空太』だの、『おぅ、おつかれ』だの聞こえてくる。これは正式名称もわかったことだし、早々に電話を切ろうと判断する。
「じゃぁね蓮。たまには二人で来てください」
『ん?うん、そうだな』
『誰と電話しとんねんこのおしゃれクソ野…』
電話を切った。これから蓮とさつきはどうやって仲直りするのだろうか。
まぁきっとそのままさつきが寝落ちして終わるのだろうと想像は容易だ。
と、素っ気なく蛍に言われ背を向けられたのに漸く男は我に返った。
「…かぐやには優しいのにな」
「なんか言ったかチンピラ」
「いえ、なんでもございませんよ蛍さん」
ただ背を向けたときに揺れた、蛍の肩より少し上の真っ直ぐな黒髪が綺麗だから、横のポジションを陣取って男は指通りを確かめた。さつきに見られる前にその手は冷たくはらわれてしまう。
「あ!空太ぁ!」
「よ、さつきちゃん。相変わらずクソ元気だね」
「なぁんだ、蛍ちゃんそーゆーことぉ?もぉ早く言ってよねぇ、じゃぁ帰るわよ!」
「え、なんでよ、俺折角来たのに!」
「はぁ!?あんただって蛍ちゃんに会いに来たんでしょーが!」
「いやぁ…」
長身男、空太は今来たばかりだが状況が掴めた。なるほどさつきはクソほど酔っている。
大方、旦那の蓮と喧嘩でもして昼からここに来、蛍に絡みまくっていたのだろう。これは厄介だ。確かに、帰してしまった方が身のためである。
「…さつきちゃん、飯は?」
「あ?食ってねぇお?」
「そうか…。蓮も大変だろうし俺送ってくぜ?」
「あ?あんなアイコスクソアパレル野郎どーでも」
「あー、はいはいはい、帰るよ、ほら、立てるか?おぶろうか?」
「あ、ねぇねぇさつき」
さつきが立ち上がろうとした最中、蛍が呼び止める。
少しの意外性と厄介さで、思わず空太は蛍を見つめてしまったが、本人は至って真面目そうにさつきの前に再び座り、タバコに火をつけてさつきに無言で茶を注いだ。
甘んじてさつきは、再び浮いた腰を落ち着け、茶が熱いか確かめて口をつける。
さつきを呼び止めた蛍の手元にはいつの間にやらメモ帳があることに、空太は気が付いた。
「どぉしたの?蛍」
「…今更ながら、あいこふって、なぁに?」
さつきがそれに、茶を吹き出した。
しかし被害を被ったのは、さつきに手を貸そうとしていた空太だった。
それから空太は、なんだかんだでふらふらだったさつきを、近所にあるさつきの家まで送り届けに出て行った。
漸く店内は静かになった。昼間から客といえば、開店してすぐに立ち寄ってくれた近所のウメさんと、最近よく来る不登校っぽい高校生、ビジネス書を買いに来たサラリーマンに、児童書を買いに来た幼稚園の先生だった。
今日も相変わらず暇だった。
そういえばインターネット注文と仕入れを見ていなかった。念のため、営業日は一日中開きっぱなしにしているパソコンのスクリーン画面をつけてみた。
一軒だけ5冊ほど、注文があったので在庫を確認して確保し、受理した。
なかなかコアな作家だった。既存の作家と故人の、どちらかといえばどれも、ファンタジーに近いような作家で。しかしながらマイナーだ。
注文先を確認してみれば案外住所は近く、これは今からでも行けるかもしれないな、このスクリーンにある番号に一本電話でも入れて歩いて行こうかと蛍は一瞬考えたが。
しかしネットの販売会社に連絡を入れるのは面倒だ。やはり明日にしようとすぐにまた一息吐いた。
そして漸く一人寂漠する。
ふと足下にかぐやが然り気無くすり寄って来たので、それも一瞬だった。
結局メモ帳のあいこふのページは埋まらなかった。調べようか。果たして辞書にあるだろうか。多分、ないな。アパレル関係の言葉なのだろうか。
試しにケータイで調べてみようと蛍はケータイを手に取り、ついでペンを持った瞬間に店の電話が鳴った。
仕方なくケータイを左手に持ち、右手に持ったペンを一度置き、その手で受話器を取り肩に挟んで再びペンを持ち直す。構図が異様だ。しかしわりと蛍はこれに慣れていた。
「はい、ナミカワ書店でございま」
『あぁ、俺。あの、蓮』
相手は件のあいこふクソアパレル野郎、高校の同級生だった桐野蓮。
「あぁ、どうしたのアパレルクソ野郎」
『…やっぱ来たのね。ダメだよ蛍はそんな言葉を使っちゃ。
いやね、さつきが蛍のとこに行ったんじゃないかなぁと思ってな』
「来た。ねぇあのさ。聞きたいんだけど」
『なんだい』
「あいこふって何」
『…アイコスね。電子タバコだよ。
あ、帰って来た。じゃ、ごめんね、おやすみ』
「あ、ちょっと待ってよ」
確かに、受話器の向こうから雑踏が聞こえてくる。
『…ん?』
「それってバーチャルってこと?」
『は?』
蛍の中で更に謎は深まってしまったが、正式名称はどうやら“アイコス”らしい。
少しの互いの沈黙と、『悪いね空太』だの、『おぅ、おつかれ』だの聞こえてくる。これは正式名称もわかったことだし、早々に電話を切ろうと判断する。
「じゃぁね蓮。たまには二人で来てください」
『ん?うん、そうだな』
『誰と電話しとんねんこのおしゃれクソ野…』
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